ミクロ経済●●○○○

市場均衡

Market Equilibrium ・ しじょうきんこう

需要と供給が釣り合い、価格が動く理由を失った点。ずれを引き戻す力があって初めて成り立つ

✦ 30秒で試す — 航海高く売れた翌年、キャベツは畑に捨てられる値段の上下が年ごとに落ち着いていくのは、農家が?予想してみる

概要

市場均衡は、需要と供給がちょうど釣り合い、価格がそれ以上動く理由を失った状態を指します。買いたい量と売りたい量が一致しているため、売れ残りも品不足も発生せず、値下げの圧力も値上げの圧力も働きません。このときの価格を均衡価格、取引量を均衡数量と呼びます。天秤の両皿が釣り合って針が止まった状態を想像すると、「均衡(equilibrium)」という物理学由来の言葉のイメージがつかめます。

大事なのは、均衡が「誰かが決めた正解」ではなく「無数の売り手と買い手の綱引きが落ち着く点」だということ、そして落ち着くのはずれたときに引き戻す力が働くからだということです。経済学者が市場を分析するとき、ほぼすべての議論はこの均衡を基準点として組み立てられます。「消費税を上げたら価格と取引量はどうなるか」「豊作は農家の収入を増やすか」といった問いは、すべて「均衡がどこからどこへ移るか」という形に翻訳して答えます。市場均衡は、複雑な現象を分析できる形にするための、いわば座標の原点です。

なぜ生まれたか

19世紀半ばまでの経済学は、「価格はなぜその水準になるのか」に決定打を持っていませんでした。アダム・スミスやリカードの古典派は、モノの価値を生産に投じた労働(費用)で説明しようとしましたが、スミス自身が挙げた「水は生きるのに欠かせないのに安く、ダイヤモンドはほぼ役に立たないのに高い」という水とダイヤモンドの逆説を、うまく解けませんでした。

逆説を解いたのは、1870年代の限界革命です。ジェヴォンズ(1871年)、メンガー(1871年)、ワルラス(1874年)は、それぞれ独立に、価値を決めるのは「全体としての有用さ」ではなく「もう1単位の有用さ」、つまり限界効用だと考えました。水はふんだんにあるので最後の1杯の有難みは小さく、ダイヤモンドは少ないので1粒の有難みが大きい。ここで「買い手の側の主観」が価格の理論に入ってきます。

一方の「作り手の費用」と、もう一方の「欲しがる人の主観」を1枚の図に統合したのが、アルフレッド・マーシャルの『経済学原理』(1890年)です。彼は「価格を決めるのは需要か供給か」という古典派と限界効用派の対立を、「紙を切るのはハサミの上の刃か下の刃か」と問うようなものだと退け、需要と供給の2本の曲線の交点として価格を定式化しました。同じ頃ワルラスは、1つの市場だけでなく経済のすべての市場が同時に釣り合う「一般均衡」の体系を築きます。その均衡が数学的に本当に存在するかは長く未解決で、アロー(Kenneth Arrow)とドブリュー(Gérard Debreu)が1954年に一定の条件のもとで存在を証明しました。均衡という概念のおかげで、経済学は「日々揺れ動く現実の価格」と「力が釣り合う理論上の基準点」を区別し、税や規制の効果を均衡の移動として予測できるようになったのです。

詳細

均衡へ引き戻す力 — 超過供給と超過需要

市場均衡が単なる偶然の一致点でないのは、そこから外れると引き戻す力が働くからです。価格が均衡より高いと、売りたい量が買いたい量を上回る「超過供給」が生まれます。売れ残りを抱えた売り手は値下げで対抗し、価格は下がります。逆に価格が均衡より低いと、買いたい量が売りたい量を上回る「超過需要」となり、品薄の中で高くても買いたい人が値を競り上げます。価格の変化が過不足の情報を伝えて行動を調整するこの働きが価格メカニズムであり、均衡はその調整が完了した状態です。誰も命令していないのに全体が釣り合う様子を、アダム・スミスは見えざる手と表現しました。

