財政赤字
Budget Deficit ・ ざいせいあかじ
政府の支出が税収などを上回る状態。積み上がった債務が発散するかは金利と成長率の競争で決まる
✦ 30秒で試す — 航海毎年黒字でも、国の借金は重くなっていくことがあるこの国の債務のGDP比は、この先どうなる?予想してみる概要
財政赤字は、ある年度の政府の支出が税などの収入を上回る状態です。家計にたとえれば「今年は給料より出費のほうが多かった」年に当たり、足りない分は国債という借金で埋めます。逆に収入が支出を上回れば財政黒字です。日本の国の一般会計は、2025年度当初予算で歳出115.5兆円のうち28.6兆円を新しい国債で賄いました。歳出に占める借金の割合(公債依存度)は24.9%で、25%を下回ったのは28年ぶりです。それでも「歳出の4分の1を借金で払う」状態が長く続いていることに変わりはありません。
理解の要は、流れ(フロー)と残高(ストック)の区別です。財政赤字は「その年1年間」の不足で、それが毎年積み重なった残高が政府債務です。国際比較では、債務残高を国の経済規模であるGDPで割った比率(GDP比)を使います。IMFの推計では、日本の一般政府の債務残高は2024年にGDPの約237%で、先進国で突出しています。ただし2025年は230%前後に下がる見込みです。インフレで名目GDPという分母が膨らんだためです。この数字が危険水域なのかどうかは、経済学者のあいだでも意見が割れています。
なぜ生まれたか
「政府の収支も家計と同じく毎年均衡すべきだ」という均衡財政の規範は、19世紀までの財政運営の常識でした。赤字は戦争などの非常時に限られ、平時には黒字で借金を返すのが健全とされていたのです。この常識を揺さぶったのが1930年代の世界恐慌です。税収が落ち込んでも均衡を守ろうと支出を削った政府は、民間と一緒に需要を冷やし、不況を深めました。
ここでケインズ経済学は、「民間が支出を減らしているときこそ、政府が赤字を出してでも需要を支えるべきだ」と主張しました。財政赤字は「常に悪」から、景気循環をならすための道具へと位置づけ直されたのです。好況期に黒字を貯め、不況期に赤字を出す — これが戦後の財政政策の標準になりました。ところが現実の政治では、不況期の赤字はたやすく、好況期の黒字化は先送りされがちです。日本では1965年度の補正予算で戦後初めて赤字を埋めるための国債(特例公債)が出され、石油危機後の1975年度からは毎年のように発行されるようになりました。特例公債がゼロになったのは、バブル期の税収に支えられた1990〜93年度の4年間だけです。
赤字が常態になると、問いは「赤字を出してよいか」から「積み上がった債務はどこまで耐えられるか」に移ります。経済学者エヴセイ・ドーマーは1944年に、債務の重さは残高そのものではなく「GDPに対する比率」で測るべきで、その比率が発散するかどうかは経済の成長率で決まると論じました。財政赤字が単なる会計用語を超えて論争の的であり続けるのは、この持続可能性の問いに、金利と成長率という動く変数が絡むからです。
詳細
赤字の構造とプライマリーバランス
政府の1年の収支を分解してみます。収入側は税収などの本来の収入と、国債の発行で得る借入金(公債金)です。支出側は、社会保障・公共事業・教育などの政策的経費と、過去の借金の利払い・償還に充てる国債費です。ここで重要な指標がプライマリーバランス(基礎的財政収支、PB)です。借金に関わる出入りを除いて、「税収などで政策的経費を賄えているか」を測ります。
PBが赤字なら、利払いより前の段階で、今年の行政サービスの費用すら今年の税収で払えていません。国の一般会計では2025年度当初予算のPBが約0.8兆円の赤字まで縮みましたが、2026年度当初予算(約122兆円)では、金利の上昇を受けて国債費が31.3兆円に膨らんでいます。政府は国と地方を合わせたPBを2025〜26年度に黒字化する目標を掲げてきました。ただし、PBが黒字になっても債務の比率が下がるとは限りません。それを決めるのが次の式です。
債務は「返す」ものではなく「回す」もの — r−g とドーマー条件
政府は家計と違って寿命がなく、満期が来た国債を新しい国債で借り換え続けられます。ですから問われるのは「完済できるか」ではなく「債務のGDP比が発散しないか」です。債務のGDP比を b、名目金利を r、名目成長率を g、PBのGDP比を pb(黒字が正)と書くと、1年間の変化はおおよそ次のようになります。
Δb ≈ (r − g) / (1 + g) × b − pb
右辺の第1項が「雪だるまの力」です。債務には毎年金利のぶん利息がつき、分母のGDPは成長率のぶん大きくなります。r が g を上回っていれば、PBがゼロでも比率は勝手に膨らみます。逆に g が r を上回っていれば、多少の赤字があっても比率はある水準に落ち着きます。これがドーマー条件と呼ばれる考え方です。
数字で追ってみましょう。債務がGDPの230%、r−g が1ポイントの国では、第1項は 1/101 × 230 ≈ 2.3 です。比率を横ばいに保つだけで、毎年GDPの2.3%のPB黒字が要ることになります。r−g が −1ポイントなら符号が逆になり、毎年2%を超える赤字を出しても比率は下がっていきます。同じ債務でも、不等号の向き1つで話がまったく変わるのです。
下の部品で確かめてください。30本の棒は毎年のPBです。どれかをつかんで上下させると、その年から先の計画が変わり、30年後の行き先が破線で出ます。金利と成長率を入れ替えると、坂の向きが変わって雪玉のふるまいが一変します。
