マクロ経済●●●○○

総需要と総供給

Aggregate Demand & Supply ・ そうじゅようとそうきょうきゅう

総需要と総供給の交点で物価水準と実質GDPが決まる、一国経済を1枚で見るモデル

✦ 30秒で試す — 航海石油が高くなると、景気対策が物価の敵に回る需要を絞って物価を元に戻すと、生産は?予想してみる

概要

総需要と総供給(AD-AS)は、一国の経済全体を1枚のグラフで捉えるマクロ経済学の基本モデルです。個別の市場の需要と供給がキャベツやチケットのような1品目の価格と数量を説明するのに対して、総需要・総供給は国内のあらゆる財・サービスを合計した「経済全体」を扱います。縦軸は個別の価格ではなく物価水準(経済全体の平均的な価格。物価指数で測ります)、横軸は数量ではなく実質GDP(国内で生産されたモノ・サービスの総量を、物価の変化を除いて測ったもの)です。

総需要(AD)とは、家計の消費、企業の投資、政府の支出、海外への純輸出を合計した「国全体でどれだけ買われるか」の総量です。総供給(AS)とは、国内の企業全体が「どれだけ作るか」の総量です。この2つの交点で、その国の物価水準とGDPが同時に決まります。「なぜ不況になるのか」「なぜインフレーションが起きるのか」「その不調は需要の側から来たのか、供給の側から来たのか」— ニュースで繰り返される問いを、同じ1枚の図の上で整理できるのがこのモデルの価値です。

なぜ生まれたか

19世紀までの経済学は、「作れば売れる」— 供給はそれ自身の需要を生む、というセイの法則を土台にしていました。経済全体で需要が足りなくなることはなく、売れ残りや失業が出ても、価格と賃金が下がれば市場は自動的に完全雇用へ戻る、という考え方です。しかし1929年からの大恐慌では、米国の実質GDPが1933年までに約4分の1縮み、失業率は1933年に約25%に達しました。賃金も物価も大きく下がったのに、経済は何年も戻りませんでした。

この現実に対して、ケインズ経済学は「経済全体の需要の総量が生産と雇用を決める」という見方を示しました。1937年にヒックスがその骨格をIS-LMモデル(財市場と貨幣市場を同時に釣り合わせる図)にまとめ、そこから「物価水準が変わると、生産がどれだけ買われるか」を取り出したものが総需要曲線です。これに企業側の総供給曲線を組み合わせ、見慣れた需給の図の形でマクロ経済を語れるようにしたのがAD-ASモデルで、1970年代以降の教科書で標準の図になりました。

ただし、その定着の経緯は「最初から何でも説明できた」わけではありません。1960年代の主流は需要の側に偏っており、インフレと失業はトレードオフだと考えていました。1970年代の石油危機で物価高と不況が同時に起きるスタグフレーションが来ると、この需要偏重の枠組みは説明に失敗します。そこで、フリードマンやフェルプスが指摘した「人々の予想インフレ率」と、原油価格のような供給側のショックを明示的に組み込む改訂が進みました。いまのAD-ASの図に「短期総供給」と「長期総供給」が並び、供給ショックで短期総供給が動くと描かれているのは、この失敗から学んだ結果です。

詳細

総需要曲線 — 右下がりだが、理由はミクロと違う

総需要(AD)曲線は右下がりに描かれますが、その理由は個別の需要曲線とは異なります。個別の財なら「高くなったら別の財に乗り換える」ことで需要が減りますが、経済全体では「すべての財から別の何かへ」乗り換えることはできません。総需要が物価と逆に動く理由は主に3つあります。物価が下がると、手持ちの貨幣や預金の実質的な購買力が増えて消費が増えます(資産効果)。物価が下がると取引に必要なお金が減り、余ったお金が貸し出しに回って金利が下がり、投資が増えます(金利効果。IS-LMから総需要曲線を導く経路はこれです)。そして自国の物価が相対的に下がると輸出品が割安になり、純輸出が増えます(為替・貿易効果)。

総需要曲線そのものを左右に動かすのは、物価以外の要因です。将来不安による消費の手控え、企業の投資意欲の変化、政府の財政政策、中央銀行の金融政策による金利の誘導 — マクロ経済政策とは、要するに総需要曲線を意図的に動かす試みです。政府支出が総需要をどれだけ動かすかは、支出の連鎖の乗数効果と、金利上昇が民間投資を押しのけるクラウディングアウトの綱引きで決まります。

