モラルハザード
Moral Hazard ・ もらるはざーど
守られていると気が緩む。取引後に行動が変わってしまう情報の失敗
概要
モラルハザードとは、リスクから守られた人の行動が、守られる前より不注意・危険な方向に変わってしまう現象です。盗難保険に入った人が自転車の施錠に無頓着になる、全額会社持ちの経費だと出張のホテル代に糸目を付けなくなる、失敗しても救済されると知った銀行が危険な投資に踏み込む — いずれも、行動の結果を自分が全部引き受けなくてよくなった瞬間に、注意や努力の水準が下がるという同じ構造を持っています。
日本語では「倫理の欠如」と訳されがちですが、これは有名な誤解です。モラルハザードは悪人の背徳ではなく、普通の人が置かれたインセンティブに normal に反応した結果を指す経済学の用語です。問題の根は人の道徳心ではなく、契約の後の行動を相手が観察できないという情報の非対称性にあります。保険会社は加入者が毎晩きちんと施錠しているか見張れませんし、株主は経営者が本気で働いているか逐一確認できません。観察できない行動のコストを他人が負担する — この構造がある限り、聖人でない普通の人の行動は歪むのです。
なぜ生まれたか
モラルハザードという言葉は、逆選抜と同じく保険業界の実務から生まれました。19世紀の火災保険会社は、保険を掛けた建物ほど火事になりやすいことに気づいていました。放火のような犯罪だけでなく、単に火の始末への注意が緩むだけでも事故率は上がります。保険とは本来リスクを引き受けて安心を売る商売なのに、安心を売ると顧客の行動が変わってリスクそのものが増えてしまう — この自己矛盾は、保険料の計算を過去の統計だけに頼れなくする厄介な問題でした。
これが経済学の中心概念になったのは1960〜70年代です。ケネス・アローが医療保険の分析で、マーク・ポーリーが「これは倫理の問題ではなく合理的な経済行動だ」という指摘で理論化を進め、やがて「依頼人(プリンシパル)が代理人(エージェント)の行動を観察できないとき、報酬や契約をどう設計すべきか」というプリンシパル・エージェント理論として一般化されました。この枠組みによって、保険の免責額も、経営者のストックオプションも、成果報酬も、すべて「見えない行動をどう契約で規律づけるか」という同じ問題への解として理解できるようになりました。
詳細
構造 — 行動が見えず、損失を自分が負わない
モラルハザードが発生する条件は2つです。第一に、当事者の行動(注意、努力、リスクの取り方)を相手が観察・検証できないこと。第二に、行動の結果生じる損失の一部または全部を、行動した本人ではなく相手が負担することです。この2つが揃うと、注意のコスト(面倒くささ)は自分持ちなのに、注意の便益(損失の回避)は他人に流れるという非対称が生まれ、合理的な個人は注意を減らします。
逆選抜との区別は時間軸で付けられます。逆選抜は契約前から存在する隠れた性質(もともとリスクの高い人が集まる)の問題で、モラルハザードは契約後に生じる隠れた行動(契約したせいで行動が変わる)の問題です。保険会社は加入審査で逆選抜と、免責額の設計でモラルハザードと、同じ商品の前後で2つの異なる敵と戦っています。
保険・雇用・企業統治 — 現れる場所
最も古典的な舞台は保険です。医療費が全額保険でまかなわれるなら、患者にも医師にも過剰な検査や投薬を控える理由が薄れ、医療費は膨張します。次に雇用関係です。固定給の従業員の努力は上司から完全には見えないため、努力を怠っても給料は変わらない、という構造が手抜きの誘因になります。そして企業統治です。株主(依頼人)は経営者(代理人)を日々監視できないため、経営者は自分の帝国づくりや保身に走りうる — 株式会社という株式を通じた所有と経営の分離は、その利便性と引き換えに、巨大なモラルハザードの構造を内蔵しています。
金融の世界では、モラルハザードは一国の危機に発展する規模を持ちます。預金保険で預金者が守られると、預金者は銀行の経営の健全性を吟味せず金利の高さだけで銀行を選ぶようになり、銀行側も危険な運用に傾きやすくなります。さらに「大きすぎて潰せない」銀行は、失敗しても中央銀行や政府が最後の貸し手として救済してくれると見込めるため、利益は自分のもの・損失は納税者持ちという賭けに合理的に踏み込めます。2008年の金融危機後に大手金融機関への規制が強化された背景には、この救済期待が生むモラルハザードへの反省がありました。
対策 — リスクの一部を本人に残す
モラルハザードを完全に消すことはできませんが、和らげる定石はあります。核となる発想は「損失の一部を必ず本人に残す」ことです。保険の免責額(一定額までは自己負担)や医療費の3割負担は、不注意のコストの一部を本人に返すことで注意を維持させる仕組みです。雇用では成果連動の報酬やストックオプションが、経営では自己資本規制(銀行に自分の資本を厚く積ませ、損失の最初の引き受け手にする)が同じ原理で働きます。もうひとつの定石は監視(モニタリング)の強化で、監査、査定、テレマティクス保険(運転データを計測して保険料に反映する自動車保険)は、観察できなかった行動を観察可能にすることで問題の根を直接細らせる手法です。
落とし穴 — 対策のコストと、保護をやめられない理由
実務上の落とし穴は2つあります。第一に、対策は必ず別のコストを生みます。自己負担を重くしすぎれば保険本来の安心という価値が失われ、必要な受診まで抑制されます。成果報酬を強くしすぎれば、測定できる指標だけを追う歪み(数字づくり、短期主義)を招きます。リスク分担と保険機能はトレードオフであり、最適解は「モラルハザードをゼロにする点」ではありません。第二に、「モラルハザードを生むから救済すべきでない」という原則は、危機の渦中では貫きにくいことです。銀行を見捨てれば取り付け騒ぎが連鎖し、無関係な預金者や企業まで巻き込まれます。事後的には救済が正しいのに、救済を予期させると事前の行動が歪む — この時間的なジレンマこそ、金融規制の設計を難しくしている核心です。
