共有地の悲劇
Tragedy of the Commons ・ きょうゆうちのひげき
誰でも使えて減る資源が、一人ひとりの合理的な利用の積み重ねで使いすぎられ、枯渇へ向かう仕組み
✦ 30秒で試す — 航海誰も悪くないのに、みんなの牧草地だけが丸裸になる村人がみな損得を正しく計算すると、牛は?予想してみる概要
共有地の悲劇とは、誰でも自由に使える資源が、一人ひとりの合理的な利用の積み重ねによって使われすぎ、最後には枯渇してしまう現象です。名前の由来は、村人が共同で使う牧草地(コモンズ)のたとえ話です。牧夫にとって、自分の牛を1頭増やせば、その牛の牛乳の稼ぎはまるごと自分のものになります。一方、牧草が減る損は村人全員に薄く分かれます。だから増やすのが常に得です — しかし全員がそう考えて牛を増やし続ければ、牧草地は食い尽くされ、全員が家畜を失います。
これはたとえ話にとどまりません。世界の漁場の乱獲、地下水の汲み上げすぎ、森林の乱伐、道路の渋滞、そして大気に温室効果ガスを捨て続ける地球温暖化まで、「みんなのものだから誰のものでもない」資源をめぐる問題は、どれもこの構造を持っています。自分の行動が他人に与える損を勘定に入れない、という点で、これは負の外部性の一種です。悪人がいなくても、全員がそれぞれ合理的に振る舞うだけで破滅に至る — この点が「悲劇」と呼ばれるゆえんで、市場の失敗の中でも特に根深いパターンとして知られています。
なぜ生まれたか
資源の枯渇そのものは大昔から起きていましたが、長いあいだ「人々の強欲」や「無知」の問題として語られてきました。強欲が原因なら、道徳を説けば解決するはずです。しかし現実には、資源の危機を全員が理解していてもなお乱獲が止まらない、という事例が繰り返されました。個人の善意に訴えるだけでは解けない、構造的な何かがあるはずです。
構造の指摘は意外に古く、英国の経済学者ウィリアム・フォースター・ロイドが1833年の講義で、共有の牧草地が私有の牧草地より荒れやすい理由を、牛を増やす便益と費用の分かれ方から説明しています。漁業の経済学では、スコット・ゴードンが1954年に、誰でも入れる漁場(オープンアクセス)では漁船が増え続け、資源から得られるはずの利益(レント)が消えるまで止まらないことを示しました。この問題を広く世に知らせたのが、生態学者ギャレット・ハーディンの1968年の論文「共有地の悲劇」です。ハーディンはロイドのたとえ話を借り、人口問題や環境汚染にまで広げて、便益は本人に集中し、費用は全員に分散する — つまり自分の行動が他人に与える損、負の外部性が勘定に入っていない — という構造を描きました。問題は「心がけ」ではなくインセンティブの構造の欠陥であり、構造を変えない限り道徳の説教では解けない、という見方がここで定着します。
ただし、ハーディンの論文には強い反論もあります。歴史上の共有地の多くは「誰でも自由に使える」場所ではなく、村の取り決めで利用が管理されていました。英国の共有地の歴史を調べた研究は、共有地が荒れたのは管理の仕組みが崩れた後だったと指摘しています。ハーディン自身も後に、自分が描いたのは「管理されていない共有地の悲劇」だったと限定しました。悲劇が起きるのは共有そのものではなく、ルールのない共有、つまりオープンアクセスなのです。
詳細
悲劇のメカニズムを追う
牧草地のたとえ話を時系列で追うと、誰も悪意を持たないまま破滅へ向かう過程が分かります。ポイントは、相手が自制しているときも増やしているときも、「自分は増やす」のが常に個人の最善手になっていることです。
この構造は、ゲーム理論の囚人のジレンマを多人数に広げたものです。全員が自制すれば全員が長く豊かでいられるのに、各自にとっては相手の選択にかかわらず「使う」が得になり、全員が使いすぎる状態がナッシュ均衡として安定してしまいます。参加者が多いほど「自分一人が我慢しても大勢に影響はない」という計算が成り立ちやすく、自制した者は損をするだけ、という報われなさが協力をさらに難しくします。
持続可能な収量と、オープンアクセスの行き着く先
資源が再生するとき、「どれだけ使えば長く続くか」には上限があります。牧草は、少なすぎると増える元がなく、多すぎると場所が足りずに伸びが鈍ります。ちょうど半分くらい残っているときに、1年で再生する量が最も多くなります。牛の数を増やしていくと、長く続けられる収量ははじめは増えますが、やがて草を減らしすぎて落ちていき、山の形を描きます。この山の頂上を持続可能な最大収量と呼びます。
ゴードンの分析を、下の部品と同じ数字で描いてみます。牛1頭は年4の草を食べ、腹いっぱいなら10万円分の牛乳になり、飼育費は年4万円です。牧草地が長く養える収量は、牛が25頭のとき最大(年100の草、売上250万円)になります。