引き戻し方には2つの見方があります。ワルラス的調整は「過不足があると価格が動く」と考えます。品不足なら値上がり、売れ残りなら値下がりで、株式の取引所のように価格が素早く動く市場によく合います。マーシャル的調整は「買い手が払ってよい額と売り手の費用に差があると数量が動く」と考えます。買い手がもっと払ってよいなら作り手は増産し、費用のほうが高ければ減産する。工場の生産計画のように、量を決めてから価格が付く市場に合う見方です。どちらの見方でも、ふつうの右下がりの需要と右上がりの供給なら同じ均衡に戻ってきます。

均衡の移動 — 分析の基本動作

市場均衡を使った分析の基本動作は、「何かが変わったとき、均衡がどこへ移るか」を追うことです。健康ブームである食品の人気が高まると、需要曲線が右へシフトし、均衡は「より高い価格・より多い数量」の点へ移ります。原材料の高騰で供給曲線が左へシフトすれば、均衡は「より高い価格・より少ない数量」へ移ります。ニュースで見る価格変動の多くは、この2種類のシフト(またはその組み合わせ)として読み解けます。

変化の前価格数量需要供給均衡点需要が増えた後価格数量元の需要新しい需要供給新しい均衡均衡価格も均衡数量も上がる
需要が増えたときの均衡の移動 — 需要曲線が右へ動くと、交点である均衡が右上へ移る

混同しやすいのが、「価格が変わったから買う量が変わった(曲線の上の移動)」と「価格以外の事情が変わって曲線ごと動いた(シフト)」の区別です。均衡が移るのは後者が起きたときで、前者は均衡へ向かう調整の途中経過にすぎません。この区別を意識するだけで、需給分析の間違いの大半は避けられます。

均衡に届かないこともある — くもの巣モデル

引き戻す力があっても、均衡にたどり着けるとは限りません。典型が、生産に時間のかかる市場です。キャベツ農家は、今年の作付けを去年の値段を見て決めます。去年が高値なら多めに植え、収穫期には出回りすぎて値崩れします。値崩れを見た翌年は植え付けを控え、今度は品薄で高値になる。価格と生産量が交互に行き過ぎる様子を需給図にたどると、蜘蛛の巣のような渦ができるので「くもの巣モデル」と呼ばれます(カルドアが1934年に名づけました)。

収束する(倍率 0.7)価格数量需要供給出発供給が急 → 行き過ぎが縮む発散する(倍率 1.3)価格数量需要供給出発需要が急 → 行き過ぎが膨らむ
くもの巣モデル — 前の期の価格を見て作ると、行き過ぎが毎期「需要の傾き ÷ 供給の傾き」倍になる。左は0.7倍で均衡へ収束、右は1.3倍で発散する

数字で追ってみます。均衡価格が500円の市場で、ある年の価格が700円だったとします。需要曲線の傾きが供給曲線の0.7倍なら、翌年の行き過ぎは200円の0.7倍=140円(価格は360円)、その翌年は98円(598円)、次は69円(431円)と縮み、5年ほどで均衡の近くに収まります。ところが倍率が1.3倍なら、200円→260円→338円と行き過ぎが膨らんでいきます。どちらになるかを決めているのは、値動きへの生産の反応の強さ(供給曲線の傾き)と、買い手の反応の強さ(需要曲線の傾き)の比です。

下の部品で確かめてください。はじめは遅れのない調整です。白い価格の線をつかんで均衡の外に置くと、売れ残りの箱や行列が現れます。▶ で時間を進めると、過不足が価格を押し戻します。次に「作付けに1期の遅れ」に切り替え、曲線の端の丸をつかんで傾きを変えながら、渦が縮む市場と広がる市場を作ってみてください。

