ミクロ経済●●●●○

ピグー税

Pigouvian Tax ・ ぴぐーぜい

他人への被害の分だけ課税して社会的費用を価格に織り込み、削減を最も安い所から市場に割り振らせる政策

✦ 30秒で試す — 航海工場ごとの費用を知らない政府が、最安の削減を実現するBが税を払って排出を続けているのは?予想してみる

概要

ピグー税は、公害のように取引の当事者以外へ被害を及ぼす活動に対し、その被害額に等しい租税を課して、社会全体の費用を価格に織り込ませる政策です。工場が製品を作るとき、原材料費や人件費は工場が払いますが、煙が周りの住民に与える健康被害の費用は誰も払っていません。この「価格に含まれていない他人への被害」— 負の外部性 — の分だけ課税すれば、汚染の費用は生産者自身の費用になり、生産者は自分の損得の中で自然に汚染を減らすようになります。

この操作を「外部性の内部化」と呼びます。ピグー税の狙いは、政府の収入でも企業への懲罰でもなく、価格の修正です。市場が計算に入れ損ねていた社会的費用を価格に足し戻し、あとは価格メカニズムに最適な生産量と、誰がどれだけ減らすかを見つけさせる — 規制で命令する代わりに価格で誘導するこの発想は、今日の炭素税や排出量取引の理論上の原型です。

なぜ生まれたか

19世紀の産業革命以来、工場の煤煙や河川の汚染はひどくなる一方でしたが、経済学はこれをうまく扱えませんでした。市場は当事者どうしが合意した取引の損得しか計算に入れないので、取引の外にいる被害者の損害は、どの価格にも映りません。その結果、汚染を伴う財は社会全体から見て「安すぎる値段で、多すぎる量」作られ続けます(外部性による市場の失敗)。かといって操業禁止のような一律の規制は、社会に必要な生産まで止めてしまいます。「どこまでの汚染なら許すべきか」を判断する物差しがなかったのです。

1920年、英国の経済学者アーサー・セシル・ピグーは『厚生経済学』でこの問題に物差しを与えました。私的費用(生産者が払う費用)と社会的費用(他人への被害まで含めた本当の費用)のずれこそが問題の正体で、その差額を課税すればずれは消える、という処方です。汚染をゼロにするのではなく、「汚染の被害まで含めてなお割に合う生産」だけが残る水準へ導く — 禁止か放任かの二択だった公害問題に、価格による第三の道を開いたのがピグー税でした。

詳細

仕組み — 供給曲線を社会的費用の位置まで持ち上げる

需要と供給の図で考えると、ピグー税の働きが一目で分かります。供給曲線は生産者の私的費用を表しています。1単位あたりの被害が一定なら、被害を含めた社会的費用の線は、供給曲線をその被害額だけ平行に持ち上げた線です。市場は需要と私的費用の交点まで作りますが、これは被害のほうが便益より大きい生産まで含んだ、多すぎる量です。そこで1単位あたりの被害額に等しい税を課すと、生産者から見た費用の線(税込みの供給)が社会的費用の線にぴったり重なり、取引量は社会的最適まで下がります。

税収価格・費用数量 →需要供給(私的費用)社会的費用=税込みの供給ピグー税=1単位の被害買い手が払う売り手の手取り税がなければ死荷重課税後=社会的最適税がないとき減る量
ピグー税の仕組み — 1単位あたりの被害と同じ額の税で、税込みの供給曲線が社会的費用の線に重なる。取引量は社会的最適に下がり、死荷重の三角形が消える

課税で取引量が最適まで下がると、税がなければ生じていた余剰の損失(朱の三角形の死荷重)が消えます。普通の税は取引を減らして死荷重を生みますが、ピグー税は逆に、もともとあった死荷重を消す税です。買い手の払う価格と売り手の手取りのあいだに税の分だけ差が開き、その差×取引量が税収(紫の長方形)になります。

