消費者物価指数
CPI ・ しょうひしゃぶっかしすう
家計の買い物かごの値段を定点観測して物価の動きを測る指数。インフレ率の公式の物差し
✦ 30秒で試す — 航海物価指数は、家計の乗り換えの工夫を知らないこのとき、CPIはおよそ何%上がる?予想してみる概要
消費者物価指数(CPI: Consumer Price Index)は、家計が日常的に買うモノやサービスをひとまとめにした「買い物かご」の値段を定点観測し、基準時点と比べて何%変わったかを示す指数です。基準年を100として、CPIが103なら、同じ買い物かごを買うのに3%多くお金がかかるようになった、と読みます。日本では総務省統計局が毎月、全国の数百の品目(2020年基準で582品目)の価格を調べて公表しています。ニュースで「消費者物価は前年比2.5%上昇」と報じられるとき、それはインフレーションの実測値としてCPIの変化率を伝えています。
CPIの影響力は、単なる統計にとどまりません。公的年金の支給額は物価の変動をもとに毎年改定され、賃金交渉では「物価上昇分は確保したい」という基準線になります。中央銀行が掲げる物価安定の目標も、日本銀行の場合は「CPIの前年比上昇率2%」と、この指数で定義されています。預金や金利の実質的な値打ちを測るのもCPIです。CPIは経済のあちこちの契約と政策に組み込まれた「物価の物差し」であり、その測り方の小さな癖が、年金額から金利まで広く波及します。
なぜ生まれたか
個々の商品の値段なら誰でも分かります。しかし「物価全体」は直接観察できません。米は上がったがテレビは下がった、というとき、生活は楽になったのか苦しくなったのか — 無数の価格の動きを一つの数字にまとめる方法がなければ、この問いには答えられませんでした。
とくに困ったのは賃金の交渉です。第一次世界大戦中に物価が急騰すると、「生活費が上がった分だけ賃金を上げるべきだ」という労使の議論に客観的な根拠が必要になりました。各国の政府は、家計が実際に何をどれだけ買っているかを調べて生計費指数を作り始めます(米国の労働統計局が生計費指数の公表を始めたのは1919年です)。日本でも、戦後の激しいインフレのさなかの1946年に作成が始まりました。これが現在のCPIの原型です。
CPIが可能にしたのは、名目の金額と実質の暮らし向きの分離です。給料が3%増えても物価が5%上がれば、買えるものは減っています。この物差しがあることで、賃金・年金・GDPなどの金額を「物価の変化を差し引いた実質値」に直して、時代をまたいで比べられるようになりました。年金の物価スライドのように、物価に連動させる契約が成り立つようになったのも、この指数のおかげです。
詳細
仕組み — 買い物かごを固定して、値段だけを追う
CPIの作り方の核心は、「何を買うか」を固定して「いくらかかるか」だけを追うことです。まず家計調査から、平均的な世帯が食料・住居・光熱・交通・教育・娯楽などに支出をどう配分しているかを調べ、品目とその支出の割合(ウェイト)からなる買い物かごを決めます。次に毎月、全国の店舗やサービスの価格を調べ、各品目の価格の変化をウェイトで加重平均して指数を計算します。2025年基準のウェイトでは、食料が約27.5%、住居が約21.8%を占めます。支出割合の大きい品目の値動きは指数に大きく響き、支出のわずかな品目はほとんど響きません。
基準時点のウェイトを固定して計算するこの方式は、考案者の名を取ってラスパイレス指数と呼ばれます。計算が単純で、毎月の速報に向いています。ウェイトと品目は5年ごとの基準改定で見直され、2026年8月の公表分からは2025年基準に切り替わりました。ただし、後で見るように「かごを固定する」こと自体が誤差の源にもなります。
総合・コア・コアコア — どの数字を見るか
CPIには複数の系列があります。全品目を含む「総合」に対し、天候で乱高下する生鮮食品を除いた「生鮮食品を除く総合」(日本でコアCPIと呼ばれるもの)、さらにエネルギーも除いた「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」(いわゆるコアコアCPI)が公表されます。生鮮食品や原油の価格は物価の基調と関係なく大きく振れるため、金融政策の判断では、一時的な揺れを除いた基調的な動きを見る必要があるからです。なお、日銀の2%目標は総合で定義されていますが、米国の連邦準備制度(FRB)の2%目標はCPIではなく、個人消費支出(PCE)の物価指数で定義されています。PCEは対象が広く、ウェイトを毎期見直すので、CPIよりやや低めに出る傾向があります。
