マクロ経済●●●○○

スタグフレーション

Stagflation ・ すたぐふれーしょん

景気の停滞と物価の上昇が同時に進む状態。供給ショックと期待の漂流が生み、1970年代に理論を書き換えた

✦ 30秒で試す — 航海不況なのに物価が上がる。教科書の曲線が通用しなかった10年このとき、中央銀行はどうする?予想してみる

概要

スタグフレーションは、景気の停滞(スタグネーション)と物価の上昇(インフレーション)が同時に進む状態を指す言葉です。ふつう、不況のときは需要が弱いので物価は上がりにくく、物価が上がるのは景気が過熱しているときです。ところがスタグフレーションでは、失業が増えて所得が伸び悩んでいるのに、ガソリンや食料の値段が上がり続けます。家計にとっては、収入が細るのに支出が膨らむ最悪の組み合わせです。

この現象が経済学の歴史で特別な位置を占めるのは、1970年代に実際に起きたとき、当時の主流の考え方では「起こらないはず」の事態だったからです。インフレと失業は片方を我慢すればもう片方が良くなる関係だと信じられていたのに、両方が同時に悪くなりました。そして、どう手を打っても片方が悪化する — この政策のジレンマこそが、スタグフレーションのいちばん苦しいところです。

なぜ生まれたか

「スタグフレーション」という言葉は、1965年にイギリスの政治家イアン・マクラウドが下院の演説で使ったのが最初とされます。概念として決定的に重要になったのは1970年代です。当時の政策運営は、ケインズ経済学と、インフレ率と失業率が逆向きに動くというフィリップス曲線を土台にしていました。「失業を減らしたければ多少のインフレを受け入れ、インフレを抑えたければ多少の失業を受け入れればよい」— 2つの悪をメニューから選べる、という発想です。

1973年10月の第一次石油危機がこの前提を打ち砕きました。産油国が供給を絞り、原油価格は数か月で約4倍に跳ね上がります。先進各国では物価が急騰すると同時に生産が縮み、インフレ率と失業率が同時に上がりました。日本では1974年に消費者物価の上昇率が20%を超え、「狂乱物価」と呼ばれました。メニューのどこにもない点に、経済が現実に到達したのです。1979年のイラン革命をきっかけにした第二次石油危機が追い打ちをかけ、米国のインフレ率は1980年に一時14%台に達しました。この経験を説明するために、インフレ期待と供給ショックを組み込んだ新しいマクロ経済学が育っていきます。

詳細

不況なのに物価が上がる仕組み — 供給ショック

スタグフレーションの典型的な引き金は、需要側ではなく供給側のショックです。総需要と総供給で考えると分かりやすくなります。原油のように、ほぼすべての生産に使われる資源が値上がりすると、どの企業も同じ量を作るのに前より高い値段を付けなければならなくなります。総供給の線が上(左)へずれ、同じ需要のもとで、物価は上がり(インフレ)、生産は減ります(不況と失業の増加)。2つの悪化が1つの原因から同時に生じるのです。需要が過熱して物価が上がる「ふつうのインフレ」とは、発生の仕組みが根本的に違います。

インフレ率GDPギャップ潜在GDP2%4%総供給(前)総供給(原油高)期待も漂流すると総需要追認(需要を強める)引き締めE0E1E2
供給ショック — 総供給が上へずれると、交点E0からE1へ、インフレは上がりGDPは減る。需要を動かしてもE1から総供給の線の上を滑るだけで、両方は良くならない。期待まで漂流すると、さらに悪いE2へ

図の交点で、数字を通して追ってみます。ショックの前、経済はインフレ率2%、GDPは潜在水準(E0)にありました。原油高で総供給の線が4ポイント上へずれると、同じ需要のもとで交点はE1へ移り、インフレ率は4%に上がり、GDPは潜在水準を2%下回ります。ここから需要を動かしても、点は新しい総供給の線の上を滑るだけです。

政策のジレンマ — 追認か、引き締めか

不況への定石は、金融政策や財政政策で需要を強めることです。E1で需要を強めれば、GDPの落ち込みは消せますが、点は総供給の線に沿って右上へ動き、インフレはさらに上がります。これを「ショックの追認(accommodate)」と呼びます。逆にインフレへの定石は引き締めですが、政策金利を上げて需要を冷やせば、点は左下へ動き、インフレは下がる代わりにGDPの落ち込みと失業がさらに膨らみます。1本のレバーで逆向きの2つの問題を同時に解くことはできず、政策当局は「どちらの痛みを、どれだけ取るか」を選ぶしかありません。

選択を難しくしているのが時間です。原油高そのものは一度きりの値上がりで、原油価格が高止まりしても、翌年の上昇率はやがて落ち着きます。本当に怖いのは、その値上がりが人々の予想に入り込むことです。

