マクロ経済●●○○○

所得再分配

Income Redistribution ・ しょとくさいぶんぱい

市場で決まった所得の分け前を、税と社会保障で調整し直す政府の機能。格差は縮むが、運ぶ途中で漏れも出る

✦ 30秒で試す — 航海貧しい人へ運ぶお金は、運ぶほど穴の開いたバケツから漏れる税率を10%から20%へ2倍にすると、漏れは?予想してみる

概要

所得再分配は、市場で決まった所得の分け前を、政府が税と社会保障を通じて調整し直す機能です。市場で稼いだままの所得(当初所得)に対し、高所得者からは累進課税などで多めに徴収し、低所得者や高齢者・病気の人には年金・医療・生活保護などの給付として配り直します。この流れを経たあとの所得(再分配所得)は、当初所得より格差が小さくなります。

財政学者リチャード・マスグレイブは『財政理論』(1959年)で、政府の役割を「資源配分」(市場が供給できない公共財の提供)、「所得再分配」、「経済の安定化」(景気の波を和らげる)の3つに整理しました。いまも財政学の教科書の骨格になっているこの三機能のうち、どこまでを市場に任せ、どこから政府が調整するかは、消費税率や年金の議論として毎日のニュースに登場します。現代の政治的な対立の多くは、この機能をどこまで強くするかをめぐる争いだと言っても大げさではありません。

なぜ生まれたか

市場は資源を効率的に配分する優れた仕組みですが、「効率的な分配」と「公正な分配」は別物です。価格メカニズムは市場での貢献に応じて報酬を配りますが、その貢献度は本人の努力だけでなく、生まれた家庭の豊かさ、健康、才能、そして運に大きく左右されます。病気で働けなくなった人の所得がゼロになるのは、市場の論理としては筋が通っていても、社会として放置できる結果ではありません。経済学の言葉で言えば、市場が実現するのは余剰の合計を最大にする配分であって、その余剰が誰の手に入るかについては何も保証しないのです。

19世紀の産業革命期には、市場経済の拡大とともに都市労働者の貧困が深刻な社会問題になり、放置すれば社会不安や革命につながるという危機感が広がりました。1880年代のドイツでビスマルクが世界初の社会保険を導入し、20世紀には各国が累進的な所得税と社会保障を整えて「福祉国家」と呼ばれる体制が成立します。大恐慌は、失業が個人の怠慢ではなく経済全体の失敗から生まれることを誰の目にも明らかにし、市場の失敗を補う政府の役割への支持を広げました。

ただし再分配にはコストがあります。米国の経済学者アーサー・オークンは『平等と効率 — 大きなトレードオフ』(1975年)で、これを「漏れるバケツ」にたとえました。豊かな人から貧しい人へ所得を運ぶバケツには穴が開いていて、運ぶ途中で中身がこぼれる。それでも運ぶべきか、どこまで運ぶべきか — 効率と公平を別々の基準として扱い、そのあいだの交換条件を正面から問う枠組みが、ここで整いました。

詳細

取る側と配る側 — 再分配の道具立て

再分配は「徴収」と「給付」の2つの側面から成ります。徴収の側の主役は累進課税で、所得が高いほど高い税率を適用することで、税負担そのものに格差を縮める力を持たせます。相続税も、世代を超えた資産格差の固定を和らげる再分配の道具です。給付の側には、年金や失業給付のような現金給付と、医療・介護・教育のようにサービスとして提供される現物給付があります。日本の再分配の効果を分解すると、税よりも社会保障(保険料の徴収と給付)による部分がはるかに大きく、特に年金と医療が中心です。

□ 当初所得(再分配の前)再分配所得(後)ジニ係数 0.50 → 0.3012037429043153055889089021701507税など下位20%次の20%中位20%次の20%上位20%所得の低い順に2人ずつ(単位: 万円)社会全体40003760漏れ −6%
再分配の前と後 — 上位の分け前が削られて下位へ移り、格差は縮む。ただし運ぶ途中の漏れで、社会全体の所得も少し減る(部品の10人の社会で、課税ライン600万円・税率60%の例)

効果はどう測るか

再分配がどれだけ効いているかは、当初所得と再分配所得のそれぞれの格差をジニ係数(0なら完全に平等、1に近いほど不平等)で測り、その縮小幅で評価するのが標準です。厚生労働省の所得再分配調査(2023年調査、2025年12月公表)では、当初所得のジニ係数は0.5855と調査開始以来の最高でしたが、再分配所得では0.3825まで下がり、改善度(縮小の割合)は34.7%と過去最大でした。

ただし、この数字は読み方に注意が要ります。当初所得の格差が広がって見える最大の理由は高齢化です。引退した高齢者は当初所得がほぼゼロで、年金は「再分配による給付」として数えられるので、高齢者が増えるほど当初所得の格差は大きく、再分配の改善度も大きく出ます。調査でも、59歳以下のすべての年齢層で再分配後の所得が再分配前を下回っていて、再分配の多くは現役世代から高齢世代への移転です。国際的に見ると、北欧諸国は再分配が強く、米国は弱めで、日本はその中間に位置します。

