ミクロ経済●○○○○

市場

Market ・ しじょう

買い手と売り手が価格を通じて交換する仕組み。建物ではなく、制度と信頼に支えられた関係のこと

✦ 30秒で試す — 航海他人の懐具合を誰も知らないのに、値段はうまく決まる値段が均衡のあたりに集まるには、参加者が何人いれば足りる?予想してみる

概要

市場とは、買い手と売り手が出会い、価格を通じてモノやサービスを交換する仕組みの総称です。魚市場や青果市場のような物理的な「場所」を思い浮かべがちですが、経済学の市場はもっと抽象的な概念で、特定の建物も開催時間も要りません。世界中の買い手がネット越しに競り合う中古品のオークションも、企業と求職者が賃金を介して出会う労働市場も、株式が売買される証券取引所も、すべて市場です。取引したい者同士が価格を媒介につながる関係があれば、そこに市場があります。

市場が担っているのは、希少性が突きつける「有限な資源を誰にどう配分するか」という問題への、分散的な答えです。誰かが全体を計画するのではなく、無数の売り手と買い手がそれぞれの事情で取引した結果として、資源の行き先と価格が決まります。この調整の中身が需要と供給であり、調整を担う信号が価格です。市場は経済学の主役でありながら、日常語(「市場を開拓する」「市場が荒れる」)と学術語のずれが最も大きい語彙のひとつでもあります。

なぜ生まれたか

交換そのものは太古からありますが、「市場」という概念が重要になったのは、見知らぬ他人との交換が経済の主役になったからです。自給自足や顔見知り同士の融通の世界では、誰と何を交換するかは人間関係が決めます。しかし分業が進み、パンを食べる人が小麦農家も製粉業者もパン職人も知らない社会になると、無数の他人同士の取引を成立させ、調整する仕組みが必要になります。貨幣を媒介に、価格を共通言語として、互いを知らない者同士が交換できる場 — それが市場です。

市場を経済学の中心に据えたのはアダム・スミスの『国富論』(1776年)でした。各人が自分の利益を追って取引するだけで社会全体の資源配分が調整される、という見えざる手の直観は、「経済の秩序には指揮者が要らない」という当時としては驚くべき主張でした。20世紀には、市場の対極にある計画経済が大規模に試みられます。ミーゼス(1920年)とハイエク(1945年)は「価格のない経済では、何をどれだけ作るべきかを計算する材料そのものが失われる」と論じ、中央機関がすべての生産量と価格を決めようとした国々は、実際に慢性的な物不足と売れ残りの山に苦しみました。この論争の詳しい中身は価格メカニズムの記事で扱います。

市場の情報処理能力は、実験でも確かめられています。ヴァーノン・スミスは1956年から教室で取引の実験を始め、1962年の論文で結果を報告しました。学生に「この値段までなら買う」「この値段以上なら売る」という評価値のカードを1枚ずつ配り、他人のカードは見せずに呼び値を出し合わせたのです。参加者はわずか十数人で、誰も全体の需要と供給を知りません。それでも成約価格は数ラウンドのうちに、全員のカードから計算した均衡価格の近くへ集まりました。スミスはこの実験経済学の開拓で2002年にノーベル経済学賞を受けています。

詳細

市場の構成要素 — 何があれば市場になるのか

市場が機能するには、最低限の部品がそろっている必要があります。まず、交換の対象(財・サービス・労働・資金)と、それを欲しがる買い手・手放したい売り手。次に、取引の条件を集約する価格。そして見落とされがちですが、「約束が守られる」という基盤 — 所有権が保護され、契約が履行され、だまされたら救済される制度 — が欠かせません。お金を払ったのに商品が来ない、商品を渡したのに支払われない、という不安が大きい社会では、市場は顔見知りの範囲を超えて育ちません。フリマアプリが売上金をいったん預かってから出品者に渡す仕組みや、ネット通販の評価欄は、この基盤を民間が作り直したものです。市場は自然発生的に見えて、実際には法制度・慣習・信頼というインフラの上に成り立っています。

買い手 A買い手 B買い手 C売り手 X売り手 Y売り手 Z価格共通の交換条件買い呼び値売り呼び値互いを知らない者同士が、価格だけを見て取引できる — 線に向きはなく、両側から価格に寄っていく制度の基盤所有権の保護・契約の履行・貨幣への信頼 — 市場はこの上でしか機能しない
市場の抽象構造 — 場所ではなく、価格を介して買い手と売り手がつながる関係。全体が制度の基盤の上に載る

誰も全体を知らないのに、価格は一点に集まる

市場の不思議さは、参加者の誰ひとり全体像を知らないことにあります。八百屋はキャベツの産地の天候を詳しく知りませんし、客は八百屋の仕入れ値を知りません。それでも取引が繰り返されると、成約した価格そのものが「いまこの辺りで取引が成り立つ」という情報になって、次の呼び値の目安になります。高すぎる売り呼び値は、より安い売り手に客を奪われます。安すぎる呼び値はすぐ売れる代わりに取り分を捨てています。この両側からの圧力で、成約価格は需給が釣り合う値へと絞り込まれていきます。

スミスの実験を下の部品で追体験してください。あなたは費用34の売り手です。ほかの11人(買い手6人・売り手5人)の評価値は伏せられています。金の丸をつかんで売り呼び値を決め、ラウンドを重ねるたびに、右の図の成約価格の点がどう並ぶかを見てください。

