ミクロ経済●●○○○

市場の失敗

Market Failure ・ しじょうのしっぱい

市場に任せても資源の配分が効率的にならない状況の総称。外部性・公共財・独占・情報の非対称性が典型

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概要

市場の失敗とは、市場の自由な取引に任せていても、社会全体にとって効率的な資源の配分が実現しない状況の総称です。需要と供給が導く均衡は多くの場合うまく働きますが、それには「競争が働いている」「取引の影響が当事者の中で完結している」「売り手と買い手が同じ情報を持っている」といった前提があります。この前提が崩れると、市場は放っておいても正しい答えにたどり着きません。

工場が川を汚しても操業を続ける、誰もお金を払わないので灯台が建たない、独占企業が価格をつり上げる、中古車の品質が買い手には分からない — これらはすべて市場の失敗の実例です。大切なのは、これが「市場はだめだ」という話ではなく、「市場がうまく働く条件と働かない条件を見分ける」ための概念だということです。政府が課税や規制で経済に介入するとき、その根拠として最初に問われるのが「そこに市場の失敗はあるか」です。

逆に言えば、値上がりや品不足、貧富の差は、それだけでは市場の失敗ではありません。値上がりは「足りない」という情報を価格が正しく運んでいる証拠かもしれませんし、格差は効率ではなく分配の問題です。市場の失敗は「誰かが困っている状態」ではなく、「全員を今より悪くせずに誰かを良くできる余地が残っている状態」(パレート非効率)を指す、狭く鋭い概念です。

なぜ生まれたか

アダム・スミス以来の経済学は、各人が自分の利益を追求すれば見えざる手に導かれて社会全体の利益が実現する、という市場への信頼を土台にしてきました。この直観は、パレートやラーナー、ランゲらによって少しずつ数学の形を与えられ、20世紀半ば、ケネス・アロー(1951年)とジェラール・ドブリュー(1954年)が「完全競争の市場の均衡はパレート効率的である」ことを厳密に証明しました(厚生経済学の第一基本定理)。

しかしこの証明は、同時に「どんな仮定が要るか」を明るみに出しました。無数の売り手と買い手、完全な情報、影響が取引の外に漏れないこと、あらゆる財に市場があること — 現実の市場がこの理想から外れると何が起きるのか。フランシス・ベイターは1958年の論文「市場の失敗の解剖」でこれを整理し、「市場の失敗」という言葉が定着しました。

その前後に、ピグーが煙害のような外部性を(1920年)、サミュエルソンが公共財を(1954年)、アカロフが情報の非対称性を(1970年)分析し、市場が失敗する典型が出そろいました。これは実践的にも大きな意味を持ちました。それまで「政府がやるべきこと」は伝統や政治の力学で決まりがちでしたが、市場の失敗という概念は、「市場に任せられること」と「介入が正当化されること」を切り分ける共通の物差しを与えたのです。

詳細

失敗の4つの型と、それぞれの処方

市場の失敗は、原因によって大きく4つに分けられます。大切なのは、原因ごとに処方が違うことです。原因を取り違えると、打った手がまったく効きません。

原因起きること処方外部性影響が取引の外へ公共財払わない人を除けない独占・寡占競争が働かない情報の非対称性品質や行動が見えない作りすぎ・作らなすぎただ乗りで誰も作らない高すぎ・少なすぎ良い品・良い客から消える価格に取り込むピグー税・補助金排出量取引・規制公的に供給税を財源に作る利用料で賄う工夫も競争を守る独占禁止法自然独占は料金規制情報を手当て開示義務・検査・免許強制加入・保証市場の失敗ではないもの値上がり・行列(価格が不足を知らせている)/ 所得の格差(効率ではなく分配の問題 → 再分配で扱う)
市場の失敗の4つの型 — 原因(上)ごとに市場で起きること(中)と処方(下)が違う。値上がりや格差は、それだけでは市場の失敗ではない

第一の型は外部性です。工場の排煙による健康被害のように、取引の費用や便益が当事者以外に及ぶと、市場価格はそれを織り込みません。汚染の費用を払わない分だけ生産は社会的に望ましい量を超え、逆にワクチンのように周りに便益をもたらす行為は少なすぎます。処方は、被害の分だけ課税するピグー税や補助金、排出量取引で、外部性を価格に取り込むことです。

