貨幣
Money ・ かへい
交換の媒介・価値の尺度・価値の保存を担う、「誰もが受け取る」という信頼でできた社会の約束事
✦ 30秒で試す — 航海欲しくもない品を、誰もが喜んで受け取る村どの品を貨幣にすると、村の取引が途切れにくい?予想してみる概要
貨幣は、モノやサービスの交換を仲立ちする「みんなが受け取ってくれるもの」です。毎日あたりまえに使っていますが、その正体を突き詰めると、貨幣そのものに価値があるというより、「ほかの誰もがこれを受け取る、とみんなが信じている」という共有された信頼が本体です。1万円札をつくる費用は1枚20円ほどですが、誰もがそれを1万円分のモノと交換してくれると信じているから、1万円として働きます。
経済学では、貨幣の働きを「交換の媒介」「価値の尺度」「価値の保存」という3つの機能で整理します。買い物の支払いに使える(交換の媒介)、あらゆる商品の値段を円という共通のものさしで測れる(価値の尺度)、今日稼いだ価値を来月まで取っておける(価値の保存)。この3つがそろってはじめて、貨幣は経済の血液として巡ります。市場で価格が付き、価格が情報を運んで需要と供給を調整する価格メカニズムも、貯蓄や投資も、すべてこの土台の上で成り立っています。
なぜ生まれたか
教科書が長く語ってきた貨幣の起源は、物々交換の不便さです。魚を持っていて米が欲しい漁師は、「米を持っていて、かつ魚を欲しがっている人」を探し当てなければ取引できません。相手が米を持っていても布が欲しいなら交渉は決裂です。欲しい物と持っている物が双方向で一致しなければならない — この「欲望の二重一致」の壁が、物々交換の経済を狭い範囲に閉じ込めていた、という説明です。
経済学者カール・メンガーは1892年の論文で、この壁から貨幣が自然に生まれる筋道を描きました。人々は、自分が欲しくなくても「多くの人が受け取ってくれる品」なら、いったん受け取っておけば後で欲しい物と換えやすいと気づきます。こうして受け取られやすさ(メンガーの言う販売力)の高い品 — 塩、家畜、貝、そして金や銀 — に交換が集まり、それがさらに受け取られやすさを高めて、やがて誰もが受け取る貨幣になる、という説明です。貨幣は、見知らぬ他人どうしの分業と交換、つまり市場経済そのものを可能にしました。
ただし、この「物々交換から貨幣へ」という物語には、人類学から強い反論があります。人類学者キャロライン・ハンフリーは1985年に、物々交換だけで回っていた社会の実例は見つからないと指摘しました。デヴィッド・グレーバーは『負債論』(2011年)で、古代メソポタミアでは貨幣の単位がまず神殿や王宮の帳簿の上の「貸し借りを記録する単位」として使われ、硬貨はずっと後に現れたことを示しています。顔見知りの共同体では「今日もらって、いつか返す」という信用の記帳が先にあり、物々交換はむしろ貨幣を知る人々が貨幣を失ったときに現れる、というのです。こうした見方は信用貨幣説と呼ばれ、現代の貨幣の大半が銀行の貸出から生まれる預金であること(信用創造)ともよく整合します。「貨幣とは何か」には、交換を便利にする道具という面と、社会の貸し借りを記録する約束という面の、2つの顔があるのです。
詳細
3つの機能はひとつながり
貨幣の3機能は独立した箇条書きではなく、互いに支え合っています。まず「交換の媒介」として誰もが受け取るからこそ、値札をその単位で書く意味が生まれ、「価値の尺度」が成り立ちます。そして受け取った貨幣が明日も同じように使えると信じられるからこそ、「価値の保存」の手段として貯めておけます。逆に言えば、どれか1つが崩れると他も崩れます。激しいインフレーションで貨幣の価値が日ごとに目減りする国では、人々は受け取った紙幣をすぐにモノや外貨に換えようとし、価値の保存ができない貨幣は、交換の媒介としても嫌われていきます。
下の部品で、交換の媒介としての働きを確かめてください。12人の村人がそれぞれ1品を持ち、別の1品を欲しがっています。村人をクリックすると、いま取引できる相手が灯ります。物々交換のままで取引できる組があるか探したあと、金の「貨幣」の札を品の一覧のどれかへドラッグしてみてください。
村人をクリックすると、いま取引できる相手が灯ります。物々交換のままで、取引できる組はあるでしょうか。
円=村人(中=持っている品、外の吹き出し=欲しい品)。クリックで選ぶと、いま取引できる相手が緑青の輪で灯る。金の札=貨幣。右の品へドラッグして選ぶ
