租税
Tax ・ そぜい
法律に基づく強制的な徴収。公共サービスの財源であり、人々の行動を変える装置でもある
✦ 30秒で試す — 航海税を納める人と、税を負担する人は別人かもしれない買い手が納めるようにすると、客の負担(値段+税)は?予想してみる概要
租税とは、政府が公共サービスの財源として、法律に基づき強制的に徴収するお金です。対価と直接引き換えでない点が料金との違いで、納めた税額と受け取るサービスは一対一に対応しません。道路・警察・国防・教育といった、市場に任せると十分に供給されない公共財を社会が持つには、皆から強制的に集める仕組みがどうしても必要になります。お金を払わない人を締め出せない財は、払わずに使う「ただ乗り」が合理的になってしまうからです。
ただし、税を「政府の集金」とだけ見ると半分しか理解したことになりません。何かに課税すれば、人々はそれを避けるように行動を変えます。つまり税は、強力なインセンティブの装置でもあります。たばこ税は喫煙を減らし、住宅ローン減税は持ち家の取得を促し、所得税は働き方に影響します。財源を集める顔と行動を変える顔 — この2つをどう設計するかが、税制という分野の中心にある問いです。
日本の国の税収(一般会計)は、2025年度の決算で84.2兆円と6年続けて過去最高を更新しました。内訳の上位は消費税(約26.0兆円)、所得税(約25.3兆円)、法人税(約21.7兆円)で、2020年度からは消費税が最大の税目になっています。これに都道府県・市町村の地方税が加わり、さらに税ではない社会保険料が同じくらいの規模で給与から差し引かれています。
なぜ生まれたか
徴税そのものは国家の歴史と同じだけ古く、古代エジプトの穀物税から中世の人頭税まで、権力は常に何らかの形で富を吸い上げてきました。しかし近代以前の税はしばしば恣意的で、支払う力(担税力)を無視した取り立てでした。1215年のマグナ・カルタが王の課税に諸侯の同意を求め、「代表なくして課税なし」を掲げたアメリカ独立革命が続いたように、課税権の濫用への抵抗が議会制民主主義を育てました。日本国憲法も84条で「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定めています(租税法律主義)。税の中身を決めるのは行政ではなく、国民の代表である国会です。
税を経済学の対象として体系化したのはアダム・スミスで、『国富論』(1776年)で公平・明確・便宜・徴税費最小の4原則を示し、「良い税とは何か」を論じる伝統が始まりました。日本の税制はいまも「公平・中立・簡素」の3原則を掲げています。公平は負担能力に応じること、中立は税が人々の選択をなるべく歪めないこと、簡素は仕組みが分かりやすく徴税費が小さいことです。
経済学が税に取り組み続けるのは、ほぼあらゆる税が経済活動を歪めるからです。所得に課税すれば働く意欲が、消費に課税すれば購買が、利益に課税すれば投資が、程度の差はあれ削がれます。必要な財源を、歪みと不公平をできるだけ小さくしながら集めるにはどう設計すればよいか。この最適化の問いが、1927年にフランク・ラムゼイが示した最適課税の理論から現代の研究まで続いています。
詳細
税の分類 — 何に、誰から
税は「何に課すか」で大きく分けられます。所得税・法人税のように稼ぎに課す税、消費税・酒税のように使うことに課す税、固定資産税・相続税のように持つことに課す税です。また、納める人と負担する人が同じ税を直接税(所得税など)、異なる税を間接税(消費税など。納めるのは事業者、負担するのは消費者)と呼びます。所得が高いほど高い税率を適用する仕組みは累進課税と呼ばれ、所得再分配の主要な道具です。逆に消費税は、低所得者ほど所得に占める負担の割合が重くなる逆進性を持つ一方、景気や人口構成に左右されにくい安定した財源という長所があります。輸入品にだけかける関税も税の一種で、財源よりも国内産業の保護のために使われるのが普通です。
税は取引を縮ませる — くさびと死荷重
税の経済分析で最も重要な洞察は、「税の本当のコストは税収より大きい」ことです。ある商品に1個300円の税をかけると、買い手の払う価格と売り手の受け取る価格のあいだに300円の差、つまりくさびが打ち込まれます。数字で追ってみましょう。課税前は1個600円で60個が取引されていたとします。課税後は、買い手が払う価格が750円に上がり、売り手が受け取る価格は450円に下がり、取引は37.5個に減ります。税収は300円×37.5個=11,250円です。一方、減った22.5個の取引は「本来なら買い手も売り手も得をしたはずなのに、税のせいで成り立たなかった交換」で、その利益(図の朱の三角形、300円×22.5個÷2=3,375円)は誰の懐にも入りません。政府の税収にすらならないこの純損失を死荷重(デッドウェイト・ロス)と呼びます。余剰で数えると、買い手と売り手が失った余剰は税収より死荷重の分だけ大きいのです。
