価格弾力性
Price Elasticity ・ かかくだんりょくせい
価格が1%変わると買う量・売る量が何%変わるか。値上げで売上が増えるか減るかを分ける感応度
✦ 30秒で試す — 航海値上げで客が逃げても、売上が増えることがある値上げの後、1日の売上は?予想してみる概要
価格弾力性は、価格が変わったときに買う量や売る量がどれだけ反応するかを測る「感応度」の指標です。需要の価格弾力性は「価格が1%上がったとき、需要量が何%減るか」で定義されます。値上げしても客がほとんど減らないなら需要は「非弾力的」、少しの値上げで客が大きく逃げるなら「弾力的」です。ゴムのように伸び縮みする度合いになぞらえて、弾力性という名前が付いています。
需要と供給の曲線が「どちらの方向に動くか」を教えてくれるのに対し、弾力性は「どれくらい動くか」を教えてくれます。米やガソリンは値上がりしても消費量をあまり減らせないので非弾力的、特定ブランドの菓子は代わりがいくらでもあるので弾力的です。この違いが、値上げで売上が増えるか減るか、増税の負担を誰が背負うか、豊作が農家を豊かにするか貧しくするかを分けます。方向だけでなく大きさまで語れるようになる、需給分析の「第2段階」の道具です。
なぜ生まれたか
需要曲線と供給曲線の枠組みができた19世紀後半、実際の問題に当てはめようとした経済学者たちはすぐに壁に当たりました。「値上げすれば需要は減る」という答えだけでは、鉄道会社が運賃を上げるべきかどうかも、政府がどの品に課税すれば税収が安定するかも判断できません。財ごとに反応の強さがまるで違うのに、それを表して比べる共通の物差しがなかったのです。
しかも、傾き(価格が1円上がると何個減るか)では比べられません。単位を円からドルに、個からキログラムに変えるだけで数字が変わってしまうからです。アルフレッド・マーシャルは『経済学原理』(1890年)で、反応の強さを「金額や個数の変化」ではなく「パーセントの変化の比」で測ることを提案しました。パーセント同士の比にすれば単位に依存しない純粋な数になり、米とダイヤモンドのようにまったく違う財の反応度を同じ土俵で比べられます。
弾力性には、理論と実務をつなぐ性質もありました。弾力性が1を境に「値上げで売上が増えるか減るか」が切り替わるのです。この性質のおかげで、弾力性は価格設定・課税・規制の判断に使える標準の道具として定着しました。
詳細
定義と、売上との関係
需要の価格弾力性は「需要量の変化率 ÷ 価格の変化率」で計算します(需要量は価格と逆に動くので、符号を外して絶対値で扱うのがふつうです)。この値が1より大きければ「弾力的」、1より小さければ「非弾力的」、ちょうど1なら「単位弾力的」と呼びます。
1が境目になるのは、売上(価格 × 数量)との関係が反転するからです。弾力的な財では、1%の値上げが1%を超える数量の減少を招くため、値上げすると売上は減ります。非弾力的な財では数量があまり減らないため、値上げすると売上は増えます。企業の値上げ・値下げの判断は、実質的に「自社製品の需要はいまの価格で弾力的か」という問いなのです。
注意したいのは、弾力性は需要曲線の傾きではないことです。直線の需要曲線は傾きがどこでも同じですが、弾力性は場所によって変わります。価格が高く数量が少ない左上では、数量の1個の変化が大きな割合に当たるので弾力的になり、価格が安く数量の多い右下では非弾力的になります。直線ならちょうど真ん中で弾力性が1になり、そこで売上の長方形が最大になります。
数字で追ってみます。図の需要で、価格を400円から500円に上げると、客は60人から50人に減ります。変化率を元の値で割ると、数量は −16.7%、価格は +25% で、弾力性は 0.67 です。ところが逆に500円から400円に下げる場合を計算すると、数量は +20%、価格は −20% で、弾力性は 1.0 になります。同じ区間なのに、どちらから数えるかで答えが変わってしまうのです。そこで区間の弾力性(弧弾力性)では、変化の前後の平均を分母にする「中点法」を使います。数量は 10 ÷ 55 = 18.2%、価格は 100 ÷ 450 = 22.2% で、弾力性は 0.82 です。変化を小さくしていった極限が、曲線の1点で測る点弾力性です。
下の部品では、需要曲線が直線ではなく曲がっています。曲線の上の点をつかんで滑らせ、売上の長方形がどこで最大になるか、そこが真ん中なのかを確かめてください。
曲線の上の金の点をつかんで上下に滑らせてください。金色の長方形の面積が売上(価格 × 客数)です。値上げすると、右の店から客が出ていきます。
