推測統計●●○○○

母集団と標本

Population and Sample ・ ぼしゅうだんとひょうほん

知りたい全体(母集団)を、取り出した一部(標本)から推し量る枠組み

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概要

母集団と標本は、推測統計のすべての土台になる枠組みです。母集団とは「本当に知りたい対象の全体」を指します。日本の有権者全員、工場で生産される製品のすべて、あるサービスの全ユーザー — 調査の目的によって母集団は変わります。一方の標本は、その母集団から実際に取り出して観測した一部分のことです。出口調査で声をかけた数千人、検査のために抜き取った数十個の製品が標本にあたります。

この枠組みの核心は、「一部しか見ていないのに、全体について語る」という一見無茶な跳躍を、確率の言葉で正当化することにあります。標本から計算した平均や比率はあくまで標本の値であって、母集団の真の値とは少しずれています。そのずれがどの程度の大きさになりうるかを見積もり、制御する — これが推測統計と呼ばれる分野の仕事であり、仮説検定や信頼区間はすべてこの母集団と標本の区別の上に組み立てられています。

日常の言葉では「サンプル」は単なる「例」の意味で使われますが、統計学の標本は「母集団を代表するように選ばれた一部」という厳密な役割を持ちます。そして「代表するように」を保証するのは標本の大きさではなく、選び方です。この区別を意識できるかどうかが、データから結論を引き出すときの信頼性を大きく左右します。

なぜ生まれたか

全体を知りたいなら全部調べればよい — これが最も素朴な発想で、実際に国勢調査のような全数調査は古くから行われてきました。しかし全数調査には根本的な限界があります。費用と時間が膨大にかかること、そして製品の耐久試験のように「調べると対象が壊れてしまう」場合はそもそも全数調査が不可能なことです。電球の寿命を全数検査したら、売る電球が一つも残りません。

19世紀末、ノルウェーの統計家キエールが「全体の縮図になるように一部を選んで調べる」代表法を提唱しましたが、当初は「一部で全体を語るのは不正確だ」と強い反対を受けました。選び方を調査者の判断に任せる限り、結果が全体を代表している保証がなかったからです。これに理論的な答えを与えたのが、1934年のネイマンの論文です。調査者が「典型的」だと思うものを選ぶ有意選出より、くじ引きで選ぶ無作為抽出のほうが、誤差の大きさを確率で評価できるぶん優れていることを示し、層化抽出の最適な配分まで導きました。

この考え方の正しさを世に印象づけたのが1936年のアメリカ大統領選挙です。雑誌リテラリー・ダイジェストは約1000万通の模擬投票用紙を送り、約240万通の回答からランドン勝利を予測しましたが、結果はルーズベルトの圧勝でした。送付先を電話帳や自動車登録から選んだため裕福な層に偏っていた、と長く説明されてきましたが、後年の研究(Squire, 1988)では、回答を返送した人がもともとランドン支持に偏っていた無回答バイアスの影響のほうが大きかったと分析されています。一方、ギャラップは約5万人という桁違いに小さな標本でルーズベルトの勝利を当てました。「標本は大きさよりも選び方が重要」という教訓は、ここから世論調査の常識になっていきます(ただしギャラップの割当法も1948年の選挙で予測を外し、その後は無作為抽出にもとづく方法へ移っていきます)。

詳細

母数と統計量 — 知りたい値と手元の値

母集団の特徴を表す真の値(母平均 μ、母分散 σ² など)を「母数(パラメータ)」と呼びます。これは神様だけが知っている固定の値で、私たちが直接観測することはできません。一方、標本から計算した値(標本平均 x̄ など)は「統計量」と呼ばれ、こちらは手元のデータからいつでも計算できます。推測統計とは、観測できる統計量を手がかりに、観測できない母数を推し量る営みだと言えます。統計の教科書で μ と x̄ のように記号が使い分けられているのは、この「知りたい値」と「手元の値」を混同しないためです。統計量のうち母数を言い当てるために使うものを推定量と呼び、その良し悪しの基準は推定量と不偏性で扱います。

母集団知りたい全体 — 真の値 μ は観測できない標本観測した一部 — x̄ を計算できる無作為抽出推測 — 検定や区間推定
母集団と標本の関係 — 一部を抽出し、そこから全体を推測する

無作為抽出 — 偏りを確率で封じる

標本が母集団を代表するための基本原理が「無作為抽出(ランダムサンプリング)」です。母集団のどの個体も等しい確率で選ばれるようにくじ引きの要領で標本を選ぶと、特定の性質を持つ個体だけが集まる系統的な偏りを避けられます。重要なのは、無作為抽出をしても標本の値が真の値に一致するわけではない、という点です。偶然によるずれ(標本誤差)は必ず残ります。しかし無作為抽出のもとでは、このずれが確率分布に従うため、「ずれの大きさがどの程度か」を数学的に見積もれるようになります。偏りを消すのではなく、偏りを「計算可能な偶然」に置き換える — これが無作為抽出の本当の価値です。

実務では単純な無作為抽出のほかに、母集団を年代や地域などの層に分けて各層から抽出する「層化抽出」、学校や町丁目のようなまとまりを単位に選ぶ「クラスタ抽出」、名簿から一定間隔で選ぶ「系統抽出」などが使われます。層化抽出は層の間の違いを確実に標本へ反映させるので精度が上がり、クラスタ抽出は訪問の手間を減らす代わりに精度が落ちます。いずれも、無作為性を保ちながら調査コストと精度の釣り合いを取る工夫です。

