比較優位
Comparative Advantage ・ ひかくゆうい
すべてで劣っていても、機会費用の低いものに特化して交換すれば双方が得をする、という交換の利益の原理
✦ 30秒で試す — 航海何でも得意な国も、苦手な国から買ったほうが得B国が作るのに専念すべきなのは?予想してみる概要
比較優位とは、「すべての分野で相手より劣っていても、相対的に得意なことに特化して交換すれば、双方が得をする」という理論です。ここでの「得意」は他人との比較(絶対優位)ではなく、自分の中での比較で決まります。それをやるために諦める他の活動の価値、つまり機会費用が相手より低い活動が、あなたの比較優位です。
直観に反するのはこの点です。何をやらせてもAさんのほうがBさんより速いとき、Bさんの出る幕はないように見えます。しかし、Aさんの時間は有限です。Aさんが雑務をこなす1時間は、Aさんにしかできない仕事を1時間失うことを意味します。だからAさんは機会費用の高い雑務を手放してBさんに任せたほうが、2人の成果の合計は増えます。有能な経営者が事務作業を自分でやらないのは、事務が下手だからではありません。比較優位は貿易の理論として生まれましたが、その本質は「限りある時間と資源を何に振り向けるか」という、個人にも企業にも国にも共通する配分の原理です。
なぜ生まれたか
19世紀初頭のイギリスでは、穀物の輸入に高い関税をかける穀物法(1815年)をめぐって激しい論争がありました。地主は外国の安い穀物から国内の農業を守れと言い、商工業者は食料が高いと賃金も上がると反対しました。貿易の利益を説明する理論としては、アダム・スミスの絶対優位 — 各国が他国より安く作れるものに特化して交換すれば双方が得をする — がすでにありました。しかしこの理論には穴があります。ある国がすべての財を他国より安く作れたら、その国は貿易する理由がなく、劣った国は輸出するものが何もない、という結論になってしまうのです。
株式仲買人から経済学者に転じたデヴィッド・リカードは、1817年の『経済学および課税の原理』第7章でこの穴を塞ぎました。原典の数字では、布を一定量作るのにイギリスは100人・年、ポルトガルは90人・年の労働が要り、ワインを一定量作るのにイギリスは120人・年、ポルトガルは80人・年が要ります。ポルトガルは布でもワインでも少ない労働で作れる、つまり両方で絶対優位を持っています。それでもポルトガル国内ではワインのほうが相対的に安く(布1単位の犠牲はワイン 90/80 ≈ 1.13単位)、イギリス国内では布のほうが相対的に安い(布1単位の犠牲はワイン 100/120 ≈ 0.83単位)。だからポルトガルはワインに、イギリスは布に特化して交換すれば、両国とも以前より多くを消費できる、と示したのです。同じ考えは、ロバート・トレンズが2年早い1815年に述べていたため、先取権をめぐる議論があります。
この発見は、穀物法の廃止(1846年)へ向かう自由貿易の運動の理論的な柱になりました。数学者スタニスワフ・ウラムが経済学者ポール・サミュエルソンに「社会科学で、真であり、かつ自明でない命題を1つ挙げてみよ」と挑んだとき、サミュエルソンが答えたのが比較優位でした。真であることは数学で確かめられ、自明でないことは、多くの賢い人がいまだに信じようとしないことが証明している、というのが彼の説明です。
詳細
数字で確かめる — 全部で勝っていても、両方は作れない
リカードの論理を単純な数字で追ってみましょう。A国は1人月でワイン6樽か布3反を、B国は1人月でワイン1樽か布2反を作れるとします。A国はワインでも布でも生産性が上回っています(両方で絶対優位)。しかし機会費用で見ると景色が変わります。A国で布を1反作る犠牲はワイン2樽ですが、B国では0.5樽で済みます。布の機会費用はB国のほうが低い、つまり布の比較優位はB国にあり、裏返してワインの比較優位はA国にあります。
両国がそれぞれ2人月の労働を持つとします。自給のときに両国とも1人月ずつを両財に充てると、A国はワイン6樽と布3反、B国はワイン1樽と布2反で、世界全体ではワイン7樽と布5反です。ここでB国が2人月とも布に回し(布4反)、A国が布に0.5人月、ワインに1.5人月を回すと(ワイン9樽と布1.5反)、世界全体はワイン9樽と布5.5反になり、両方とも自給のときより増えます。生産技術は何ひとつ変わっていないのに、仕事の割り振りを変えただけで世界の総生産が増える — これが「交換の利益」の源です。A国が布に回す労働を1/3人月から5/6人月のあいだにすれば、ワインも布も自給のときを上回ります(全部をワインに回すと、ワイン12樽・布4反で布が減ってしまいます)。
交易条件 — 値段が両国の機会費用のあいだにあること