第二の型は公共財です。国防や灯台のように、対価を払わない人を排除できない財は、「誰かが作るのを待ってただ乗りする」のが個人には合理的になり、市場では十分に作られません。処方は、租税を財源にした公的な供給です。ただし灯台については、ロナルド・コースが1974年に、19世紀の英国の灯台の多くが港で船から集める灯台使用料で民間によって運営されていたことを示し、「灯台は市場では作れない」という教科書の定番に反論しました。払わない人を除く工夫しだいで、公共財の一部は市場でも賄えるのです。共有の資源を取りすぎる共有地の悲劇も、この系統に属する失敗です。

第三の型は独占や寡占です。競争相手がいなければ、企業は供給を絞って価格をつり上げるのが合理的になり、本来なら成り立ったはずの取引が消えて余剰が失われます。処方は、独占禁止法で競争を守ることです。ただし、電力網や水道のように、1社でまとめて作るほど平均費用が下がり続ける産業(費用逓減産業、規模の経済が極端な場合)では、競争させるとかえって無駄が出ます。こうした自然独占には、1社に任せたうえで料金を規制するのが定石です。

第四の型は情報の非対称性です。中古車の売り手は欠陥を知っているのに買い手には分からない、という状況では、買い手は品質を疑って安値しか出さず、良い車ほど市場から消えていきます(逆選抜)。保険に入った途端に用心を怠るモラルハザードも、情報の非対称性が生む失敗です。処方は、情報開示の義務、検査や免許の制度、保険の強制加入などで、情報の差そのものか、その帰結を手当てすることです。

このほか、将来の取引や一部のリスクに対する保険のように、そもそも取引の場(市場)が存在しない「不完全市場」も、失敗の一種に数えられます。

介入の道具箱 — 市場を置き換えるのではなく、前提を直す

原因が違えば処方も違う、というのが図の要点です。介入の巧拙は「市場を置き換える」のではなく「市場の前提を修復する」設計ができるかにかかっています。たとえば排出量取引は、政府は総量だけを決め、誰がどれだけ減らすかは市場に任せる — 市場の失敗を市場の仕組みで直す好例です。ピグー税も同じで、価格を正しくさえすれば、あとの調整は価格の働きがやってくれます。

政府の失敗 — 介入は万能薬ではない

市場の失敗があるからといって、政府の介入が自動的に正当化されるわけではありません。政府もまた、情報の不足、官僚組織の非効率、業界団体の働きかけ(ロビー活動)、選挙を意識した近視眼的な政策といった理由で失敗します。これを「政府の失敗」と呼び、市場の失敗と対になる概念です。家賃の上限規制が貸家の供給を減らして住宅不足を招いた例(価格メカニズムを止めた副作用)や、補助金が非効率な産業を延命させた例は数多くあります。実務の問いは「市場か政府か」の二者択一ではなく、「この失敗の大きさは、介入の費用と政府の失敗のリスクを上回るか」という比較です。

実務・生活での視点

市場の失敗というレンズは、政策論争を整理する強い道具になります。ある規制や税の是非を考えるときは、まず「どの失敗を直そうとしているのか」を特定し、次に「その手段は原因に対応しているか」「政府の失敗の余地はどれほどか」と順に問うのが定石です。

よくある誤りは、市場の失敗を広く取りすぎることです。「ガソリンが値上がりした」「人気店に行列ができる」「格差が広がった」は、どれも市場が失敗した証拠ではありません。値上がりや行列は価格が需給の情報を運んでいる姿で、見えざる手がむしろ働いている証拠です。格差は効率ではなく公平の問題で、効率的な市場でも起こりえます(その是正は所得再分配の役目です)。逆に、市場の失敗が見当たらないのに導入される保護や規制は、特定の業界の利益を守るためのものかもしれない、という批判的な視点も持てます。市場の失敗は、市場と政府それぞれの得意・不得意を見極めるための、経済学が用意した診断の枠組みなのです。

試問

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✦ 命題挑戦中

11の出来事を、市場の失敗の4つの型と「失敗ではない」に仕分けよ

外部性影響が取引の外へ
公共財払わない人を除けない
独占・寡占競争が働かない
情報の非対称性品質や行動が見えない
失敗ではない価格が働いている・分配の問題

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