総供給曲線 — 短期は右上がり、長期は垂直

総供給(AS)曲線には、このモデル最大の論点が詰まっています。長期総供給(LRAS)は、その国の労働力・資本・技術で決まる潜在GDP(無理なく持続できる生産量)の位置に立つ垂直線です。物価が2倍になっても、人も工場も技術も同じなら、作れる量は変わらないからです。これを右へ動かすのは経済成長の領域です。

一方、短期総供給(SRAS)は右上がりです。賃金は年に一度の交渉で決まり、多くの価格も契約や慣行ですぐには変わりません。この「硬直性」があると、物価が上がったとき、人件費は据え置きのまま売値だけが上がるので、企業は採算が良くなって生産を増やします。物価が下がれば逆です。3本の線が1点で交わる所が長期均衡で、経済はそこで潜在GDPを生産し、物価も安定しています。

物価水準実質GDP長期総供給 LRAS人・設備・技術で決まる潜在GDP物価によらない → 垂直短期総供給総需要長期均衡均衡の物価潜在GDP賃金・価格はすぐ動かない→ 短期総供給は右上がり物価が下がると買われる量が増える
AD-ASモデル — 総需要(AD)、短期総供給(SRAS)、長期総供給(LRAS)の3本が1点で交わる所が長期均衡

需要ショックと供給ショック — どちらの線が動いたかで診断する

このモデルの実用性は、経済の不調を「どの線が動いたか」で診断できることにあります。消費や投資が急に冷え込むと総需要が左に動き、経済の点は短期総供給の線に沿って左下へ滑ります。GDPと物価が同じ向きに下がるのが需要ショックの印で、深刻になれば物価が持続的に下がるデフレーションに至ります。総需要が右へ行き過ぎれば、GDPは潜在GDPを超え、物価も上がる過熱になります。

原油高や災害で企業の費用が上がると、短期総供給が上へ動きます。経済の点は総需要の線に沿って左上へ滑り、GDPが減るのに物価は上がります。GDPと物価が逆向きに動くのが供給ショックの印です。「今回のインフレはデマンドプル型かコストプッシュ型か」という議論は、「動いたのは総需要か総供給か」を問うているのです。

需要ショック物価GDPSRAS元のAD新しいAD物価↓ GDP↓ — 同じ向きに動く供給ショック物価GDPAD元のSRAS新しいSRAS物価↑ GDP↓ — 逆向きに動く
左: 総需要が左へ動くと、物価もGDPも下がる(需要ショック)。右: 短期総供給が上へ動くと、物価は上がりGDPは下がる(供給ショック)

長期への自動調整 — 賃金が動くと短期総供給が戻る

ショックの後、経済はずっと新しい交点にとどまるわけではありません。数字で追ってみましょう。潜在GDPを100、物価水準を100とし、消費の冷え込みで総需要が9だけ左へ動いたとします(下の部品の「消費が冷え込む」と同じ設定です)。短期総供給の傾きを0.5とすると、新しい交点はGDP 94、物価97です。GDPが潜在GDPを6下回っているので失業が増え、次の賃金交渉では賃金が下がっていきます。賃金が下がれば、同じ売値でも作る採算が合うようになり、短期総供給が少しずつ下へずれていきます。ずれは生産が潜在GDPに戻るまで続き、最後はGDP 100、物価91で止まります。需要ショックは、長い目では物価だけを動かして消えるのです。

労働市場企業家計労働市場企業家計失業が増え、次の交渉で賃金が下がる短期総供給が下へずれ、経済は潜在GDPへ戻る消費を手控え、買う量が減る減産して雇用を減らす人件費が下がる同じ売値でも作れる → 増産・値下げ

この調整が「自動で起きる」ことは古典派の主張の正しい部分で、「長期総供給は垂直」という図の意味でもあります。一方、ケインズが問題にしたのはその速さでした。賃金はなかなか下がらず、下がっても所得が減って需要をさらに冷やしかねません。景気循環の谷で調整を待つあいだに、何年も失業が続くなら、政府や中央銀行が総需要を戻したほうが早い — 景気対策の論理はここにあります。逆に、総需要を刺激して潜在GDPを超えさせても、賃金が上がって短期総供給が上へずれ、最後は物価だけが上がって終わります。「需要を刺激すれば短期的には生産と雇用が増えるが、長期的には物価が上がるだけ」という、マクロ経済学の中心的な結論です。

