マクロ経済●●○○○

社会保険

Social Insurance ・ しゃかいほけん

病気・失業・老齢などのリスクを、強制加入と所得に応じた保険料で社会全体に分け合う公的な保険

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概要

社会保険は、病気・けが・失業・老齢・介護といった「誰にでも起こりうるが、いつ誰に起こるかは分からない」リスクを、社会の全員が保険料を出し合って分け合う、国が運営する強制加入の保険です。日本には医療保険・年金保険・雇用保険・労災保険・介護保険の5つがあり、給与明細で税金と並んで差し引かれている「社会保険料」がその掛け金にあたります。

仕組みの土台は民間の保険と同じ「大数の法則」— 大勢でリスクを出し合えば、一人ひとりにとっては壊滅的な出費も、全体では予測できる平均的なコストに変わる — ですが、決定的な違いが2つあります。加入が任意ではなく法律で強制されていること、そして保険料がリスクの高さではなく主に所得に応じて決まることです。この2つによって、社会保険はリスクを分け合う仕組みであると同時に、所得再分配の機能を内蔵したセーフティネットになっています。

規模も大きく、日本の社会保障給付費(年金・医療・介護・子育てなど)は年間140兆円に迫り、その財源の約6割が保険料、残りの多くが税です。会社員なら、健康保険・厚生年金・雇用保険・(40歳以上は)介護保険の保険料で、額面の給与のおよそ15%が差し引かれています。

なぜ生まれたか

「保険は民間にもあるのに、なぜ国が強制するのか」— この問いへの答えが、社会保険の存在理由そのものです。医療や失業のリスクを民間の任意の保険だけに任せると、市場はうまく回りません。まず、加入者は自分の健康状態や失業の見込みを保険会社よりよく知っているという情報の非対称性があるため、逆選抜が起きます。保険料に見合わないと感じた健康な人から順に抜けていき、残るのはリスクの高い人ばかりになって保険料が上がり、それがさらに脱退を呼ぶ — この悪循環で、最も保険を必要とする人ほど保険に入れなくなります。保険会社の側も、持病のある人や高齢者の加入を断ったり高い保険料を課したりするのが合理的になります。さらに、低所得の人はそもそも保険料を払えず、無保険のまま病気や失業に直面します。

19世紀末のドイツで、ビスマルクが労働運動への対応として世界初の社会保険(1883年の疾病保険に始まり、1884年の災害保険、1889年の老齢・障害保険と続く)を導入したのがはじまりです。健康な人も病弱な人も、若者も高齢者も全員を強制的に同じプールに入れてしまえば、逆選抜の悪循環は根元から断ち切れます。この発想は20世紀に各国へ広がり、英国の1942年のベヴァリッジ報告を経て戦後の福祉国家の柱になりました。日本では1961年に、全国民が何らかの医療保険と年金に加入する「国民皆保険・皆年金」が実現しました。

詳細

強制加入が逆選抜を断つ

社会保険の設計の核心は「全員加入」にあります。任意加入の保険では、リスクの低い人が抜けることでプールが崩れうるのに対し、強制加入ならリスクの低い人も高い人も必ずプールに含まれるので、平均のリスクが安定し、制度が続きます。リスクの低い人から見れば「払い損」に見えるかもしれませんが、健康な若者もいずれ年を取り、誰もが病気や失業のリスクからは逃れられません。生涯という時間軸で見れば、全員加入は「将来の自分」への保険でもあります。強制加入をやめるとどうなるかは、米国の医療保険改革(ACA)で個人の加入義務の罰金が2019年にゼロにされたあと、健康な若者の加入が減って保険料の上昇圧力が生じたことにも表れています。逆選抜は理論上の心配ではないのです。

民間保険任意加入入るかどうかは本人の選択保険料はリスクに比例高リスクの人ほど高く、加入拒否もある逆選抜のリスク健康な人が抜けて保険料が上がり必要な人ほど入れなくなる社会保険強制加入低リスクの人も必ずプールに入る保険料は所得に比例リスクが高くても保険料は上がらない逆選抜が起きないプールが安定し、再分配機能を内蔵したセーフティネットになる同じ保険の原理でも、加入と保険料の決め方が変わると制度の性格が変わる
民間保険と社会保険の対比 — 強制加入と所得に応じた保険料が、逆選抜の悪循環を断ち、再分配の機能を生む