日本のインフレ率は、長いあいだゼロ近辺でした。ところが2022年春から、為替レートの円安と資源高で輸入品の値段が上がり、コアCPIの前年比は2022年4月から2025年12月まで45か月続けて2%以上になりました。年平均では2022年2.3%、2023年3.1%、2024年2.5%、2025年3.1%です(2025年は米の値上がりも大きく響きました)。2026年に入ってからは2%を下回る月が続いています。どの系列の、前年比か前月比かで印象は大きく変わるので、数字を引用するときは系列を必ず確かめます。
測定の落とし穴 — CPIは生活費の上昇を高めに測る
CPIにはいくつかの体系的な偏り(バイアス)が知られています。第一は代替バイアスです。牛肉が値上がりすれば、家計は豚肉や鶏肉に乗り換えて出費を抑えます。ところが、かごを固定するCPIはこの乗り換えを知らないので、同じ満足を得るのに必要な生活費の上昇を、実際より大きめに測ります。数字で追ってみます。牛肉と豚肉に12%ずつ支出している家計で、牛肉だけが60%値上がりしたとします。固定かごのCPIは12%×60%=7.2ポイント上がります。けれども家計が豚肉へ乗り換えられるなら、同じ満足を保つのに実際に必要な支出の増加は、下の部品の家計では4ポイントほどで済みます。差の3ポイントは、CPIが「乗り換えで浮いた分」を知らないことから生まれています。
下の部品で確かめてください。どれか1品目の値札を上げたとき、代わりの利く品目と利かない品目とで、2本の指数の開き方がまるで違うことが見えます。
値札の柱の頭をつかんで、どれかの品目を値上げしてみてください。下の「かごの中身」で、家計の手がどう動くかを見ます。
上=各品目の値段(基準=100)。下=かごの中身(灰=CPI が固定して数える量、緑青=家計が実際に選ぶ量)。右=2本の指数。牛肉と豚肉は互いに代わりが利き、ほかの3品目は代わりが利かない
第二は品質調整の難しさです。新型のスマートフォンが旧型と同じ値段でも性能が2倍なら、実質的には値下がりです。統計当局は品質の向上分を価格から差し引く調整をしますが、サービスの質の変化などは捉えきれません。第三は新商品の遅れで、かごの見直しは5年ごとなので、普及期に急速に値下がりする新製品の恩恵が指数に入るのが遅れます。米国では1996年のボスキン委員会報告が、これらの偏りの合計でCPIが年1.1ポイントほど物価上昇を過大に測っていると推計し、手法の改良につながりました。米国は1999年から品目内の平均に幾何平均を使い(価格が上がった品目の比重が自然に下がる)、2002年からは乗り換えをウェイトに反映する連鎖CPIも公表しています。日本についても、2000年ごろの研究で1ポイント弱の上方バイアスが推計されました。中央銀行の目標がゼロではなく2%なのは、この計測の偏りを見込んで余裕を取るためでもあります。
日本特有の癖もあります。持ち家に住む人が自分に払っているとみなす家賃(持家の帰属家賃)がウェイトの約16%を占め、この価格がほぼ横ばいで推移してきたため、指数全体の伸びを押し下げてきました。逆に、体感とのずれが「実感より低く出る」方向に生じることもあります。人は頻繁に買う食品やガソリンの値上がりを強く覚え、たまにしか買わない家電の値下がりは意識しないので、体感のインフレ率はCPIを上回りがちです。持ち家世帯と賃貸世帯、若い世帯と高齢世帯では買い物かごの中身が違うので、「自分のインフレ率」は公表値とずれて当然です。CPIが間違っているのではなく、平均的なかごと自分のかごが違うのです。
実務での使いどころ
CPIは経済の広い範囲で「自動的に効く」数字です。公的年金は物価と賃金の変動をもとに毎年改定されますが、2004年の改正で導入されたマクロ経済スライドにより、現役世代の減少や平均余命の延びに応じた調整率が差し引かれるので、物価ほどは上がらない年があります。物価連動国債の元本は、生鮮食品を除く総合指数に合わせて増減します。賃金の伸び率からCPIの上昇率を引けば実質賃金の増減が分かり、名目金利から予想インフレ率を引けば実質金利が得られます。国をまたいで物価の水準を比べたり、為替レートの適正な水準を考えたりするときには、購買力平価の考え方と組み合わせて使われます。一つの指数の設計の癖が、これらすべてに波及する — CPIを作られ方まで含めて理解しておく実益はここにあります。
試問
5品目の値段がすべて基準の100に戻っています。牛肉と豚肉は互いに代わりが利き、家賃・電気代・スマホは代わりが利きません。
どれか1品目だけの値札をつかんで上げてください。どの品目を上げたとき、CPI と実際の生活費の差が開くでしょう。
上=各品目の値段(基準=100)。下=かごの中身(灰=CPI が固定して数える量、緑青=家計が実際に選ぶ量)。右=2本の指数。牛肉と豚肉は互いに代わりが利き、ほかの3品目は代わりが利かない
