ジニ係数
Gini Coefficient ・ じにけいすう
所得格差を0から1の一つの数字に圧縮する指標。国際比較の共通ものさし
概要
ジニ係数は、ある社会の所得(や資産)の格差の大きさを、0から1のあいだの一つの数字に圧縮した指標です。0は「全員の所得が完全に等しい」状態、1は「たった一人がすべての所得を独占している」状態を表し、数字が大きいほど格差が大きいことを意味します。現実の国のジニ係数はおおむね0.25から0.6程度の範囲に収まり、平等とされる北欧諸国で0.25〜0.28前後、アメリカで0.4前後というのが大まかな相場です。
この指標の価値は「比較できること」にあります。分布という複雑な情報を一つの数字にまとめてあるため、国どうしの比較、同じ国の時系列の変化、そして税と社会保障による所得再分配の前後での変化を、共通のものさしで語れます。「格差が広がった」という印象論を、検証可能な数字の議論に変えるための、国際的に最も普及した道具です。
なぜ生まれたか
20世紀初頭、産業化が進んだ各国で貧富の差が政治問題となり、「格差は本当に拡大しているのか」「どの国がより不平等なのか」を客観的に論じる必要が生まれました。しかし平均所得は分配の形をまったく伝えません。平均が同じでも、全員が中流の社会と、少数の富豪と大勢の貧困層に割れた社会はまるで別物です。分布表をそのまま並べても、どちらが「より不平等」かを一目で判定することはできませんでした。
突破口は2段階で開かれます。まず1905年にアメリカの統計学者ローレンツが、人々を貧しい順に並べて「下位x%の人々が所得全体の何%を得ているか」を描く曲線(ローレンツ曲線)を考案し、分布の形を1本の曲線として見えるようにしました。次いで1912年、イタリアの統計学者コッラド・ジニが、この曲線が完全平等の状態からどれだけ離れているかを面積の比として数値化しました。これがジニ係数です。「分布の全情報を保ったまま可視化する曲線」と「それを1個の数字に要約する係数」の組み合わせによって、格差は初めて測定と比較の対象になったのです。
詳細
ローレンツ曲線からジニ係数へ
ジニ係数の作り方を順に追います。まず社会の全員を所得の低い順に一列に並べ、横軸に人口の累積比率、縦軸に所得の累積比率を取ってプロットします。全員の所得が等しければ「下位20%の人が所得の20%を持つ」ようにグラフは45度の直線(完全平等線)になります。現実には低所得層の取り分は人口比より小さいため、曲線は必ず45度線の下にたわみます。このたわんだ曲線がローレンツ曲線で、たわみが深いほど格差は大きい。ジニ係数は、45度線とローレンツ曲線に挟まれた三日月形の面積を、45度線の下の三角形全体の面積で割った値として定義されます。完全平等なら三日月の面積は0でジニ係数も0、一人がすべてを独占すれば三日月が三角形全体に一致してジニ係数は1になります。
実際に5人の所得を動かして、分布の形がローレンツ曲線の弛みとジニ係数にどう表れるか、そして再分配で曲線が45度線に近づく様子を確かめてみてください。
スライダーで5人の所得を動かすと、ローレンツ曲線の弛みとジニ係数がその場で変わります。まず「完全平等」と「一人勝ち」を見比べてみてください。
実際の数字の読み方
日本では厚生労働省の所得再分配調査がこの指標を定期的に公表しています。市場で稼いだままの当初所得のジニ係数はおよそ0.57と大きいのですが、税と社会保障を経た再分配後所得では0.38前後まで下がります。この差こそが所得再分配の効果の大きさであり、累進課税よりも年金・医療などの社会保障給付のほうが大きく寄与していることも、この調査から読み取れます。国際比較ではOECDなどが再分配後(可処分所得ベース)の数値を整備しており、「北欧は0.25台、日本は0.33前後、アメリカは0.4前後」といった比較が可能になります。なお「0.4を超えると社会が不安定化する警戒ライン」という言説をよく見かけますが、これは経験則的な俗説であり、理論的な根拠のある閾値ではありません。
落とし穴1 — 同じ数字でも中身は違う
ジニ係数は分布を1個の数字に圧縮するため、その過程で情報が失われます。中間層が厚く上下の差が穏やかな社会と、中間層が痩せて上位と下位に二極化した社会が、同じジニ係数になることは普通にありえます。ローレンツ曲線が交差するケースでは、どちらが不平等かの判断はそもそも一意に決まりません。またジニ係数は分布の中央付近の変化に敏感で、最上位1%への集中のような裾の変化を捉えにくいという性質があり、トップ層への富の集中を論じる研究では「上位1%の所得シェア」など別の指標が併用されます。ジニ係数は万能の格差指標ではなく、要約統計量の一つとして限界込みで使う道具です。
落とし穴2 — 何の格差を測っているか
もう一つの注意は、比較の土台が揃っているかです。第一に、当初所得と再分配後所得のどちらのジニ係数かで数字は大きく変わります。「日本の格差は0.57で世界最悪級」という議論は、再分配前の数字を他国の再分配後と比べる典型的な誤りです。第二に、世帯の人数をどう調整するか(等価所得への換算)や、対象が世帯か個人かでも数値は動きます。第三に、高齢化の影響です。引退して当初所得がほぼゼロになる高齢世帯が増えると、一人ひとりの生涯の格差が変わらなくても当初所得のジニ係数は機械的に上昇します。日本の当初所得ジニの上昇の相当部分はこの人口構成の変化で説明されます。最後に、ジニ係数が測るのは通常フローの所得であり、株式や不動産といったストックの資産格差は別に測る必要があります。数字を引用するときは「誰の・何の・どの段階の所得か」を必ず確かめる — これがこの指標を使いこなす最低限の作法です。