部品で確かめてください。総需要と短期総供給の線をつかんでずらすと、経済の点が新しい交点へ滑ります。手を離すと賃金の調整が始まり、点が潜在GDPの垂直線へ帰っていく道が点線で残ります。

⚡ 体験: 総需要と総供給をずらして、経済の点の行き先を見る
長期総供給(潜在GDP)SRASADつかめる線AD ←→SRAS ↑↓
物価水準100.0実質GDP100.0GDPギャップ+0.0%いまの状態元の長期均衡
出来事
長期

総需要(緑青の線)を左右に、短期総供給(金の線)を上下にドラッグしてみてください。経済の点が新しい交点へ滑ります。手を離すと、何が起きるでしょう。

縦軸=物価水準、横軸=実質GDP(どちらも元の均衡を100とした指数)。破線の縦線=長期総供給(潜在GDP)、薄い線=動かす前の位置、点線=経済の点が通った道

2021〜23年の世界的インフレを図で読む

コロナ禍の後の世界的なインフレは、2本の線が同時に動いた例です。一方では、物流の混乱、半導体不足、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー・穀物価格の高騰が、短期総供給を上へ押し上げました。もう一方では、各国の大型の財政出動と金融緩和、行動制限の解除で消費が戻ったことが、総需要を右へ押しました。両方が同じ「物価を上げる」向きに働いたため、米国の消費者物価上昇率は2022年6月に前年比9.1%まで上がりました。バーナンキとブランシャールの分析(2023年)は、上昇の初期の大半はエネルギー・食料価格や品不足という供給側の要因で、労働市場の過熱という需要側の要因は遅れて、しかし長く効いた、と結論しています。「供給が原因なら利上げは無意味」でも「需要が原因だから利上げ一本」でもなく、どの線がどれだけ動いたかを分けて見る必要があった、ということです。

動学版と、このモデルの限界

現代の中央銀行が実際に使う形は、縦軸を物価の「水準」ではなく「インフレ率」に置き換えた動学版です。総需要の側は「インフレ率が上がると中央銀行が実質金利を上げ、需要が冷える」という政策の反応で右下がりになり、供給の側は予想インフレ率とGDPギャップ(潜在GDPからの開き)でインフレ率が決まるというフィリップス曲線になります。ニューケインジアンの「3本の式のモデル」と呼ばれるもので、形は違っても「需要と供給のどちらの線が動いたか」を問う発想は同じです。

限界も知っておくべきです。このモデルは経済を「物価とGDPの2つの数」に圧縮した見取り図で、金融システムの動揺やインフレ期待の変化そのものは、線のずれとして外から与えるしかありません。「短期」と「長期」の境目が何年なのかも、図は教えてくれません。また、ショックの原因が需要か供給かは、リアルタイムでは見分けにくいのが普通です。AD-ASは精密な予測装置ではなく、ある主張が「どの線を、どちらへ動かす話なのか」を見分けるための共通言語として使うのが正しい距離感です。

試問

原油が値上がりして、短期総供給が上がった直後の経済です。賃金はまだ動かず、政府と中央銀行が動かせるのは総需要だけです。

✦ 命題挑戦中

供給ショックに見舞われた経済で、総需要だけを動かし、「物価を元に戻した状態」と「GDPを元に戻した状態」を両方つくれ

  • 物価を元の水準(100)に戻した状態をつくった
  • GDPを潜在GDP(100)に戻した状態をつくった
⚡ 体験: 総需要だけで、物価とGDPを元に戻せるか
長期総供給(潜在GDP)SRASADつかめる線AD ←→
物価水準105.3実質GDP94.7GDPギャップ−5.3%

原油高で短期総供給(金の線)が上がり、経済の点は物価高と生産減の位置にいます。賃金はすぐには動きません。総需要(緑青の線)だけをつかんで左右に動かしてください。

縦軸=物価水準、横軸=実質GDP(どちらも元の均衡を100とした指数)。破線の縦線=長期総供給(潜在GDP)、薄い線=動かす前の位置、点線=経済の点が通った道