死荷重の三角形は、底辺(減った取引量)も高さ(くさび)も税額に比例して伸びます。だから死荷重は税率のほぼ2乗に比例し、税を2倍にすると死荷重は約4倍になります。同じ税収を集めるなら、少数の品目に高い税率をかけるより、多くの品目に薄く広くかけるほうが歪みは小さい — 「広く薄く」という税制の格言の根拠です。ラムゼイはさらに一歩進め、どうしても品目ごとに税率を変えるなら、価格に反応しにくい(価格弾力性の低い)品目ほど高い税率にすると全体の歪みが最小になることを示しました(逆弾力性ルール)。ただし反応しにくい品目の多くは食料のような必需品なので、効率を追うと逆進的になる — 効率と公平がここでもぶつかります。
税率を上げ続けると、取引そのものが消えて税収はかえって減ります。税率0%でも100%でも税収はゼロになるので、その間のどこかに税収が最大になる税率があります。この山形の関係はラッファー曲線と呼ばれます。理屈として正しい一方で、「減税すれば税収が増える」と言えるのは税率が山の頂上より右にあるときだけで、現実の多くの税がそこにあるという証拠は乏しい、というのが実証研究のおおむねの見方です。
誰が本当に負担するのか — 転嫁と帰着
もうひとつの重要な視点が、法律上の納税者と実際の負担者は別だということです。先の例で、300円の税のうち買い手は150円(750円−600円)、売り手は150円(600円−450円)を負担しています。税を納めるのが売り手でも買い手でも、この割り振りは変わりません。負担が最終的に誰へ行き着くか(帰着)を決めるのは、法律の文言ではなく需要と供給の傾きです。価格が変わっても量を変えられない側、つまり逃げられない側がより多く負担します。
消費税を納めるのは事業者ですが、買い手が値上がりを受け入れるなら負担するのは消費者です。法人税は企業が納めますが、その負担は値上げを通じて顧客に、賃金の抑制を通じて従業員に、配当の減少を通じて株主に分かれます。資本は国境を越えて逃げやすく、労働者は逃げにくいので、開放経済では法人税の負担のかなりの部分が賃金に及ぶとする研究もあります。「企業に課税すれば庶民は痛まない」という直観は、この転嫁の仕組みを見落とした議論の典型です。
下の部品で確かめてください。くさびを引き伸ばすと税収の長方形と死荷重の三角形がどう育つか、線の端を振って傾きを変えると負担の割り振りがどう動くかが見えます。
交点にある紫のくさびをつかんで上へ引いてください。税が大きくなるほど、何が満ちて、何が消えるでしょう。
緑青の線=需要、金の線=供給。紫の長方形=税収(上の緑青の帯が買い手の負担、下の金の帯が売り手の負担)、朱の三角形=死荷重。下の点の列=取引の組(朱の×は税で消えた取引)
歪みを逆手に取る — 行動を変えるための税
税が行動を歪めるという性質は、裏返せば設計次第で望ましい方向に行動を導けるということでもあります。公害のように取引の外側の第三者に損害が及ぶ外部性があるとき、市場の均衡は社会にとって多すぎる取引を生みます。これは市場の失敗の典型で、損害の分をあえて税で価格に織り込ませれば、失敗をむしろ修正できます。これがピグー税の発想で、炭素税やたばこ税がその実例です。この場合は取引が減ること自体が目的なので、通常の税で嫌われる「歪み」が便益に変わります。
マクロの視点を添えると、税は財政政策の2本のレバーの1本でもあります。減税は家計の可処分所得を増やして景気を刺激し、増税は過熱を冷まします。財源・再分配・行動誘導・景気調整 — 1つの制度がこれだけ多くの役割を負っているからこそ、税制改正は常に「何かを立てれば何かが立たない」トレードオフの調整であり、経済学と政治がぶつかる最前線であり続けています。
試問
1個300円の税がかかった市場です。いまは買い手と売り手が150円ずつ負担しています。
1個あたり300円の税がかかっています。いまは買い手と売り手が半分ずつ負担しています。線の端をつかんで傾きを変えてみてください。
緑青の線=需要、金の線=供給。紫の長方形=税収(上の緑青の帯が買い手の負担、下の金の帯が売り手の負担)、朱の三角形=死荷重。下の点の列=取引の組(朱の×は税で消えた取引)