緑青の曲線=需要。曲線の朱の側=弾力的(値上げで売上が減る)、緑の側=非弾力的(値上げで売上が増える)。金の長方形=売上。右=店に来ている客(1粒=2.5人)と売上の棒
弾力性を決める要因
ある財の需要が弾力的かどうかは、主に4つの要因で決まります。第一に代替品の有無です。代わりが利く財ほど、値上がりすればそちらに乗り換えられるため弾力的になります。同じ飲み物でも、飲料全体の需要は非弾力的なのに、特定ブランドの需要が弾力的なのはこのためです。第二に必需品か嗜好品かの違いで、生きるため・働くために欠かせない財は消費量を減らしにくく、非弾力的になります。第三に支出に占める割合で、塩のように家計のごく一部しか占めない財は、価格が倍になっても行動を変える動機が弱く、非弾力的です。第四に時間です。ガソリンが高騰しても翌日にできることは少ないですが、数年あれば燃費の良い車への乗り換えや引っ越しができるため、需要は短期には非弾力的でも長期には弾力的になります。供給側の弾力性も同じように、増産のしやすさと時間の長さで決まります。
価格以外の弾力性 — 所得と、ほかの財の価格
弾力性の考え方は価格以外にも使えます。所得弾力性は、所得が1%増えたとき需要が何%変わるかです。ふつうの財(正常財)はプラスで、とくに1を超える財は、所得が増えると支出に占める割合が増える贅沢品です。所得が増えると買う量がかえって減る財(安価な代用品など)は下級財と呼ばれ、所得弾力性がマイナスになります。景気が良くなると外食や旅行の売上が大きく伸び、スーパーの特売品はあまり伸びないのは、この違いです。
交差弾力性は、別の財の価格が1%上がったとき、この財の需要が何%変わるかです。プラスなら代替財(コーヒーが値上がりすると紅茶が売れる)、マイナスなら補完財(プリンターが値上がりするとインクも売れなくなる)です。競争政策で「この2社は同じ市場で競争しているか」を判断するときも、交差弾力性の大きさが手がかりにされます。
実務での使いどころ — 課税と価格戦略
弾力性が威力を発揮する代表例が課税の分析です。たばこ税やガソリン税のように非弾力的な財への税は、課税されても消費量があまり減らないため税収が安定し、取引の減少による損失(死荷重、余剰で扱います)も小さくなります。しかし同じ理由で、税の負担は消費者に転嫁されやすくなります。「税金を誰が納めるか(法律上の負担者)」と「誰が実質的に負担するか(経済上の帰着)」は別物で、負担は需要と供給のうち非弾力的な側 — 逃げ場のない側 — に多くかかります。法律の文面ではなく弾力性が負担の行き先を決める、という直感に反する結論です。
企業の価格戦略でも弾力性は中心の概念です。鉄道の通勤定期とオフピーク割引、映画館の学生料金のように、同じ財でも弾力性の違う客層に別の価格を付ける「価格差別」は、弾力性の応用そのものです(独占で詳しく扱います)。さらに、価格を自分で決められる独占企業は、需要が弾力的な区間で価格を付けることが知られています。非弾力的な区間にいるなら、値上げすれば売上が増えて作る量も減らせるので、まだ値上げの余地があるからです。価格がどれだけ費用を上回っているかを示すラーナー指数(価格 − 限界費用)÷ 価格は、利潤を最大にする企業では弾力性の逆数に等しくなります。弾力性が小さい(客が逃げない)市場ほど、上乗せ幅が大きくなるわけです。
農業で語られる「豊作貧乏」も弾力性で説明できます。農産物の需要は非弾力的なため、豊作で供給が増えると、価格が収穫の増加率以上に大きく下がります。市場均衡は「数量は少し増え、価格は大きく下がる」点へ移り、農家の収入の合計はかえって減ってしまうのです。
落とし穴 — 弾力性は一定ではない
使ううえでの注意は、弾力性が「その財に固有の定数」ではないことです。同じ財でも、価格帯によって、時間の長さによって、客層によって弾力性は変わります。直線の需要曲線ですら、高価格帯では弾力的、低価格帯では非弾力的です。過去のデータから推定した弾力性を、大幅な値上げやまったく別の客層にそのまま当てはめると予測を外します。また、値上げの影響を測るときに、競合の反応や品質のイメージの変化といった「価格以外の要因」が同時に動いていると、純粋な価格弾力性を取り出せません。弾力性は強力な要約の指標ですが、「いつ・どこで・誰について測ったか」という文脈とセットで使う道具です。
試問
ある店の商品の需要曲線です。形は直線ではなく、どこで売上が最大になるかは分かりません。
いまの価格は安すぎるかもしれません。曲線の上の金の点をつかんで滑らせ、金色の長方形(売上)がいちばん大きくなる価格を探してください。
緑青の曲線=需要(その価格で来る客数)。金の長方形=売上(価格 × 客数)。右=店に来ている客(1粒=2.5人)と売上の棒
