金融●●○○○

リスクとリターン

Risk & Return ・ りすくとりたーん

高いリターンを望むなら結果のばらつき(リスク)を引き受けるしかない。その対価がリスクプレミアム

✦ 30秒で試す — 航海高い見返りには、必ず眠れない夜がついてくる30年のうち、−15%を下回る年は?予想してみる

概要

リスクとリターンは、投資の世界を貫く「高い儲けを狙うなら、大きな振れ幅を受け入れなければならない」という原則です。リターンとは投資から得られる収益率のこと、リスクとは「危険」そのものではなく「結果のばらつき・不確実性」のことです。毎年きっちり1%ずつ増える資産はローリスク、平均すれば年7%だが年によって+30%にも−30%にもなる資産はハイリスク、と表現します。上に大きく外れることも「リスク」に数えるところが、日常語の「リスク=損する危険」とずれる、金融特有の定義です。

この2つは自由に組み合わせられるものではなく、市場では強く結びついています。もし「リスクが低いのにリターンが高い」資産があれば、皆が殺到して価格が上がり、買った値段に対するリターンは下がってしまうからです。こうして、安全な預金や国債のリターンは低く、値動きの激しい株式のリターンは長期の平均では高い、という秩序が生まれます。「ローリスク・ハイリターン」を謳う商品は、この市場の力学に照らせば、リスクが見えにくいところに隠されているか、詐欺かのどちらかを疑うべきです。リスクとリターンの関係は、金融商品を見る目を養う最初のふるいになります。

なぜ生まれたか

この原則が言葉になる前から、商人たちは経験的にそれを知っていました。近世の海上貿易では、嵐や海賊で船が失われる危険が大きい航路ほど、成功したときの分け前を大きくしなければ出資者が集まりませんでした。危険な事業ほど高い見返りを約束しなければお金が動かない — 市場が自然に発見した値付けです。ロイズの海上保険も、危険の大きさに応じて保険料を変える形で同じ直感を商売にしました。しかし20世紀半ばまで、この直感を測って比べる共通の物差しはなく、「この投資は儲かりそうか」は語れても「この投資は負うリスクに見合うか」を数字で問うことはできませんでした。1921年に経済学者フランク・ナイトが、確率で表せる「リスク」と確率すら分からない「不確実性」を区別したのが、概念を整理する最初の一歩です。

転機は1952年です。ハリー・マーコウィッツがリターンの「ばらつき」(統計学の分散・標準偏差)をリスクの尺度に選び、リスクとリターンを同じグラフの縦横に置いて資産の組み合わせを比べるポートフォリオ理論を作りました。続いてウィリアム・シャープ(1964年)やジョン・リントナー(1965年)らのCAPM(資本資産価格モデル)が、「安全資産の利回りに、負担するリスクに応じた上乗せ(リスクプレミアム)を足したものが期待リターンになる」と両者の関係を式にします。安全資産の代表は国債です。曖昧だった「危険と儲けの釣り合い」は、測り、値付けし、検証できる理論になり、マーコウィッツとシャープは1990年にノーベル経済学賞を受けました。

詳細

リスクの正体 — ばらつきとしてのリスク

金融でリスクを「ばらつき」と定義するのは、不確実さこそが投資家に負担を強いるからです。平均リターンが同じ7%でも、毎年ほぼ7%で安定する資産と、−30%の年がありうる資産では、後者を持つには「暴落の年に耐える力」が要ります。生活費を取り崩す時期に暴落が重なれば、平均では良い投資でも個人にとっては破綻です。ばらつきは標準偏差(ボラティリティ)で測るのが標準です。

数字で一度確かめておきます。期待リターン5%・標準偏差20%の資産を考えます。年ごとのリターンがおおむね正規分布に従うとすると、−15%はちょうど平均から標準偏差1つ分下(5 − 20 = −15)です。平均から1つ分より下に出る確率は約16%なので、−15%を下回る年はおよそ6年に1回です。よく聞く「3年に1回」は、上下どちらかに1つ分以上外れる確率(約32%)のことで、上に外れる良い年まで数えてしまっています。

期待リターン 5%−15% より悪い年約16% ≒ 6年に1回+25% より良い年これも約16%−40%−20%0%+20%+40%+60%1年のリターン
期待リターン5%・標準偏差20%の1年のリターンの分布。左の裾(−15%未満)は約16% — 6年に1回ほど。右の裾(+25%超)も同じ約16%

リスクプレミアム — 我慢代としての上乗せリターン

投資家は不確実さを嫌うため、リスクのある資産には「我慢代」としての上乗せがなければ買い手がつきません。この上乗せ分をリスクプレミアムと呼びます。基準になるのは、約束どおり支払われることがほぼ確実な安全資産 — 実務では短期の国債の金利 — で、あらゆる資産の期待リターンは「安全資産の利回り+リスクプレミアム」に分けて考えられます。企業が発行する債券(社債)の利回りが国債より高いのは、倒産で払われなくなるリスクの対価です。株式のリスクプレミアムは、米国の長期データでは年4〜6%程度と推計されており、株式が長期で債券を上回ってきたのは幸運ではなく、値動きの激しさに耐えたことへの対価だと解釈されます。裏を返せば、プレミアムは「耐えた人だけが受け取れる報酬」です。暴落のたびに売ってしまう投資家は、リスクだけ負ってプレミアムを取り損ねます。

期待リターンリスク(標準偏差)無リスク金利(短期国債の利回り)短期国債・預金長期国債社債株式リスクプレミアム「ローリスク・ハイリターン」隠れたリスクか詐欺を疑う
リスクとリターンの平面。資産は右上がりの帯に並ぶ。縦軸上の無リスク金利からの高さがリスクプレミアム、帯の傾きが「リスク1単位あたりの上乗せ」