⚡ 体験: 価格を均衡の外に置いて、引き戻す力を見る
02004006008001000価格(円)数量需要供給売れ残りE740円各期の価格050010005期04812
期0いまの価格740円過不足売れ残り 4.8
調整
0期

白い価格の線をつかんで上下させると、その価格での売れ残りや行列が見えます。置いたら ▶ 動かす で時間を進めてください。

緑青=需要曲線、金=供給曲線、E=均衡点(動かない)。金の箱=売れ残り、緑青の点=行列。線の端の丸をつかむと傾きが変わる。右の図は各期の価格

現実の農産物では、農家が去年の値段だけでなく先物価格や天気予報を見て作付けを決めるので、教科書どおりの発散はめったに起きません。それでも、豚の飼育頭数と豚肉価格が数年周期で上下する「ピッグ・サイクル」、半導体の設備投資が好況期に集中して数年後に供給過剰を招く「シリコン・サイクル」、住宅の着工と完成の時間差など、調整の遅れが価格の波を生む現象は各所に見られます。

部分均衡と一般均衡

ここまでの話は、1つの財の市場だけを取り出して他を固定する「部分均衡分析」です。しかし現実には市場同士がつながっています。ガソリンが値上がりすれば車の需要が変わり、車の生産が減れば鉄鋼の需要も変わる、というように、1つの市場の変化は他の市場の均衡を連鎖的に動かします。すべての市場が同時に釣り合う状態を考えるのが「一般均衡分析」で、大型の税制改正や自由貿易協定のように経済全体へ波及する政策の評価にはこちらの視点が要ります。日常の分析は部分均衡で十分なことが多いものの、「他の市場は変わらない」という仮定を暗黙に置いていることは覚えておく価値があります。

均衡は「実現する」とも「望ましい」とも限らない

実務で市場均衡を使うときの落とし穴は2つあります。第一に、均衡がいつも速やかに実現するとは限りません。くもの巣のような調整の遅れに加えて、価格が法律で固定されると市場は均衡に到達できません。家賃の上限規制は超過需要(住宅不足)を、最低賃金が均衡の賃金を大きく上回れば超過供給(失業)を、それぞれ抱えたまま動けなくなります(価格統制の副作用は価格メカニズムの記事で詳しく扱います)。

第二に、均衡は「その市場の力が釣り合った点」であって「社会にとって最善の点」とは限りません。競争的な市場の均衡は取引の得(余剰)を最大にするという美しい性質を持ちますが、それは競争が働き、外部性がなく、情報が行き渡っているといった条件付きの話です。公害のような外部性があれば、市場が落ち着いた均衡でも社会的には生産過剰であり、こうしたずれは市場の失敗として別に扱われます。均衡は「ここが釣り合いの点だ」と教えてくれる基準点で、そこが良い場所かどうかの評価には、もう一段の分析が必要なのです。

試問

キャベツのように作付けに1期かかる市場です。このままでは、価格の振れが毎期大きくなっていきます。

✦ 命題挑戦中

作付けに1期の遅れがある市場で、供給曲線をつかんで傾け、5期以内に均衡の近くまで落ち着く市場に変えよ

  • 作付けの遅れがある市場を、5期以上動かした
  • 価格の振れ幅が、期を追うごとに小さくなっている
  • 5期目の価格が均衡(500円)の ±25円 以内
⚡ 体験: 供給の傾きを変えて、くもの巣を収束させる
02004006008001000価格(円)数量需要供給売れ残りE700円各期の価格050010005期04812
期0いまの価格700円
0期

いまの市場は、▶ で動かすと価格の振れがどんどん大きくなります。金の線の右上の端をつかんで供給曲線を傾け、5期以内に落ち着く市場に変えてください。

緑青=需要曲線、金=供給曲線、E=均衡点(動かない)。金の箱=売れ残り、緑青の点=行列。線の端の丸をつかむと傾きが変わる。右の図は各期の価格