分散投資
Diversification ・ ぶんさんとうし
値動きの違う資産を組み合わせ、期待リターンは平均のまま、各資産に固有のリスクだけを打ち消す技術
✦ 30秒で試す — 航海銘柄を何百に増やしても、消せないリスクが残る値動きの大きさを、1銘柄だけの6割以下にするには?予想してみる概要
分散投資とは、値動きの傾向が異なる複数の資産に資金を分けて投じることで、期待リターンを犠牲にせずにリスク(結果のばらつき)だけを減らす投資の技術です。「卵をひとつのカゴに盛るな」という格言のとおり、カゴを1つ落とせば全部割れますが、複数のカゴに分けておけば一度に全部は失いません。直感としては昔からある知恵です。
ただし分散投資の本当の面白さは、「数を増やせば安全」という素朴な話の先にあります。鍵を握るのは資産どうしの値動きの連動の強さ(相関)です。同じ方向に動く資産をいくら集めても危険は減りませんが、片方が下がるとき他方が下がりにくい資産を組み合わせると、全体の振れ幅は各資産の振れ幅の平均より小さくなります。リターンは平均のまま、リスクは平均より小さい — 組み合わせ方しだいで「部分の合計より安全な全体」を作れるのです。リスクとリターンのトレードオフに縛られた投資の世界で、対価なしにリスクを削れるほぼ唯一の手段として、金融論では「唯一のただ飯(フリーランチ)」と呼ばれます。
なぜ生まれたか
資産を分けて持つ知恵そのものは古く、旧約聖書の「伝道の書」には「あなたの分を七つか八つに分けよ」とあり、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』のアントーニオは、財産を一つの船に積んでいないから安心だと語ります。しかし20世紀半ばまで、投資の理論は個々の銘柄の良し悪しを見抜くことに集中していて、「組み合わせ」そのものが価値を生むという見方はありませんでした。良い銘柄を選べばよいのなら、いちばん有望な1社の株式に全額を投じるのが論理的な帰結になってしまいます。実際に多くの投資家がそうして破産してきましたが、なぜ分けるべきなのかを理屈で示せた人はいませんでした。
1952年、ハリー・マーコウィッツは「投資家はリターンだけでなくリスクも気にかけている」という当たり前の事実から出発し、資産の組み合わせ(ポートフォリオ)全体のリスクが、個々の資産のリスクだけでなく資産間の相関で決まることを数式で示しました。相関が低い資産を組み合わせれば、各資産のリターンは保ったまま全体のばらつきを圧縮できる — 分散投資は気休めではなく、効果を計算できる技術になったのです。この研究はポートフォリオ理論の出発点となり、マーコウィッツは1990年にノーベル経済学賞を受けました。年金基金から個人の積立投資まで、今日の資産運用の実務はこの発見の上に組み立てられています。
詳細
なぜリスクだけが減るのか — 打ち消し合う振れ
仕組みの核心は単純な算数です。資産Aと資産Bを半分ずつ買って持っておくと、ポートフォリオの価値はいつでも「Aの価値とBの価値の平均」です。だから最後の成績も、きっちり2つの成績の平均になります。ところが途中の振れ幅は、AとBが完全に連動していない限り、両者の振れ幅の平均より小さくなります。Aが不調の月にBが好調なら、互いの振れが一部打ち消し合うからです。傘メーカーとアイスクリーム店を考えると、冷夏には傘が、猛暑にはアイスが売れ、どちらの夏でも合計の収益は安定します。個々の事業は天気任せでも、組み合わせは堅実な事業になる — リターンは平均、リスクは平均以下。この非対称が分散の効果です。
何枚まで効くのか — 消せるリスクと消せないリスク
資産の数を増やすとどうなるかを、式で追ってみます。どの資産も同じ大きさの振れ(標準偏差σ)を持ち、どの2つの間の相関もρだとします。N銘柄を均等に持つと、合成のリスクは
合成のリスク = σ × √( ρ + (1 − ρ) ÷ N )
になります。Nを増やすと (1 − ρ)/N の部分は0に近づきますが、ρの部分は残ります。つまりリスクは √ρ という床に向かって下がり、その下には行けません。床より上の部分が、各社の不祥事や新製品の失敗のような、その資産だけの運・不運(固有リスク)で、分散で消せます。床の部分は景気・金利・パンデミックのように全資産を同時に揺らすショック(市場リスク)で、何銘柄持っても消せません。
ρ = 0.3 で数字を入れると、単独保有を100%として、5銘柄で66%、12銘柄で60%、20銘柄で58%、40銘柄で56%、床は約55%です。最初の数枚で大きく下がり、あとは床に張り付いていく — 分散の効き目はこの形をしています。
