マクロ経済●●○○○

累進課税

Progressive Taxるいしんかぜい

所得が高いほど税率も上がる仕組み。公平と効率のトレードオフの最前線

概要

累進課税は、所得が高い人ほど高い「率」でを負担する仕組みです。単に金額が多いだけでなく、所得に占める税金の割合そのものが上がっていくのがポイントです。年収300万円の人が10%を納めるなら、年収3000万円の人は40%を納める、というように、支払い能力に応じて負担の傾きを付けます。日本の所得税や相続税がこの方式で、所得税の税率は5%から45%まで7段階に分かれています。

「金持ちからは多く取る」という直感的な公平の感覚を制度化したものですが、その裏側には精巧な設計があります。よくある誤解が「年収が一定額を超えると税率が跳ね上がって手取りが減る」というものですが、実際の累進課税は所得を輪切りにして区間ごとに税率を適用する「超過累進」方式なので、所得が増えて手取りが減ることは起きません。この仕組みと、それでもなお残る「働く意欲を削ぐのではないか」という論点が、累進課税を理解する2つの柱になります。

なぜ生まれたか

近代以前の税は、人数割りの人頭税や、塩・パンといった生活必需品への課税が中心でした。こうした税は貧しい人ほど所得に対する負担率が重くなる「逆進的」な性質を持ちます。誰もが同じ量の塩を使うなら、塩税の負担は所得の少ない人に相対的に重くのしかかるからです。産業革命以降、貧富の差が目に見えて拡大すると、「同じ1万円でも、生活ぎりぎりの人が手放す1万円と、富豪が手放す1万円では痛みがまるで違う」という感覚が無視できなくなりました。これは経済学の言葉では限界効用の逓減——所得が増えるほど追加の1円のありがたみは薄れる——として説明され、「同じ率の犠牲ではなく、同じ痛みの犠牲を求めるべきだ」という応能負担の考え方につながります。

累進的な所得税が本格的に定着したのは19世紀末から20世紀前半です。イギリスやドイツで導入が進み、2度の世界大戦の戦費調達で最高税率は各国で急上昇しました。同時にこの時期は、税を単なる財源調達の手段ではなく、格差を是正する再分配の道具として位置づけ直した転換点でもありました。累進課税は「国家の財布」と「社会の公平」という2つの要請が交差する場所に生まれた制度なのです。

詳細

超過累進 — 所得を輪切りにして区間ごとに課税する

累進課税の中核は超過累進という計算方式です。たとえば日本の所得税(簡略化)では、課税所得のうち195万円までの部分には5%、195万円を超え330万円までの部分には10%、330万円を超え695万円までの部分には20%……というように、所得を区間(ブラケット)に輪切りにし、それぞれの区間にだけその区間の税率を適用します。課税所得500万円の人は「500万円全体に20%」ではなく、「最初の195万円に5%、次の135万円に10%、残りの170万円に20%」を払います。所得が1円増えても、増えた1円にだけ高い税率がかかるので、手取りが逆転することは構造上ありえません。

限界税率課税所得5%〜195万10%〜330万20%〜695万33%〜1800万45%4000万超所得が増えても、高い税率がかかるのは「はみ出した部分」だけ
超過累進の構造 — 所得を区間に輪切りにし、区間ごとに異なる税率を適用する(日本の所得税を簡略化)

ここで重要なのが、限界税率と平均税率の区別です。限界税率は「追加で稼いだ1円にかかる税率」、平均税率は「所得全体に対する税額の割合」です。先の課税所得500万円の例では、限界税率は20%ですが、平均税率は約12%にとどまります。「最高税率45%」と聞くと所得の半分近くが消えるように感じますが、45%が適用されるのは4000万円を超えた部分だけで、平均税率が45%に達することはありません。ニュースや制度議論で税率が語られるとき、どちらの税率の話をしているのかを見分けることが、正確な理解の第一歩です。

公平と効率のトレードオフ

累進課税の設計は、公平と効率の綱引きそのものです。累進を強めるほど再分配の効果は大きくなり、ジニ係数で測った格差は縮小します。しかし限界税率が高くなりすぎると、「これ以上働いても半分以上持っていかれる」という状況が生まれ、労働や投資へのインセンティブを弱めるおそれがあります。高所得者ほど働き方や所得の形(給与か、株式報酬か、どの国で稼ぐか)を調整する余地が大きいため、税率を上げても課税ベースが逃げて税収が思ったほど増えない、という現象も起きます。最高税率をどこに置くべきかは、この行動の変化の大きさ——経済学でいう課税に対する弾力性——の実証を巡って、今も研究と論争が続いています。

実際、主要国の所得税の最高税率は、第二次大戦後には70〜90%台に達していましたが(米国は一時94%)、1980年代の減税の波以降は40〜50%前後に収まっています。これは「高すぎる累進は効率を損なう」という考え方が優勢になった時代の反映ですが、近年は格差拡大を受けて、再び累進強化を求める議論が力を得ています。振り子は今も揺れ続けているのです。

景気の自動ブレーキとしての顔

累進課税には、意図せざる副産物として景気を安定させる働きがあります。好況で所得が伸びると、より高い税率区間に入る人が増えて税負担が所得以上のペースで増え、過熱を抑えます。不況で所得が減れば、逆に税負担が所得以上に軽くなり、手取りの落ち込みを和らげます。国会の審議を待たずに景気と逆方向の力が自動で働くこの性質は、自動安定化装置と呼ばれ、財政政策の重要な一部と位置づけられています。

実務での落とし穴 — 何が累進で、何がそうでないか

税制全体を見るときは、個々の税の性質を見分ける目が要ります。所得税は累進的ですが、消費税は税率が一律なので、所得に対する負担率で見ると低所得者ほど重い逆進性を持ちます。社会保険料には上限があるため、高所得層では負担率がむしろ下がります。また、株式の配当や売却益が給与所得と分離して低い一律税率で課税される国では、金融所得の多い富裕層の実効的な負担率が中間層より低くなる「1億円の壁」と呼ばれる現象が生じます。もうひとつの古典的な落とし穴が、インフレーションの進行時に名目所得だけが増えて実質的な購買力は変わらないのに高い税率区間へ押し上げられる「ブラケットクリープ」で、税率区間を物価に連動させる国があるのはこのためです。累進課税を評価するには、所得税の税率表だけでなく、税と社会保険料の全体でどれだけ累進的かを見る必要があります。