簿記のしくみ●●○○○

手形

Promissory Noteてがた

支払期日と金額を明記した支払約束の証券。受取手形は債権、支払手形は債務になる

概要

手形は、「いつ・いくら支払うか」を明記した支払約束の証券です。代表的な約束手形には、支払う人(振出人)、受け取る人(受取人)、金額、支払期日が記載され、振出人は期日に額面どおり支払う法的義務を負います。掛け取引の口約束と違い、証券という形のある約束なので、法的な強制力が強く、他人に譲り渡すこともできます。

会計では、手形を受け取った側は「受取手形」という資産(債権)として、振り出した側は「支払手形」という負債(債務)として記録します。同じ一枚の手形が、売掛金買掛金の関係と同じように、立場によって資産にも負債にもなるわけです。

紙の手形は日本の商取引で長く使われてきましたが、事務負担や紛失リスクの大きさから、現在は電子記録債権(でんさい)などの電子的な仕組みへの置き換えが進んでいます。形は変わっても「支払期日を確定させた譲渡可能な債権」という考え方は引き継がれており、手形の仕組みを理解することはその土台になります。

なぜ生まれたか

掛け取引には二つの弱点があります。ひとつは約束の曖昧さです。売掛金は請求書と商習慣に基づく債権で、「いつ支払われるか」が当事者間の合意頼みになりがちでした。もうひとつは債権を動かせないことです。売掛金は基本的に自分で回収を待つしかなく、その間の資金は寝たままです。

手形はこの二つを同時に解決しました。支払期日と金額を証券面に確定させることで約束の曖昧さを消し、さらに証券という「モノ」にしたことで債権を他人に譲れるようにしたのです。手形を受け取った人は、期日を待つほかに、裏面に署名して自分の支払いに充てたり(裏書譲渡)、銀行に買い取ってもらって期日前に現金化したり(手形割引)できます。歴史的にも、中世ヨーロッパの両替商が発行した為替の証書や、江戸時代の大坂の商人が使った手形は、現金を運ばずに遠隔地決済を行うための道具として発達しました。「支払いの約束そのものをお金のように流通させる」という発明が、手形の本質です。

詳細

約束手形のライフサイクルと仕訳

もっとも基本的な約束手形の流れを追ってみましょう。買い手が仕入代金の支払いのために、3か月後を期日とする約束手形を振り出したとします。

銀行受取人(売り手)振出人(買い手)銀行受取人(売り手)振出人(買い手)借方 買掛金 / 貸方 支払手形借方 受取手形 / 貸方 売掛金借方 支払手形 / 貸方 当座預金借方 当座預金 / 貸方 受取手形約束手形を振り出す(期日3か月後)期日に手形を取り立てに出す振出人の当座預金から引き落とし代金を入金

仕訳を見ると、手形の振出は既存の買掛金を支払手形に振り替える取引、受取は売掛金を受取手形に振り替える取引になっています。掛け取引の債権・債務が、期日の確定したより強い債権・債務に姿を変える、と読むことができます。

譲渡できる債権 — 裏書と割引

手形の最大の特徴は、期日を待つ以外の選択肢があることです。受け取った手形の裏面に署名して取引先に渡せば、自分の仕入代金の支払いに充てられます(裏書譲渡)。また、銀行に持ち込めば期日までの利息相当額(割引料)を差し引いた金額で買い取ってもらい、すぐに現金化できます(手形割引)。割引料は資金を先に受け取るためのコストであり、費用として処理します。

受取手形額面100万円・期日3か月後保有して取り立て期日に額面100万円を受領現金化は遅いが満額裏書譲渡自分の仕入代金の支払いに充てる手形割引割引料を引かれるがすぐ現金化できるどの道を選んでも、不渡り時には遡って支払いを求められる責任が残る
受取手形の三つの出口 — 保有・裏書・割引

ただし裏書や割引には注意点があります。もし期日に振出人が支払えなかった場合、手形を譲った人は受け取った人から支払いを求められます(遡求義務)。手形を手放しても、リスクから完全に解放されるわけではないのです。

不渡りという強い制裁

期日に振出人の当座預金の残高が足りず、手形が決済されないことを「不渡り」と呼びます。不渡りには強い制裁が組み込まれており、6か月以内に2回出すと銀行取引停止処分となって、事実上の倒産に追い込まれます。この厳しさが手形の信用力の源泉でした。「手形は必ず落とす(決済する)」という規律が広く共有されていたからこそ、支払いの約束が貨幣のように流通できたのです。裏を返せば、手形を振り出す側にとっては、期日に向けた資金繰りの管理が死活問題になります。

売掛金・買掛金との関係と決算書での扱い

決算書の上では、受取手形は売掛金とともに「売上債権」、支払手形は買掛金とともに「仕入債務」として、貸借対照表の流動資産・流動負債にまとめて読まれます。掛け取引の債権債務と手形の債権債務は、確実性と流動性が違うだけで、営業取引から生じた同じ性質のグループというわけです。

電子化への流れ

紙の手形には、印紙税がかかる、紛失・盗難のリスクがある、郵送や保管の事務負担が重い、といった課題が残っていました。そこで手形の機能を電子データで実現する電子記録債権の仕組みが整備され、発生・譲渡・分割を記録機関のデータ上で行えるようになりました。紙の約束手形は廃止に向かっていますが、「期日確定・譲渡可能・割引可能」という手形が発明した債権の設計思想は、電子記録債権にそのまま受け継がれています。