ミクロ経済●●●○○

価格弾力性

Price Elasticityかかくだんりょくせい

価格が変わったとき需要や供給がどれだけ反応するかの感応度

概要

価格弾力性は、価格が変わったときに買う量や売る量がどれだけ反応するかを測る「感応度」の指標です。たとえば需要の価格弾力性は「価格が1%上がったとき、需要量が何%減るか」で定義されます。値上げしても客がほとんど減らないなら需要は「非弾力的」、少しの値上げで客が大きく逃げるなら「弾力的」です。ゴムのように伸び縮みする度合いになぞらえて、弾力性という名前が付いています。

需要と供給の曲線が「どちらの方向に動くか」を教えてくれるのに対し、弾力性は「どれくらい動くか」を教えてくれます。米やガソリンは値上がりしても消費量をあまり減らせないので非弾力的、特定ブランドの菓子は代わりがいくらでもあるので弾力的 — この違いが、値上げで売上が増えるか減るか、増税の負担を誰が背負うか、豊作が農家を豊かにするか貧しくするかを分けます。方向だけでなく大きさまで語れるようになる、需給分析の「第2段階」の道具です。

なぜ生まれたか

需要曲線と供給曲線の枠組みができた19世紀後半、実際の問題に適用しようとした経済学者たちはすぐに壁に当たりました。「値上げすれば需要は減る」という定性的な答えだけでは、鉄道会社が運賃を上げるべきかどうかも、政府がどの品に課税すれば税収が安定するかも判断できないのです。財ごとに反応の強さがまるで違うのに、それを表現し比較する共通の物差しがありませんでした。

この物差しを整備したのがアルフレッド・マーシャルです。彼は反応の強さを「金額の変化」ではなく「パーセントの変化の比率」で測ることを提案しました。パーセント同士の比にすれば、単位(円かドルか、キログラムか個数か)に依存しない純粋な数値になり、米とダイヤモンドのようにまったく異なる財の反応度を同じ土俵で比較できます。弾力性が1を境に「値上げで売上が増えるか減るか」が切り替わるという実用的な性質もあり、弾力性は理論と実務(価格設定・課税・規制)をつなぐ標準の道具として定着しました。

詳細

定義と分類

需要の価格弾力性は「需要量の変化率 ÷ 価格の変化率」で計算します(符号は通常、絶対値で扱います)。この値が1より大きければ「弾力的」、1より小さければ「非弾力的」、ちょうど1なら「単位弾力的」と呼びます。弾力性が1を境に意味を持つのは、売上(価格×数量)との関係が反転するからです。弾力的な財では、1%の値上げが1%を超える数量減を招くため、値上げすると売上は減ります。非弾力的な財では数量があまり減らないため、値上げすると売上は増えます。企業の値上げ・値下げの判断は、実質的に「自社製品の需要は弾力的か」という問いなのです。

グラフの上では、弾力性の違いは需要曲線の傾きの違いとして現れます(厳密には傾きそのものではありませんが、直感としては有効です)。非弾力的な需要は縦に急な曲線、弾力的な需要は横に寝た曲線になり、同じ価格の変化に対する数量の反応がまったく違ってきます。

非弾力的な需要 — 必需品など価格数量需要値上げ後元の価格数量はわずかに減るだけ弾力的な需要 — 代替品が多い財価格数量需要値上げ後元の価格同じ値上げ幅で数量が大きく減る
非弾力的な需要と弾力的な需要 — 同じ幅の値上げでも、数量の反応がまったく違う

弾力性を決める要因

ある財の需要が弾力的かどうかは、主に4つの要因で決まります。第一に代替品の存在です。他で代わりが利く財ほど、値上がりすればそちらに乗り換えられるため弾力的になります。同じ「飲み物」でも、飲料全体の需要は非弾力的なのに、特定ブランドの需要が弾力的なのはこのためです。第二に必需品か嗜好品かの違いで、生きるため・仕事のために欠かせない財は消費量を減らしにくく、非弾力的になります。第三に支出に占める割合で、塩のように家計のごく一部しか占めない財は、価格が倍になっても行動を変える動機が弱く、非弾力的です。第四に時間です。ガソリンが高騰しても翌日にできることは少ないですが、数年あれば燃費の良い車への乗り換えや引っ越しが可能になるため、需要は短期には非弾力的でも長期には弾力的になります。供給側の弾力性も同様に、増産のしやすさと時間の長さで決まります。

実務での使いどころ — 課税と価格戦略

弾力性が威力を発揮する代表例が課税の分析です。たばこ税やガソリン税のように非弾力的な財へのは、課税されても消費量があまり減らないため税収が安定します。しかし同じ理由で、税負担は消費者に転嫁されやすくなります。実は「税金を誰が納めるか(法律上の負担者)」と「誰が実質的に負担するか(経済上の帰着)」は別物で、負担は需要と供給のうち非弾力的な側 — 逃げ場のない側 — に多く帰着することが知られています。これは価格メカニズムを通じて税が価格に織り込まれる結果であり、法律の文面ではなく弾力性が負担の行き先を決めるという、直感に反する重要な結論です。

企業の価格戦略でも弾力性は中心概念です。鉄道の通勤定期とオフピークの割引、映画館の学生料金のように、同じ財でも弾力性の異なる顧客層に別の価格を付ける「価格差別」は、弾力性の応用そのものです。また、農業で語られる「豊作貧乏」も弾力性で説明できます。農産物の需要は非弾力的なため、豊作で供給が増えると価格が収穫の増加率以上に暴落し、市場均衡は「数量は少し増え、価格は大きく下がる」点へ移って、農家の収入総額はかえって減ってしまうのです。

落とし穴 — 弾力性は一定ではない

使ううえでの注意は、弾力性が「その財に固有の定数」ではないことです。同じ財でも、価格帯によって、時間の長さによって、顧客層によって弾力性は変わります。直線の需要曲線ですら、高価格帯では弾力的、低価格帯では非弾力的になります。過去のデータから推定した弾力性を、大幅な値上げやまったく別の顧客層にそのまま当てはめると予測を外します。また、値上げの影響を測るときに、競合の反応や品質イメージの変化といった「価格以外の要因」が同時に動いていると、純粋な価格弾力性を取り出せません。弾力性は強力な要約指標ですが、「いつ・どこで・誰について測ったか」という文脈とセットで使う道具です。