金融●●○○○

保険

Insuranceほけん

多数で出し合いリスクを分担する仕組み。大数の法則が不確実性を商品に変えた

概要

保険は、多数の人が少しずつお金(保険料)を出し合って共通のプールを作り、その中の誰かに事故や病気などの不運が降りかかったとき、プールからまとまったお金(保険金)を支払う仕組みです。一人ひとりにとって「家が火事になるかどうか」はまったく予測できませんが、100万世帯を集めれば「そのうち何軒が火事になるか」はかなり正確に予測できます。個人には制御できない偶然を、集団の統計的な規則性に変換する — これが保険の核心です。

この変換を支える数学的な土台が「大数の法則」です。サイコロを6回振っても1の目が1回出るとは限りませんが、6万回振れば1の目の割合はほぼ6分の1に収束します。同じように、加入者の数が増えるほど、集団全体の事故率は予測値のまわりに安定します。だからこそ保険会社は「1世帯あたり年間いくら集めれば、支払いをまかなえるか」を計算でき、不確実性そのものを値付けして売買できる商品に変えられるのです。生命保険・火災保険・自動車保険といった民間の商品だけでなく、公的年金や健康保険といった社会保険も、同じ原理の上に立っています。

なぜ生まれたか

保険がない世界では、大きな不運は個人や一族の破滅を意味しました。船が沈めば商人は全財産を失い、火事になれば一家は路頭に迷います。備えとして貯蓄する道はありますが、「船一隻分の損失」を自力で貯めてカバーできるのは大富豪だけで、しかも滅多に起きないことのために巨額を寝かせておくのはひどく非効率です。結果として人々は、リスクの大きい事業 — 遠洋貿易や大規模な建築 — への挑戦そのものをためらうことになります。

この問題を解いたのが「リスクの共同負担」という発想です。原型は古代の海上貿易にすでにあり、17世紀ロンドンのコーヒーハウスから発展したロイズでは、船主が航海のリスクを複数の引受人に分担してもらう海上保険が制度として確立しました。同じ頃に確率論と統計学が発達し、死亡率表に基づいて保険料を科学的に計算する生命保険が登場します。重要なのは、保険が単なる「助け合いの美風」ではなく、リスクを恐れて実行されなかった事業を可能にする経済のインフラだという点です。安心して船を出せるからこそ貿易が拡大する — 保険は近代の商業と産業の発展を陰で支えた発明でした。

詳細

リスクプーリングの構造

保険の基本構造は、下の図のように「多数の小さな確実な負担」と「少数の大きな不確実な損失」の交換です。加入者は全員、確実に少額の保険料を払います。その代わり、万一のときには自分の払込額をはるかに超える保険金を受け取れます。一人ひとりから見れば「確率は低いが破滅的な損失」を「確実だが小さな出費」に置き換える取引であり、集団全体で見ればリスクがプールの中で吸収されています。

加入者 A加入者 B加入者 C加入者 …全員が少額の保険料を確実に払い込む保険プール大数の法則で支払総額が予測可能に事故に遭った加入者まとまった保険金を受給滅多に起きないが個人には破滅的な損失をプール全体で吸収する
リスクプーリング — 多数の小さな保険料が、少数の大きな損失を吸収する

保険料はどう決まるか

保険料の中身は大きく2つに分かれます。1つは純保険料で、予測される事故率と支払額から計算される「支払いの原資」です。事故率1%で保険金1,000万円なら、1人あたり年間10万円が理論上の原資になります。もう1つは付加保険料で、保険会社の運営費や利益にあたる部分です。この計算を専門に担うのがアクチュアリー(保険数理士)で、死亡率・事故率の統計を精緻に分析して価格を設計します。また、集めた保険料は支払いまでの間、債券などで運用されるため、保険会社は世界有数の機関投資家でもあります。個々のリスクは避けられなくても、性質の異なる多数のリスクを束ねれば全体は安定する — この点で保険は、投資における分散投資と同じ数理を共有しています。

保険が抱える2つの宿命的な問題

保険には、仕組みそのものに根ざした2つの落とし穴があります。どちらも売り手と買い手で持っている情報が違うこと、すなわち情報の非対称性から生じます。

第一に、リスクの高い人ほど保険に入りたがるという逆選択です。自分の健康状態は本人が一番よく知っています。保険会社が平均的な事故率で保険料を設定すると、健康な人には割高に映って加入を見送り、持病のある人ばかりが加入します。すると支払いがかさんで保険料を上げざるを得ず、それがさらに健康な人を遠ざける — 放置すれば市場自体が崩壊しかねない悪循環です。保険会社が加入時の告知や健康診断を求めるのは、この悪循環を断つためです。

第二に、保険に入ると人は不注意になるというモラルハザードです。全損しても保険金が出るなら、盗難対策や安全運転への熱意は下がります。免責額(一定額までは自己負担)や、無事故なら保険料が下がる等級制度は、加入後も注意を払うインセンティブを残すための設計です。保険商品を観察すると、この2つの問題への対策が随所に埋め込まれていることが分かります。

保険の広がりと限界

保険の対象は生命・火災・自動車から、地震・サイバー攻撃・農作物の不作まで広がり続けています。保険会社自身が抱えきれない巨大リスクは、保険会社のための保険である再保険に回され、世界規模で分担されます。一方で、保険には原理的な限界もあります。大数の法則が働くには「個々のリスクが互いに独立であること」が必要ですが、大地震や金融危機のように全員が同時に被災するリスクでは、プールの中で損失を吸収し合えません。こうした「みんなで一斉に転ぶリスク」に対しては民間保険だけでは足りず、政府が関与する地震保険制度や、年金・医療といった社会保険の出番になります。どこまでを市場の保険に任せ、どこからを社会全体で支えるか — この線引きは、保険という発明が今も問い続けているテーマです。