信用創造
Credit Creation ・ しんようそうぞう
銀行が貸出と同時に預金というお金を生み出す仕組み。世の中のマネーの大半はこうして生まれる
✦ 30秒で試す — 航海銀行は、預かったお金を貸しているのではない全額返した後、世の中の預金(お金)の合計は?予想してみる概要
信用創造は、銀行が貸出をするたびに、預金という新しいお金が世の中に生まれる仕組みです。直感に反しますが、銀行は「誰かが預けたお金を右から左へ貸している」のではありません。銀行があなたに1,000万円を貸すとき、金庫から札束を出すのではなく、あなたの口座に1,000万円と書き込みます。この瞬間、振込にも支払いにも使える、まぎれもない貨幣が新しく生まれています。貸出が先で、預金はその結果です。これが信用創造の核心です。
この仕組みの帰結として、世の中に出回っているお金(マネーストック)の大半は、紙幣や硬貨ではなく銀行預金です。日本では、現金はマネーストックの M2 で約1割、ゆうちょ銀行などの預金まで含めた M3 では約7%にすぎず、残りは銀行の帳簿の上の数字として存在しています。現代のお金の量は、造幣局や印刷局の機械ではなく、銀行がどれだけ貸し、借り手がどれだけ返すかで伸び縮みします。景気やインフレーションを考えるとき、この事実は決定的に重要です。
なぜ生まれたか
信用創造は、誰かが設計した制度というより、銀行業の実践から生まれ、後から理論として説明された仕組みです。原型としてよく語られるのが、17世紀ロンドンの金細工職人(ゴールドスミス)です。彼らは客から金貨を預かって預かり証を発行し、やがて人々は金貨ではなく預かり証で支払いを済ませるようになりました。全員が同時に金貨を取りに来ることはないので、職人は金庫の金貨より多くの預かり証を貸し出しても日々の営業を回せます。金庫の中身より多くの「支払いに使える約束」を流通させる — これが部分準備の銀行業の始まりで、同時に、全員が一斉に金貨を求めれば応じられない取り付け騒ぎの種の始まりでもありました。
経済学がこの仕組みを重視するのは、お金の量の謎を解く鍵だからです。物価や景気はお金の量と深く関わるのに、現金の発行量だけを見ていてもマネーの動きは説明できません。銀行部門全体が貸出を通じて預金を膨らませたり縮ませたりしている — この視点を得てはじめて、好況期にマネーが自己増殖的に膨らみ、金融危機で貸出が止まるとマネーが縮んで不況が深まる、という現代経済の動き方が見えるようになりました。ただし、その説明のしかたは長く「逆向き」でした。教科書は「預金が先にあり、銀行はその一部を又貸しする」と教えてきたのです。2014年にイングランド銀行が季刊誌の解説論文で「貸出が預金をつくる」と明言したことは、この順序を正す大きな転換点になりました。
詳細
貸出が預金を生む瞬間
銀行の帳簿の動きで追ってみます。A銀行が建設会社に1,000万円を融資すると、A銀行の帳簿には、資産の側に「貸出金 1,000万円」、負債の側に「建設会社の預金 1,000万円」が同時に書き込まれます。どこからもお金を持ってきていません。複式簿記の両側に同時に書くこと、それ自体がお金(貨幣)の創造です。逆に建設会社が返済すれば、貸出金と預金が同時に消え、お金は消滅します。マネーストックとは、銀行部門全体で続く貸出と返済の差し引きの残高なのです。
では、建設会社がその預金で資材会社(B銀行に口座がある)へ代金を振り込むと何が起きるでしょうか。預金はA銀行からB銀行へ移りますが、消えはしません。その裏で、銀行どうしは中央銀行に置いている当座預金(準備預金)で決済します。日本なら日本銀行の当座預金で、A銀行の口座から1,000万円が引かれ、B銀行の口座に1,000万円が足されます。銀行の預金が家計や企業にとってのお金であるように、中央銀行の当座預金は銀行にとってのお金です。
同じ流れを時間の順に並べると、次のようになります。
教科書の「又貸しの連鎖」と現実
伝統的な教科書は、信用創造を「又貸しの連鎖」として説明してきました。銀行は預金の一定割合(準備率)を手元に残し、残りを貸す。貸されたお金は誰かの支払いを経て別の銀行の預金になり、その銀行がまた一部を貸す……と繰り返すと、最初の預金の「1÷準備率」倍のマネーが生まれる、という貨幣乗数の説明です。準備率10%なら10倍です。
