預金保険
Deposit Insurance ・ よきんほけん
銀行が破綻しても預金を一定額まで守る制度。上限の引き方が、取り付けを止められるかを左右する
✦ 30秒で試す — 航海保護の上限を少し上げただけで、銀行への行列が消えるこの国で、銀行への取り付け騒ぎは?予想してみる概要
預金保険は、銀行が破綻しても、預金者のお金を一定額まで公的に保証する制度です。日本では預金保険機構がこの役割を担い、1つの金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円とその利息までが守られます(上限までの払い戻しに限ることを、俗に「ペイオフ」と呼びます)。銀行は預金の残高に応じた保険料をあらかじめ機構に納めていて、破綻したときにはその積み立てから預金者に払い戻されます。
一見すると地味な「もしものための保険」ですが、この制度の本当の狙いは、破綻の後始末よりも、破綻の連鎖を起こさないことにあります。「銀行が潰れても自分の預金は戻ってくる」と誰もが信じていれば、不安に駆られて我先に預金を引き出す取り付け騒ぎがそもそも起きにくくなるからです。預金保険は、使われないことが最大の成果になる、珍しいタイプの制度です。ただし、守られるのは上限までです。上限をどこに引くかで、取り付けを止められるかどうかが変わります。
なぜ生まれたか
銀行は預金の大部分を貸出に回しているため、預金者が一斉に払い戻しを求めると、健全な銀行でも現金が尽きて倒れてしまいます。しかも「あの銀行が危ないらしい」という噂だけで引き出しの列ができ、その列を見た人がさらに列に加わる — 取り付け騒ぎは自己実現的に広がります。1930年代初めの米国では、大恐慌のなかでこの連鎖が止まらなくなり、1930年から1933年の間に約9,000の銀行が倒れました。銀行が倒れるたびに預金という貨幣が消え、企業への貸出が絞られ、不況がさらに深まるという悪循環です。
この経験から、米国は1933年の銀行法で連邦預金保険公社(FDIC)をつくり、1934年に保険が始まりました。効果は劇的で、それまで年に数千件あった銀行破綻は、1934年にはごくわずかに減りました。預金が守られた瞬間、「他の人より先に引き出さなければ損をする」という取り付けの動機そのものが消えたのです。経済学では、ダイアモンドとディビッグのモデル(1983年)が示したように、「取り付けという悪い均衡を、制度の力で消した」と説明します。日本の預金保険機構(1971年設立)をはじめ、いまでは世界の大半の国が同じ制度を持っています。
詳細
パニックの回路をどこで断つか
預金保険の核心は、預金者の頭の中にある「早い者勝ち」の計算を書き換えることです。保証がない世界では、銀行の経営が本当に危ないかどうかにかかわらず、「他の預金者が引き出すなら自分も急ぐべきだ」という判断が一人ひとりにとって合理的になってしまいます。保証がある世界では、たとえ銀行が破綻しても上限内の預金は戻ってくるので、列に並ぶ理由がありません。ところが上限を超える預金を持つ人にとっては、超えた部分は保証のない世界のままです。
家計の預金の大半は上限の内側に収まるので、家計の預金が中心の銀行なら、上限つきの保険でも取り付けはほぼ止まります。ところが、給与の支払いや仕入れのために数億円を口座に置く企業の預金が中心の銀行では、預金の大部分が上限の外にあり、保険があっても取り付けは起こりえます。2023年3月に破綻した米国のシリコンバレー銀行(SVB)は、預金の9割超が上限(25万ドル)を超える法人預金で、スマートフォン経由の送金で1日に預金のおよそ4分の1にあたる420億ドルが流出しました。
下の部品で確かめてください。法人の大口預金が多い銀行で、保護上限の線をつかんで動かし、「噂を流す」を押します。上限を下げていくと、流出は少しずつ増えるのではなく、ある所で急に崩れます。
法人の大口預金が多い銀行です。保護上限の線(紫の横線)をつかんで上下に動かし、「噂を流す」を押してみてください。
