マクロ経済●●●○○

自動安定化装置

Automatic Stabilizer ・ じどうあんていかそうち

累進課税と失業給付が景気と逆向きに自動で動き、所得の落ち込みと乗数の連鎖を和らげる財政の緩衝材

✦ 30秒で試す — 航海誰も決断しないのに、不況になると政府が動き出す手取りの落ち込みが小さいのは?予想してみる

概要

自動安定化装置(ビルトインスタビライザー)は、政府が新しい法律を作ったり予算を組み替えたりしなくても、租税と社会保障の制度そのものが景気の波を自動的に和らげる仕組みです。代表は累進課税(所得が高いほど税率が上がる税)と、失業したときに社会保険から支払われる失業給付です。景気が過熱して所得が伸びれば税負担が自動的に重くなって支出の伸びにブレーキがかかり、不況で所得が減れば税負担が自動的に軽くなり、失業給付が増えて家計の購買力を下支えします。

つまり景気循環の山では需要を抑え、谷では需要を支える力が、誰の判断も待たずに制度の中から湧いてきます。車のサスペンションが路面の凹凸をドライバーの操作なしに吸収するように、現代の財政には景気のショックを吸収する緩衝材があらかじめ組み込まれています。欧米の推計では、家計の所得ショックのおよそ3分の1が、この仕組みによって手取りに届く前に吸収されています。

なぜ生まれたか

自動安定化装置は、誰かが設計図を引いて導入したというより、20世紀に税と社会保障の制度が整った結果として「発見」された効果です。19世紀までの政府は小さく、税収も景気にあまり連動しなかったため、不況は増幅されるままでした。それどころか「財政は常に均衡すべきだ(財政赤字を出してはならない)」という当時の常識に従い、不況で税収が減ると政府は増税や歳出削減で穴を埋めようとし、需要をさらに冷やしました。大恐慌期の米国で、フーヴァー政権が1932年に大幅な増税を行ったのはその典型です。

転機は二つありました。一つは制度の側で、1930年代以降、所得税の累進構造が強まり、米国では1935年の社会保障法で失業保険が全国に整備されました。もう一つは理論の側で、ケインズ経済学が「不況期には政府が需要を支えるべきだ」という考え方を確立すると、今度は裁量的な対策の弱点が意識されるようになりました。景気の悪化を認識し、対策を立案し、議会で予算を通し、実際に支出が始まるまでには長い時間がかかり、効果が出る頃には局面が変わっていることすらあります(政策ラグ)。

これに対し、累進課税や失業保険は景気の変化と同時に、自動的に、逆方向の力を発揮します。この性質に「組み込まれた伸縮性(built-in flexibility)」という名前を与えて大きさを測ったのが、マスグレイブとミラーの1948年の論文です。戦後、この「制度に埋め込まれた景気対策」は自動安定化装置と呼ばれるようになり、財政政策の土台として位置づけられました。

詳細

好況と不況で逆向きに働く

仕組みの核心は、税と給付が所得に連動して「景気と逆方向」に動くことです。好況で雇用と所得が増えると、累進課税のもとでは税額は所得以上のペースで増え、手取り(可処分所得)の伸びは所得の伸びより緩やかになります。同時に失業者が減るので失業給付も減ります。政府が家計から吸い上げる金額が自動的に増え、過熱した需要に水がかかるわけです。不況ではすべてが逆転します。所得が減ると税額はそれ以上のペースで減り、失業給付や生活保護などの給付が増えるため、可処分所得の落ち込みは、市場で稼ぐ所得(市場所得)の落ち込みよりずっと小さくなります。

好況(景気の山)所得・雇用が増える経済の過熱ぎみの局面税収が自動的に増える失業給付は自動的に減る累進課税で税は所得以上に伸びる需要の過熱にブレーキ可処分所得の伸びが抑えられる不況(景気の谷)所得・雇用が減る需要が落ち込む局面税収が自動的に減る失業給付は自動的に増える法改正も予算審議も不要需要の落ち込みを下支え可処分所得の減少が緩和されるどちらの局面でも、制度が景気と逆方向の力を自動で発揮する結果として景気の振れ幅そのものが小さくなる
自動安定化装置の働き — 税と給付が景気と逆方向に動き、可処分所得の振れを小さくする

