財政政策
Fiscal Policy ・ ざいせいせいさく
政府が支出と税を増減させて総需要を動かし、景気の波をならす政策。金融政策と並ぶ両輪
✦ 30秒で試す — 航海同じ15兆円の赤字でも、景気の穴が埋まるかは使い道しだい1兆円あたり、需要を最も増やすのは?予想してみる概要
財政政策とは、政府が自らの支出と税を増やしたり減らしたりして、経済全体の需要を調整する政策です。不況で家計の消費や企業の投資が冷え込んだときには、公共事業や給付金で政府が需要を作り、減税で家計や企業の手取りを増やします。逆に景気が過熱してインフレーションが心配なときには、支出を絞ったり増税したりして需要を冷まします。中央銀行が金利を通じて行う金融政策と並ぶ、マクロ経済政策の両輪の一方です。
政府の支出はGDPを構成する需要項目のひとつなので、政府が支出を増やせばその分だけ直接GDPが増えます。さらに、発注した工事の代金は建設会社の売上になり、従業員の給料になり、給料の一部がまた消費に回ります。この連鎖が乗数効果です。総需要と総供給の図でいえば、財政政策は総需要の曲線を左右に動かすレバーです。ただし、同じ1兆円でも「何に使うか」と「経済がいまどんな状態か」で効き目は大きく変わります。この記事の中心はその違いです。
なぜ生まれたか
20世紀初頭までの政治と経済学の常識は「政府の家計簿は毎年均衡させるべきだ」というものでした。不況で税収が減れば、政府も支出を切り詰めるか増税して穴を埋める。家計の感覚では美徳ですが、皆が財布のひもを締めている不況期に政府まで需要を減らせば、景気はさらに冷えます。大恐慌の米国はその典型でした。よく「フーバー政権は緊縮した」と言われますが、実際には連邦政府の支出はむしろ増えています。問題は、税収の急減で膨らんだ財政赤字を嫌って、1932年の歳入法で所得税の最高税率を25%から63%へ引き上げるなど大幅な増税に踏み切ったことでした。景気の底で需要を吸い上げたこの判断もあり、米国の失業率は1933年に約25%に達します。
この行き詰まりを打開したのがケインズです。彼は、不況の正体は社会全体の支出(総需要)の不足であり、民間が支出できないなら政府が代わりに支出して需要の穴を埋めるべきだと主張しました(ケインズ経済学)。不況期にはあえて赤字を出して支出し、好況期に引き締めて返す。家計簿の道徳を国家に当てはめるのをやめ、政府の財布を景気の安定装置として使うという発想の転換です。この考え方は第二次大戦後の先進国で標準装備となり、2008年のリーマン・ショックや2020年のコロナ禍のような危機のたびに、大規模な財政出動として呼び出されてきました。
その後、この道具の限界も見えてきました。1970年代のインフレでは、需要を刺激しても物価が上がるだけの局面があることが分かりました。政府の借金が民間に与える影響や、人々が将来の増税を予想して行動を変える可能性も議論されるようになりました。現代の財政政策論は「効くかどうか」ではなく、「どんな手段が、どんな局面で、どれくらい効くか」を問う形に成熟しています。
詳細
2つのレバーと、漏れの違い
財政政策のレバーは「支出」と「税」の2本です。景気を押し上げたいときは政府支出の拡大(公共投資・給付金)か減税、冷ましたいときは支出削減か増税を使います。同じ拡張でも中身は違います。公共事業のような政府の購入は、全額がその場で誰かの売上、つまり需要になります。減税や給付は家計の手取りを増やすだけなので、その一部は貯蓄に回り、需要にはなりません。この「漏れ」の分だけ、1円あたりの乗数効果は購入より小さくなります(教科書の単純なモデルでは、減税の乗数は支出の乗数よりちょうど1小さくなります)。
この差は机上の話ではありません。2020年に全国民へ一律10万円(総額約12.7兆円)を配った特別定額給付金では、支給後に消費へ回った割合の推計に幅があります。家計調査や民間の試算では給付額の1〜3割程度、銀行口座のデータを使った研究では数週間で5割近くとする結果もありますが、少なくとも相当の部分がすぐには使われず、預金に残ったとみる点では多くの推計が一致しています。外出が制限され、使い道そのものが乏しかった事情も効いています。一方、減税や給付には「何に使うかを民間が選べる」「困っている世帯に素早く届けられる」という利点があり、公共事業には「着工まで時間がかかる」「中身が無駄なら将来の供給力は増えない」という弱点があります。どちらを使うかは、経済学だけでなく政治の選択でもあります。
局面によって効き目が変わる — 押し出し
財政政策の効き目を左右するもうひとつの軸は局面です。失業者や止まっている設備(遊休資源)がたくさんある深い不況では、政府の発注は眠っていた人と機械を動かすだけで、誰の仕事も奪いません。しかし完全雇用に近づくと、政府が借金をして支出すると金利が上がり、民間の投資が押し出されます。これをクラウディングアウトと呼びます。人手や資材の取り合いも起き、最後には生産が増えずに物価だけが上がります。
