マクロ経済●●○○○

景気循環

Business Cycle ・ けいきじゅんかん

経済全体の生産・雇用・所得が、長期の成長トレンドのまわりで拡張と後退を繰り返す波

✦ 30秒で試す — 航海誰も揺らしていないのに、景気は上下を繰り返す投資を1増やした後、GDPの増えた分は最大でいくつ?予想してみる

概要

景気循環とは、経済全体の活動水準 — 生産・所得・雇用・消費 — が、拡張(好況)と収縮(不況)を波のように繰り返す現象です。個別の企業や業界の浮き沈みではなく、GDPで測られる経済全体の動きが、長期的な成長の傾向線のまわりを上下に揺れることを指します。「景気が良い」とは企業の売上が伸び、求人が増え、賃金が上がりやすい局面、「景気が悪い」とは注文が減り、失業が増え、街から活気が消える局面のことです。

この波は誰の生活にも直接触れてきます。就職活動の年が好況か不況かで内定の取りやすさは大きく変わり、その影響が生涯の賃金にまで残ることが知られています。企業の投資判断、政府の予算、中央銀行の金利の決定は、いずれも「いまが波のどの局面か」の読みを前提に行われます。ニュースで語られる「景気後退入り」「回復局面」という言葉は、すべてこの波の上での現在地の話です。マクロ経済学という学問は、そもそもこの波を理解し、飼いならすために発展してきたと言っても言い過ぎではありません。

なぜ生まれたか

19世紀の欧米では、およそ10年おきに恐慌 — 銀行の破綻、企業の連鎖倒産、大量の失業 — が繰り返し襲ってきました。当時これらは、戦争や凶作と同じ外からの災厄、あるいは投機に溺れた者への罰として、一回ごとに別々の物語で語られていました。転機は、医師出身のフランスの経済学者クレマン・ジュグラーが1862年に、恐慌は孤立した事件ではなく「繁栄・恐慌・清算」という周期的な波の一局面だ、と統計から示したことです。危機を単発の事故ではなく循環の一部と捉え直したことで、「次の波はいつ来るか」「波はなぜ生まれるか」を問う研究が始まりました。

決定的だったのは1930年代の世界大恐慌です。米国の実質GDPは1929年から1933年までに4分の1以上縮み、失業率は25%に達し、「市場に任せれば波は自然に収まる」という楽観は崩れました。この経験からケインズは、経済全体の需要の不足が不況を長引かせるなら政府が需要を作り出すべきだとするケインズ経済学を打ち立て、波を測るためのGDP統計の整備も同じ時期に進みました。景気循環は、それを観測する統計、説明する理論、和らげる政策という、近代のマクロ経済学の三点セットを生み出した現象なのです。

詳細

波の解剖 — 4つの局面と転換点

景気循環は、山(ピーク)と谷(ボトム)という2つの転換点で区切られます。谷から山へ向かう上り坂が拡張期、山から谷へ向かう下り坂が後退期です。長期のトレンドとの位置関係も合わせると、谷からトレンドまで戻る「回復」、トレンドを上回って山へ向かう「好況」、山からトレンドまで下る「後退」、トレンドを下回って谷へ向かう「不況」の4局面に分けられます。この波は、長期の成長トレンドのまわりの揺れです。経済の実力そのものが伸びる経済成長は数十年単位の傾向線の話で、景気循環はその線のまわりを数年単位で揺れる波です。2つは重なって観測されますが、原因も処方箋も別のものです。

回復好況後退不況回復好況後退不況回復実質GDP時間トレンド山谷山谷拡張期後退期拡張期後退期
景気循環の4局面 — 長期の成長トレンド(破線)のまわりを波が上下する。谷から山までが拡張期(回復→好況)、山から谷までが後退期(後退→不況)

