失業
Unemployment ・ しつぎょう
働きたいのに職がない状態。種類の区別が政策の処方箋を分ける
概要
失業とは、働く意思と能力があり、実際に職を探しているのに仕事に就けていない状態を指します。ニュースでよく聞く「失業率」は、働いている人と職探し中の人を合わせた「労働力人口」のうち、職探し中の人が占める割合です。ここで重要なのは、単に働いていない人がすべて失業者ではないことです。学生や専業主婦・主夫、引退した高齢者のように、そもそも職を探していない人は「非労働力人口」に分類され、失業率の計算には入りません。
失業率は経済の体温計とも呼ばれる代表的な指標です。景気が悪化して企業が採用を絞れば失業率は上がり、GDP の伸びと失業率の変化には安定した逆相関(オークンの法則と呼ばれます)が観察されます。ただし失業は単なる数字ではありません。個人にとっては収入と生活基盤の喪失であり、社会にとっては働けるはずの人の生産力がまるごと失われる巨大な無駄です。だからこそ物価の安定と並んで、失業の抑制はマクロ経済政策の中心的な目標になっています。
なぜ生まれたか
「失業」を経済学の独立した問題として扱う視点は、意外なほど新しいものです。19世紀までの主流派経済学では、労働も他の商品と同じく需要と供給で調整されると考えられていました。働きたい人が余っているなら賃金が下がり、安くなった労働を企業が雇うので、市場に任せれば失業は自然に解消するはずだ — この理屈のもとでは、長く職に就けない人は「今の賃金では働きたくないだけ」とみなされ、失業は本人の選択の問題とされがちでした。
この見方を打ち砕いたのが1930年代の世界恐慌です。米国では労働者の4人に1人が職を失い、賃金が下がっても雇用は一向に回復しませんでした。働きたいのに、どんなに探しても仕事そのものが存在しない — この「非自発的失業」の現実を前に、ケインズ経済学は、経済全体の需要が不足すれば市場の自動調整では雇用が戻らないこと、したがって政府が財政政策などで需要を下支えする必要があることを理論化しました。失業を測る統計の整備と、失業を政策で減らすという発想は、この経験から生まれたのです。
詳細
失業には3つの種類がある
失業対策を考えるうえで最も大切なのは、失業をひとくくりにせず、原因の異なる3つの種類に分けることです。処方箋がまったく違うからです。
第一が摩擦的失業です。転職や新卒の就職活動など、職を移る過程で一時的に無職になる状態を指します。労働者と企業が互いに相手を探すには時間がかかるため、経済が健全でも必ず一定量発生します。これはむしろ、人がより合う仕事へ移動している証拠でもあります。第二が構造的失業です。求人はあるのに、求職者のスキルや住む地域と噛み合わないために生じる失業で、産業構造の転換期に深刻化します。炭鉱が閉山した町の元鉱員と、都市部のIT求人のように、需要と供給が「量」ではなく「質」でずれている状態です。第三が循環的失業です。不況で経済全体の仕事の総量が減ることによる失業で、景気循環とともに増減します。世界恐慌型の失業はこれにあたります。
自然失業率 — 失業率ゼロは目標にならない
摩擦的失業と構造的失業は好況でも消えないため、経済が完全に健全な状態でも失業率はゼロにはなりません。景気要因を除いたときに残るこの水準を「自然失業率」と呼びます。実際の失業率が自然失業率まで下がった状態が、事実上の「完全雇用」です。ここからさらに失業率を押し下げようと需要を過熱させると、人手の奪い合いが賃金と物価を押し上げ、インフレーションが加速します。このインフレ率と失業率の綱引きの関係を定式化したのがフィリップス曲線で、金融政策の運営はこの見えない水準の推定と常に隣り合わせです。
統計の落とし穴 — 失業率が「良く見えすぎる」とき
失業率を読むときは、定義の裏側に隠れるものに注意が必要です。まず「求職意欲喪失者」の問題があります。長い不況で職探し自体を諦めた人は非労働力人口に移るため、失業者の定義から外れ、失業率はむしろ改善したように見えます。深刻な不況の末期に失業率が下がり始めたら、雇用が回復したのか、人々が諦めたのかを、労働参加率(人口に占める労働力人口の割合)と合わせて確かめる必要があります。また、フルタイムで働きたいのに短時間の仕事しか見つからない「不完全就業」も、統計上は就業者に数えられます。失業率という一つの数字は、就業者数・労働参加率・賃金の動きとセットで読んではじめて意味を持ちます。
失業のコストと制度による備え
失業のコストは失業手当の給付額だけでは測れません。マクロには、働けるはずの人が生産に参加できないことで GDP が潜在的な水準を下回り続けます。ミクロには、長期の失業はスキルの陳腐化と自信の喪失を招き、再就職後の賃金にも長く傷を残すことが知られています(履歴効果と呼ばれます)。特に若年期に不況で就職機会を失った世代への影響は数十年単位で続きます。だからこそ多くの国は、雇用保険のような社会保険で失業時の所得を下支えしつつ、給付が長期化して求職のインセンティブを弱めないよう、給付期間や職業訓練の条件を組み合わせて制度を設計しています。失業対策とは、3つの型の診断と、こうした制度設計のさじ加減の総合問題なのです。
