ミクロ経済●●●○○

余剰

Economic Surplus ・ よじょう

取引で得をした分の合計。税や規制が生む得の移転と損失(死荷重)を、面積で測る分析道具

✦ 30秒で試す — 航海同じ額の税でも、どこに掛けるかで社会の損は何倍も違う税を1個10円から20円に上げると、消える得は?予想してみる

概要

余剰とは、取引によって「得をした分」を金額で測ったものです。500円までなら払ってもいいと思っていたコーヒーが300円で買えたら、あなたは200円分得をしています。この差額が消費者余剰です。売り手の側も同じで、200円で売っても採算が取れるコーヒーを300円で売れたなら、100円分の得、つまり生産者余剰が生まれています。取引は片方が得をすれば片方が損をするゼロサムのゲームではなく、双方に得を生む「価値の創造」だ、というのが余剰という考え方の出発点です。

この考え方の真価は、市場全体で余剰を足し合わせたときに現れます。需要と供給のグラフの上で、消費者余剰と生産者余剰は「面積」として描けるため、税や規制、独占といった政策や市場構造の変化が、社会全体の得をどれだけ増減させるかを目に見える形で比べられます。競争的な市場では、余剰の合計は市場均衡の取引量で最大になります。経済学者が「この政策は非効率だ」と言うとき、その多くは余剰の計算に基づいています。

なぜ生まれたか

「自由な取引は社会を豊かにする」という主張は、アダム・スミス以来くり返されてきました。しかし「豊かになる」とは具体的にどれだけなのか、政策Aと政策Bのどちらがましなのかを比べるには、豊かさを測るものさしが必要です。満足の大きさ(効用、限界効用の「効用」)は人の頭の中にあって直接測れないため、19世紀の経済学者たちはこの計測問題に行き詰まっていました。

突破口を開いたのは、フランスの土木技師ジュール・デュピュイです。彼は1844年の論文「公共事業の効用の測定について」で、橋や運河を造る価値を論じるために、「利用者が払ってもよいと思う額と、実際に払う通行料の差」を足し合わせればよいと考えました。払ってもよい額は、通行料を上げ下げしたときに利用者がどれだけ減るか — つまり需要曲線 — から読み取れます。アルフレッド・マーシャルは『経済学原理』(1890年)でこれを「消費者余剰」と名づけ、需要と供給の図の中の面積として定式化しました。橋の建設や鉄道運賃の設定という実務の問いが、測れない満足を「面積」という測れるものに置き換える発明を生んだのです。

20世紀半ばには、アーノルド・ハーバーガーが税や独占による損失を需給図の三角形として実際の経済で推計し、この三角形は「ハーバーガーの三角形」と呼ばれるようになりました。以来、余剰分析は税制から自由貿易まで、あらゆる政策評価の共通言語になっています。

詳細

余剰は需給グラフの面積として見える

需要曲線は「その数量まで買うなら最大いくら払ってよいか」を、供給曲線は「その数量まで売るなら最低いくら必要か」を表しています。市場均衡の価格で取引が成立すると、需要曲線と均衡価格にはさまれた三角形が消費者余剰、均衡価格と供給曲線にはさまれた三角形が生産者余剰になります。2つを合わせた総余剰が、この市場が社会に生み出した価値の合計です。

価格数量需要供給均衡点600円1000円200円5消費者余剰払ってよい額 − 価格生産者余剰価格 − 費用均衡では、得のある取引がすべて成立し、損になる取引は1つも行われない
消費者余剰と生産者余剰 — 均衡価格での取引が生む「得」の面積(需要 P = 1000 − 80Q、供給 P = 200 + 80Q)

図の数字で計算すると、消費者余剰は (1000 − 600) × 5 ÷ 2 = 1,000円、生産者余剰も (600 − 200) × 5 ÷ 2 = 1,000円で、総余剰は2,000円です。この総余剰が均衡の取引量で最大になる理由は単純です。均衡より取引を減らせば、「払ってよい額が作る費用を上回る」得のある取引が実現せず、その分の余剰が消えます。均衡を超えて無理に取引を増やしても、費用が払ってよい額を上回る取引で余剰はマイナスになります。競争的な市場の価格メカニズムが効率的だと言われるのは、まさに「総余剰を最大にする数量で取引が止まる」からです。

余剰が「面積」なのは、曲線を人の階段として見ると分かりやすくなります。需要曲線は、払ってよい額の高い買い手から順に並べた階段です。成立した取引の1組ごとに、買い手の「払ってよい額 − 価格」と売り手の「価格 − 費用」を縦に積み上げたものを並べると、ちょうど2つの三角形になります。下の部品で、価格・税の楔・数量の上限をつかんで動かし、どの取引の得が生まれ、どの取引の得が消えるかを粒で確かめてください。

⚡ 体験: 価格・税・数量の上限を動かして、得の粒がどう増え、どう消えるかを見る
020040060080010001200円取引の組(払ってよい額の高い買い手から順)920円得の内訳買い手の得売り手の得死荷重最大 3,510円
成立した取引3 / 6組消費者余剰430円生産者余剰2,090円死荷重990円
動かすもの

白い価格の線をつかんで動かしてください。取引が成立した組の縦の柱に、買い手の得(緑青)と売り手の得(金)の粒が積もります。いまは価格が高すぎて、成立するはずの取引がいくつか消えています。

縦の柱=成立した取引の組。柱の上端=買い手が払ってよい上限、下端=売り手の費用。緑青=買い手の得(消費者余剰)、金=売り手の得(生産者余剰)、紫=税収、朱=消えた取引の得(死荷重)

