効率的市場仮説
Efficient Market Hypothesis ・ こうりつてきしじょうかせつ
価格には手に入る情報がすでに織り込まれており、公開情報で市場に勝ち続けるのは難しいという仮説
✦ 30秒で試す — 航海市場が完璧に効率的なら、誰も価格を調べなくなるいまからこの株を買うと、儲けは?予想してみる概要
効率的市場仮説は、「株式などの価格には、その時点で手に入る情報がすでに織り込まれている」という仮説です。ここでいう「効率的」は、事務が速いという意味ではなく、新しい情報がすばやく正しく価格に反映されるという意味です。好決算のニュースが出た瞬間に株価が跳ね上がるなら、ニュースを見てから買っても遅い — 価格はもう「その情報を知った後の値段」になっているからです。
この仮説の帰結は挑戦的です。誰でも手に入る情報 — 過去の値動き、公表された決算、新聞記事 — をいくら分析しても、リスクとリターンの関係から見込まれる以上の儲けを、続けて得ることはできない、というのです。価格が動くのは「まだ誰も知らない新しい情報」が届いたときだけで、新しい情報は定義上予測できないので、価格の動きは千鳥足のように予測できなくなります(ランダムウォーク)。
ただし、よくある誤解があります。この仮説は「価格はいつも正しい」とも「誰も儲からない」とも言っていません。言っているのは、「手に入る情報を使った、リスクに見合わない儲けは、競争ですぐに消える」ということです。プロのファンドの多くが手数料を引いた後で市場平均に勝てないという実証はこの仮説を支える代表的な証拠で、インデックスファンドが生まれる思想的な土台になりました。
なぜ生まれたか
20世紀前半までの投資の世界は、チャートの形から将来を読むテクニカル分析や、相場師の秘伝が幅を利かせる、検証されない経験則の世界でした。「あの手法は本当に儲かるのか」を確かめる枠組みがなかったのです。前史は意外に古く、1900年にフランスのルイ・バシュリエが学位論文『投機の理論』で、パリの債券価格の変動をランダムウォークとして数学的に扱っていました。この研究は半世紀ほど忘れられていました。
1950〜60年代、コンピュータで過去の株式の価格を大量に統計処理できるようになると、研究者たちは株価の変動に、過去のパターンから将来を予測できるような規則性がほとんど見つからないことに気づきます。これを「市場の欠陥」ではなく「市場がうまく働いている証拠」として読み替えたのが、1965年のポール・サミュエルソンの論文「適切に予想された価格はランダムに変動することの証明」です。情報を持つ人が先回りして売買するなら、予測できる動きはすでに価格に入り、残るのは予測できない部分だけになる、という論理です。同じ1965年にはユージン・ファーマが学位論文で株価のランダムウォークを実証し、1970年のレビュー論文「効率的資本市場」で、どこまでの情報が織り込まれているかによる3つの型(ウィーク・セミストロング・ストロング)を含む今日の定式化をまとめました。
この見方は、市場の価格が散らばった情報を集める装置だという経済学の伝統的な洞察を、金融市場で検証できる形にしたものです。そして「検証できる」ことそのものが、投資の議論を経験談から実証科学へ変えました。
詳細
3つの型 — どこまでの情報が織り込まれているか
「手に入る情報」をどこまで取るかで、仮説は3段階に分かれます。ウィーク型は「株式などの過去の価格・出来高は織り込み済み」という主張で、正しければチャート分析で市場に勝つことはできません。セミストロング型は「公開情報はすべて織り込み済み」で、決算書や経済ニュースを読み込むファンダメンタル分析も、公表の瞬間に価格に入るので優位を持ちません。ストロング型は「未公開の内部情報まで織り込み済み」という最も強い主張です。
実証研究の大勢は、ウィーク型はおおむね成り立ち、セミストロング型も主要な市場ではかなりの程度成り立つ一方、ストロング型は成り立たない、という見取り図に落ち着いています。ストロング型が崩れる理由ははっきりしていて、経営者と外部の投資家のあいだには情報の非対称性があり、未公開の重要事実を知る内部者は実際に儲けられるからです。だからこそインサイダー取引は法律で禁じられています(日本では金融商品取引法)。
効率性はどうやって生まれるか — グロスマン=スティグリッツのパラドックス
価格が情報を織り込む原動力は、ずれ(ミスプライス)を見つけて利益に変える投資家たちの競争です。割安を買い割高を売る行為そのものが価格を適正な水準へ押し戻します。これは広い意味での裁定取引です。
ここに有名なパラドックスがあります。1980年、サンフォード・グロスマンとジョセフ・スティグリッツは、市場が完全に効率的なら情報を調べる人は報われないので誰も調べなくなり、そうなると価格に情報を織り込む人がいなくなって市場は効率的でなくなる、と指摘しました。つまり完全に効率的な市場は成り立ちません。釣り合うのは、ずれがわずかに残り、そのずれから得る儲けが、情報を集めて分析するコストをちょうど埋める状態です。