このモデルは連鎖の全体像をつかむ入口にはなりますが、現実の銀行の動きとは順序が逆です。実際の銀行は、手元の預金を確かめてから貸すのではなく、まず返せる見込みのある借り手に貸して預金を生み、決済に必要な準備預金は後から銀行間市場や中央銀行から調達します。しかも準備率そのものが、もはや制約になっていません。米国は2020年3月に準備率をゼロに引き下げ、日本の準備率は0.05〜1.2%とごく低いうえ、日銀の当座預金には量的緩和以来、必要額をはるかに上回る残高が積み上がっています。準備率が効かないのに、預金が無限に膨らんでいないのはなぜか — それが次の問いです。
下の部品で確かめてください。銀行Aの「貸出」の下端をつかんで下へ引くと、負債の預金が同時に伸びます。振込のボタンを押すと、預金と一緒に中央銀行の当座預金が付け替わり、準備が足りない銀行は後から中央銀行に借りて払います。
銀行Aの「貸出」の下端(金の持ち手)をつかんで、下へ引いてみてください。資産と負債のどちらが動くでしょう。
T字勘定の左=資産、右=負債・純資産。紫=中央銀行の当座預金(準備)、金=預金(マネー)、緑=自己資本。貸出の下端の金の持ち手をつかんで上下に動かせる
無限には増えない — 3つのブレーキ
銀行は無から無限にお金を生めるのかというと、そうではありません。第一のブレーキは借り手の需要です。返せる見込みのある借り手が「その金利なら借りたい」と思わなければ、貸出は伸びません。中央銀行が金融政策で政策金利を動かすのは、この借り入れの採算ラインを動かして、信用創造のペースを調節するためです。第二は自己資本の規制です。貸出には貸し倒れのリスクがあるため、バーゼル規制は、損失を吸収する自己資本を貸出などのリスク資産の一定割合(国際的に活動する銀行で総自己資本8%)以上持つことを求めます。自己資本を超えて資産を膨らませるレバレッジへの歯止めで、部品の「8%の限界」がこれに当たります。第三は採算で、貸し倒れの損失が利ざやを上回るような貸出は、そもそも銀行が実行しません。
もう1つ、目に見えにくい制約があります。預金者の信頼です。預金の裏付けは金庫の現金ではなく貸出という資産なので、預金者が一斉に現金や他行への振替を求めれば、銀行は準備預金を失い、資産を投げ売ることになります。これが取り付け騒ぎの構造で、預金保険と中央銀行の最後の貸し手機能は、この弱点を支えるために置かれています。
膨張と収縮の非対称
信用創造のレンズを持つと、経済ニュースの見え方が変わります。好況期には、資産価格の上昇が担保の価値を高め、貸出が増え、そのマネーが資産価格をまた押し上げる — 信用の自己増殖がバブルを膨らませます。逆に危機が起きると、銀行は貸出を絞り、返済だけが進んでマネーが縮み、デフレーションの圧力がかかります。2008年以降、各国の中央銀行が当座預金を大量に供給してもマネーストックがそれほど伸びず、インフレもなかなか起きなかったのは、マネーの大半を生むのは中央銀行ではなく銀行貸出であり、その貸出が伸びなかったからです。「中央銀行が準備を増やせば、乗数倍のマネーが生まれる」という教科書の見方が外れた実例でもありました。
よくある誤解は、「銀行が貸せば貸すほど儲かるのだから、いくらでも貸したがるはずだ」というものです。実際には、貸出を増やすほど自己資本比率が下がり、貸し倒れの損失を吸収する余力が薄くなります。信用創造は「無制限の錬金術」ではなく、借り手の需要・自己資本・採算・預金者の信頼という4つの制約の中で行われる、お金の生成と消滅の繰り返しなのです。
試問
両行とも準備預金は持っていますが、この朝、誰も新しく預金をしていません。
まだ誰も新しく預金していません。銀行の「貸出」の下端をつかんで下へ引き、貸すと何が生まれるかを見てください。
T字勘定の左=資産、右=負債・純資産。紫=中央銀行の当座預金(準備)、金=預金(マネー)、緑=自己資本。貸出の下端の金の持ち手をつかんで上下に動かせる
