保険
Insurance ・ ほけん
多数で保険料を出し合い、少数の大きな損失を分担する仕組み。独立したリスクを束ねると1人あたりのぶれが縮む
✦ 30秒で試す — 航海町が大きいほど支払いのぶれは増えるのに、保険は安定する軒数を100倍にすると、燃える軒数の年ごとのぶれは?予想してみる概要
保険は、多数の人が少しずつお金(保険料)を出し合って共通のプールを作り、その中の誰かに事故や病気などの不運が降りかかったとき、プールからまとまったお金(保険金)を払う仕組みです。一人ひとりにとって「今年、家が火事になるかどうか」はまったく予測できません。しかし100万世帯を集めれば、「そのうち何軒が火事になるか」はかなり正確に予測できます。個人には制御できない偶然を、集団の統計的な規則性に置き換える — これが保険の核心です。
この置き換えを支える数学の土台が、統計学の「大数の法則」です。サイコロを6回振っても1の目が1回出るとは限りませんが、6万回振れば1の目の割合はほぼ6分の1に近づきます。同じように、加入者が増えるほど、集団全体の事故の割合は予想の値のまわりに落ち着きます。だから保険会社は「1世帯あたり年にいくら集めれば支払いをまかなえるか」を計算でき、不確実性そのものに値段を付けて売れるのです。生命保険・火災保険・自動車保険といった民間の商品だけでなく、公的な年金や健康保険といった社会保険も、同じ原理の上に立っています。
なぜ生まれたか
保険がない世界では、大きな不運は個人や一族の破滅を意味しました。船が沈めば商人は全財産を失い、火事になれば一家は路頭に迷います。貯蓄で備える道はありますが、「船一隻分の損失」を自力で貯めてまかなえるのは大富豪だけで、しかも滅多に起きないことのために大金を寝かせておくのはひどく非効率です。その結果、人々は遠洋の貿易や大きな建築のような、リスクの大きい事業そのものをためらうことになります。
この問題を解いたのが「リスクの共同負担」という発想です。原型は古代地中海の海上貿易にすでにありました。1688年ごろ、ロンドンのエドワード・ロイドのコーヒーハウスに船主と引受人が集まって航海のリスクを分担し合うようになり、これがのちのロイズ保険市場へと発展します。同じころ確率論と統計学が生まれ、1693年には天文学者エドモンド・ハレーがドイツのブレスラウの記録から生命表(年齢ごとの死亡率の表)を作り、年金の値段を計算してみせました。1762年にはロンドンにエクイタブル生命保険協会が設立され、死亡率に基づいて年齢ごとに保険料を変える近代的な生命保険が始まります。
もう一つ、「なぜ人は保険を買うのか」という問いにも答えが必要でした。損失の期待値より高い保険料を払えば、平均すれば損をするはずです。それでも人が保険を買うのは、同じ100万円でも、財産が減ったときの100万円の痛みは、増えたときの100万円の喜びより大きいからです(リスク回避)。財産2,000万円の人が1%の確率で1,000万円を失うとき、損失の期待値は10万円ですが、財産の対数で満足を測る典型的なリスク回避の人は、この不安を消すためになら最大で約13.8万円まで払ってもよいと考えます。保険会社が11万円で引き受ければ、保険会社は平均して1万円の利益を得、加入者も満足が増えます。保険は、リスクを負担できる側へ移すことで双方が得をする取引であり、安心して船を出せるからこそ貿易が広がる — 近代の商業と産業を陰で支えた経済のインフラでした。
詳細
リスクプーリングの構造
保険の基本構造は、「多数の小さな確実な負担」と「少数の大きな不確実な損失」の交換です。加入者は全員、確実に少額の保険料を払います。その代わり、万一のときには自分の払込額をはるかに超える保険金を受け取れます。一人ひとりから見れば「確率は低いが破滅的な損失」を「確実だが小さな出費」に置き換える取引であり、集団全体で見ればリスクがプールの中で吸収されています。
保険料はどう決まるか
保険料の中身は大きく2つに分かれます。1つは純保険料で、予想される事故の確率と支払額から計算される「支払いの原資」です。火事の確率が年1%で保険金が1,000万円なら、1軒あたり年10万円が理論上の原資になります。もう1つは付加保険料で、保険会社の運営費や利益、そして予想外に支払いが膨らんだときの備えにあたる部分です。この計算を専門に担うのがアクチュアリー(保険数理人)で、死亡率や事故率の統計を分析して値段を設計します。集めた保険料は支払いまでのあいだ債券などで運用されるので、保険会社は世界有数の機関投資家でもあります。
大数の法則が縮めるもの、縮めないもの
