年金
Pension ・ ねんきん
老後の所得を保障する仕組み。賦課方式は次の世代の人数と賃金に、積立方式は運用に、給付の大きさを頼る
✦ 30秒で試す — 航海あなたの年金を払うのは、まだ生まれていない誰か賦課方式が、積立方式より多く受け取れることは?予想してみる概要
年金は、働けなくなった老後に定期的な所得を保障する仕組みです。個人が自力で貯蓄するのと違い、多くの人が現役時代に保険料を出し合い、高齢になった人に給付します。日本の公的年金は2階建てで、1階は日本に住む20歳以上60歳未満のすべての人が加入する国民年金(基礎年金)、2階は会社員・公務員が上乗せで加入する厚生年金です。その上に企業年金や iDeCo のような私的年金が載ります。
年金が備えているのは、実は「長生き」というリスクです。老後資金の難しさは、自分が何歳まで生きるか誰にも分からない点にあります。90歳まで生きるつもりで貯めても100歳まで生きれば足りず、早く亡くなれば使い切れません。公的年金は社会保険の一種として、この不確実性を大勢で分け合います。長生きした人は払った以上を受け取り、そうでなかった人の保険料がそれを支える — 損得の貯金ではなく、一生涯受け取れる保険として設計されているのが本質です。障害を負ったときの障害年金、家計を支える人が亡くなったときの遺族年金も、同じ仕組みの一部です。
同時に年金は、少子高齢化の議論で必ず登場するマクロ経済の主題でもあります。誰が払い、誰が受け取り、そのあいだでお金がどう流れるか — 財政の方式(賦課方式か積立方式か)によって、人口構成や経済成長への依存の仕方がまったく違ってくるからです。
なぜ生まれたか
年金制度が生まれる前、老後の生活を支えるのは家族と個人の蓄えだけでした。農業社会では子どもと同居して土地の恵みで暮らすのが標準でしたが、産業革命後の都市労働者は賃金が唯一の収入源で、働けなくなった瞬間に収入が途絶えます。長生きは幸運であると同時に「蓄えが尽きるリスク」であり、高齢者の貧困は個人の努力だけでは解決しきれない社会問題になっていきました。
個人任せでは、うまくいかない理由がいくつもあります。人は目先の消費を優先して将来を軽く見積もりがちで(現在バイアス)、若いうちに十分な貯蓄をしません。運悪く資産を失う人もいれば、想定より長生きする人も必ず現れます。長生きのリスクを民間の保険(終身年金)で買おうとしても、自分は長生きしそうだと思う人ほど加入したがるので、保険料が高くなりがちです。
世界初の公的年金は1889年、ドイツの宰相ビスマルクが導入した老齢・障害保険です。広がる労働運動をなだめる政治的な意図もありましたが、「老後の所得保障は国が制度として担う」という発想の転換はここから世界に広がりました。強制加入の保険として社会全体でリスクを共有すれば、個人では対処できない不確実性に備えられます。日本では1942年の労働者年金保険(1944年に厚生年金保険)を経て、1961年に自営業者なども含めた国民皆年金が実現しました。
詳細
賦課方式と積立方式 — お金の流れがまったく違う
年金の財政方式には大きく2つあります。賦課方式(ふかほうしき)は、いまの現役世代が払う保険料を、そのまま同じ時点の高齢者への給付に充てる方式です。自分の払った保険料は自分のために貯められているのではなく、いまの受給者に渡っています。将来の自分の年金は、将来の現役世代が払う保険料で賄われます。世代と世代のあいだの「仕送り」を制度にしたものです。
積立方式は、自分が払った保険料を運用して積み立て、老後に自分で取り崩す方式です。時間を越えて自分から自分へ移すもので、運用期間が長いほど複利が効きます。iDeCo や企業型確定拠出年金はこの方式です。
賦課方式の「利回り」— サミュエルソン=アーロンの条件
賦課方式に「運用」はありませんが、払った額と受け取る額を比べると、利回りに相当するものがあります。あなたの年金を払うのは30年後の現役世代で、その人数が多いほど、その人たちの賃金が高いほど、あなたの受け取りは大きくなります。つまり賦課方式の利回りは、おおよそ「働く人口の伸び率+賃金の伸び率」です。ポール・サミュエルソン(1958年)とヘンリー・アーロン(1966年)は、これが市場の運用利回りを上回る経済では、賦課方式のほうがすべての世代にとって有利になりうることを示しました。人口も賃金も伸びていた高度成長期の日本は、まさにその経済でした。
逆に、出生数が減って働く人口が縮み始めると、賦課方式の利回りは下がり、積立方式の運用利回りを下回ります。部品で、出生数と賃金の伸びを動かして確かめてください。
子の世代の列の右端をつかんで、生まれる子の数を増やしたり減らしたりしてみてください。右の2本の棒のどちらが伸びるでしょう。
人の列=3つの世代(金の粒=いまの現役から高齢世代への仕送り)。右の棒=現役のあなたが100払ったときに30年後に受け取れる額(物価を除いた実質)。積立方式の運用利回りは年2%と仮定
