確率分布
Probability Distribution ・ かくりつぶんぷ
起こりうる値とその出やすさの対応表。不確かさを数学で扱う土台
✦ 30秒で試す — 航海真ん中の50%を囲むより、狭い幅で50%を囲める場所がある値がちょうど1.0ぴったりになる確率は?予想してみる概要
確率分布は、「起こりうる値」と「その出やすさ(確率)」の対応関係をまとめたものです。サイコロなら「1から6の目が、それぞれ確率 1/6 で出る」という対応表がそのまま確率分布です。値が偶然に左右されて決まる量を確率変数と呼び、確率変数の振る舞いを完全に記述するのが確率分布、という関係になっています。
この考え方の強力さは、「まだ起きていないこと」「毎回結果が変わること」を、ひとつの数学的な対象として扱える点にあります。明日の来店客数、製品の寿命、通信の遅延時間 — どれも事前には確定しませんが、「どの値がどれくらい出やすいか」というパターンには規則性があります。そのパターンを分布として捉えれば、平均的にどうなるか、極端な値がどれくらいの頻度で起きるかを計算できるようになります。
手元のデータを要約する代表値や度数分布が「実際に観測された結果」の記述であるのに対し、確率分布は「結果を生み出している仕組み」側のモデルです。ヒストグラムは有限個のデータから描いた分布の影であり、確率分布はその影を落としている本体だと考えると区別しやすくなります。この区別が、記述統計から推測統計へ進むための土台になります。
なぜ生まれたか
確率論の出発点は17世紀、賭博の掛け金の分配問題をめぐるパスカルとフェルマーの往復書簡だとされています。「ゲームが途中で中断されたら、掛け金をどう分けるのが公平か」— この問いに答えるには、「これから起こりうる展開のそれぞれに、どれだけの見込みがあるか」を数え上げる必要がありました。起こりうる結果の全体と、それぞれの起こりやすさを列挙する、という確率分布の原型がここにあります。
ところが、扱いたい対象が保険(死亡年齢)や天文学(観測誤差)へ広がると、値を1つずつ列挙する方法が通用しなくなりました。誤差や身長のような連続的な量では、「ちょうどこの値」になる確率はどれも 0 になってしまうからです。18世紀のド・モアブルやラプラス、19世紀初頭のガウスは、確率を「曲線の下の面積」として表す密度の考え方でこの壁を越え、誤差の分布を議論できるようにしました。さらに1933年、コルモゴロフが確率を公理から組み立て直し、離散も連続も「値がそこ以下になる確率」(累積分布関数)という1つの言葉で扱えるようにしました。
こうして「結果は1回ごとにばらつくが、多数を集めるとパターンが現れる」という現象を、分野を問わず同じ道具で扱えるようになりました。個々の結果は予測できなくても、分布さえ分かれば集団としての振る舞いは予測できる — この転換が、不確かさを科学の対象に変えたのです。保険料の設定も、品質管理も、機械学習も、すべて「現実のばらつきを確率分布でモデル化する」という一手の上に成り立っています。
詳細
離散と連続 — 2種類の分布
確率分布は、確率変数が取る値の種類によって2つに大別されます。サイコロの目やコイン投げの表の回数のように、値が飛び飛び(離散的)の場合は、「値ごとの確率」をそのまま列挙できます。これを確率質量関数と呼び、全部の確率を足すと1になります。
一方、身長や待ち時間のように値が連続的な場合、「ちょうど170.000…cmになる確率」は0になってしまうため、値ごとの確率は定義できません。代わりに「確率の濃さ」を表す曲線(確率密度関数)を考え、「170cm以上175cm以下になる確率」のように範囲で確率を測ります。確率は曲線の下の面積に対応し、全範囲の面積は1です。ヒストグラムの棒を無限に細くしていくと滑らかな曲線になる、とイメージすると離散と連続がつながります。
ここで注意したいのは、密度の値そのものは確率ではないことです。密度は「単位幅あたりの確率」なので、単位をメートルからミリメートルに変えれば値は1000分の1になり、逆に幅の狭い分布では密度が1を超えることも普通にあります。確率として意味を持つのは、あくまで密度に幅を掛けた面積です。
累積分布関数 — 離散と連続を1本の曲線で
離散と連続を統一的に扱うのが累積分布関数 F(x) です。F(x) は「確率変数が x 以下になる確率」で、左端の 0 から右端の 1 まで、決して下がらずに上っていく曲線になります。区間 a から b に入る確率は F(b) − F(a)、つまり累積の「高さの差」で読めます。連続分布では、密度関数は累積分布関数の傾きにあたります。密度が高い場所ほど F は急に上り、密度の低い裾ではほとんど平らです。離散分布の累積分布関数は、値ごとの確率のぶんだけ段差を上る階段になります。
累積分布関数を逆向きに読むと、「確率 p になる x はどこか」、つまり分位数が得られます。中央値は F(x) = 0.5 となる x です。上の例では平均は 5 分ですが中央値は約 4.2 分で、右に長い裾を引く分布では両者がずれることも累積分布関数から直接読めます。a と b を動かして、面積と高さの差が一致することを確かめてみてください。