保険でありながら再分配でもある

民間保険の保険料はリスクに応じて決まります(喫煙者の生命保険は高い、事故歴があると自動車保険は高い)。一方、社会保険の保険料は主に所得に応じて決まり、給付は必要に応じて行われます。高所得の健康な人は「多く払って少なく使い」、低所得で病気がちの人は「少なく払って多く使う」ので、制度全体として高所得者から低所得者へ、健康な人から病気の人への所得再分配が組み込まれています。年金のように、いま働く世代の保険料でいまの高齢者の給付を賄う賦課方式の制度は、世代間の再分配でもあります。「保険原理」と「再分配原理」の混合物であること — これが社会保険を、税とも民間保険とも違う独特の制度にしています。雇用保険は、不況で失業者が増えると自動的に給付が膨らむので、景気の落ち込みを和らげる自動安定化装置の一部としても働きます。

ただし「所得に応じた保険料」には例外があります。自営業者や学生などが払う国民年金の保険料は所得にかかわらず定額(2026年度は月17,920円)で、所得に対する負担率で見ると低所得の人ほど重い、逆進的な仕組みです(低所得の人には免除や猶予の制度があります)。会社員の保険料にも、標準報酬月額という計算上の月給に上限があるので、上限を超える高所得の人ほど負担率が下がります。厚生年金の標準報酬月額の上限は、2025年の年金制度改正で65万円から75万円へ段階的に引き上げられることになりました。

モラルハザードとの綱引き

保険には宿命的な副作用があります。守られていると分かると人の行動が変わってしまうモラルハザードです。医療費が全額タダなら必要以上に受診が増えるかもしれず、失業給付が手厚すぎれば求職活動が鈍るかもしれません。社会保険の設計は、このモラルハザードとの綱引きの歴史でもあります。医療保険の窓口負担は年齢で1〜3割(小学校入学前は2割、70歳未満は3割、70〜74歳は2割、75歳以上は1割。所得の高い高齢者は2〜3割)で、受診のしすぎを抑えコスト意識を持ってもらう仕掛けです。一方で、医療費が一定額を超えると負担に上限をかける高額療養費制度が、本当に大きなリスクからは守ります。失業給付に7日間の待期期間、給付日数の上限、求職活動の要件があるのも同じ理由です。保障を厚くすれば安心が増える一方で歪みも増える — どこに線を引くかは、各国の制度がそれぞれの答えを出している設計問題です。

誰が本当に負担しているのか

会社員の保険料は労使折半(会社と本人が半分ずつ)ですが、経済学的には、会社の負担分も実質的には賃金の一部から出ていると考えられています。会社から見れば、給与と会社負担の保険料を合わせたものが人を雇うコストだからです。税と同じく、法律上だれが納めるかと、最終的にだれが負担するかは別で、名目の折半が本当の負担の分け方を表すとは限りません。

2026年4月からは、少子化対策の財源として「子ども・子育て支援金」が医療保険料と合わせて集められ始めました。保険料の形をとっていますが、給付は医療ではなく子育て支援に使われるので、保険原理から離れた「保険料という名の税」ではないかという議論もあります。短時間労働者への厚生年金・健康保険の適用拡大(2025年改正で、いわゆる106万円の賃金要件の撤廃が決まりました)も、誰がどの保険に入り、誰が保険料を負担するかの線引きを動かす改革です。

少子高齢化という最大の課題

最大の課題は少子高齢化です。賦課方式で運営される年金・医療・介護は、支え手である現役世代が減り受給者である高齢世代が増えると、保険料の引き上げ・給付の抑制・税の投入のいずれか(あるいは全部)が避けられません。実際、日本の社会保険の財源にはすでに多額の税が投入されていて(基礎年金の2分の1、75歳以上の医療費の約5割など)、「保険料を払った人が給付を受ける」という保険原理は部分的に薄まっています。社会保険を理解することは、給与明細の天引きの意味を知ることであると同時に、財政と世代間の公平をめぐる現代最大級の政策論争を理解するための土台でもあります。

試問

社会保険の制度には、リスクを分け合う「保険」の顔、格差を縮める「再分配」の顔、そして保険の副作用を抑える「モラルハザード対策」の顔が混ざっています。

✦ 命題挑戦中

日本の社会保険の10の仕組みを、どの原理に基づくものかで3つの箱に仕分けよ

保険原理払った人が、事故のときに受け取る
再分配原理負担と給付を、リスクではなく所得や必要で決める
モラルハザード対策保険に守られて行動が緩むのを抑える

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