削減の分業 — 同じ量を最も安く減らす

ピグー税のもう一つの、実務ではより大きな強みは、誰がどれだけ減らすかを市場に決めさせることです。煙1トンあたり一律の税がかかると、安い費用で煙を減らせる工場は「税を払うより減らしたほうが安い」ので大きく減らし、減らすのが高くつく工場は税を払って出し続けます。どの工場でも「最後に減らした1トンの費用」が税の高さに揃うので、社会全体では最も安い削減から順に実行されます。

数字で比べてみます。2つの工場がそれぞれ10トンの煙を出していて、A工場は1トン目を1万円、2トン目を2万円……と減らせ、B工場は1トン目を4万円、2トン目を8万円……でしか減らせないとします。合計8トン減らしたいとき、一律規制で「4トンずつ」と命じると、費用はA工場が 1+2+3+4 = 10万円、B工場が 4+8+12+16 = 40万円で、合計50万円です。1トンあたり7万円の税をかけると、A工場は7万円以下で減らせる7トンを、B工場は4万円の1トンだけを減らし、合計8トンが 28 + 4 = 32万円で達成されます。同じ削減量で、費用は4割近く安くなりました。政府は各工場の費用を知らなくてよい — 価格を一つ示すだけで、削減の分業が自動的に最適化されるのです。

下の部品で確かめてください。柱の1段が煙1トン、段の高さがその1トンを減らす費用です。税の線をつかんで上下に動かすと、税より安い段から緑(削減)に変わっていきます。

⚡ 体験: 税の高さで、どの工場がどれだけ減らすかが決まる
3t減3t減10t減4t減10t減4t減3t減5t減税 10.0万円/トン
税での削減42トンその費用213万円税収380万円

柱の1段が1トンの煙、段の高さがその1トンを減らす費用です。税の線(紫)をつかんで上下に動かしてみてください。税より安く減らせる段から緑に変わります。

柱=工場(1段=煙1トン、段の高さ=その1トンを減らす費用)。緑=削減した段、灰=税を払って出し続ける段。紫の線=税。点線=一律規制(各4トン)の位置

現代の実装 — 炭素税とその親戚

ピグー税の最大の応用が炭素税です。CO2の排出は地球規模の負の外部性の典型で、排出1トンあたりに課税すれば、化石燃料の価格に気候変動の社会的費用が上乗せされます。1990年のフィンランド、1991年のスウェーデンを皮切りに、いまでは多くの国と地域が何らかの炭素価格の制度を持っています。日本では2012年に地球温暖化対策税が導入され、2016年度からCO2 1トンあたり289円です(欧州の炭素価格に比べるとかなり低い水準です)。2026年度からは、CO2の直接排出が年10万トン以上の事業者に参加を義務づける排出量取引制度(GX-ETS)が本格的に動き出し、2028年度からは化石燃料の輸入事業者などに化石燃料賦課金が課される予定です。

たばこ税や酒税の一部(医療費という社会的費用への対応)、2003年に始まったロンドンの混雑課金、レジ袋の有料化も、広い意味でピグー税の発想に立つ制度です。逆向きの応用もあります。ワクチンや研究開発のように周りへ便益が広がる正の外部性には、税ではなく補助金(ピグー補助金)で活動を増やします。

価格を固定して量を市場に任せるピグー税に対し、排出量の総枠を固定して排出枠の価格を市場に任せるのが排出量取引(キャップ・アンド・トレード)です。両者は「価格と量のどちらを政府が決めるか」が鏡写しになった兄弟で、外部性を価格に変える狙いは共通しています。どちらを選ぶべきかを示したのが、マーティン・ワイツマンの1974年の論文「価格か量か」です。削減の費用が不確かなとき、被害が量に対して急に増える(ある量を超えると取り返しがつかない)なら量を固定する排出量取引が、被害が量にほぼ比例して増えるなら価格を固定する税が、見込み違いによる損失を小さくします。