下の部品は、20兆円の需要不足(GDPギャップ)を谷として描いたものです。財政のブロックをつかんで谷に落とし、ブロックの種類によって、また谷が浅くなるにつれて、埋まる量がどう変わるかを確かめてください。
左の財政のブロックをつかんで、中央の谷(GDPギャップ)に落としてみてください。1個が財政赤字 2.5兆円です。
谷の深さ=需要不足(GDPギャップ)。紫=公共事業、緑青=減税、青=一律給付。赤=押し出された民間投資(谷が浅いほど増える)。金の壺=貯蓄にこぼれたお金。谷の中のブロックを押すと取り除けます
公共事業のブロックを続けて落とすと、1個目より4個目のほうが谷の埋まり方が小さいことに気づくはずです。赤字の額は同じでも、完全雇用に近づくほど押し出される民間投資(赤い柱)が増えるからです。谷を越えて積むと、あとは物価が上がるだけになります。財政政策は「量」だけでなく「どこまで積むか」の判断が問われる道具です。
裁量か、自動か — 3つのラグ
財政には、政策決定を待たずに働く仕組みも組み込まれています。不況になると所得が減って税収は自動的に減り、失業した人への給付(失業保険)は自動的に増えます。誰も法律を変えなくても、政府は不況期に受け取りを減らし支払いを増やして、需要の落ち込みを和らげているのです。この仕組みを自動安定化装置と呼びます。補正予算のような「裁量的財政政策」は、この自動の装置の上に載る追加の一手です。
裁量的な対策の泣きどころは時間の遅れ(ラグ)です。景気の悪化が統計で確かめられるまでの認識ラグ、予算を編成して国会で成立させるまでの決定ラグ、実際にお金が使われるまでの実行ラグが重なり、効果が出る頃には景気がすでに回復していて、かえって波を増幅してしまう危険があります。
財源と副作用 — 赤字・国債・r−g
拡張的な財政政策の財源は、増税で賄わない限り借金、つまり国債の発行です。支出が税収を上回る状態が財政赤字で、その積み上がりが政府債務の残高です。財政の健全さを測るときは、利払いを除いた収支であるプライマリーバランス(基礎的財政収支)と、債務残高のGDP比を見ます。日本の一般政府の総債務はGDP比で約240%弱(IMF推計、2024年)と主要国で突出しており、政府は国・地方のプライマリーバランスの黒字化を目標に掲げ続けています。ケインズ的な処方箋は「不況で借り、好況で返す」でしたが、給付の拡大は歓迎され増税は嫌われるため、赤字が景気と無関係に恒常化しやすいという非対称性があります。
債務比率が膨らみ続けるかどうかは、金利(r)と名目成長率(g)の競争で決まります。r が g を下回っていれば、多少の赤字が続いても債務のGDP比は落ち着きます。r が g を上回ると、比率を保つだけでもプライマリーバランスの黒字が必要になります。低金利の2010年代に「もっと財政を使える」という議論が広がり、世界的に金利が上がった2020年代に財政への警戒が戻ってきたのは、この不等号の向きが変わったからです。
さらに2つの論点があります。1つはリカードの等価定理です(バロー、1974年)。人々が「今日の減税は明日の増税だ」と見通して、減税分をそのまま貯蓄すれば、借金で賄った減税は需要を増やしません。現実には流動性制約(手元にお金がなく借りられない家計)があるため等価は完全には成り立ちませんが、将来の負担への不安が大きい社会ほど減税の効きが弱まる理由を説明します。もう1つは財政従属(フィスカル・ドミナンス)です。債務が大きくなりすぎると、中央銀行が利払い費の膨張を恐れて利上げをためらい、インフレーションを抑えるという本来の役目より財政の都合が優先される状態に陥りえます。
金融政策との役割分担
金融政策と比べると、財政政策の特徴が際立ちます。金融政策は中央銀行の決定だけで機動的に動かせますが、効果は金利という間接的な経路頼みです。財政政策は国会の議決が必要で発動は遅いものの、政府が需要を直接作り出せるため、金利がゼロまで下がって金融政策が効きにくくなった深い不況では最後の頼みの綱になります。給付の対象を絞るなど「誰に届けるか」を設計できるのも財政政策だけの強みです(税の控除や給付の設計は、そのまま所得の再分配の設計でもあります)。逆に、2021〜23年の世界的なインフレでは、コロナ禍の大規模な財政支出が需要を押し上げすぎたのではないかという反省も語られています。財政と金融が同じ方向を向いているか、打ち消し合っていないかを見ること(ポリシーミックス)が、現代のマクロ政策を読む基本です。
試問
需要不足の谷の深さは20兆円。使える追加の赤字は15兆円までです。
20兆円の需要不足の谷があります。財政赤字は15兆円まで(ブロック6個)。どのブロックを落とせば谷を埋め切れるでしょう。
谷の深さ=需要不足(GDPギャップ)。紫=公共事業、緑青=減税、青=一律給付。赤=押し出された民間投資(谷が浅いほど増える)。金の壺=貯蓄にこぼれたお金。谷の中のブロックを押すと取り除けます