期待という増幅装置

インフレが何年も続くと、人々は「来年も物価は上がる」と予想し始めます。労働者はそれを見越して高い賃上げを求め、企業はそのコストを値札に転嫁します。こうしてインフレ期待が総供給の線をさらに押し上げ、原油高が去ったあともインフレが続きます(図のE2)。インフレーションの記事で見る「賃金と物価のスパイラル」です。ミルトン・フリードマンらは、フィリップス曲線のトレードオフは人々の期待が動かない短期にしか成り立たず、インフレが定着すれば曲線ごと上にずれる — つまり高失業と高インフレの共存は十分ありうる — と、1970年代より前に予言していました。

期待が錨を離れたあとの代償は、とても大きくなります。1979年にFRB議長に就任したポール・ボルカーは、フェデラルファンド金利を1981年に約20%まで引き上げる強烈な引き締めを行い、失業率は1982年末に10.8%に達しました。数年がかりでインフレ期待そのものを鎮め、その後の米国は長い安定期に入ります。この経験が、中央銀行の独立性とインフレ目標という現代の制度設計の原点になりました。

対照的なのが、第二次石油危機のときの日本です。第一次のときの狂乱物価の反省から、1980年前後の春闘では労使が賃上げを抑え、日銀も早めに引き締めました。物価の上昇が賃金を通じて予想に波及しなかったため、日本のインフレは欧米より早く収まりました。同じ供給ショックでも、期待を漂流させるかどうかで、その後の数年が大きく変わるのです。

下の部品で確かめてください。金の線(総供給)をつかんで上へ動かすと原油高です。緑青の線(総需要)を動かして、追認と引き締めの両方を試し、年を進めて期待がどう動くかを見てください。

⚡ 体験: 総供給と総需要をつかんで、供給ショックのジレンマを見る
期待が漂流し始める線 3.5%総供給総需要2.0% / +0.0
インフレ率2.0%GDPギャップ+0.0%期待インフレ率2.0%落ち込みの累計0.0
0年

金の線(総供給)をつかんで上へ動かすと、原油高のような供給ショックです。交点がどこへ動くか見てから、1期すすめるで年を進めてください。

金の線=総供給(期待と供給ショックで上下にずれる)、緑青の線=総需要(金融政策で上下に動かす)、交点=その年の経済。淡い金の破線=ショック前の総供給、赤い点線=これを超えると期待が漂流し始める線

現代への教訓

スタグフレーションは過去の遺物ではありません。2021〜22年には、パンデミックによる供給網の混乱と、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーと穀物の値上がりが重なり、先進各国で数十年ぶりの高インフレと景気減速の懸念が同時に語られました。各国の中央銀行が景気を犠牲にしてでも急速な利上げに踏み切ったのは、1970年代の教訓 — 期待が一度漂流すると、取り戻すのに巨大な代償がかかる — があったからです。

景気循環のニュースを読むときは、「そのインフレは需要の過熱から来たのか、供給ショックから来たのか」を見分ける視点が役に立ちます。消費者物価指数の上昇という同じ数字でも、原因が違えば適切な処方箋も、家計への影響の出方もまるで違います。供給ショックには、一度きりの値上がりはある程度受け入れつつ、それが期待に入り込まないよう目を光らせる — これが、半世紀の経験から中央銀行がたどり着いた構えです。

試問

原油価格が跳ね上がり、総供給が上へずれた直後の経済です。ショックは2年続き、人々の予想はまだ目標の2%近くにあります。

✦ 命題挑戦中

2年続く原油ショックを、期待インフレ率を3%以下に保ち、GDPの落ち込みを抑えたまま乗り切り、4年目までにインフレを2.5%以下へ戻せ

  • 期待インフレ率を 3% 以下に保つ(これまでの最高 2.0%)
  • GDPの落ち込みの累計を 6.5(%·年)以下に抑える(いま 0.0)
  • ショックが去ったあと、4年目までにインフレ率を 2.5% 以下に戻す
⚡ 体験: 原油ショックを、期待を漂流させずに乗り切る
期待が漂流し始める線 3.5%総供給(ショック +4)総需要4.0% / -2.0
インフレ率4.0%GDPギャップ−2.0%期待インフレ率2.0%落ち込みの累計0.0
0年

原油価格が跳ね上がり、総供給(金の線)が上へずれました。ショックは 2年 続きます。緑青の総需要の線をつかんで需要の強さを決め、1期すすめるで1年ずつ進めてください。

金の線=総供給(期待と供給ショックで上下にずれる)、緑青の線=総需要(金融政策で上下に動かす)、交点=その年の経済。淡い金の破線=ショック前の総供給、赤い点線=これを超えると期待が漂流し始める線