指数分布
Exponential Distribution ・ しすうぶんぷ
次の事象が起きるまでの待ち時間が従う分布。無記憶性が最大の特徴
✦ 30秒で試す — 航海8割がもう乗ったのに、残った人の待ち時間は縮まないあなたがこの先さらに待つ時間は、平均で?予想してみる概要
指数分布は、ランダムに起きる事象について「次の1回が起きるまでの待ち時間」が従う確率分布です。次の電話が鳴るまでの時間、次のリクエストがサーバーに届くまでの間隔、機械が次に故障するまでの稼働時間、放射性原子が崩壊するまでの寿命 — 「いつ起きるか分からないが、平均ペースは決まっている」現象の待ち時間は、みなこの分布でモデル化されます。
グラフに描くと、時刻ゼロで密度が最大になり、そこから右へ滑らかに減衰していく曲線になります。つまり「短い待ち時間ほど起こりやすく、長い待ち時間ほど指数的に珍しくなる」形です。パラメータは事象の平均発生ペース λ(ラムダ)ひとつだけで、平均待ち時間はその逆数 1/λ になります。「1時間に平均4件」なら平均待ち時間は15分、という具合です。
指数分布を特別な存在にしているのは「無記憶性」という性質です。すでにどれだけ待ったかは、この先どれだけ待つかにいっさい影響しない — 過去を覚えていない、という意味です。この一見奇妙な性質が、指数分布を数学的にただひとつの存在にし、同時に「使ってよい場面」と「使ってはいけない場面」の境界線にもなっています。
なぜ生まれたか
19世紀末から20世紀初頭、「回数」の統計であるポアソン分布が普及する一方で、実務では「間隔」を問う問題が次々に現れました。決定打になったのは電話網の設計です。コペンハーゲン電話会社の技術者アーランは1909年、電話の呼び出しがランダムに到着する様子を確率論で分析した論文を発表し、交換手や回線を何本用意すべきかという設備投資の問題に答えようとしました。事象が互いに独立に一定ペースで起きるなら、間隔の分布は指数関数的に減衰する形にならざるを得ない — こうして指数分布は待ち行列理論の基礎部品として確立しました。
同じ頃、物理学でも別の経路から同じ分布が現れます。1902年ごろ、ラザフォードとソディが放射性崩壊を調べると、原子が崩壊するまでの寿命は「これまでどれだけ生きたか」に関係なく、常に同じ減衰則に従っていました。古びない・劣化しない純粋なランダム性の寿命は指数分布になる — 電話と原子核というかけ離れた対象が同じ数式に行き着いたことは、この分布が個別の応用を超えた普遍的な構造であることを示しています。
詳細
減衰する密度と「半減期」の読み方
指数分布の密度は時刻0で最も高く、時間とともに一定の割合で減衰します。「待ち時間が t を超える確率」は e のマイナス λt 乗というシンプルな式になり、平均 1/λ だけ待っても事象がまだ起きていない確率は約37%(e の逆数)です。裏返すと「平均待ち時間以内に起きる確率は約63%」で、五分五分ではないことに注意が必要です。実際、待ち時間の中央値は平均より短く、平均の約69%(ln2/λ)の位置にあります。放射性崩壊でいう「半減期」はまさにこの中央値で、どの時点から数えても、残っている原子の半分が崩壊するまでの時間は同じです。少数の「異常に長い待ち」が平均を押し上げる、右に裾を引いた非対称な分布だからです。
無記憶性 — 過去は未来を変えない
無記憶性を条件付き確率の言葉で言うと、「すでに s 待った」という条件のもとで「さらに t 以上待つ」確率は、条件なしで「t 以上待つ」確率と等しい、となります。バス停でたとえるなら、完全にランダムに来るバスを10分待った人と、いま着いたばかりの人とで、この先の待ち時間の見通しはまったく同じです。「もうだいぶ待ったから、そろそろ来るはず」という直感は、指数分布の世界では錯覚です。連続分布の中でこの性質を持つのは指数分布ただひとつであり(離散では幾何分布)、無記憶性は指数分布の定義そのものと言ってよい特徴です。