⚡ 体験: 呼び値を出し合って、価格が一点に集まるのを見る
買い手(いくらで買う?)売り手(いくらで売る?)020406080100費用34あなた80成約価格の推移20406080100成約するとここに点が並びます
ラウンド0/8前ラウンドの価格の幅—あなたの利益(合計)0.0

あなたは売り手の1人(費用 34)です。金の丸をつかんで売り呼び値を決め、▶ ラウンドを始めるを押してください。ラウンド中も動かせます。

緑青の点=買い手の買い呼び値、金の点=売り手の売り呼び値(輪だけの点は成約済み)。金の大きな丸=あなた。右の図の点は1つひとつの成約価格で、縦の破線がラウンドの区切り

ラウンド1の成約価格はばらばらです。買い手も売り手も、相場の見当がつかないからです。それでも、売れ残った買い手が呼び値を上げ、売れ残った売り手が下げるうちに、成約価格の幅は狭まっていきます。行き着く先は、全員の評価値を並べて階段にしたときの交点、つまり市場均衡です。この実験の買い手と売り手の評価値を並べると、4組が取引でき、価格が57〜66の帯に入れば品不足(超過需要)も売れ残りも出ません。部品の「競争均衡の帯」はこの計算の結果で、参加者の誰にも知らされていません。

市場の種類 — 何が取引されるかで見える世界が変わる

市場は取引されるものによって分類できます。日々の買い物が属する財・サービス市場、働く力が賃金と交換される労働市場、資金が金利を価格として貸し借りされる金融市場、通貨同士が交換される為替レートの市場などです。この分類が役に立つのは、一見経済と関係なさそうな現象を市場の言葉で分析できるようになるからです。たとえば「人手不足」は労働市場の超過需要で、賃金という価格が上がる圧力として現れます。「住宅ローン金利の上昇」は資金市場の状況変化です。ニュースの大半は、どこかの市場の需給の動きとして読み解けます。

取引の仕組みの違いも重要です。証券取引所は、スミスの実験と同じく買いと売りの呼び値を突き合わせる連続ダブルオークションで株価を決めています。スーパーの商品は売り手が値札を付けて買い手は選ぶだけの「掲示価格」の市場で、価格の調整は週単位のセールや値上げでゆっくり進みます。どちらの仕組みでも、売れ残りと品不足が価格を動かす点は同じです。

競争の度合い — 市場はひとつの姿ではない

教科書の出発点は、無数の売り手が同質の財を売り、誰も価格を左右できない「完全競争市場」です。しかし現実の市場は競争の度合いに幅があります。売り手が1社しかいない独占、少数の大企業が睨み合う寡占では、売り手が価格への支配力を持ち、完全競争が約束する効率性は損なわれます。また、利用者が増えるほど価値が上がるネットワーク効果が働く市場では、勝者総取りが起きやすくなります。スミスの実験がわずか十数人で均衡に届いたのは、全員が呼び値を出せて、誰も価格を独り占めできない取引ルールがあったからです。「市場に任せる」と言うときは、その市場がどの姿に近いのかをまず確かめる必要があります。

市場は万能ではない — 失敗する条件

市場が効率的な配分を実現するには条件があり、それが崩れる状況は市場の失敗と総称されます。取引の影響が当事者以外に及ぶ外部性(公害はその典型)、対価を払わない人を排除できない公共財(国防や灯台)、売り手と買い手の知識に差がある情報の非対称性(中古車や保険)などが代表例です。これらの場面では、市場に任せるほど結果が悪化することさえあります。市場を理解することは「市場礼賛」ではなく、市場が得意な配分問題と不得意な配分問題を見分け、制度でどう補完するかを考えるための土台です。

実務・生活での視点

「これはどんな市場か」という問いは、実務の強力な分析ツールです。新規事業を考えるなら、参入しようとする市場の買い手・売り手・価格の決まり方・競争の度合いを描き出すことが出発点になります。転職を考えるなら、自分のスキルが取引される労働市場で需給がどちらに傾いているかが交渉力を決めます。そして市場が存在しない・機能していない領域(臓器、保育、災害時の物資など)に出会ったら、「なぜここでは市場が使われていないのか」を考えてみてください。倫理的に値段を付けたくないのか、情報が偏りすぎているのか、約束を守らせる制度がないのか。その答えから、市場という仕組みの前提条件と限界がくっきり見えてきます。

試問

スミスの教室実験の、最初のラウンドの前です。あなたは費用34の売り手で、手元にあるのは自分の費用だけです。

✦ 命題挑戦中

ほかの参加者の評価値を知らないまま呼び値を出し、競争均衡でのあなたの取り分の8割以上を稼げ

  • 3ラウンド以上、市場に参加した(0/3)
  • 直近3ラウンドの利益の合計が 66 以上(いま 0.0)
  • 損をする値段(費用 34 未満)で売っていない
⚡ 体験: 自分の呼び値だけを動かして、市場で稼ぐ
買い手(いくらで買う?)売り手(いくらで売る?)020406080100費用34あなた80成約価格の推移20406080100成約するとここに点が並びます
ラウンド0/8前ラウンドの価格の幅—あなたの利益(合計)0.0

あなたは費用 34 の売り手です。ほかの人の評価値は分かりません。金の丸をつかんで呼び値を決め、▶ ラウンドを始めるで市場を開いてください。

緑青の点=買い手の買い呼び値、金の点=売り手の売り呼び値(輪だけの点は成約済み)。金の大きな丸=あなた。右の図の点は1つひとつの成約価格で、縦の破線がラウンドの区切り