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取り付け騒ぎ

Bank Run ・ とりつけさわぎ

皆が一斉に預金を下ろすと健全な銀行でも倒れる。予想が予想を呼んで自己実現する銀行の危機

✦ 30秒で試す — 航海借り手が全員きちんと返していても、銀行は潰れる健全な銀行を倒すのに、最初に走らせる人数は?予想してみる

概要

取り付け騒ぎは、「あの銀行は危ないらしい」という不安が広がり、預金者が一斉に預金を引き出そうと押し寄せる現象です。銀行は預金の大部分を長期の貸出に回しており、全員分の現金を手元に置いてはいません。だから引き出しが集中すれば、財務が健全な銀行でも現金が尽き、貸出を安値で投げ売ることになり、本当に支払えなくなります。銀行の窓口に長い列ができた白黒写真 — 1927年の昭和金融恐慌や1930年代の米国の銀行恐慌の記録 — は、この現象の象徴的な姿です。

取り付け騒ぎの恐ろしさは、噂が事実をつくってしまう「自己実現性」にあります。銀行が危ないという話が本当かどうかは、実はあまり関係がありません。「他の皆が引き出すだろう」と皆が予想した瞬間、遅れた人だけが損をする構図が生まれ、引き出しの殺到そのものが銀行を倒します。同じ銀行に「誰も引き出さないので何も起きない」状態と「皆が引き出すので破綻する」状態の2つがあり、どちらも一人ひとりにとっては筋の通った選択です。どの人も相手の行動を前提に最善を選んでいて、誰も自分だけ行動を変えたくない状態をナッシュ均衡と呼びますが、取り付けはその均衡が2つある「複数均衡」の、最も劇的な実例です。

なぜ生まれたか

取り付け騒ぎは発明された制度ではなく、銀行業の構造から生まれる病理です。銀行の存在意義は、いつでも引き出せる預金を元手に長期の貸出を行う「満期の変換」にあります。さらに信用創造の仕組みが示すとおり、預金の裏付けは金庫の現金ではなく、すぐには現金化できない貸出です。この構造は平時には効率的ですが、「先に並んだ人から満額を払い、お金が尽きたら終わり」という先着順のルールと組み合わさると、他人より先に引き出す競争を招く火種を常に抱えることになります。

この病理が理論として明快に定式化されたのは、意外に新しく1983年です。ダグラス・ダイアモンドとフィリップ・ディビッグは、同じ健全な銀行に「全員が残る」平穏な均衡と「全員が引き出す」取り付けの均衡の両方が存在すること、そしてどちらに転ぶかは根拠のない噂でも決まりうることをモデルで示しました。2人は2022年に、大恐慌期の銀行破綻を研究したベン・バーナンキとともにノーベル経済学賞を受賞しています。取り付けを理解するとは、銀行の中身の弱さではなく、預金者の予想の連鎖という構造そのものを理解することなのです。

詳細

2つの均衡 — 預金者1人の損得

1人の預金者の立場で損得を計算してみます。預金は100、銀行は預金を貸出に回していて、満期まで待てば110になって返ってくるとします。ただし途中で貸出を売ると半値にしかなりません。ほかの預金者のうち引き出す人の割合を横軸に取ると、「残る」と「引き出す」の受け取りは次の図のようになります。

受け取りほかの預金者のうち引き出す人の割合 →11010050050%100%ここで銀行の資産が尽きる引き出す残る分かれ目 約8%均衡1 全員残る均衡2 全員が走る残っても0、走れば平均50満期まで待てば110、途中で売ると半値。引き出しに応じるため貸出を売るほど、残る人の取り分が減る
預金者1人の受け取り — 引き出す人が少なければ残るほうが得、多ければ引き出すほうが得。両端の2つが均衡になる

誰も引き出さないなら、残れば110、引き出せば100なので、残るのが得です。これが均衡1です。ところが引き出す人が約8%を超えると、銀行は貸出を半値で売って払うので残る人の取り分が100を割り、引き出すほうが得になります。皆が引き出すと予想すれば、自分も走るのが正解になる — これが均衡2で、このとき銀行は資産を投げ売りし尽くして破綻します。銀行の貸出の中身は、どちらの均衡でも同じです。違うのは、預金者が互いに何を予想しているかだけです。

連鎖はどう広がるか

現実の取り付けは、全員が同時に同じ判断をするわけではありません。人はまわりの人の行動を見て動きます。臆病な人は知り合いが1人走っただけで走り、慎重な人は何人か走るまで様子を見ます。きっかけは、大口の貸出先の破綻報道でも、経営不安の噂でも、単なるデマでもかまいません。最初の数人が引き出し、その行列や送金の知らせがまわりの人の不安を押し上げ、閾値を越えた人が次々と加わっていきます。

資産市場銀行預金者たち資産市場銀行預金者たちきっかけは経営不安の噂 — 真偽は問わない引き出しを見た知り合いの不安が閾値を越える健全だった銀行が本当に債務超過へ一部の預金者が引き出しを始める手元の現金で払う引き出しが殺到する現金が尽き、貸出や証券を投げ売る買い叩かれ、損失が自己資本を削る支払い停止 — 遅れた預金者は引き出せない

下の部品で確かめてください。36人の預金者が知り合いの線でつながっていて、点のまわりの目盛りが「知り合いが何人走ったら自分も走るか」を表します。どこを突くと連鎖が町を越えて広がり、どこを突くとすぐ止まるでしょうか。