実務では、景気後退(リセッション)の判定が重要な論点です。報道では「実質GDPが2四半期続けてマイナス成長」という簡便な目安がよく使われますが、公式の判定は違います。米国では民間の全米経済研究所(NBER)の景気循環日付委員会が、日本では内閣府の景気動向指数研究会が、生産・雇用・所得・消費など多くの指標を総合して、山と谷の日付を事後的に認定します。たとえば日本の直近の確定した循環は、2018年10月を山、2020年5月を谷とするもので、谷の確定は2022年7月でした。認定は数か月から数年遅れるので、「いま後退の中にいるか」はリアルタイムでは意外なほど分かりません。

そこで、早く気づくための経験則も使われます。米国の失業率の3か月平均が、過去12か月の最低から0.5ポイント以上上がると後退が始まっている、というサーム・ルールはその一つです。2024年8月初めに発表された7月の雇用統計(失業率4.3%)でこの条件が満たされ、市場が大きく揺れました。ただしこのときは、米国経済はすぐには後退に入りませんでした。経験則は、過去の波の形に合わせて作られた物差しだということも忘れてはいけません。

波はなぜ生まれるのか — 乗数と加速度

外から一度押されただけで、なぜ経済は波打つのでしょうか。1939年にポール・サミュエルソンが示した乗数・加速度モデルは、経済の内部の2つの仕組みだけで波が生まれることを示しました。一つは乗数効果です。誰かの支出は誰かの所得になり、所得の一部はまた消費に回ります。所得が増えた分のうち消費に回す割合(限界消費性向)を c とします。もう一つは加速度原理で、企業は消費の「水準」ではなく「増え方」に合わせて設備を増やします。消費の増加に投資がどれだけ反応するかを v とします。

数字で追ってみます。c=0.8、v=1.1 の経済で、1期目に投資を1だけ増やす一撃を与えます。2期目は、1期目の所得1の8割が消費になり、消費の増加0.8に反応して投資が0.88増えるので、所得は1.68になります。所得は3期目に1.94でピークを迎えますが、4期目には1.78へ下がり始めます。消費はまだ高い水準にあるのに、その「増え方」が鈍ったので、増え方に反応する投資が減ったのです。所得は6期目に0.60、7期目には一撃の前の水準を割り込み、10期目に−1.26の谷をつけてから、また上り坂に転じます。一度の一撃が、山と谷を繰り返す波になりました。

下の部品で確かめてください。平面の点(限界消費性向と加速度係数の組)をつかんで動かすと、同じ一撃から始まる波の形が、単調に収まる・揺れながら収まる・揺れながら暴れる・一方向へ走る、と変わります。

⚡ 体験: 消費と投資の反応を変えて、一撃が波になるのを見る
単調に収束減衰振動発散振動単調に発散一撃
0期
限界消費性向 c0.75加速度係数 v0.30山の数0波の型単調に収束

1回だけ投資を増やす一撃を与えました。左の平面の点をつかんで動かすと、右の GDP の波が描き直されます。

左: 横=限界消費性向 c、縦=加速度係数 v。色は波の型(青=単調に収束、緑=減衰振動、朱=発散振動、金=単調に発散)。右: 1期目に投資を1だけ増やしたあとの GDP の動き(トレンドからのずれ)

乗数と加速度が作る波は、総需要・総供給の枠組みで言えば、総需要の側の揺れです。総需要の変動が生産と雇用を動かすという見方は、ケインズ経済学の核心でもあります。

周期の違う波が重なる

現実の景気循環は、一つの仕組みだけでは説明できません。周期の長さが違ういくつかの波が重なっていると考えられ、発見者の名前で呼ばれます。最も短いキチン循環(約40か月)を動かすのは在庫です。売れ行きを楽観した企業が在庫を積み増し、読みが外れると生産を絞って在庫を減らす — この調整が短い波を作ります。ジュグラー循環(約10年)の主役は設備投資で、好況期に一斉に建てた工場や機械が10年前後で更新期を迎え、投資の山が周期的に現れます。クズネッツ循環(約20年)は住宅やビルなどの建設投資の波、コンドラチェフ循環(約50年)は蒸気機関・電力・自動車・情報技術のような大きな技術革新の波とされます。長い波ほど、本当に周期性があるのかについて論争が続いています。