式で確かめると一行です。t 以上待つ確率は e^(−λt) なので、「s 待った後さらに t 以上」の確率は e^(−λ(s+t)) ÷ e^(−λs) = e^(−λt) となり、s が消えます。図で言えば、時刻 s より後ろの裾を切り出して左へずらし、面積を 1 に戻すと、最初の曲線と寸分違わず重なる、ということです。指数関数は「どこで切っても同じ形の裾」を持つ唯一の曲線だからです。
言い換えると、指数分布では「まだ起きていないものが、次の一瞬に起きる確率」(信頼性工学や生存時間分析でハザード率と呼ぶ量)が、時間によらず一定の λ です。これが「劣化も慣らしもない」ことの正体です。100人の待ち時間を並べて「すでに t 分待った」を動かし、残り時間の分布が元と同じ形に戻るか、時刻表どおりに来るバスと比べて確かめてみてください。
100人がバス停で待った時間を、短い順に横棒で並べました。上の金色の丸を右へドラッグして「すでに t 分待った」にしてください。離すと、まだ待っている人の棒が残り時間に揃い直します。
左: 100人の待ち時間(短い順)。灰色 = すでに待った t 分、金 = 残り時間。右: 残り時間の分布(金)と最初の分布(点線)
ポアソン分布との表裏一体
事象が独立に一定の平均ペース λ で起き続ける「ポアソン過程」では、一定時間内の発生回数はポアソン分布に、発生の間隔は指数分布に従います。同じランダム現象の「回数の顔」と「間隔の顔」であり、片方を仮定すればもう片方は自動的に決まります。実際、「待ち時間が t を超える確率」は「時間 t の間に発生回数が0回である確率」と同じ事柄の言い換えです。シミュレーションでポアソン過程を作るときも、指数分布に従う乱数で間隔を次々に生成していく方法が標準的です。
実務での使いどころ
指数分布の主戦場は、待ち行列と信頼性の世界です。待ち行列理論では「到着間隔もサービス時間も指数分布」というモデルを基本形として、コールセンターの要員数、サーバーの応答遅延、窓口の行列の長さを見積もります。信頼性工学では、偶発的に壊れる部品の寿命モデルとして使われ、「平均故障間隔(MTBF)」という指標は指数分布の平均 1/λ に対応します。稼働率の目標からバックアップ機の台数を決める、SLA違反の確率を見積もる、といった計算の足元には指数分布がいます。
「劣化するもの」には使えない
最大の落とし穴は、無記憶性が成り立たない対象への適用です。人間の寿命や機械の摩耗故障は「古いほど壊れやすい」性質を持ち、経過時間が未来に影響するため指数分布では表せません。こうした場合は、故障率(ハザード率)が時間とともに変化することを表現できるワイブル分布などの拡張が使われ、生存時間分析の道具立てで扱います。逆に言えば、指数分布を仮定するとは「劣化も慣らし運転もない、純粋な偶発故障だけの世界」を仮定することです。また、待ち時間の期待値だけ見て「平均15分だから15分待てばだいたい来る」と考えるのも、右に裾を引いた分布では危険です。平均待ち時間の2倍(30分)待っても来ない確率がまだ約14%、3倍でも約5%残ります。
無記憶性は「待ち時間のパラドックス」も生みます。平均10分間隔でランダムに来るバスの停留所に、でたらめな時刻に着いた人の平均待ち時間は、間隔の半分の5分ではなく10分です。でたらめに着く人は、短い間隔より長い間隔の中に落ちやすいからで(長い間隔ほど「的」が大きい)、着いた人が体験する間隔の平均は20分に伸びます。利用者アンケートの待ち時間が運行記録の平均間隔より長く出るのは、必ずしも不満の誇張ではありません。分布の形と無記憶性という前提を意識することが、指数分布を道具として正しく使う条件です。
試問
バス停で100人が次のバスを待っています。はじめはバスが時刻表どおり20分おきに来る設定です。バスの来かたと「すでに待った t 分」を動かせます。t 分のあいだにバスが来た人は乗って抜け、まだ待っている人の残り時間が並び直されます。
100人がバス停で待った時間を、短い順に横棒で並べました。上の金色の丸を右へドラッグして「すでに t 分待った」にしてください。離すと、まだ待っている人の棒が残り時間に揃い直します。
左: 100人の待ち時間(短い順)。灰色 = すでに待った t 分、金 = 残り時間。右: 残り時間の分布(金)と最初の分布(点線)
