ゲーム理論
Game Theory ・ げーむりろん
相手の出方を読み合う状況を、プレイヤー・戦略・利得の型に落として分析する経済学の共通言語
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ゲーム理論は、「自分の結果が、自分の選択だけでなく相手の選択にも左右される状況」を数学で分析する枠組みです。ここでいうゲームは遊びのことではありません。複数の意思決定者(プレイヤー)が、互いの出方を読み合いながら選ぶ状況全般を指します。寡占市場のライバル企業との値下げ競争、賃金や取引条件の交渉、オークションの入札での駆け引き、国家間の軍縮交渉 — どれも「相手がどう動くかを考えずには、自分の最善手が決まらない」という同じ構造を持っています。ゲーム理論はこれらを1つの道具で扱います。
核心は、相手も自分と同じように損得を計算して動く、と仮定して先を読むことです。「自分がこうすれば相手はこう返す。それなら自分は最初からこうすべきだ」という読み合いを最後まで詰めると、状況の落ち着き先が見えてきます。なぜ誰も望まない結果に行き着くのか、どんな脅しや約束なら相手を動かせるのか、も分かります。人を動かすインセンティブの構造を、複数人の相互作用まで含めて描き出す設計図だと言えます。現代のミクロ経済学ではほぼすべての分析の土台になっており、「経済学の共通言語」と呼ばれます。
なぜ生まれたか
伝統的な経済学が得意としたのは、両極端の状況でした。無数の売り手と買い手がいる完全競争の市場では、一人ひとりは価格に影響を与えられないので、他人の出方を読む必要がありません。売り手が1社だけの独占なら、読み合う相手がそもそもいません。ところが現実に多いのはその中間、数社がしのぎを削る寡占です。A社の値下げはB社のシェアを直撃し、B社の対抗値下げがA社に跳ね返ります。この「互いの選択が絡み合う」状況は、需要曲線と供給曲線の道具立てでは扱えませんでした。
芽はもっと早くからありました。1838年、フランスのクールノーは2社が生産量を競う複占を分析し、「どちらも相手の量を前提に最善の量を選んでいる点」を解として求めています。これは事実上、後のナッシュ均衡です。1928年には数学者フォン・ノイマンが、一方の得が他方の損になる2人ゼロサムゲームに必ず解(ミニマックス解)があることを証明しました。そして1944年、フォン・ノイマンと経済学者モルゲンシュテルンの『ゲームの理論と経済行動』が、駆け引きを「プレイヤー・戦略・利得」の型に落とせば数学で解析できることを示し、分野が誕生します。
残る壁は、ゼロサムでない一般のゲームでした。1950年、ジョン・ナッシュが「全員が互いに最善の応答を選び合っている状態」という均衡(ナッシュ均衡)を定義し、プレイヤーと戦略が有限なゲームには、確率的に手を混ぜる混合戦略まで含めれば必ず均衡が存在することを証明します。1960年代には、ゼルテンが空脅しを排除する部分ゲーム完全均衡を、ハルサニーが相手の型を知らない不完備情報のゲームを定式化しました。3人は1994年にノーベル経済学賞を受け、その後もオーマンとシェリング(2005年、対立と協力の分析)、ハーヴィッツ・マスキン・マイヤーソン(2007年、メカニズムデザイン)、ロスとシャプレー(2012年、マッチング)、ミルグロムとウィルソン(2020年、オークション)と、ゲーム理論の系譜から受賞が続いています。
詳細
2つの描き方 — 利得行列とゲームの木
どんな駆け引きも、ゲーム理論では3つの要素に分解します。意思決定をする「プレイヤー」、各プレイヤーが選べる「戦略」、全員の選択の組み合わせごとの損得である「利得」です。これを描く方法が2つあります。同時に選ぶゲームに向く戦略形(利得行列)と、順番に手を打つゲームに向く展開形(ゲームの木)です。
具体例で見てみます。ある市場に新規参入者が入るかどうかを考えています。参入すれば、既存企業は「値下げ戦争で迎え撃つ」か「価格を保って共存する」かを選びます。利得は、参入者と既存企業の順に、迎え撃たれたら(−2, 2)、共存なら(4, 5)、参入を見送れば(0, 10)とします。
利得行列で「誰も一人だけ手を変えても得をしないマス」を探すと、2つ見つかります。「参入・共存」と、「見送り・迎え撃つ」です。後者は、既存企業が「参入したら迎え撃つ」と構えているから参入者が見送り、見送られた既存企業は何もしなくても10を得る、という組み合わせです。行列の上では筋が通っています。
ところが木で順番を考えると、後者の不自然さが見えます。実際に参入されてしまったら、既存企業は迎え撃つ(2)より共存(5)を選ぶはずです。参入者はそれを読めるので、「迎え撃つぞ」という脅しは信用されません。このように最後の手番から逆向きに最善手を決めていく解き方を後ろ向き帰納法と呼び、実行されない脅しに頼る均衡を取り除いて残るものを部分ゲーム完全均衡と呼びます(ゼルテン、1965年)。ゲーム理論が教える実践的な教訓の1つは、「脅しや約束は、実行するときに本人の得でなければ効かない」ということです。