効率と公平のトレードオフ — 漏れるバケツ

オークンのバケツからこぼれる中身の正体は、主に2つです。1つは、高い限界税率が働く意欲や投資を弱めるインセンティブの歪みです。税率が上がるほど、課税される人は稼ぐ量を減らしたり、所得を税率の低い形や国へ移したりします。税の死荷重が税率の2乗に比例して増えるのと同じ理屈で、この漏れは運ぶ量を増やすほど加速します。もう1つは、徴税と給付にかかる事務コストです。再分配を強めるほど格差は縮みますが、こぼれる量も増える。「どこまでの漏れなら許してバケツを運ぶべきか」は経済学だけでは答えの出ない価値判断で、だからこそ再分配の程度は選挙で争われ続けます。

課税ラインとバケツの深さを変えて、格差の縮み方と漏れ方を確かめてください。

⚡ 体験: バケツで所得を運んで、何がこぼれるかを見る
050010001500所得(万円)40801201702303003905007001470数字=再分配後の所得500万税率 0%
当初のジニ0.496再分配後のジニ0.496総所得の目減り0.0%

バケツの底をつかんで下へ引いてみてください。紫の線より上の所得から税がすくわれ、下の5人へ運ばれます。

棒=10人の所得(低い順)。紫の線=課税ライン(これより上の所得に課税)、棒の紫の部分=払った税、朱の破線=税のために稼がなくなった所得、緑の上乗せ=受け取った給付。バケツの穴から落ちる朱の粒=事務コスト

設計の落とし穴 — 貧困の罠と実効限界税率

実務上の代表的な落とし穴が「貧困の罠」です。所得が一定額を超えた瞬間に給付が打ち切られる制度では、働いて所得を増やすと給付が減って手取りがかえって減り、働かないことが合理的になってしまいます。追加で稼いだ1万円のうち、税・社会保険料・給付の減額で消える割合を実効限界税率と呼びます。給付を所得に応じて減らす制度は、名目の税率が低くても、この実効限界税率が高くなりがちです。生活保護のように、稼いだ分がほぼそのまま給付の減額で相殺される制度では、実効限界税率は100%に近づきます。

これを避ける工夫として、所得の増加に応じて給付をなだらかに減らす設計や、働いて得た所得に給付を上乗せする「給付付き税額控除」があります。米国の勤労所得税額控除(EITC)や英国のユニバーサル・クレジットがその例です。日本では給付付き税額控除はまだ導入されておらず、2025年から2026年にかけて制度設計の議論が進んでいます。所得を正確に把握する仕組み(マイナンバーと所得情報の連携)がその前提になります。

再分配の向きと、「事前」の分配

再分配というと金持ちから貧しい人へという「垂直的」な移転が思い浮かびますが、日本の再分配の多くは、年金や医療を通じた現役世代から高齢世代への「世代間」の移転です。高齢化が進むほどこの流れは太くなり、同じ世代の中の格差是正とは別の問題 — 負担する将来世代との公平 — を生みます。

現物給付の評価の難しさも知っておく価値があります。医療や教育をサービスとして受け取った価値を所得に足すと格差はさらに縮んで見えますが、その価値を費用で測るのか、受け取った人にとっての価値で測るのかで数字は変わります。また近年は、税と給付で「事後に」直すだけでなく、教育や職業訓練、最低賃金、労働組合の交渉力などで市場の所得そのものの格差を小さくする「事前分配」(predistribution)という考え方も注目されています。バケツで運ぶ量を増やす前に、そもそも運ぶ必要のある量を減らせないか、という発想です。所得だけでなく資産の格差、そして教育へのアクセスのような機会の平等をどう扱うかで、必要な再分配の姿は変わります。

試問

当初所得のジニ係数が約0.50の、10人の社会です。

✦ 命題挑戦中

当初ジニ0.50の社会で、再分配後のジニ係数を0.35以下にしつつ、総所得の目減りを5%以内に抑えよ

  • 再分配後のジニ係数が0.35以下(いま 0.496)
  • 総所得の目減りが5%以内(いま 0.0%)
⚡ 体験: 格差と漏れの釣り合う所を探す
050010001500所得(万円)40801201702303003905007001470数字=再分配後の所得500万税率 0%
当初のジニ0.496再分配後のジニ0.496総所得の目減り0.0%
税率 0%
課税ライン 500万円

当初所得のジニ係数は0.50です。課税ラインとバケツの深さを動かして、条件を満たす組み合わせを探してください。

棒=10人の所得(低い順)。紫の線=課税ライン(これより上の所得に課税)、棒の紫の部分=払った税、朱の破線=税のために稼がなくなった所得、緑の上乗せ=受け取った給付。バケツの穴から落ちる朱の粒=事務コスト