死荷重 — 消えてしまった余剰

余剰分析が最も威力を発揮するのは、市場への介入や歪みの「費用」を見えるようにするときです。商品に1個あたりの税をかけると、買い手の払う価格と売り手の受け取る価格のあいだに税の楔が入り、取引量は均衡より減ります。消費者余剰と生産者余剰の一部は税収として政府に移りますが、これは社会の中の移転であって消失ではありません。しかし取引量が減った分に対応する余剰は、誰の手にも渡らずに消えます。この消失分を死荷重(デッドウェイト・ロス)と呼びます。

価格数量需要供給買い手 720円元 600円売り手 480円3.55税収 840円死荷重 180円税がなければ成立した1.5個分の得消費者余剰 490円生産者余剰 490円
税の楔と死荷重 — 1個240円の税で取引が5個から3.5個に減る。紫の長方形は政府への移転、朱の三角形は誰の手にも渡らず消えた得

図で確かめると、税のあとの消費者余剰490円・生産者余剰490円・税収840円・死荷重180円を足すと、元の総余剰2,000円に戻ります。得は消えたのではなく、一部は政府へ移り、一部だけが本当に失われたのです。

注目すべきは死荷重の増え方です。税を2倍の480円にすると、取引量は2個に減り、死荷重は 480 × 3 ÷ 2 = 720円と、180円の4倍になります。三角形の高さ(税)も底辺(消えた取引量)も税に比例して伸びるので、死荷重は税率の2乗に比例して増えるのです。薄く広く課税するほうが、一部の品に重く課税するより社会全体の損失が小さい、という税制設計の直観はここから来ています。

死荷重の大きさは、需要や供給の価格弾力性にも依存します。価格に敏感な市場ほど税で取引が大きく減り、死荷重も大きくなります。「同じ税収を上げるなら、弾力性の低いものに重く課税するほうが歪みが小さい」というラムゼーの原則(1927年)は、この分析から直接導かれます。また、税の負担が実際に誰にかかるか(帰着)は、法律上の納税者が売り手か買い手かに関係なく、弾力性の低い側 — 逃げ場のない側 — に重くかかります。図の場合、需要と供給の傾きが同じなので、240円の税は買い手(600→720円)と売り手(600→480円)に120円ずつ帰着しています。

同じ物差しで、独占企業が価格を吊り上げて生産を絞ることの社会的費用も、関税が輸入を減らすことの費用も、家賃統制が住宅の供給を減らすことの費用(価格メカニズムで見た統制の副作用)も測れます。上限価格のもとで品不足になると、さらに「本当に欲しい人の手に渡るとは限らない」損失が加わり、行列に並ぶ時間という形でも得が溶けていきます。

分配の問題は別勘定 — 使いどころと限界

余剰分析を使うときの最大の注意点は、これが「効率」の物差しであって「公平」の物差しではないことです。総余剰の計算では、裕福な人の1万円の得も生活に困っている人の1万円の得も同じ1万円として足し合わせます。総余剰が最大の状態が、望ましい分配とは限りません。どれだけの格差を許すかは、所得再分配として別に議論する必要があります。

もう1つの限界は、需要曲線から読み取る「払ってよい額」が近似だということです。値段が変わると、実質的な所得も変わって買い方が変わる(所得効果)ため、需要曲線の下の面積は厳密な得の大きさとは少しずれます。ロバート・ウィリグ(1976年)は、支出に占める割合が小さい財ならこのずれは数%程度にとどまることを示し、実務で消費者余剰を使う根拠を与えました。逆に、住宅や医療のように家計の大きな割合を占める財では、慎重な補正が必要です。

また、外部性がある市場では、市場の当事者の余剰だけを足しても社会全体の便益を測ったことにならず、公害の被害のような市場の外の費用を含めて計算し直す必要があります。ピグー税が「余剰を減らす悪い税」ではなく「歪みを正す税」とされるのは、この拡張された計算に基づいています。

それでも余剰は、政策論議を「なんとなく良さそう」から「誰がどれだけ得をし、どれだけが失われるか」の議論へ引き上げる強力な道具です。補助金・価格統制・参入規制といった介入を検討するとき、まず余剰の移転と死荷重を図に描いてみる — この習慣は、意図の善さと結果の善さを切り分ける訓練として、経済学が提供する最も実用的な思考法のひとつです。

試問

政府は2つの市場から税を集めなければなりません。片方は値段に敏感な客の多い市場、もう片方はそうでない市場です(どちらがどちらかは、図から読み取ってください)。

✦ 命題挑戦中

2つの市場に従量税を割り振り、合わせて2,000円の税収を集めながら、死荷重の合計をできるだけ小さくせよ

  • 税収の合計が 2,000円 以上(いま 0円)
  • 死荷重の合計が、目標の税収を集める50円刻みの割り振りの中でほぼ最小(いま 0円)
⚡ 体験: 2つの市場に税を割り振って、目標の税収を集める
市場 A税 0円・税収 0円010002000数量死荷重 0円市場 B税 0円・税収 0円010002000数量死荷重 0円
税収の合計0円死荷重の合計0円
市場 A の税市場 B の税

どちらの市場も、紫の丸をつかんで上へ引くと税の楔が開きます。2つの市場から合わせて 2,000円 の税収を集めてください。朱の三角形(死荷重)はできるだけ小さく。

緑青=需要、金=供給、紫の帯=税収、朱の三角形=死荷重。紫の丸をつかんで上下させると、その市場の税の楔が開閉する