落とし穴 — 被害額は誰にも正確には分からない

ピグー税の最大の実務上の難しさは、税率の根拠になる被害額の測定です。理論上の最適な税率は「限界的な被害額(最後の1単位の被害)に等しい税率」ですが、大気汚染の健康被害や気候変動の将来の損害をお金に換算する作業には、大きな不確実性が伴います。税率が低すぎれば汚染は減らず、高すぎれば有益な経済活動まで潰します。炭素の社会的費用の推計は、将来の被害をどれだけ割り引くか(割引率)などの前提しだいで、数倍の幅が出ることが知られています。

ロナルド・コースは1960年、別の角度から批判しました。交渉の費用が小さければ、当事者どうしが権利を売り買いして効率的な結果に行き着くので、税は要らない。しかも被害は「汚す側」と「そばにいる側」の相互的な関係から生じるので、一方にだけ税をかけると、被害を避けるために被害者側が動いたほうが安い場合に、かえって非効率になりうる — という指摘です。ピグー税が有効なのは、被害者が多数に散らばって交渉ができない、気候変動のような場面だといえます。

分配への影響も無視できません。燃料税や炭素税は、所得に占める光熱費の割合が大きい低所得層ほど重くのしかかります。所得が高いほど税率が上がる累進課税とは逆の「逆進性」です。フランスで2018年に燃料税の引き上げへの反発から始まった「黄色いベスト運動」は、理論的に正しい税でも分配への配慮を欠けば政治的に持たないことを示しました。このため近年は、税収を一律の給付で家計に返す「炭素配当」(所得再分配の一種)など、価格の合図を保ったまま逆進性を打ち消す設計が重視されています。税収を所得税や社会保険料の引き下げに回せば、汚染が減るうえに他の税の歪みも減る — という「二重の配当」の議論もありますが、それがどこまで成り立つかには異論もあります。

一国だけが課税すると、生産が規制の緩い国へ移って排出が漏れる(カーボンリーケージ)問題もあります。EUはこれに対し、輸入品に含まれる炭素に域内と同じ価格を課す国境炭素調整措置(CBAM)を導入しました。2023年10月から報告だけの移行期間が始まり、2026年1月から本格適用の段階に入っています(排出量に応じた証書の納付は2027年から始まる予定です)。

それでもピグー税が政策の中心にあり続けるのは、外部性という市場の失敗に対して、市場を止めるのではなく市場の計算を直すという筋の良い介入だからです。共有の資源を取りすぎる共有地の悲劇にも、漁獲や取水への課金として同じ処方が使えます。禁止でも放任でもなく、価格に本当のことを語らせる — ピグーが100年前に示したこの原理は、気候変動という史上最大の外部性を前に、むしろ重みを増しています。

試問

一律規制なら、どの工場も4トンずつ減らすことになっている地域です。工場ごとの削減費用は挑むたびに変わります。

✦ 命題挑戦中

一律規制と同じ削減量を、税だけで、より少ない削減の総費用で達成せよ

  • 税だけで、一律規制と同じ32トンを減らしている
  • 削減の総費用が、一律規制より小さい
⚡ 体験: 税の線を動かして、同じ削減を安く達成する
0t減0t減0t減0t減0t減0t減0t減0t減税 0.2万円/トン
税での削減0トンその費用0万円一律規制(32トン)の費用141万円税収16万円
削減量が変わる所まで動きます

一律規制なら、どの工場も4トンずつ、計32トン減らします(点線)。税の線をつかんで持ち上げ、税だけで同じ量を減らしてください。近くまで来たら、下のボタンで1段ずつ合わせられます。

柱=工場(1段=煙1トン、段の高さ=その1トンを減らす費用)。緑=削減した段、灰=税を払って出し続ける段。紫の線=税。点線=一律規制(各4トン)の位置