推測統計●●●●●

検出力とサンプルサイズ

Statistical Power and Sample Sizeけんしゅつりょくとさんぷるさいず

本当にある差を検定が見つけられる確率と、それを保証する標本数の設計

概要

検出力(statistical power)とは、「母集団に本当に差があるとき、検定がそれを正しく見つけ出す確率」です。第一種・第二種の過誤の言葉で言えば、見逃しの確率 β の裏返しで、検出力 = 1 − β と定義されます。検出力80%の実験とは、本物の効果が存在する場合に5回中4回はそれを有意として検出できる設計、ということです。

検出力は主に4つの要素で決まります。効果の大きさ(効果量)、標本サイズ、有意水準 α、そしてデータのばらつきです。このうち実験者が自由に動かせるのは主に標本サイズなので、「目標の検出力(慣習的に80%)を達成するには何件のデータが必要か」を逆算する手続き — サンプルサイズ設計(検出力分析)— が実務の中心になります。

検出力を考えずに行った実験は、差を見つけられなかったとき「差がないのか、単に力不足だったのか」を区別できません。臨床試験やA/Bテストで実験前にサンプルサイズを固定するのは、この曖昧さを避け、結果を解釈可能にするためです。

なぜ生まれたか

フィッシャー流の検定には「偽陽性を α で抑える」仕組みはあっても、「本物の差をどれくらい拾えるか」を測る物差しがありませんでした。標本10件の実験も1万件の実験も、同じ「有意水準5%の検定」として扱われてしまう。しかし直感的には、小さすぎる実験は本物の効果すら検出できない「最初から負けが決まった勝負」です。ネイマンとピアソンが第二種の過誤 β を定義したことで、初めて「この検定は本物の差を確率 1 − β で検出できる」と検定の性能を定量的に語れるようになりました。

この概念を実務の道具に育てたのが心理学者コーエンです。彼は1960年代に心理学論文の検出力を調査し、典型的な研究の検出力が50%を下回る — コイン投げより当てにならない — ことを示して警鐘を鳴らしました。検出力不足の研究は、本物の効果を見逃すだけでなく、「たまたま有意になった誇張された効果」ばかりが出版される歪みも生みます。実験を始める前に効果量を見積もり、必要なサンプルサイズを計算するという現在の標準手続きは、この反省から定着したものです。

詳細

検出力を絵で見る

帰無仮説のもとでの検定統計量の分布と、対立仮説(本当に差がある世界)のもとでの分布を並べて描くと、α・β・検出力の関係が一枚で見えます。棄却のしきい値より右側について、帰無分布の裾の面積が α、対立分布の面積が検出力です。しきい値より左に残った対立分布の面積が、見逃し β になります。

帰無仮説の世界本当は差がない対立仮説の世界本当は差がある棄却しきい値αβ(見逃し)検出力 1−β差 = 0真の差二つの分布が離れるほど、また幅が細いほど、重なりが減って検出力が上がる
帰無分布と対立分布 — しきい値が α と β を切り分け、対立分布の右側の面積が検出力 1−β

この図から検出力を上げる方法がすべて読み取れます。二つの山を左右に引き離す(効果量が大きい)、山を細くする(標本を増やして標準誤差を小さくする、測定のばらつきを減らす)、しきい値を左に動かす(α を緩める)。α を緩める案は偽陽性の増加と引き換えなので通常は取らず、実務の主役は標本サイズになります。

下の部品で効果量・標本サイズ・α を実際に動かすと、二つの山と α・β・検出力の面積がどう連動するかを確かめられます。

⚡ 体験: 効果量・n・α で検出力がどう動くか
効果量 d
有意水準 α
標本サイズ n = 30
棄却しきい値差 = 0真の差 d = 0.5α = 5%(偽陽性)β = 14%(見逃し)検出力 1−β = 86%
検出力 86.3%この d と α で検出力80%に必要な n ≈ 25

検出力 86%。二つの山がほぼ分離し、本物の差なら86%の確率で棄却域に落ちます。80%の目安を達成しています。

サンプルサイズ設計の手順

実験前の検出力分析は、次の逆算として行います。まず検出したい最小の効果量を決めます(過去研究の値や、「これより小さい差ならビジネス上意味がない」という実質的な判断から)。次に α(通常5%)と目標検出力(通常80%、重要な試験では90%)を置き、この3つを満たす標本サイズを計算します。たとえば2群の平均を比べるt検定で中程度の効果量(Cohenのdで0.5)を検出力80%で捉えるには、1群あたりおよそ64件が必要です。効果量が半分(d=0.25)になると必要数は約4倍に跳ね上がります — 検出したい差が小さいほど、必要な標本は差の2乗に反比例して増えるのです。

集められる

多すぎて無理

検出したい最小の効果量を決める

αと目標検出力を設定する

必要サンプルサイズを計算する

現実的に集められるか

実験を実施して検定する

測定精度の改善・効果を大きくする工夫・実験計画の見直し

計算した必要数が現実的でない場合、「とりあえず集められる分だけで実験する」のは悪手です。検出力不足の実験は結果がどちらに転んでも解釈できないため、測定のばらつきを減らす、より感度の高いデザイン(対応のある比較など)に変える、といった設計の見直しに戻るのが正しい対処です。

検出力不足がもたらす二重の害

検出力の低い研究の害は「見逃し」だけではありません。より陰湿なのは、有意になった結果の質が下がることです。検出力20%の実験で有意差が出たとすると、それは「本物の効果がたまたま強めに観測された幸運な標本」か「偽陽性」のどちらかです。いずれにせよ報告される効果量は真の値より誇張されがちで(勝者の呪いと呼ばれます)、追試すると効果が縮む・消えるという再現性の問題の主要因になっています。標本抽出を増やした追試や多重比較の管理と並んで、事前の検出力設計は再現可能な科学の基本装備です。

実務での注意点

事後検出力(observed power)— 得られたデータの効果量を使って「この実験の検出力は何%だった」と後から計算する値 — は、p値と一対一に対応するだけでほぼ情報を持たず、「有意でなかったが事後検出力も低いので差はあるかもしれない」という循環論法に使われがちです。検出力分析はあくまで実験前の設計道具と心得てください。また、A/Bテストで「有意になるまでデータを集め続けて、有意になった瞬間に止める」運用は α を大きく水増しします。サンプルサイズを事前に固定するか、逐次検定用に設計された手法を使うことが、検出力設計とセットで守るべき規律です。