⚡ 体験: 預金者を走らせて、取り付けの連鎖を見る
銀行現金10・貸出(簿価)30資産負債・純資産現金10貸出30預金36純資産 4
引き出した人0 / 36人最初に動いた人0人自己資本4
誰も走らなければ、何も起きません

預金者の点をクリックすると、その人が引き出しに走ります。点のまわりの目盛りは「知り合いが何人走ったら自分も走るか」。誰がどこまで連鎖するか見てください。

点=預金者、線=知り合い(互いの行動が見える)。点のまわりの目盛り=走る閾値。朱=引き出しに走った人。金の粒=現金での払い戻し、朱の粒=投げ売りで作ったお金

触ってみると、同じ1人を動かしても、連鎖がすぐ止まる場所と、町ごと走り出す場所があることが分かります。連鎖の大きさを決めるのは最初の一押しの大きさではなく、閾値の低い人がどうつながっているかという網の形です。そして銀行を倒すのは、引き出しそのものより、現金が尽きたあとの投げ売りの損です。

一行の破綻では終わらない — システミック・リスク

取り付けが恐れられる本当の理由は、一行の破綻で止まらないことです。ある銀行が倒れると、預金者は「自分の銀行も同じでは」と疑い、不安は銀行システム全体に伝わります。銀行どうしは貸し借りでつながっているため、一行の支払い停止は他行の資産の損失として直接にも波及します。1930年から1933年の米国では約9,000の銀行が倒れ、預金という貨幣が消えてマネーストックが約3分の1縮み、大恐慌を深刻にしました。日本でも1927年の昭和金融恐慌で銀行の休業が相次ぎ、1997年には北海道拓殖銀行と山一證券の破綻をきっかけに金融システム不安が広がりました。個別の銀行の問題が経済全体の金融危機に変わる経路として、取り付けは常に警戒されています。

防波堤 — 預金保険と最後の貸し手

自己実現的な危機には、「そもそも走る理由をなくす」対策が効きます。第一の防波堤は預金保険です。銀行が破綻しても一定額(日本では1金融機関あたり元本1,000万円とその利息)まで預金が守られると分かっていれば、噂を聞いても急いで並ぶ必要がなくなり、図の均衡2が成り立たなくなります。実際に払われるかどうかより前に、「保証がある」という共通認識そのものが走る動機を消す点が要です。第二の防波堤は中央銀行の最後の貸し手機能です。健全だが一時的に現金が足りない銀行に、中央銀行が担保を取って資金を貸せば、投げ売りによる自己破壊の連鎖を断てます。

ただし、安全網には副作用があります。守られていると分かっている銀行や預金者が、リスクの高い経営・運用に無頓着になるモラルハザードです。保護を厚くするほど危機は起きにくくなりますが、リスクへの感覚は鈍ります。銀行規制は、このトレードオフの上で設計されています。

デジタル時代の取り付け — 行列のない銀行破綻

取り付けは過去の遺物ではありません。2007年9月、英国のノーザン・ロック銀行では、1866年以来およそ140年ぶりとされる本格的な店頭の取り付けが起きました。2008年の世界金融危機では、預金保険の外にある金融機関どうしの短期資金市場で「機関投資家の取り付け」が起き、担保の掛け目が一斉に厳しくなって資金が引き揚げられました。安全とされた米国のマネー・マーケット・ファンド(MMF)でも、元本割れをきっかけに解約が殺到し、米財務省が一時的な保証に乗り出しています。

2023年3月のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻は、新しい時代の取り付けの姿を見せつけました。不安はSNSで瞬時に広がり、引き出しはスマートフォンの操作で完了するため、窓口の行列という目に見える予兆すらなく、1日で420億ドルが流出して銀行は翌日に閉鎖されました。預金の9割超が保険の上限を超える法人の大口預金だったことも流出を速めました。米当局は「システミック・リスク例外」を発動して上限を超える預金まで全額を保護し、連鎖を止めています。さらに、ドルとの交換を約束するステーブルコインも同じ構造を抱えています。SVBに準備資産の一部を預けていたステーブルコインは、破綻の週末に一時ドルとの交換比率を大きく割り込みました。取り付けの本質 — 皆の予想が皆の行動を決め、それが現実をつくる — は変わらないまま、その進む速さだけが桁違いになっているのです。

試問

町ごとに輪になった36人の預金者です。銀行の貸出は健全で、誰も走らなければ何も起きません。

✦ 命題挑戦中

資産が健全な銀行を、最初に動かす預金者5人以内で破綻させよ

  • 最初に動かした預金者が5人以内(いま 0人)
  • 銀行が破綻した(債務超過)
⚡ 体験: 5人以内のきっかけで、健全な銀行を倒す
銀行現金10・貸出(簿価)30資産負債・純資産現金10貸出30預金36純資産 4
引き出した人0 / 36人動かした人0 / 5人自己資本4
誰も走らなければ、何も起きません

資産は健全な銀行です。預金者を5人までクリックして引き出しに向かわせ、連鎖で銀行を倒してください。点のまわりの目盛りが「知り合いが何人走ったら自分も走るか」です。

点=預金者、線=知り合い(互いの行動が見える)。点のまわりの目盛り=走る閾値。朱=引き出しに走った人。金の粒=現金での払い戻し、朱の粒=投げ売りで作ったお金