どれくらい吸収しているのか

効果の大きさは、税と給付の制度をそのまま家計のデータに当てはめるシミュレーションで測れます。ドルス、フュースト、パイヒルの2012年の研究(Journal of Public Economics)では、すべての家計の市場所得が一律に5%減るショックに対して、税と給付が可処分所得への影響を EU 全体で約38%、米国で約32%吸収すると推計されました。失業が増えるショック(所得を失う人が一部に集中する形)では、吸収は EU で約47%、米国で約34%とさらに差が開きます。欧州では失業給付が手厚いためです。

市場所得が20兆円落ち込み、制度がその38%を吸収する経済を描くと、次のようになります。可処分所得の谷は −12.4兆円にとどまり、好況の山も同じ割合で低くなります。

平時からの差時間0−20−12.4吸収 38%好況では税が増えて山も低くなる市場所得可処分所得税と給付市場所得の変化の38%を制度が埋める
市場所得と可処分所得の波 — 税と給付(紫)が谷を埋め、山を削る。吸収率38%なら、市場所得の−20兆円は手取りでは−12.4兆円になる

吸収率 s(市場所得が1円減ったとき、税の減少と給付の増加で戻ってくる額)は、所得の水準に対する「純税額(税 − 給付)」の線の傾きとして表せます。可処分所得の変化は ΔYd = ΔY × (1 − s) です。下の部品で確かめてください。▶で時間を進めると、市場所得(金)の谷を可処分所得(緑青)が浅い波で追い、そのすき間を税と給付の粒が流れます。好況では粒の向きが逆になります。右上の線の両端をつかんで傾けると、吸収の割合が変わります。

⚡ 体験: 景気の谷で、税と給付が自動で逆向きに流れるのを見る
市場所得可処分所得財政収支−18政府支出 20平時傾き 0.30所得減が消費の連鎖で広がる段制度なし×5.00いまの制度×2.27
制度が吸収する割合30%谷での可処分所得—市場所得—平時の財政収支+0.0兆円
0期

▶ 動かすで時間を進めてみてください。市場所得(金)が落ち込むと、可処分所得(緑青)はどれだけ落ちるでしょう。金の線の谷はつかんで深くできます。

左: 平時からの差(兆円)。金=市場所得、緑青=可処分所得(税と給付のあと)、紫の破線=財政収支。右上: 純税額(税−給付)の線 — 両端をつかんで傾ける。右下: 所得減が消費の連鎖で広がる段(c=0.8)

下向きの乗数の連鎖を細らせる

自動安定化装置の効果は、個々の家計を助けることにとどまりません。不況では「誰かの支出減が別の誰かの所得減になる」という連鎖が乗数効果として下向きに働き、最初のショックが何倍にも広がります。所得が1減ったとき、可処分所得は (1 − s) だけ減り、消費はその c 倍(c は限界消費性向)減ります。連鎖の各段が c ではなく c(1 − s) の割合で細るので、乗数は 1 ÷ (1 − c) から 1 ÷ (1 − c(1 − s)) へ縮みます。c = 0.8 なら、装置がないときの乗数5が、s = 0.3 で約2.3、s = 0.5 で約1.7 になります。自動安定化装置は、下向きの連鎖を各段で減衰させ、失業の増加そのものを抑えるのです。総需要と総供給の枠組みでいえば、総需要曲線の左シフトを小さくする力です。

ただし「戦後に景気の振れが小さくなったのは自動安定化装置のおかげ」という通説には但し書きが要ります。クリスティーナ・ローマーは1986年の研究で、戦前の失業率や生産の統計は戦後とは異なる方法で後から推計されたもので、振れが大きく見える一部はデータの作り方による見かけだと指摘しました。安定化の効果そのものは上のようなシミュレーションで確かめられますが、戦前と戦後の統計を並べて効果を測るのは難しい、という論争です。