下の部品で確かめてください。葉の数字をつかんで上下させると、光が葉から根へ流れて、後ろ向き帰納法の順に最善手が決まり直します。既存企業の数字をどう変えると、脅しが本物になるでしょうか。
葉の数字(左の緑青=参入者、右の金=既存企業の利得)をつかんで上下に動かしてみてください。光が葉から根へ、後ろの手番から順に最善の手を決めていきます。
左の数字=参入者(緑青)、右の数字=既存企業(金)の利得。数字を上下にドラッグ(またはフォーカスして↑↓)で書き換えられる。光は葉から根へ、後ろ向き帰納法の順に流れる
脅しを本物にする方法は、自分の利得を前もって書き換えることです。過剰なほどの生産設備に先に投資しておけば、参入されたときに値下げして設備を動かすほうが得になります。「他店より高ければ差額を返します」という最低価格保証の公約も、値下げ競争から降りられない状態を自分で作ります。自分の選択肢をあえて狭めて相手の読みを変えるこの手法を、シェリングはコミットメントと呼びました。
ゲームの分類 — 構造で解き方が変わる
ゲームは構造によっていくつかの軸で分類され、軸ごとに解き方が変わります。1つ目は「同時手番か逐次手番か」で、上で見たとおり、同時なら利得行列でナッシュ均衡を探し、逐次ならゲームの木を後ろから解きます。2つ目は「一回限りか繰り返しか」です。同じ相手と何度も対戦する繰り返しゲームでは、「今回裏切れば次回報復される」という将来の影が働き、一回限りでは成り立たない協力が成り立ちえます(囚人のジレンマで詳しく扱います)。3つ目は「情報が対称か」です。相手の能力や品質を知らないゲームは情報の非対称性の分析につながり、学歴や保証で自分の型を伝えるシグナリングの理論が生まれました。
代表的なゲームと、均衡の選び方
少数の原型が、現実の無数の状況の骨組みになります。最も有名な囚人のジレンマは、各自が合理的に動くと全員が損をする構造です。多人数に広げると、公共財のただ乗りや共有地の悲劇になります。皆と同じ選択をすること自体に価値がある「調整ゲーム」(道のどちら側を走るか、どの規格を採用するか。利用者が増えるほど価値が増すネットワーク効果の市場で頻出します)や、互いに強気を貫くと共倒れになる「チキンゲーム」も代表的です。
調整ゲームのように均衡が複数あるとき、どれが実現するかは理論だけでは決まりません。シェリングは『紛争の戦略』(1960年)で、打ち合わせなしに「ニューヨークで会え」と言われた人の多くが「グランド・セントラル駅の大時計の下、正午」を選ぶことに注目しました。皆が「皆もそう考えるだろう」と予想できる目印(フォーカルポイント)が、均衡を選ばせるのです。一方、コイン合わせやPK戦のように、読まれたら負けるゲームには、純粋な手の組み合わせの均衡がありません。この場合は手を確率的に混ぜる混合戦略が均衡になります。PKでキッカーが左右に蹴り分ける割合が、実際のプロの試合でも混合戦略の予測に近いことが実証研究で確かめられています。
実務での使いどころ — 分析からルール設計へ
応用で特に重要なのは、分析の向きを逆転させたメカニズムデザインです。通常の分析は「ルールが与えられたとき、人々はどう動くか」を予測します。メカニズムデザインは逆に、「望ましい結果を人々の自発的な行動で実現するには、どんなルールを作ればよいか」を逆算します。電波の周波数や広告枠を売るオークションの設計、研修医と病院を組み合わせるマッチング制度、談合を起こしにくい入札制度、外部性を価格に変える排出量取引の設計などがその例です。「ルールを変えれば均衡が変わる」という発想は、公共政策からプラットフォーム運営まで広く使われています。
落とし穴 — 合理性の仮定と、切り出し方の誤り
注意点は2つあります。第一に、標準的な理論は全員が利得を正確に知り、完全に合理的に読み合うと仮定します。現実の人間は計算能力に限りがあり(限定合理性)、公平さへのこだわりや感情でも動きます。実験室で囚人のジレンマを行うと、理論の予測より協力が多く観察されます。後ろ向き帰納法も、手番が長くなると人はそこまで深く読みません。こうしたずれの研究は行動経済学へと発展しました。
第二に、モデルの切り出し方を誤ると、精密な計算がまるごと的外れになります。規制当局や将来の参入者といったプレイヤーの見落とし、利得の読み違い(相手は利益ではなく評判やシェアを最大化しているかもしれません)、繰り返しの見落とし(一回限りに見えて、実は同じ相手と何度も取引する)は典型的な失敗です。ゲーム理論は水晶玉ではありません。状況の構造をはっきり書き出し、読み合いの論理を最後まで詰めるための思考の道具として使うのが正しい付き合い方です。
試問
新規参入を狙う企業が現れた市場です。既存企業は「参入したら値下げ戦争で迎え撃つ」と宣言していますが、いまのままでは参入者はその宣言を信じません。
いまは参入が起きます。既存企業の「値下げで迎え撃つぞ」を本物の脅しにするには、どの葉の数字をどれだけ動かせばよいでしょう。
左の数字=参入者(緑青)、右の数字=既存企業(金)の利得。数字を上下にドラッグ(またはフォーカスして↑↓)で書き換えられる。光は葉から根へ、後ろ向き帰納法の順に流れる