ここで誤解しやすい点があります。加入者を増やすと、プール全体の支払額のぶれ(標準偏差)は小さくなるどころか、軒数の平方根に比例して大きくなります。100軒の町で年に何軒燃えるかのぶれは±1軒ほどですが、1万軒の町では±10軒ほどになります。それでも保険が安定するのは、集める保険料が軒数そのものに比例して増えるからです。ぶれは √n、保険料は n に比例するので、1軒あたりに直したぶれは 1/√n で縮みます。「集めるほど安全」になるのは、絶対額ではなく1人あたりの負担の話なのです。
この性質は、保険会社がつぶれないために必要な上乗せ(付加保険料)の大きさを決めます。1軒あたりのぶれが保険料の3倍もある小さな町では、10%の上乗せなど一度の不運で吹き飛びます。1万軒の町ならぶれは保険料の1割ほどなので、10%の上乗せと少しの積立で長いあいだ持ちこたえられます。
下の部品で確かめてください。▶ で100年を流すと、毎年ランダムに火事が起き、プールの水位(積立)が上下します。町の右下の金の角をつかんで加入者を増やすと、同じ100年でも水位の揺れが穏やかになります。
▶ 動かすで100年を流してみてください。毎年ランダムに火事が起き、プールの水位(積立)が上下します。町の右下の金の角をつかむと加入者の数が変わります。
町の粒=加入者の家(燃えると朱)、プールの水位=積立(保険料何年分か)。1軒の損害1,000万円、火事は年1%、保険料は11万円(純保険料10万円の1.1倍)
相関したリスクには効かない — 保険の限界
大数の法則が働くには、一人ひとりのリスクが互いに独立であることが必要です。大地震・大洪水・パンデミック・金融危機のように、多くの人が同時に被災するリスクでは、加入者を増やしても1人あたりのぶれは縮みません。部品で「地震」を入れると、火事の平均の確率は同じ年1%のままなのに、まれな年に町の1割が一斉に燃え、どれだけ加入者を集めてもプールが枯渇しうることが分かります。
こうした「みんなで一斉に転ぶリスク」には、いくつかの手当てがあります。保険会社自身が抱えきれない巨大リスクは、保険会社のための保険である再保険に回して世界規模で分担します。さらに、災害のリスクを証券にして投資家に売るキャットボンド(CAT債)もあります。これは損害が一定の規模を超えると元本が削られる債券で、いわば保険のリスクを資本市場に移すデリバティブに近い仕組みです。日本の地震保険は、民間の保険会社だけでは支えきれないため、1966年の地震保険法のもとで政府が再保険を引き受ける官民一体の制度になっています。それでも足りない部分、たとえば老後の長生きや病気、失業のように社会全体で支えるべきリスクは、年金や医療保険などの社会保険の出番になります。
保険が抱える2つの宿命的な問題
保険には、仕組みそのものに根ざした2つの落とし穴があります。どちらも、売り手と買い手で持っている情報が違うこと、すなわち情報の非対称性から生じます。
第一に、リスクの高い人ほど保険に入りたがるという逆選抜です。自分の健康状態は本人がいちばんよく知っています。保険会社が平均的な事故率で保険料を決めると、健康な人には割高に映って加入を見送り、持病のある人ばかりが加入します。支払いがかさんで保険料を上げざるを得ず、それがさらに健康な人を遠ざける — 放っておけば市場自体が崩れかねない悪循環です。加入時の告知や健康診断、そして社会保険の強制加入は、この悪循環を断つための工夫です。
第二に、保険に入ると人は注意を怠りがちになるというモラルハザードです。全損しても保険金が出るなら、盗難対策や安全運転への熱意は下がります。免責額(一定額までは自己負担)や、無事故なら保険料が下がる等級制度は、加入後も注意を払うインセンティブを残すための設計です。保険商品をよく見ると、この2つの問題への対策が随所に埋め込まれています。
分散投資との共通点と、線引きの問題
性質の違う多数のリスクを束ねると全体が安定する、という点で、保険は分散投資と同じ数理を共有しています。そして、分散投資でも市場全体が同時に下がるリスクは消せないのと同じように、保険でも相関したリスクは消せません。どこまでを市場の保険に任せ、どこからを社会全体で支えるか — この線引きは、保険という発明が今も問い続けているテーマです。
試問
小さな町で火災保険を始めます。1軒の損害は1,000万円、火事は年1%、保険料は11万円(純保険料の1.1倍)で、開業時に1年分の保険料を積んでおきます。
町の右下の金の角をつかんで加入者を増減し、▶ 動かすで100年を流してください。保険料は純保険料の1.1倍に固定されています。
町の粒=加入者の家(燃えると朱)、プールの水位=積立(保険料何年分か)。1軒の損害1,000万円、火事は年1%、保険料は11万円(純保険料10万円の1.1倍)