総生産が増えても、それだけでは両国が得をするとは限りません。増えた分をどう分けるかを決めるのが、交換の値段である交易条件です。A国は布を自分で作ると1反につきワイン2樽を犠牲にするので、布1反をワイン2樽未満で買えるなら得をします。B国は布1反を作る犠牲がワイン0.5樽なので、布1反をワイン0.5樽より高く売れるなら得をします。つまり交易条件が 布1反=ワイン0.5樽〜2樽のあいだ にあるときだけ、両国とも交換に応じる理由があります。この範囲の外の値段では、どちらか一方が「自分で作ったほうがまし」になり、交換は成り立ちません。
図の数字で確かめましょう。A国はワイン9樽・布1.5反を作り、ワイン1.75樽を布1.75反と交換して、ワイン7.25樽・布3.25反を消費します。自給のとき(ワイン6樽・布3反)より両方とも多く、しかも自国の PPF(労働をすべて使って作れる組み合わせの線)の外側です。B国は布4反を作り、布1.75反をワイン1.75樽と交換して、ワイン1.75樽・布2.25反を消費します。こちらも自給(ワイン1樽・布2反)を両方で上回ります。自分の力だけでは届かない点で消費できる — これが交換の利益を目に見える形にしたものです。
下の部品で確かめてください。PPF の線をつかんで何を作るか(金の輪)を決め、緑青の点をつかんで交換すると、下の目盛りに交易条件が出ます。
金の輪(生産点)を、斜めの線(PPF)をつかんで滑らせ、何を作るかを決めてください。次に緑青の点(消費点)をつかむと、隣の国との交換が決まります。
斜めの金の線=PPF(1国の労働2人月で作れる組み合わせ)。金の輪=生産(PPFの線をつかんで動かす)、緑青の点=消費(PPFの外に出ると緑に灯る)、白い輪=自給のときの点。白い線の傾きが交易条件
部品で、交易条件を2つの機会費用の外へ動かしてみると、どちらかの国の消費点が自給の点より左下に落ちます。生産点を比較優位と逆の向きへ寄せると、世界全体の生産そのものが減ります。両国がともに得をするには、「比較優位の方向に生産を寄せる」ことと「値段が両国の機会費用のあいだにある」ことの両方が必要です。
「勝ち負け」ではなく「持ち場」の理論
比較優位の最も重要な帰結は、すべての財で比較優位を持つことも、すべてで比較劣位に沈むことも論理的に不可能だという点です。2財なら、布の機会費用が相手より低ければ、ワインの機会費用(布の機会費用の逆数)は必ず相手より高くなります。どんなに生産性の低い国や人にも必ずどこかに比較優位があり、交換の網に参加する利益があります。貿易を「国同士の勝ち負け」として語る言説は今も絶えませんが、比較優位の観点では、貿易は勝敗を決める試合ではなく、互いの持ち場を決めて総生産を増やす分業です。自由貿易を支持する経済学者の広い合意は、この定理を土台にしています。
何が比較優位を決めるのか
リカードは機会費用の差の源泉を技術の差に求めましたが、20世紀のヘクシャー=オリーン理論は、資本・労働・土地といった生産要素の賦存量の差から説明しました。労働が豊富な国は労働集約的な財に、資本が豊富な国は資本集約的な財に比較優位を持つ、という考え方です。さらに現代では、比較優位は固定的な「生まれつき」ではなく、教育・インフラ・産業集積によって時間とともに変化し、政策によって形作られうるものと理解されています。かつて繊維に比較優位を持った国が電子部品へ、さらに半導体へ移っていく、といった動きこそが経済発展の物語です。
実務での使いどころと落とし穴
この理論は国家間に限らず、日々の意思決定にそのまま使えます。「自分のほうが上手いから」という理由だけで仕事を抱え込むのは、絶対優位で考える典型的な誤りです。問うべきは「この作業に使う時間の機会費用は何か」で、最も価値の高い仕事に自分を特化させ、残りは任せるのが比較優位の実践です。
一方で、理論の前提と現実のずれにも注意が必要です。比較優位は「国全体の総生産が増える」ことを保証しますが、「全員が得をする」ことは保証しません。輸入と競合する産業の労働者は職を失いえますし、産業を移るには時間も痛みも伴います。貿易の利益を負けた側に回す再分配の政策がなければ、自由貿易への支持は崩れやすくなります。貿易のルールを多国間で決めるWTOの交渉が難航してきたのも、国全体の利益と、特定の産業の損失の政治がぶつかるからです。また、モデルは労働が国内で自由に移れること、完全雇用、輸送費がないことを仮定しており、特化を深めるほど特定の産業や相手国への依存というリスクも高まります。比較優位は「交換の利益は確かに存在する」ことを示す定理であって、その利益を誰にどう配るかという問いは、理論の外側に残されています。
試問
生産性の数字は試問ごとに変わり、どちらの国が両財で絶対優位を持つかも変わります。
いまはどちらの国も自給しています(白い輪)。PPF の線をつかんで何を作るかを決め、緑青の点を動かして交換してください。
斜めの金の線=PPF(1国の労働2人月で作れる組み合わせ)。金の輪=生産(PPFの線をつかんで動かす)、緑青の点=消費(PPFの外に出ると緑に灯る)、白い輪=自給のときの点。白い線の傾きが交易条件