軸の上の金色の丸 a・b をつかんで動かしてください。上の塗った面積と、下の曲線の高さの差は、いつも同じ数になります。
上: 確率密度(離散なら各値の確率の棒)。下: 累積分布関数 F(x) = 「x 以下になる確率」。金色の範囲はどちらも P(a < X ≤ b)
分布を特徴づける量
分布の形をいちいち全部伝えなくても、いくつかの要約量で特徴を語れます。中心の位置を表すのが期待値(分布版の平均、記号では μ)で、確率で重み付けした平均として定義されます。広がりを表すのが分布の分散・標準偏差(σ)で、考え方はデータの分散と標準偏差と同じです。左右の非対称さや裾の重さは歪度と尖度で表します。多くの実用的な分布は、少数のパラメータ(母数)を決めるだけで形が完全に決まるため、「現実の現象に合う分布の種類を選び、パラメータをデータから推定する」のが統計モデリングの基本動作になります。
ただし、平均と分散が同じでも分布の形がまったく違うことはよくあります。平均 5・標準偏差 5 の分布は、指数分布のように 0 付近に密集して長い裾を持つこともあれば、0 と 10 の2か所にほぼ半々で集まる二山の形のこともあります。要約量は分布の「影」でしかないので、判断の前にヒストグラムや累積分布を一度は目で見ることが大切です。
代表的な分布のカタログ
よく使われる分布には名前が付いていて、それぞれが特定の「ばらつきの仕組み」に対応しています。表と裏のような2択の試行を n 回繰り返したときの成功回数は二項分布に従います。一定期間に起きる稀な事象の回数(1時間あたりの問い合わせ件数など)はポアソン分布、次の事象が起きるまでの待ち時間は指数分布でモデル化されるのが定番です。どの値も同じ出やすさなら一様分布です。そして連続分布の中心にいるのが、釣鐘型の正規分布です。多数の小さな偶然が足し合わさった量が正規分布に近づくこと(中心極限定理)から、自然界にも人工物にも広く現れます。一方、小さな要因が掛け算で効く量は対数正規分布に、所得や都市人口のような極端な裾を持つ量はべき乗則に近い形になります。
現象に対して分布を選ぶ行為は「この現象はこういう仕組みでばらついている」という仮説の表明です。回数のデータに二項分布を選ぶのは「独立な試行の繰り返し」という仮定を置くことであり、仮定が外れていれば予測も外れます。分布選びは単なる当てはめではなく、モデリング上の意思決定です。
実務での落とし穴
1つ目は、観測データの分布と理論分布の混同です。ヒストグラムは有限個のデータから作るので、ビンの幅や標本の大きさによって形が揺れます。「ヒストグラムがでこぼこだから正規分布ではない」と早合点したり、逆に「なんとなく釣鐘だから正規分布」と決めつけたりしがちです。理論分布との一致は、分位数どうしを突き合わせるQ-Qプロット(残差分析とモデル診断を参照)のように、形の比べやすい方法で確かめます。
2つ目は、裾(めったに起きない極端な値)の軽視です。分布の中央付近はどの候補でもよく合うのに、裾の確率は分布の選び方で桁違いに変わります。在庫切れ、システムの過負荷、金融の損失など、実務で痛いのはたいてい裾の側です。「中心がよく合っている」ことは「裾も正しい」ことを保証しません。
3つ目は、離散と連続の取り違えです。件数のように小さな整数しか取らないデータに連続分布を当てはめると、負の値や「2.4件」に確率を割り振ってしまいます。逆に、細かく丸めた連続量(年齢や金額)は離散のように見えても、連続分布で扱う方が自然なことが多いです。値の取りうる範囲(0以上か、上限があるか、整数か)を最初に確認するのが、分布選びの第一歩です。
推測統計への橋渡し
確率分布は、推測統計の言葉そのものです。母集団と標本の枠組みでは、母集団を「ある確率分布」とみなし、手元のデータをそこからの抽出と考えます。仮説検定は「仮説が正しいとしたら、この結果が出る確率はどの分布で計算できるか」を問い、信頼区間は推定値のばらつきを分布として捉えることで幅を導きます。最尤推定は「このデータを最も出しやすい分布のパラメータ」を探す方法です。確率分布という語彙を押さえることは、この先の推測統計の議論をすべて読めるようになるための、いわば文法の習得です。
試問
バスの待ち時間のように右へ長い裾を引く分布です。上段の曲線の下で区間 a〜b を囲んだ面積が、その区間に入る確率になります(下段は同じ確率を累積の高さの差で示したもの)。軸の上の金色の丸 a・b をつかんで区間を動かしてください(はじめは右の裾に置いてあります)。
軸の上の金色の丸 a・b をつかんで動かしてください。上の塗った面積と、下の曲線の高さの差は、いつも同じ数になります。
上: 確率密度(離散なら各値の確率の棒)。下: 累積分布関数 F(x) = 「x 以下になる確率」。金色の範囲はどちらも P(a < X ≤ b)
