外部性
Externality ・ がいぶせい
取引の当事者でない第三者に、価格を通さずに及ぶ被害や便益。作りすぎ・作らなすぎを生む
✦ 30秒で試す — 航海誰もが自分のためだけに打つと、ワクチンは足りなくなる打つ量を社会にちょうどよくする補助金は、1回いくら?予想してみる概要
外部性とは、ある経済活動の影響が、取引の当事者ではない第三者に「価格を通さずに」及ぶことです。工場が製品を作って売るとき、買い手は代金を払い、工場は製品を渡します。しかし工場の煙で近くの住民が健康を害しても、住民は取引に加わっておらず、誰からも補償を受け取りません。この「取引の外側にこぼれ落ちた影響」が外部性です。
影響がマイナスなら「負の外部性(外部不経済)」— 公害、騒音、受動喫煙、交通渋滞。プラスなら「正の外部性(外部経済)」— 予防接種が周りへの感染を防ぐ、手入れされた庭が近所の景観を良くする、基礎研究の知見が社会全体に広がる。どちらにも共通するのは、影響を与えた側がその対価を払いも受け取りもしない、という点です。
外部性が大切なのは、これが市場の失敗 — 市場に任せておくだけでは社会全体にとって望ましい結果にならない場面 — の代表例だからです。需要と供給が釣り合う点は、取引する当事者にとってはちょうどよくても、第三者の被害や便益まで数えると「作りすぎ」や「作らなすぎ」になります。
なぜ生まれたか
経済学には長く、「各自が自分の利益を追求すれば、市場価格の調整を通じて社会全体も豊かになる」という強い信頼がありました。需要と供給が釣り合う点で資源は効率よく配分される、という考え方です。最初の手がかりはアルフレッド・マーシャルの『経済学原理』(1890年)です。マーシャルは、ある産業が一つの地域に集まると、個々の企業の外で技能や情報が共有され、どの企業も得をする「外部経済」があると指摘しました。
これを市場の欠陥として正面から論じたのが、マーシャルの後継者アーサー・セシル・ピグーの『厚生経済学』(1920年)です。ピグーは、蒸気機関車の火の粉が沿線の畑を焼く例を挙げ、「私的な費用と社会全体の費用がずれるとき、市場は作りすぎる」ことを理論にし、そのずれを税で埋める処方を示しました。
日本でも高度経済成長期に、水俣病(1956年に公式確認)や四日市ぜんそくといった公害が深刻になりました。企業は自分の生産コストだけを見て操業し、汚染の被害という莫大なコストは地域の住民が負わされる — 市場価格にはその被害が1円も反映されていませんでした。「取引の外にこぼれた影響を、どうやって取引の中に取り戻すか」。外部性の理論は、この問いに答える道具として育ってきました。
詳細
構造 — 価格が伝えない情報
市場の強みは、価格が需要と供給の情報を集めて伝えることです。外部性の問題は、第三者への影響がこの価格にまったく乗らないことにあります。
これを需要と供給の図で描くと、ずれの大きさが見えます。供給曲線は、売り手が意識する費用 — 私的費用 — を表しています。負の外部性があると、社会全体が実際に負う費用(社会的費用)は、私的費用に1単位あたりの被害を足した分だけ高くなります。被害が1単位あたり一定なら、社会的費用の線は供給曲線をそのぶん平行に持ち上げた線です。
市場は、需要と私的費用が交わる所まで作ります。ところが、社会的最適を超えて作られる1単位ごとに、社会的費用(朱の破線)が買い手の便益(需要)を上回っています。この超過分を積み上げた三角形が、外部性による余剰の損失 — 誰の得にもならない死荷重 — です。被害が大きいほど、隙間が広がり、三角形も大きくなります。
正の外部性ではこれが逆転します。便益の一部が周りに流れるので、社会全体の便益(社会的便益)は需要曲線より高い所にあります。本人は自分の便益だけで判断するため、予防接種や基礎研究のような活動は、放っておくと社会的最適より「少なすぎる」水準にとどまります。
下の部品で確かめてください。破線をつかんで上下に動かすと、隙間(1単位あたりの被害)が変わり、朱の三角形が伸び縮みします。右の町には、取引量と被害に比例して煙の粒が降り積もります。「正の外部性」に切り替えると、三角形が反対側にできます。
工場の製品の市場です。朱の破線(社会的費用)をつかんで上下に動かし、1単位あたりの被害 — 私的費用との隙間 — を変えてみてください。