棒=預金者1人の預金(左から少ない順、縦軸は対数)。紫の線=保護上限。線より下が守られる部分、上にはみ出した部分が守られない。右の柱=流出した預金の割合
保護の中身 — 日本の制度を例に
日本の預金保険は、対象と限度が細かく決められています。普通預金や定期預金は、1金融機関につき預金者1人あたり「元本1,000万円までとその利息」が守られます。一方、利息が付かず、いつでも引き出せて、振込などの決済に使える決済用預金(当座預金など)は、金額の上限なく全額が守られます。企業の給与振込や取引の決済が破綻の巻き添えになると、実体経済への打撃が大きいからです。逆に、外貨預金や投資信託は保護の対象外です。「銀行の窓口で買ったから安全」とは限らない点は、生活者にとっての落とし穴です。上限は国によって違い、米国は1口座区分あたり25万ドル、EU は10万ユーロです。
破綻処理の実務では、預金者に直接払い戻す「ペイオフ方式」よりも、破綻した銀行の事業を健全な銀行に引き継がせ、その際に預金保険機構が資金を援助する「資金援助方式」が多く使われてきました。口座やATMがそのまま使えるので、預金者の混乱が小さく済むからです。日本でペイオフが実際に発動されたのは、2010年の日本振興銀行の1例だけです。
最大の副作用 — モラルハザード
預金保険には構造的な副作用があります。預金が保証されると、預金者は「この銀行の経営は健全か」を吟味せずに、単に金利の高い銀行へお金を預けるようになります。銀行の側から見れば、リスクの高い貸出で高い金利を提示しても預金が集まり続けるということです。失敗のツケを保険が肩代わりしてくれる状況では監視の目が緩み、かえって無謀な行動が増える — これはモラルハザードの典型例です。1980年代の米国の貯蓄貸付組合(S&L)危機では、手厚い預金保険のもとで高リスクの投融資に走った組合が大量に破綻し、巨額の公的資金が投じられました。
このため現代の預金保険は、保護に必ず「規律」を組み合わせて設計されます。上限を設けて大口預金者に監視の動機を残すこと、保険とセットで当局が銀行を検査・監督することが基本です。保険料の決め方は国によって違い、米国の FDIC は1993年から銀行のリスクに応じて保険料率を変える可変保険料率を採っていますが、日本の保険料率は全金融機関で一律で、決済用預金とそれ以外の預金の2区分で率が違うだけです。預金保険は単独の保険商品ではなく、中央銀行による監督や、危機のときの資金供給と一体になったセーフティネットの一部なのです。
限界 — 上限の信認という問題
預金保険にはいくつかの限界があります。第一に、上限を超える大口預金は保証の外にあり、そこから取り付け騒ぎは起こりえます。部品で見たとおり、大口の多い銀行では、上限をかなり高くしないと崩れは止まりません。第二に、保険基金の規模には限りがあり、システム全体を揺るがす金融危機では、預金保険だけでは支えきれず、中央銀行が最後の貸し手として登場することになります。
第三の限界は、上限そのものの信認です。SVB の破綻の直後、米当局は「システミック・リスク例外」を発動し、SVB と同じ週末に破綻したシグネチャー銀行の預金を、上限を超える部分まで全額保護しました。連鎖を止めるための判断でしたが、「危機になれば上限を超えても守られる」という前例は、次の危機で大口預金者が上限を真に受けなくなることを意味します。上限を低くすれば取り付けに弱く、例外を重ねれば規律が緩む — 預金保険の設計は、このあいだで揺れ続けています。なお、保険会社の破綻に備える契約者保護の仕組みなど、保険や証券の分野にも同じ考え方のセーフティネットがあり、預金保険はその原型と言える存在です。
試問
法人の大口預金が多い、SVB 型の銀行です。上限はいま、日本と同じ1,000万円に引かれています。
いまの上限は日本と同じ 1,000万円です。保護上限の線をつかんで動かし、「噂を流す」で確かめてください。
棒=預金者1人の預金(左から少ない順、縦軸は対数)。紫の線=保護上限。線より下が守られる部分、上にはみ出した部分が守られない。右の柱=流出した預金の割合