現代のマクロ経済学は、金融が波を増幅する役割を重く見ます。好況期には資産価格の上昇が担保の価値を高め、銀行の貸し出しが膨らみ、その資金がさらに資産価格を押し上げます。この自己強化する信用の膨張がバブルを育て、その破裂は、ふつうの景気後退よりはるかに深く長い金融危機型の不況をもたらします。2008年のリーマン・ショックはその典型でした。

他方、波の主因を需要ではなく供給の側に求める考え方もあります。1982年にキドランドとプレスコットが示した実物的景気循環理論は、技術や生産性のショックに対して、人々が働く量や投資を最適に調整した結果として景気の変動が生まれる、と説明しました。1970年代の石油危機のような供給のショックは、物価高と景気後退を同時にもたらします。「需要の波か、供給のショックか」は、いまも論争の軸です。

波を読む — 指標の三分類

景気の現在地と先行きを読むために、統計の指標は波との時間の関係で3つに分けられます。景気に先立って動く先行指標(新規求人数、株価、住宅着工、消費者の心理など。株式の市場が半年ほど先を織り込むと言われるのはこのためです)、ほぼ同時に動く一致指標(生産指数、営業利益など)、遅れて動く遅行指標(失業率、CPIで測る物価など)です。日本では内閣府が、これらを合成した景気動向指数を毎月公表しています。

とくに雇用と物価が遅れて動くことは、政策の上で重要です。「失業率はまだ低いから大丈夫」という判断は、バックミラーだけを見て運転するようなものになりかねません。景気の過熱はインフレーションとして、深い不況は物価の持続的な下落であるデフレーションとして物価に現れます。失業率と物価上昇率の逆の関係を示すフィリップス曲線は、この波を物価と雇用の両面から捉える古典的な道具です。

波を飼いならす — 安定化政策とその限界

景気循環への政策の対応は2系統あります。中央銀行による金融政策は、不況期に金利を下げて借り入れ・投資・消費を促し、過熱期に金利を上げて冷やします。政府による財政政策は、不況期の減税や公共投資で需要を直接注ぎ込みます。さらに、累進的な所得税や失業給付のように、景気が悪くなると自動的に家計を支える方向に働く自動安定化装置が、判断を待たずに波を和らげています。

ただし安定化政策には固有の難しさがあります。景気の現在地の把握が遅れ(認知のラグ)、政策を決めるのに時間がかかり(決定のラグ)、効果が出るまでさらに半年から数年かかります(波及のラグ)。タイミングを誤ると、回復し始めた経済に刺激が遅れて効いて過熱を招くなど、波を消すつもりが波を大きくしてしまうことすらあります。乗数・加速度モデルで見たように、経済には自分で波打つ仕組みが組み込まれているので、外から押すタイミングが波の位相とずれると揺れを増幅するのです。それでも、大恐慌級の落ち込みが戦後の先進国でまれになったことは、景気循環の理解と政策の積み重ねが、波を消せないまでも浅くしてきたことの証しと言えるでしょう。

試問

1期目に投資を1だけ増やす一撃を与えた経済です。波の型を塗り分けた地図は伏せてあります。

✦ 命題挑戦中

1回の投資の一撃から、山を3つ以上作りつつ、最後には収まっていく経済を作れ

  • 1回の一撃から、山(上向きの頂点)が3つ以上できる
  • 波は回を追って小さくなり、最後には収まっていく
⚡ 体験: 点を動かして、収まっていく景気の波を作る
一撃
0期
限界消費性向 c0.75加速度係数 v0.30山の数0

1回だけ投資を増やす一撃を与えた経済です。左の点をつかんで、消費の性向と投資の反応の強さを変えてみてください。色分けの地図は伏せてあります。

左: 横=限界消費性向 c(所得の増えた分のうち消費に回す割合)、縦=加速度係数 v(消費の増加に投資がどれだけ反応するか)。右: 1期目に投資を1だけ増やしたあとの GDP の動き(トレンドからのずれ)