シャープレシオ — リスク1単位あたりの報酬

リターンの高さだけで運用を比べるのは不公平です。大きなリスクを取れば、たまたまリターンが高く出ることもあるからです。そこでシャープは1966年、「リスク1単位あたりにどれだけ上乗せを稼いだか」で比べる指標を提案しました。シャープレシオ=(リターン − 無リスク金利)÷ 標準偏差 です。無リスク金利1%のもとで、年7%・標準偏差20%の株式ファンドなら (7 − 1) ÷ 20 = 0.3、年4%・標準偏差8%のバランス型なら (4 − 1) ÷ 8 ≈ 0.38 で、リターンが低いほうが「リスクの使い方はうまい」ことになります。上の図でいえば、無リスク金利の点から各資産へ引いた線の傾きです。

報われるのは「消せないリスク」だけ — ベータ

理論上の重要な発見は、リスクには2種類あるということです。ある会社の不祥事や新製品の失敗のような、その資産に固有のリスクは、多くの資産を組み合わせる分散投資でほぼ打ち消せます。一方、景気後退や金融危機のように市場全体を同時に襲うリスクは、どれだけ銘柄を増やしても消せません。市場が対価(プレミアム)を払うのは、この「消せないリスク」だけです。消せるリスクにまで上乗せが付いていたら、分散した投資家がその資産を買い上げて上乗せを消してしまうからです。

CAPMでは、消せないリスクの量をベータ(β)という数で測ります。市場全体が1%動くとき、その株が平均して何%動くかです。β=1.5の株は市場の1.5倍揺れ、期待リターンは「無リスク金利+1.5×市場のリスクプレミアム」になります。標準偏差が大きくても、値動きの大半が会社固有のものならβは小さく、プレミアムも小さい。少数の銘柄への集中投資が理論的に不利とされるのは、報われないリスクを背負い込むからで、これがポートフォリオ理論の中心的な結論です。

投資期間とリスク

同じ資産でも、持つ期間によってリスクの見え方は変わります。年ごとのリターンが独立だとすると、n年間の「年平均リターン」のばらつきは 1/√n に縮みます。期待5%・標準偏差20%の資産で、年平均がマイナスに終わる確率は、1年なら約40%ですが、10年で約21%、30年で約8%まで下がります(正規分布でのおおまかな計算)。長期投資が勧められるのはこのためです。ただし、最終的な資産額の幅(円での上振れ・下振れ)はむしろ広がりますし、確率が小さくなっても、起きたときの損の大きさはゼロになりません。「長く持てばリスクは消える」のではなく、「長く持てば年平均がマイナスになる確率が下がる」と言うのが正確です。

年平均リターン+40%+20%0%−20%1年10年20年30年90%の年平均はこの帯に入る1年: −28%〜+38% → 30年: −1%〜+11%0%の線より下 = 年平均がマイナス確率: 1年 約40% / 10年 約21% / 30年 約8%
保有期間と「年平均リターン」の幅(期待5%・標準偏差20%、90%の範囲)。期間が長いほど幅は1/√年数で細る。ただし最終資産の金額の幅はむしろ広がる

株式プレミアムのパズル

リスクとリターンの理論は、すべてを説明できたわけではありません。1985年、ラジニッシュ・メーラとエドワード・プレスコットは、米国株の歴史的なプレミアム(国債に対して年6%前後)が、標準的な経済モデルで説明するには大きすぎることを示しました。消費の変動の小ささを前提にすると、あれほどの上乗せを求めるには、人々が非現実的なほど極端にリスクを嫌っていなければなりません。これが「株式プレミアムのパズル」です。説明の候補には、損失を利得より重く感じるプロスペクト理論の損失回避と、短い間隔で成績を見てしまう近視眼の組み合わせ(ベナルチとセイラー、1995年)、まれな大災害のリスク、米国がたまたま成功した国だったという生き残りの偏りなどがあり、いまも決着していません。

実務での使いどころと落とし穴

リスクとリターンの枠組みは、金融商品の比較だけでなく、あらゆる「うまい話」の検証に使えます。相場より高い利回りを謳う社債があれば、その差は発行体の倒産リスクの対価です。高金利通貨の預金は、その通貨が下がる為替レートのリスクを、金利として先に払われているだけかもしれません。「このプレミアムは何のリスクの対価か」とリターンの源を問う癖が、金融リテラシーの核心です。効率的市場仮説が言うように市場がある程度効率的なら、リスクなしの上乗せはすぐ誰かに取られてしまうので、見かけの上乗せには必ず理由があると考えるのが安全です。

落とし穴も知られています。第一に、過去のばらつきが将来のリスクを保証しないこと。標準偏差は平時の物差しで、金融危機のような極端な出来事(テールリスク)は、正規分布が示すよりずっと頻繁に起きてきました。第二に、レバレッジの誘惑です。借金で投資額を膨らませればリターンもリスクも増えますが、下振れすれば元本を超える損失もありえます。第三に、リスクの感じ方のゆがみです。行動経済学が示すとおり、人は損を得より重く感じ、直近の相場に引きずられてリスクを見積もります。バブルの高値では皆がリスクを忘れ、暴落の底では皆がリスクを過大に見る — 原則を知っていることと、それに従い続けることの間には大きな溝があります。

試問

期待リターン5%・標準偏差20%の資産を30年持ち続けるとします。平均だけを見ると毎年5%ずつ増えるように思えますが、実際には何度か痛い年が来ます。

✦ 命題挑戦中

期待リターン5%・標準偏差20%の資産に30年投資したとき、リターンが−15%を下回る年が何回あるかを予想し、30年を何度もやり直す実験で確かめよ

30年のうち、−15%を下回る年はおよそ何回?

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