マクロ経済●●○○○

所得再分配

Income Redistributionしょとくさいぶんぱい

税と給付で市場が生んだ格差を調整する機能。政府の三大機能のひとつ

概要

所得再分配は、市場で決まった所得の分け前を、政府がと社会保障給付を通じて調整し直す機能です。市場で稼いだままの所得(当初所得)に対し、高所得者からは累進課税などで多めに徴収し、低所得者や高齢者・病気の人には年金・医療・生活保護などの給付として配り直す。この一連の流れを経たあとの所得(再分配後所得)は、当初所得よりも格差が小さくなります。

財政学では、資源配分(市場が供給できない公共財の提供)、経済の安定化(景気の波を和らげる)と並んで、この所得再分配を政府の三大機能のひとつに数えます。「市場に任せる部分」と「政府が調整する部分」の線引きは、消費税率や年金の議論として毎日のニュースに登場しており、現代の政治的対立の多くはこの機能をどこまで強くするかをめぐる争いだと言っても大げさではありません。

なぜ生まれたか

市場は資源を効率的に配分する優れた仕組みですが、「効率的な分配」と「公正な分配」は別物です。価格メカニズムは市場での貢献に応じて報酬を配りますが、その貢献度は本人の努力だけでなく、生まれた家庭の豊かさ、健康、才能、そして運に大きく左右されます。病気で働けなくなった人の所得がゼロになるのは、市場の論理としては正しくても、社会として放置できる結果ではありません。19世紀の産業革命期には、市場経済の拡大とともに都市労働者の貧困が深刻な社会問題となり、放置すれば社会不安や革命につながるという危機感が広がりました。

そこで、市場の外側から結果を修正する仕組みが段階的に築かれていきます。1880年代のドイツでビスマルクが世界初の社会保険を導入し、20世紀には各国が累進的な所得税と社会保障を整備して「福祉国家」と呼ばれる体制が成立しました。理論の側でも、市場がうまく機能しても分配の公正までは保証しないこと、つまり効率と公平は別の基準として扱う必要があることが整理され、再分配は市場を否定するのではなく市場と組み合わせて使う政府の標準的な道具として位置づけられるようになりました。

詳細

取る側と配る側 — 再分配の道具立て

再分配は「徴収」と「給付」の2つの側面から成ります。徴収側の主役は累進課税で、所得が高いほど高い税率を適用することで、税負担そのものに格差を縮める力を持たせます。相続税も、世代を超えた資産格差の固定化を和らげる再分配の道具です。給付側には、年金や失業給付のような現金給付と、医療・介護・教育のようにサービスとして提供される現物給付があります。日本の再分配効果を測ると、実は税よりも社会保障(保険料の徴収と給付)による部分が大きく、特に年金と医療が中心的な役割を果たしています。

当初所得市場で決まった所得賃金・利子・配当など格差は大きい政府が徴収累進課税・社会保険料政府が給付年金・医療・失業給付など再分配後所得税・保険料を引き給付を足した所得格差は縮小する高所得者ほど多く負担し必要な人ほど多く受け取る効果の測定 — ジニ係数の変化当初所得のジニ係数と再分配後所得のジニ係数を比べれば税と社会保障がどれだけ格差を縮めたかを数字で確かめられる
所得再分配の流れ — 当初所得に税・保険料と給付が作用し、再分配後所得の格差は小さくなる

効果はどう測るか

再分配がどれだけ効いているかは、当初所得と再分配後所得それぞれの格差をジニ係数(格差を0から1の数字に圧縮した指標)で測り、その縮小幅で評価するのが標準的な方法です。日本の再分配調査では、当初所得のジニ係数がおよそ0.57前後であるのに対し、再分配後は0.38前後まで下がっており、税と社会保障が格差を3割ほど圧縮していることが分かります。国際的に見ると、北欧諸国は再分配が強く、アメリカは弱めで、日本はその中間に位置します。

効率と公平のトレードオフ — 漏れるバケツ

再分配の設計で常に問われるのが、効率とのトレードオフです。経済学者オークンはこれを「漏れるバケツ」にたとえました。高所得者から低所得者へ所得を運ぶバケツには穴が開いていて、運ぶ途中で中身の一部がこぼれる、という比喩です。こぼれる中身の正体は、高い限界税率が働く意欲や投資を弱めるインセンティブの歪み、徴税と給付にかかる行政コスト、そして節税行動に費やされる労力です。再分配を強めるほど格差は縮みますが、こぼれる量も増える。「どこまでの漏れなら許容してバケツを運ぶべきか」は経済学だけでは答えの出ない価値判断であり、だからこそ再分配の程度は選挙で争われ続けるのです。

設計の落とし穴 — 貧困の罠と世代間のずれ

実務上の代表的な落とし穴が「貧困の罠」です。所得が一定額を超えた瞬間に給付が打ち切られる制度では、働いて所得を増やすと給付減で手取りがかえって減る逆転が起き、働かないことが合理的になってしまいます。これを避けるため、所得の増加に応じて給付をなだらかに減らす設計や、就労所得に給付を上乗せする給付付き税額控除といった工夫が各国で導入されています。

もうひとつの論点は、再分配の向きです。再分配というと金持ちから貧しい人へという「垂直的」なイメージが強いですが、実際の日本の再分配の多くは、年金や医療を通じた現役世代から高齢世代への「世代間」の移転です。高齢化が進むほどこの流れは太くなり、同じ世代の中の格差是正とは別の問題 — 負担する将来世代との公平 — を生みます。また、格差そのものの評価でも、所得だけでなく資産の格差、そして機会の平等(教育へのアクセスなど)をどう扱うかによって、必要な再分配の姿は変わってきます。再分配は単なる「金持ち課税」の話ではなく、社会がどのリスクと格差を個人に負わせ、どれを皆で分かち合うかという制度設計の総称なのです。