支え手の比率は、1965年には高齢者1人に対して20〜64歳が約9人でしたが、2025年には約1.9人、2050年には約1.3人になると見込まれています。賦課方式のもとでは、この比率がほぼそのまま「保険料を上げるか、給付を下げるか」の圧力になります。
積立方式なら人口と無関係か — 生産物こそが中心
「だから積立方式に切り替えればよい」とは、簡単には言えません。1つ目の理由は移行のコストです。すでに賦課方式で運営している国が積立方式へ移ろうとすると、いまの現役世代は「いまの高齢者への給付を払いながら、自分の分も積み立てる」二重の負担を負います。
2つ目の、より本質的な理由は、年金の財源がどちらの方式でも将来の生産物だということです。経済学者ニコラス・バーは「生産物こそが中心(output is central)」と表現しました。30年後の高齢者が食べ、使うモノやサービスは、30年後に働いている人が作ります。賦課方式ではそれを保険料という形で受け取り、積立方式では貯めた株や債券を次の世代に売って受け取ります。高齢化で売り手ばかりが増えれば資産の値段や運用利回りそのものが下がりうる(資産のメルトダウン仮説)ので、積立方式も人口の影響から完全には逃げられません。違いは「人口と賃金に賭けるか、世界の資本市場に賭けるか」の分散のしかたにあります。
日本の公的年金は賦課方式を基本としつつ、過去の保険料の余りを積み立てた GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産を補助的に使う方式です。GPIF は国内外の株式や債券に分散投資する世界最大級の機関投資家で、その運用の金利や収益も将来の給付の財源になります。
給付をどう決めるか — マクロ経済スライドと所得代替率
賦課方式を人口減少のもとで続けるために、日本は2004年に「マクロ経済スライド」を導入しました。保険料の上限を固定し(厚生年金は労使合わせて賃金の18.3%)、基礎年金の給付費の2分の1を国庫(税)が負担する。そのうえで、年金額を物価や賃金に連動して改定する際に、現役人口の減少と平均余命の伸びに応じた調整率を差し引いて、給付の水準をゆっくり下げていく仕組みです。負担を青天井にしない代わりに、給付の実質的な目減りを受け入れる設計です。
ただし、この調整には「名目の年金額は下げない」という下限があります。物価も賃金も上がらないデフレの時期には調整がほとんど効かず、給付の水準が下がらないまま年月が過ぎました。2018年からは効かなかった分を翌年度以降に持ち越す仕組み(キャリーオーバー)が入っています。2022年以降のインフレーションでは、年金額は増えても物価ほどには増えない形で調整が進んでいます。
給付の水準は「所得代替率」で測ります。夫が平均的な賃金で40年働き、妻が専業主婦という標準的なモデル世帯の年金額が、そのときの現役男性の手取り収入の何%にあたるかという指標です。2024年の財政検証では、2024年度の所得代替率は61.2%で、経済が過去30年と同程度の成長にとどまる場合でも、法律が定める50%を将来にわたって下回らない見通しが示されました。
2025年の制度改正と、個人の側から見た年金
2025年6月に成立した年金制度改正法では、短時間労働者が厚生年金に入る条件のうち「月額8.8万円(年収約106万円)」の賃金要件を撤廃し、企業規模の要件も段階的になくすことが決まりました。働きながら年金を受け取る人の年金が減らされる在職老齢年金の基準額は月62万円に引き上げられ、厚生年金の保険料の計算に使う標準報酬月額の上限も65万円から75万円へ段階的に引き上げられます。基礎年金の水準の底上げは、次の財政検証の結果を見て判断すると附則に書かれました。
個人の側から見ると、公的年金は「一生涯受け取れる、物価に連動する長生き保険」で、民間の金融商品では代わりがききにくい機能を持ちます。受給開始を遅らせると1か月あたり0.7%増える繰下げ受給(最大75歳まで、最大84%増)は、長生きへの備えを厚くする選択肢です。同時に、給付の実質的な目減りが見込まれる以上、iDeCo や NISA での積立という「自分年金」を組み合わせるのが現実的な戦略になります。「年金は破綻するから払わない」という判断は、障害年金・遺族年金という保険の機能まで手放すことになり、制度の構造を踏まえると割に合いません。年金は世代間の所得再分配でもあるので、その設計は「どの世代にどれだけの負担を求めるか」という政治の選択そのものです。
試問
いまは積立方式のほうが多く受け取れます。子の世代の列の右端と賃金の矢印を動かしてみてください。
人の列=3つの世代(金の粒=いまの現役から高齢世代への仕送り)。右の棒=現役のあなたが100払ったときに30年後に受け取れる額(物価を除いた実質)。積立方式の運用利回りは年2%と仮定