触ってみると、貨幣の効き目は「どの品を貨幣にするか」で変わることが分かります。持つ人が少ない品を貨幣にすると、それを欲しがる人の手に渡ったところで流れが止まりがちです。多くの人が持ち、誰もが受け取る品ほど、途切れずに村を巡ります。歴史上、貨幣になった品が、腐らず・分けられ・持ち運べ・誰もが価値を認める物に落ち着いていったのはこのためです。
商品貨幣から信用貨幣へ
歴史的には、貝殻・塩・家畜など、それ自体に使い道のある物が貨幣として使われました(商品貨幣)。やがて、腐らず・分割でき・持ち運べ・偽造しにくい金や銀が主役になり、重さを量る手間を省くために刻印を押した硬貨が生まれます。次の飛躍は紙幣です。金の預かり証が流通するうちに証書そのものが貨幣になり、当初は金と交換できる兌換紙幣でした。各国の通貨を金に結びつける金本位制は大恐慌の中で崩れ、第二次大戦後のブレトンウッズ体制では米ドルだけが金と交換できる形で残りましたが、それも1971年に米国が金との交換を停止して終わりました。現代の紙幣は金の裏付けを持たない不換紙幣で、その価値を支えるのは、発行する国家と中央銀行への信頼、そして税を円で納めなければならないという制度です。
さらに現代では、貨幣の大部分は紙幣や硬貨ですらありません。銀行預金の残高 — 帳簿の上の数字 — が振込やカード決済を通じて支払いに使われ、世の中のお金の量(マネーストック)の9割前後を占めています。銀行が貸出をすると、借り手の口座に預金という新しい貨幣が生まれる(信用創造)ため、世の中の貨幣の量は貸し借りの活発さで伸び縮みします。この量と経済の関係を調節するのが中央銀行の金融政策で、その主なレバーが金利です。
貨幣の価値は一定ではない
「1万円は1万円」と思いがちですが、貨幣の実力は「それで何が買えるか」で決まり、これは時間とともに変わります。モノの値段が全体的に上がるインフレーションは、裏返せば貨幣1単位で買える量が減ること、つまり貨幣の価値の下落です。国と国のあいだでは、通貨どうしの交換比率である為替レートが、外貨で測った円の価値を日々動かしています。
貨幣を支える信頼が壊れると、極端なハイパーインフレーションが起きます。第一次大戦後の1923年のドイツ、2008年のジンバブエ、そして2016年から2019年ごろのベネズエラでは、物価が1年で数千倍(ベネズエラ)から天文学的な倍率(ドイツ・ジンバブエ)にまで上がり、人々は自国の通貨を捨てて米ドルや物々交換に逃げました。価値の保存が崩れた貨幣が、交換の媒介としても見放される — 3機能のつながりを逆向きに示した実例です。
新しい貨幣の候補たち
貨幣の3機能というレンズは、新しい決済手段を評価するときの道具になります。ビットコインのような暗号資産は送金(交換の媒介)には使えますが、価格の変動が激しいため、価値の尺度や保存としては弱い、というように機能ごとに点検できます。この弱点を補うために、米ドルなどとの1対1の交換を約束するステーブルコインが広がりました。日本では2023年に施行された改正資金決済法で発行のルールが整い、米国でも2025年に連邦法が成立しています。ただし、ステーブルコインは「いつでも1ドルに換えられる」という約束の上に成り立つので、準備資産が疑われると、銀行の取り付けと同じ構造の払い戻しの殺到が起こりえます。
もう1つの候補が、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)です。現金をそのままデジタルにしたもので、中国のデジタル人民元は大規模な実証が進み、欧州中央銀行もデジタルユーロの準備を進めています。日本銀行は2023年から実証実験を続けていますが、発行するかどうかは決めていません。紙幣が硬貨に、預金が紙幣に取って代わってきたように、貨幣の形は変わり続けます。それでも、何が貨幣として通用するかを最後に決めるのは「ほかの誰もが受け取る」という共有された信頼だ、という点は変わりません。
試問
さきほどと同じ、物々交換では誰ひとり取引できない村です。
いまは物々交換の村です。「貨幣」の札をどれか1品へドラッグして選び、村人をクリックして取引を進めてください。
円=村人(中=持っている品、外の吹き出し=欲しい品)。クリックで選ぶと、いま取引できる相手が緑青の輪で灯る。金の札=貨幣。右の品へドラッグして選ぶ
