マクロ経済●●○○○

社会保険

Social Insuranceしゃかいほけん

病気・失業・老齢のリスクを社会全体で分担する強制加入の保険

概要

社会保険は、病気・けが・失業・老齢・介護といった「誰にでも起こりうるが、いつ誰に起こるかは分からない」リスクを、社会の全員が保険料を出し合って分担する、国が運営する強制加入の保険です。日本では医療保険・年金保険・雇用保険・労災保険・介護保険の5つがあり、給与明細で税金と並んで天引きされている「社会保険料」がその掛け金にあたります。

仕組みの土台は民間の保険と同じ「大数の法則」— 大勢でリスクを出し合えば、一人ひとりにとっては壊滅的な出費も、全体では予測可能な平均的コストに変わる — ですが、決定的な違いが2つあります。加入が任意ではなく法律で強制されていること、そして保険料がリスクの高さではなく主に所得に比例して決まることです。この2つの違いによって、社会保険は単なるリスク分担の仕組みであると同時に、所得再分配の機能を内蔵したセーフティネットになっています。

なぜ生まれたか

「保険は民間にもあるのに、なぜ国が強制するのか」— この問いへの答えが、社会保険の存在理由そのものです。医療や失業のリスクを民間の任意保険だけに任せると、市場はうまく回りません。まず、加入者は自分の健康状態や失業の見込みを保険会社より良く知っているという情報の非対称性があるため、逆選択が起きます。保険料に見合わないと感じた健康な人から順に抜けていき、残るのはリスクの高い人ばかりになって保険料が上がり、それがさらに脱退を呼ぶ — この悪循環で、最も保険を必要とする人ほど保険に入れなくなります。保険会社の側も、持病のある人や高齢者の加入を拒否したり法外な保険料を課したりするのが合理的になります。さらに、低所得者はそもそも保険料を払えず、無保険のまま病気や失業に直面します。

19世紀末のドイツで、ビスマルクが労働運動への対応として世界初の社会保険(1883年の疾病保険に始まる一連の制度)を導入したのがはじまりです。健康な人も病弱な人も、若者も高齢者も全員を強制的に同じプールに入れてしまえば、逆選択の悪循環は根元から断ち切れます。この発想は20世紀に各国へ広がり、日本では1961年に全国民が何らかの医療保険と年金に加入する「国民皆保険・皆年金」が実現しました。

詳細

強制加入が逆選択を断つ

社会保険の設計の核心は「全員加入」にあります。任意加入の保険では、リスクの低い人が抜けることでプールが崩壊しうるのに対し、強制加入ならリスクの低い人も高い人も必ずプールに含まれるため、平均としてのリスクが安定し、制度が持続します。リスクの低い人から見れば「払い損」に見えるかもしれませんが、健康な若者もいずれ年を取り、誰もが病気や失業のリスクからは逃れられません。生涯という時間軸で見れば、全員加入は「将来の自分」への保険でもあります。

民間保険任意加入入るかどうかは本人の選択保険料はリスクに比例高リスクの人ほど高く、加入拒否もある逆選択のリスク健康な人が抜けて保険料が上がり必要な人ほど入れなくなる社会保険強制加入低リスクの人も必ずプールに入る保険料は所得に比例リスクが高くても保険料は上がらない逆選択が起きないプールが安定し、再分配機能を内蔵したセーフティネットになる同じ保険の原理でも、加入と保険料の決め方が変わると制度の性格が変わる
民間保険と社会保険の対比 — 強制加入と所得比例の保険料が、逆選択の悪循環を断ち再分配機能を生む

保険でありながら再分配でもある

民間保険の保険料はリスクに応じて決まります(喫煙者の生命保険は高い、事故歴があると自動車保険は高い)。一方、社会保険の保険料は主に所得に比例し、給付は必要に応じて行われます。高所得の健康な人は「多く払って少なく使い」、低所得で病気がちの人は「少なく払って多く使う」ことになるため、制度全体として高所得者から低所得者への、また健康な人から病気の人への所得再分配が組み込まれています。また年金のように、いま働く世代の保険料でいまの高齢者の給付を賄う賦課方式の制度は、世代間の再分配でもあります。「保険原理」と「再分配原理」の混合物であること — これが社会保険を税でも民間保険でもない独特の制度にしています。なお、雇用保険は不況で失業者が増えると自動的に給付が膨らむため、景気の落ち込みを和らげる自動安定化装置の一部としても機能します。

モラルハザードとの綱引き

保険には宿命的な副作用があります。守られていると分かると人の行動が変わってしまうモラルハザードです。医療費が全額タダなら必要以上に受診が増えるかもしれず、失業給付が手厚すぎれば求職活動が鈍るかもしれません。社会保険の制度設計は、このモラルハザードとの綱引きの歴史でもあります。医療保険の窓口負担(日本では原則3割)は、受診の抑制効果とコスト意識のために置かれた仕掛けですし、雇用保険の給付に期間の上限や求職活動の要件があるのも同じ理由です。保障を厚くすれば安心が増える一方で歪みも増える — どこに線を引くかは、各国の制度がそれぞれの答えを出している設計問題です。

実務での見え方と持続可能性の課題

働く人にとって、社会保険は毎月の給与から天引きされる健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料として現れます。会社員の場合、保険料は労使折半(会社と本人が半分ずつ負担)ですが、経済学的には会社負担分も実質的には賃金の一部から出ていると考えられており、名目上の折半が本当の負担の分担を表すとは限りません。また保険料には所得の上限(標準報酬月額の上限)があるため、の累進構造とは逆に、高所得層ほど所得に対する負担率が下がる逆進的な面があることも知っておく価値があります。

最大の課題は少子高齢化です。賦課方式で運営される年金・医療・介護は、支え手である現役世代が減り受給者である高齢世代が増えると、保険料の引き上げ・給付の抑制・税財源の投入のいずれか(あるいは全部)が避けられません。実際、日本の社会保険給付の財源にはすでに多額の税金が投入されており、「保険料を払った人が給付を受ける」という保険原理は部分的に薄まりつつあります。社会保険を理解することは、給与明細の天引きの意味を知ることであると同時に、財政と世代間の公平をめぐる現代最大級の政策論争を理解するための土台でもあるのです。