標本誤差と偏り — 大きな標本は偏りを直さない

標本から得た推定値のずれには、性質のまったく違う2種類があります。1つは無作為抽出でも避けられない偶然の揺れ(標本誤差)で、標本を大きくすれば小さくなります。もう1つは選び方そのものが生む系統的なずれ(偏り、バイアス)で、こちらは標本をいくら大きくしても消えません。大きな偏った標本は、間違った答えを自信満々に示すだけです。下の部品で、駅前で声をかける「便宜抽出」や、意見を送ってもらう「自発的回答」を選び、標本の大きさを変えながら推定値を積み上げてみてください。

⚡ 体験: 選び方で推定値はどこに積み上がるか
選び方
標本の大きさ n
町の 1500 人(母集団)明るい点ほど賛成標本平均の積み上がり(n=40)無作為抽出駅前で声かけ自発的回答真の平均 μ=47.7
真の平均 μ47.7今回の標本平均—無作為の推定値の平均—ずれ—

町の 1500 人(明るい点ほど再開発に賛成)から n 人を選び、その平均を下の段に落とします。まず「無作為抽出」で何度か取り、次に「駅前で声かけ」に切り替えて比べてください。

上: 町の 1500 人(明るいほど賛成度が高い。駅の近くほど賛成が多い)。下: 選び方ごとの「標本平均」の積み上がり

無作為抽出の山は真の平均を中心に積み上がり、n を大きくするほど細くなります。便宜抽出の山も細くはなりますが、中心は真の値からずれた場所に留まります。リテラリー・ダイジェストの240万人が数千人の無作為標本に負けたのは、まさにこの構図です。

標本の大きさと精度

無作為抽出のもとでは、標本を大きくするほど推定は正確になりますが、その効き方には法則があります。標本平均のばらつき(標準誤差)は、標本の大きさ n の平方根に反比例して小さくなります。つまり精度を2倍にしたければ標本は4倍必要です。この「√n の法則」は、全国規模の世論調査が数千人規模で頭打ちになる理由でもあります。ある程度を超えると、標本を増やしても精度の改善がコストに見合わなくなるのです。そもそも標本平均が n を増やすと真の値に近づくこと自体は大数の法則が保証し、その揺れがどんな形になるかは中心極限定理が教えてくれます。

意外に思われますが、母集団が標本より十分に大きければ、必要な標本の大きさは母集団の大きさにほとんど依存しません。人口1億人の国でも10万人の市でも、支持率を±3ポイント程度で知るのに必要な無作為標本はおよそ1000人です。スープの味見は、鍋が大きくても一口で足ります — よくかき混ぜてあれば。

落とし穴 — 統計以前に標本設計で失敗する

分析の失敗の多くは、計算ではなく標本の選び方の段階で起きています。代表的なのが選択バイアスで、調べやすい対象だけを調べてしまう偏りです。Webアンケートは「そのサービスを使い続けている人」しか答えられませんし、顧客満足度調査は「まだ顧客でいる人」の声しか拾えません。撃墜されずに帰還した爆撃機の被弾箇所だけを見て装甲を厚くする箇所を決めようとした逸話で知られる生存者バイアスは、この構造を象徴しています。

また、回答を拒否した人と回答した人で性質が異なる「無回答バイアス」も世論調査の古典的な難問で、近年は電話調査の回答率が1割を切ることも珍しくありません。無回答はデータの上では欠損値として現れ、欠け方が回答内容と関係しているなら、単に除外するだけで結論が歪みます。調査の前に「誰が名簿に載っていないか(カバレッジ)」「誰が答えてくれないか(無回答)」を点検すること、そして「その標本はどの母集団から、どうやって取り出されたのか」を問う習慣が、統計リテラシーの第一歩です。

試問

町の 1500 人(駅に近い人ほど駅前再開発に賛成)から n 人を選び、その賛成度の平均(標本平均)で町全体の平均を推定します。選び方(無作為抽出・駅前で声かけ・自発的回答)と n を選んで標本を取ると、標本平均が下の段に積み上がります。この試問では、選び方と n の組み合わせごとの標本平均が、n を切り替えても記録に残ります。

✦ 命題挑戦中

「駅前で声かけ」した 160 人の標本より、たった 10 人の標本のほうが平均的に真の平均に近くなる選び方を見つけ、実際に積んで示せ

  • 「駅前で声かけ」・n=160 で標本平均を 30 個以上積む
  • n=10 のどれかの選び方で標本平均を 30 個以上積む
  • その n=10 の平均的な外れが、駅前・n=160 の半分以下
⚡ 体験: 選び方と n を組み合わせて、標本平均を積む
選び方
標本の大きさ n
町の 1500 人(母集団)明るい点ほど賛成標本平均の積み上がり(n=40)無作為抽出駅前で声かけ自発的回答真の平均 μ=47.7
真の平均 μ47.7今回の標本平均—無作為の推定値の平均—ずれ—

町の 1500 人(明るい点ほど再開発に賛成)から n 人を選び、その平均を下の段に落とします。まず「無作為抽出」で何度か取り、次に「駅前で声かけ」に切り替えて比べてください。

上: 町の 1500 人(明るいほど賛成度が高い。駅の近くほど賛成が多い)。下: 選び方ごとの「標本平均」の積み上がり