下の 30本の棒(毎年の基礎的財政収支)をどれか1本つかんで上下させてください。その年から先の計画が変わり、上の破線に30年後までの行き先が出ます。▶で1年ずつ走らせることもできます。
上: 政府債務のGDP比(実線=走らせた軌跡、破線=いまの計画での行き先)。下: 毎年の基礎的財政収支(上向き=黒字、朱=赤字)。右: r−g の坂を転がる債務の雪玉
この式から、日本の議論が2020年代に入って一変した理由も分かります。2010年代は長期金利がほぼゼロで、名目成長率のほうが高い(r<g)年が多く、元IMFチーフエコノミストのオリヴィエ・ブランシャールが2019年の米国経済学会の会長講演で「低金利のもとでは債務の財政的なコストは小さい」と論じたことが、赤字に寛容な議論を後押ししました。ところが世界的なインフレと利上げで、金利は各国で上がりました。日本でも2024年以降の中央銀行の利上げと国債買入れの減額で長期金利が上がり、国債を借り換えるたびに利払いが増えていく局面に入りました。国債の平均残存期間は約9年あるので、金利上昇はゆっくり、しかし確実に国債費に効いてきます。
総債務と純債務、そして誰が持っているか
「GDP比230%」は総債務の数字です。政府は年金積立金や外貨準備などの金融資産も持っているので、それを差し引いた純債務は、IMFの推計で2024年にGDPの約130%です。依然として先進国で高い水準ですが、総額だけで見るより実態に近い姿になります。もう1つ大事なのが保有者です。日本国債の約9割は国内の銀行・保険・年金・日本銀行が円建てで持っていて、日本銀行の保有割合は2023年ごろのピークで5割を超え、2025年末に49%まで下がりました。自国通貨建てで、国内の貯蓄が買い支えている — これが、ギリシャのような急激な危機が日本で起きていない大きな理由です。一方で、日銀が買入れを減らすいま、その分を誰が持つのかは新しい課題になっています。
赤字の善し悪しは「なぜ・いつ・何に」で決まる
同じ赤字でも性質はまったく違います。第一の軸は景気との関係です。不況で税収が減り失業給付が増えて生じる赤字は、自動安定化装置が働いた結果で、景気が回復すれば自然に縮みます(循環的赤字)。問題なのは、好況期でも消えない構造的赤字です。日本では高齢化による社会保障費の伸びが、景気と無関係に収支を悪化させてきました。第二の軸は使い道です。教育やインフラのように将来の経済成長につながる支出なら、便益を受ける将来世代が負担も分かち合うという意味で正当化しやすくなります。経常的な支出を借金で賄い続けるのは、負担の先送りの色が濃くなります。
何が起きうるか — 副作用と、3つの論争
赤字が問題になる経路は主に3つです。第一に金利の上昇で、政府の大量の資金調達が民間の投資を締め出すクラウディングアウトを招きえます。第二にインフレーションです。供給力に対して需要が過剰なときの赤字拡大は物価を押し上げます。中央銀行が政府の赤字を無制限に埋め続ける財政ファイナンスに陥ると、歴史上はハイパーインフレの主因になってきました。第三に信認の喪失です。投資家が返済能力を疑うと国債が売られて金利が急騰し、利払いの増加がさらに疑念を呼びます。2010年のギリシャ危機は、自国の通貨を持たずユーロ建てで借りていたことが傷を深くしました。2022年9月の英国では、財源の裏付けのない大型減税策の発表で国債が急落し、首相が退陣に追い込まれています。自国通貨建てでも、市場の信認は無限ではありません。
赤字をめぐる論争は3つに整理できます。1つ目はリカードの中立命題(バローが1974年に定式化)です。家計が「いまの減税は将来の増税で返される」と見通して貯蓄を増やすなら、赤字による減税は需要を増やさない、という主張です。現実には完全には成り立たないものの、将来不安が強い社会で給付が貯蓄に回る理由の説明になります。2つ目は双子の赤字です。財政赤字が海外からの借入れで賄われると、経常収支の赤字と並んで現れます。1980年代の米国で減税と国防費の拡大による財政赤字と貿易赤字が同時に膨らんだのが典型例です(国際収支)。3つ目は現代貨幣理論(MMT)です。自国通貨を発行できる政府は財源に制約されず、制約はインフレだけだ、という主張です。「自国通貨建てなら支払い不能にはならない」は正しいものの、インフレという制約がいつ、どれほど急に効くかを軽く見ている、というのが多くの経済学者の批判です。
実務での読み方
財政の数字をニュースで見たら、4つの点を確かめてください。単年の赤字(フロー)と債務残高(ストック)のどちらの話か。赤字は景気要因か構造要因か。総債務か純債務か。そして金利と成長率はどちらが上か。財政赤字は「常に悪」でも「いくらでも許される」でもありません。経済の状態と使い道と r−g によって評価が変わる、条件付きの道具です。
試問
金利が成長率を1ポイント上回る世界で、債務がGDPの230%ある政府です。いまは毎年GDP比1%の基礎的財政収支の赤字を出しています。
金利が成長率を 1ポイント 上回る世界です。下の棒(毎年の基礎的財政収支)をつかんで上下させ、▶で30年を走らせてください。30年後に債務の比率が今より下がるでしょうか。
上: 政府債務のGDP比(実線=走らせた軌跡、破線=いまの計画での行き先)。下: 毎年の基礎的財政収支(上向き=黒字、朱=赤字)。右: r−g の坂を転がる債務の雪玉