村全体の利益(売上 − 飼育費、図の縦の緑の帯)が最大になるのは20頭のときです。ところが誰でも牛を放せる共有地では、牧夫は「自分の牛1頭が稼げるかどうか」だけで判断します。1頭あたりの売上が飼育費を上回る限り、牛は増え続けます。止まるのは、売上の山と費用の直線が交わる40頭 — 1頭あたりの利益がゼロになったところです。資源が生み出せたはずの利益は、牛の飼育費に食いつぶされて消えます(レントの消失)。しかも現実には、増やすかどうかの判断は去年の草の状態を見て下されるので、遅れて反応するうちに再生の限界を大きく踏み越え、資源そのものが崩れることもあります。下の部品で確かめてください。最初はルールなしで年を進め、次にルールカードを組み合わせてやり直してみてください。
「▶ 動かす」で年が進みます。牧夫たちは、牛が腹いっぱい食べられるうちは毎年1頭ずつ牛を増やします。牛1頭の牛乳は本人のもの、減る草は全員のもの — 何が起きるでしょう。
左: 牧草(緑の粒=草の残り)。右: 5人の牧夫の牛(金の行=あなた、朱の輪=上限破り)。下: 牧草の残り(緑、満杯=100%)と村の収穫(金、持続可能な最大収量=100%)。牛1頭は年4の草を食べ、腹いっぱいなら10の牛乳になる
公共財との違い — 症状は正反対
共有地の悲劇が起きるのは、「排除できないが、使えば減る」共有資源です。お金を払わない人を締め出せない点は公共財と同じですが、公共財は使っても減らないため、問題は「誰も供給しない」という供給不足の形で現れます。共有資源は使えば減るため、問題は「みんなが使いすぎる」という過剰利用の形で現れます。非排除性という同じ根から、競合性の有無によって正反対の症状が出る — この対比を押さえておくと、目の前の問題にどの処方箋が効くのかを取り違えずに済みます。
3つの処方箋 — 私有化・規制・自治
悲劇の原因は「利益は自分に、費用は皆に」という非対称ですから、処方箋はどれもこの構造を組み替えるものになります。第一の道は、権利をはっきりさせることです。牧草地を区切って各人の所有地にすれば、草を使い尽くす損は所有者自身に跳ね返るため、外部性が内部化されます。漁業の譲渡可能個別漁獲枠(ITQ)は、漁獲する権利を財産として割り当て、市場で売買も認める制度で、ニュージーランドやアイスランドなど導入した国で資源の回復や「早い者勝ち」の漁獲競争の緩和が報告されています。ただし、大気や回遊魚のように物理的に区切れない資源には使いにくく、枠の初期配分の公平さも論争になります。
第二の道は政府による規制です。漁獲量の上限、禁漁期、免許制などで利用を直接制限するか、利用に課金して他人に与える損を価格に織り込ませます。これはピグー税の発想で、広く見れば租税による外部性の内部化です。道路の渋滞に対するロンドンやシンガポールの混雑課金や、炭素税はこの系統です。規制は強力ですが、監視の費用がかかること、そして適切な上限を政府が知っていなければならないことが弱点です。
第三の道は、当事者のコミュニティによる自治です。政治学者エリノア・オストロムは、スイスの高地の放牧地、日本の入会地(村落が共同で管理する山林)、スペインの灌漑組合など、私有化も国家管理もせずに何百年も共有資源を守ってきた事例を世界中から集めました。『コモンズのガバナンス』(1990年)で、成功する自治に共通する設計原理を示しています。資源と利用者の境界がはっきりしていること、利用ルールが土地の事情に合っていること、ルールづくりに利用者自身が参加できること、当事者による監視があること、違反には軽いものから段階的に重くなる制裁があること、安く使える紛争解決の場があること、などです。この研究は「共有資源は必ず悲劇に至る」という悲観を覆すもので、オストロムは2009年、オリバー・ウィリアムソンとともにノーベル経済学賞を受けました(女性として初の受賞)。悲劇は宿命ではなく、制度の設計しだいで避けられるのです。
実務・生活での視点
共有地の悲劇のレンズは、資源問題の外にも広く当てはまります。ソフトウェア開発の技術的負債は典型例です。手抜き実装の恩恵(早く出せる)は書いた本人とその案件に集中し、コードベースの劣化という費用はチーム全員が将来にわたって払います。共用の冷蔵庫が荒れる、会議の時間を皆が奪い合う、SNSで注意を奪い合う — どれも「便益は私有、費用は共有」という同じ骨格です。対処もまた同じで、責任の割り当て(権利の明確化)、ルールと上限(規制)、レビューと規範による相互監視(自治)のどれか、あるいは組み合わせになります。「なぜ皆が分かっているのに止まらないのか」と感じたら、悲劇の構造を疑い、道徳ではなく仕組みを変えるのが定石です。
試問
ルールのない共有地のままでは、十数年で牧草が崩れ落ちます。ルールを選んでから年を進めてください。
村の牧草地です。ルールカードを選んで「▶ 動かす」を押してください。30年後の牧草と、村の収穫を見ます。途中でルールを変えることもできます。
左: 牧草(緑の粒=草の残り)。右: 5人の牧夫の牛(金の行=あなた、朱の輪=上限破り)。下: 牧草の残り(緑、満杯=100%)と村の収穫(金、持続可能な最大収量=100%)。牛1頭は年4の草を食べ、腹いっぱいなら10の牛乳になる