下の部品で確かめてください。カードを1枚ずつ置いて銘柄を増やし、金の合成の線がどれだけ穏やかになるか、リスクの図の点がどこで止まるかを見ます。朱の床の線をつかんで上下させると、全銘柄に共通するショックの強さ(相関)が変わります。
下の列のカードを1枚ずつ置いてみてください。細い線が1つひとつの資産、金の太い線はそれを均等に持った合成です。リスクの図の金の点がどこまで下がるかを見てください。
値動きの図: 60か月(縦は対数目盛り)。細い線=場に置いた資産、金の線=均等に持った合成。リスクの図: 合成のリスク(単独保有=100%)と銘柄数。金の点は左右に、朱の床の線は上下にドラッグできる
よく引用される「20〜30銘柄あれば十分」は、スタットマンの1987年の研究(30〜40銘柄)などに由来する目安です。ただし後の研究では、1990年代以降に個別企業の値動きの激しさが増したため、同じ効果を得るには50銘柄前後が必要だという指摘もあります(キャンベルらの2001年の研究)。床の高さは時代と市場で変わるので、数に正解はありません。
何を分散するか — 銘柄・資産クラス・地域・時間
実務の分散には階層があります。第一に銘柄の分散で、1社への集中が抱える固有リスクを捨てます。第二に資産クラスの分散です。株式・債券・不動産・コモディティは景気や金利への反応が異なるため、銘柄の分散では消せない市場リスクの一部まで和らげられます。株と債券は、景気後退の局面では逆に動きやすい古典的な組み合わせです。ただし、これはいつも成り立つわけではありません。2022年の世界的なインフレでは、急な利上げで株も債券もそろって下落し(米国では株式のS&P 500が約18%、債券の総合指数が約13%の下落)、両者の相関が正に反転しました。インフレが主役の局面では、株と債券は同じ敵(金利上昇)に打たれるのです。
第三に地域・通貨の分散です。自国の経済停滞や通貨安に資産全体が連動しないよう、国境を越えて分けます。給料も持ち家も勤務先も日本経済に依存している人が、金融資産まで円建ての日本資産に集中させるのは見えない集中投資だ、という視点は実務上重要です。ただし外国資産には為替レートの変動が加わる点も忘れてはいけません。第四に時間の分散で、購入時期を分ける積立投資は、高値でまとめて買ってしまう一発のリスクを均します。こうした多層の分散を1本で実現する道具として、市場全体を丸ごと買うインデックスファンドが個人投資家の標準的な手段になっています。
分散の限界 — 危機のときほど相関が上がる
分散の目的はリスクをゼロにすることではありません。リスクとリターンで見たとおり、市場が対価を払うのは消せない市場リスクのほうなので、床が残ること自体は悪ではありません。分散の目的は「対価の払われない無駄なリスク」を捨てることで、ポートフォリオ理論はそれを「効率的な組み合わせ」という形で精密にしました。
より厄介な限界は、分散がいちばん欲しいときに効きにくくなることです。金融危機のようなパニックでは、投資家が一斉にあらゆる資産を売って現金に逃げるため、普段は相関の低い資産までそろって暴落します。部品でいえば、危機のときには床の線が急にせり上がるのです。2008年の危機では、国際分散も資産クラスの分散も短期的にはほとんど盾になりませんでした。分散は平時のばらつきを抑え、長期の複利を途中の大きな損で途切れさせないための技術であって、暴落そのものを避ける魔法ではありません。
落とし穴 — 見せかけの分散と分散のしすぎ
実務の失敗は2方向にあります。ひとつは見せかけの分散です。銘柄数は多くても、全部が同じ業種・同じテーマ(たとえばハイテク成長株ばかり)なら、相関が高く床も高いので、実質は集中投資です。投資信託を何本も持っていても、中身が同じ指数なら分散は増えていません。数えるべきはカゴの数ではなく、値動きの源の数です。もうひとつは逆に、分散のしすぎ・複雑にしすぎです。中身の重なる商品を重ね、手数料の高い商品を「分散のため」と加えていっても、床に張り付いたリスクはほとんど下がらないまま、コストだけが積み上がります。低コストで幅広い資産に分散し、危機でも売らずに持ち続ける — 分散投資の実践は、理論の華やかさに比べて拍子抜けするほど地味な規律に行き着きます。
試問
どの資産も、互いの相関が0.3の世界です。カードを置くほどリスクは下がりますが、下がり方はだんだん鈍くなります。
共通ショックの強さは固定です(相関0.3)。下の列のカードを置いて銘柄を増やし、金の点を60%の線の下に入れてください。ただし、必要以上に買わないこと。
値動きの図: 60か月(縦は対数目盛り)。細い線=場に置いた資産、金の線=均等に持った合成。リスクの図: 合成のリスク(単独保有=100%)と銘柄数。金の点は左右に、朱の床の線は上下にドラッグできる