緑青=需要、金=供給(私的費用)、朱の破線=社会的費用(私的費用+第三者への被害)。朱の三角形=作りすぎによる死荷重。右の町に煙の粒が降り積もる
解決策1 — 外部性を価格に取り込む
古典的な処方は、こぼれた費用や便益を税や補助金で価格に埋め込むことです。汚染1単位あたりの被害に等しい税 — ピグー税 — を課せば、企業は汚染の費用を自分の損得として意識し、生産量は社会的最適まで下がります。炭素税はこの発想の現代版です。正の外部性には補助金を出します。予防接種の公費負担や研究開発への助成は、本人の得だけでは少なすぎる活動を後押しする仕掛けです。どちらも租税や補助金で「外部性を当事者の損得に変換する」操作で、経済学ではこれを外部性の内部化と呼びます。
日本では、化石燃料にCO2排出量に応じて上乗せする地球温暖化対策税が2012年に導入され、2016年度からCO2 1トンあたり289円になっています。2026年度からは、一定規模以上の排出事業者に参加を義務づける排出量取引制度(GX-ETS)が本格的に動き出し、2028年度からは化石燃料の輸入事業者などに化石燃料賦課金が課される予定です。
解決策2 — 当事者間の交渉と権利の設計
もう一つの系譜が、ロナルド・コースの1960年の論文「社会的費用の問題」です。コースはピグーと同じ鉄道の火の粉の例を取り上げ直し、問題の見方をひっくり返しました。火の粉の被害は「鉄道が農家に与えた害」であると同時に、「農家が線路の脇で作物を育てることが鉄道に課す制約」でもある — 害は相互的だ、というのです。
そのうえでコースは、交渉にかかる費用(取引費用)がゼロなら、「煙を出す権利」と「きれいな空気への権利」のどちらを最初に誰に与えても、当事者どうしの交渉で同じ効率的な結果に行き着くことを示しました(コースの定理)。権利を農家に与えれば鉄道が補償を払って走り、鉄道に与えれば農家がお金を払って運行を減らしてもらう — お金の流れる向きは変わっても、火の粉の量は同じになります。現実には被害者が多数に散らばる公害などで交渉の費用が莫大になるため万能ではありませんが、「権利を設計すれば市場に解かせられる」という発想は、汚染の権利を数量で区切って売買させる排出量取引として実務に生きています。
解決策3 — 直接規制
排ガス基準、操業時間の制限、禁煙区域のような直接規制も、現実には多く使われます。価格による誘導と比べると柔軟さで劣ります(削減が安い企業も高い企業も一律に縛られる)が、被害の上限を確実に抑えたいときや、監視・執行が単純なときには有効です。実務では、税・取引制度・規制を組み合わせて使います。
実務での使いどころと落とし穴
外部性というレンズは、公害以外にも広く使えます。都市の渋滞は「自分が道路に加わることで他の全員を少しずつ遅くする」負の外部性で、混雑課金はそのピグー税です。利用者が増えるほど全員の便益が上がる現象は、正の外部性の一種(ネットワーク外部性、ネットワーク効果)です。誰も排除できない公共財の過少供給や、共有の資源を取りすぎる共有地の悲劇も、外部性の極端な形として理解できます。
落とし穴もあります。第一に、価格の変化を通じた影響は外部性ではありません。人気のカフェが隣にできて自分の店の客が減っても、それは市場の競争の結果で、価格がきちんと情報を運んでいます(「金銭的外部性」と呼ばれ、効率を損なわないので処方は不要です)。外部性として問題になるのは、煙や感染のように価格を通らずに相手の効用や費用を直接動かす影響(技術的外部性)です。第二に、被害額の測定は難しく、税率を誤れば過剰にも過少にもなります。第三に、「外部性がある」ことは自動的に政府の介入を正当化しません。介入そのものの費用や失敗(政府の失敗)と比べて初めて、どの解決策が良いかが決まります(市場の失敗)。
試問
ワクチンの市場です。打った人は、自分だけでなく周りの人も守ります。周りへの便益の大きさは挑むたびに変わります。
ワクチンの市場です。打った人は自分が守られるだけでなく、周りへの感染も減らします。紫の線(補助金を出したあとの供給)をつかんで下げ、取引量を社会にとって最適な量に合わせてください。
緑青=需要(本人の便益)、緑の破線=社会的便益(本人+周りへの便益)、金=供給、紫=補助金後の供給。朱の三角形=作らなすぎによる死荷重