裁量的財政政策との使い分け

財政政策には、補正予算による公共投資や給付金のような裁量的な対策と、この自動安定化装置という2つの経路があります。自動装置の強みはタイミングです。景気統計が悪化を示すより前に、個々の家計の所得減と同時に作動し、政治的な駆け引きにも左右されません。弱みは力の上限です。装置の強さは税の累進度や給付の手厚さという制度設計であらかじめ決まっており、リーマン・ショックやパンデミックのような深いショックを吸収しきる力はありません。実務的には「小さな波は自動装置に任せ、大きなショックには裁量的対策を上乗せする」という役割分担で理解されています。

装置の強さは国によって大きく異なります。税と社会保険の規模が大きく、失業給付が手厚い欧州諸国では強く、政府の小さい国では弱くなります。日本は所得税の累進が効く層が比較的薄く、税収に占める消費税や社会保険料(景気に左右されにくい)の比重が大きいうえ、失業給付の受給期間も短いため、所得面の自動安定化は欧州より弱いとされます。そのかわり日本では、企業が雇用を維持したまま休業させた場合に国が賃金の一部を助成する雇用調整助成金が大きな役割を果たしてきました。制度自体は常設で、不況になると申請が増えて自動的に支出が膨らみますが、コロナ禍では助成率や上限額を引き上げる特例が政策判断で上乗せされ、自動と裁量の両方の性格をあわせ持つ仕組みになっています。失業を出さないことで所得の落ち込みを防ぐという、欧州型とは違う経路です。

落とし穴 — 装置を自分で壊さないこと

最大の落とし穴は、装置が働いた結果を「財政の悪化」と見誤って潰してしまうことです。不況では税収減と給付増によって財政赤字が自動的に拡大しますが、これは装置が正常に作動している証拠です(部品の紫の破線)。ここで赤字を埋めようと増税や歳出削減を行えば、装置を手動で解除して大恐慌期の失敗を繰り返すことになります。このため財政の健全性を評価するときは、景気要因で変動する部分(循環的収支)と、景気が平時の状態でも残る部分(構造的収支)を分けて見るのが定石です。

逆に好況時には「税収が増えたのだから使ってしまおう」という誘惑が装置のブレーキ側を無効にします。また、税と給付が所得を平らにする働きは、景気循環の中で時期をまたいで所得をならす、時間方向の所得再分配でもあります。平時の財政が均衡していれば、装置は不況で赤字、好況で黒字を出して、景気を一巡すれば収支はおおむね釣り合います。好況の増収を使い切らず、不況の赤字を慌てて埋めない — その運用の規律があってはじめて、装置は両方向に働くのです。

試問

市場所得が18兆円落ち込む不況が、これからやってきます。いまの制度では、手取りの落ち込みを十分に和らげられません。

✦ 命題挑戦中

同じ不況に対して、純税額の線を組み替え、可処分所得の落ち込みを市場所得の落ち込みの半分以下に抑えつつ、平時の財政収支を均衡させよ

  • 平時(市場所得100)の純税額が政府支出 20兆円と釣り合う(±1)
  • 谷を通り抜けたとき、可処分所得の落ち込みが市場所得の落ち込みの半分以下
⚡ 体験: 制度を組み替えて、不況の落ち込みを半分にする
市場所得可処分所得財政収支−18政府支出 20平時傾き 0.15所得減が消費の連鎖で広がる段制度なし×5.00いまの制度×3.13
制度が吸収する割合15%谷での可処分所得—市場所得—平時の財政収支+0.0兆円
0期

谷の深さは 18兆円で決まっています。右上の純税額の線の両端をつかんで制度を組み替え、▶で不況を通り抜けてください。

左: 平時からの差(兆円)。金=市場所得、緑青=可処分所得(税と給付のあと)、紫の破線=財政収支。右上: 純税額(税−給付)の線 — 両端をつかんで傾ける。右下: 所得減が消費の連鎖で広がる段(c=0.8)