具体的に考えましょう。ニュースが毎日価格からずれを生み、そのずれを突く儲けの総額が1日に10万円だとします。分析者が増えるほど価格は速く正しい値に近づきますが、儲けの総額は人数で分けるので、1人あたりは10÷人数(万円)に減ります。分析に1人1日0.625万円かかるなら、16人のところで儲けとコストが等しくなります。これより少なければ儲かるので人が入り、多ければ損なので人が去ります。
下の部品で確かめてください。「動かす」を押すと、ニュースで実力の値(青の破線)が動き、分析者(右の青い点)がずれを突いて価格(白の線)を引き寄せます。人数のつまみを左右に動かして、価格の追いつく速さと、1人あたりの儲けがどう変わるかを見てください。
まず「動かす」を押してください。青の破線(実力の値)がニュースで動き、白い線(価格)を分析者が引き寄せます。下のグラフの人数のつまみをつかんで左右に動かすと何が変わるでしょう。
上: ある1銘柄の実力の値(青の破線)と価格(白)。朱の帯=ずれ(分析者の儲けの源)。右の点=分析者。下: 横=分析者の人数、縦=1人あたりの儲け(20銘柄の合計、万円/期)
分析コストが下がれば(たとえばデータや AI で調べる費用が安くなれば)、つり合う人数は増え、市場はより効率的になります。効率的な市場とは静かな完成品ではなく、「勝てる」と信じて調べる人々の出入りが絶えず再生産している、動的な均衡なのです。
検証の壁 — 結合仮説の問題
効率性を実証で確かめようとすると、厄介な壁にぶつかります。「この戦略は普通より儲かる(超過リターンがある)」と言うには、「普通はどれだけ儲かるはずか」を決めるモデル — たとえばポートフォリオ理論から導かれる CAPM — が要ります。すると、超過リターンが見つかったとき、それが「市場が非効率だから」なのか、「リスクを測るモデルが間違っていて、実はリスクの対価を受け取っているだけ」なのかを区別できません。効率性の検証は必ず資産価格モデルとの抱き合わせ(結合仮説)になる — ファーマ自身が強調したこの問題のせいで、効率的市場仮説は単独では決して白黒がつかない仮説でもあります。
アノマリーと行動ファイナンスの挑戦
仮説には有力な反論もあります。小型株や割安株(株価が純資産に比べて低い株)が CAPM の予想より高いリターンを出す、上がった株がしばらく上がり続ける(モメンタム)といった、説明しにくいパターン(アノマリー)が繰り返し報告されてきました。ファーマとケネス・フレンチは1993年、「市場全体」「規模」「割安度」の3つの要因(ファクター)でリターンを説明するモデルを示し、アノマリーの多くを「別種のリスクへの対価」として取り込みました。一方で、その要因がなぜ報われるのかについて、リスクなのか投資家の思い込みなのかは今も論争が続いています。
アノマリーの儲けが長続きしないことも分かっています。デビッド・マクリーンとジェフリー・ポンティフ(2016年)は、学術誌に発表された97のアノマリーを調べ、公表後にはその超過リターンが平均で約58%小さくなることを示しました。見つかった「ずれ」は、知られた途端に投資家に使われて消えていく — 効率性を生む競争そのものの姿です。
より根本的な批判は行動経済学からのものです。人は損失を極端に嫌い(プロスペクト理論)、群れで買い、群れで売ります。1981年にロバート・シラーは、株価の変動が、その後の配当の変動から正当化できる範囲を大きく超えていることを示しました。ITバブルや米国の住宅バブルのような価格の暴走は、「価格は常に正しい」という素朴な見方への強い反例です。しかも、ずれに気づいた人が売り向かっても、価格がさらにずれて資金が尽きることがあるので、裁定には限界があります。2013年のノーベル経済学賞が、ファーマと批判者シラー(そして資産価格の実証の手法を築いたラース・ハンセン)に同時に贈られたことは、この論争が決着していないことを象徴しています。
実務への含意 — 「ほぼ効率的」をどう使うか
現在の穏当な理解は、「市場は完全に効率的ではないが、素人が公開情報で出し抜けるほど非効率でもない」というものです。個人にとっての含意は実践的です。ニュースを見てから売買しても遅い。過去のチャートに聖杯はない。市場平均に勝ち続けるプロは事前には見分けにくい。ならば、低コストのインデックスファンドで市場全体を持ち、銘柄選びやタイミングの勝負を降りることが、多くの人にとって合理的な選択になります。
ただし、ここにもグロスマン=スティグリッツの論理が効いてきます。全員がインデックスファンドに移れば、価格に情報を織り込む人がいなくなるからです。実際には、パッシブ運用の比率が上がるほど、残ったアクティブ運用にとってのずれは大きくなり、調べる人が戻ってくる — 均衡はそこで決まります。また、リスクとリターンの関係まで消えるわけではありません。効率的な市場でも、高いリターンは高いリスクの対価としてなら得られます。仮説が否定するのは「リスクなしのうまい話」だけです。
試問
分析のコストは1人1期あたり決まった額です。何人の分析者がいれば、調べても得も損もしない市場になるでしょうか。
分析者はいま3人です。人数のつまみを動かしてから「動かす」を押し、1人あたりの儲け(白い点)が分析コスト(朱の線)とつり合う人数を探してください。
上: ある1銘柄の実力の値(青の破線)と価格(白)。朱の帯=ずれ(分析者の儲けの源)。右の点=分析者。下: 横=分析者の人数、縦=1人あたりの儲け(20銘柄の合計、万円/期)
