期待値
Expected Value ・ きたいち
確率で重み付けした平均。分布の重心であり、繰り返したときの平均の行き先
✦ 30秒で試す — 航海半分以上ハズレのくじでも、平均の取り分は大きくできるこのくじの期待値は、最大でいくらまで上げられる?予想してみる概要
期待値は、確率変数が「平均的にどれくらいの値になるか」をひとつの数で表したものです。計算の仕方は「取りうる値それぞれに、その値になる確率を掛けて、すべて足し合わせる」— つまり確率で重み付けした平均です。記号では E[X] と書きます。サイコロ1個の目なら、1から6が等確率 1/6 なので期待値は 3.5。宝くじなら「賞金 × 当選確率」を全等級で合計した値が、1枚あたりに見込める平均のリターンです。確率分布という「値と確率の一覧表」を、たった1つの数に要約する操作だと言えます。
「期待」という名前ですが、次の1回にその値を期待できるという意味ではありません。サイコロで 3.5 の目は出ませんし、宝くじの期待値が150円でも手元の1枚は大抵0円です。期待値が意味を持つのは「同じ試行を何度も繰り返したときの平均」としてであり、この長期的な視点こそが保険・ギャンブル・投資・システム設計など、不確実な意思決定のあらゆる場面で期待値が基準になる理由です。
また期待値は、それ自体が答えであると同時に、他の概念を定義する部品でもあります。分散と標準偏差は「期待値からのずれの2乗の期待値」、共分散は「2変数のずれの積の期待値」。確率の世界の「ものさし」は、ほとんどが期待値を使って組み立てられています。
なぜ生まれたか
期待値の起源は、17世紀の「分配問題(賭けの中断問題)」です。実力伯仲の2人が「先に3勝したら賭け金総取り」で勝負を始め、2勝1敗の時点で中断せざるを得なくなったら、賭け金をどう分けるのが公平か。「これまでの勝ち数で 2:1」という素朴な案は、ゲームを続けていたら起きたはずの未来を無視しています。1654年、パスカルとフェルマーが往復書簡でこの問題を解き、「この先起こりうる展開を場合の数で数え上げ、それぞれの確率で勝敗を重み付けする」— つまり各人の取り分の期待値で分配する、という答えに到達しました。先の例なら、次の1戦で勝っている側が勝てば終わり、負けても五分に戻るので、取り分は 1/2 + 1/2 × 1/2 = 3/4。分け方は 2:1 ではなく 3:1 になります。この書簡が確率論の出発点とされています。
数年後の1657年、ホイヘンスがこの考え方を「期待の値(expectatio)」として体系化した確率論の最初の教科書を著し、期待値は「不確実な状況における公平な価値」の定義として確立しました。まだ起きていない偶然の出来事に「いま値段を付ける」— この発想の転換が、保険料の算定や年金の設計といった実務を数学に載せ、のちの確率論・統計学全体の礎になりました。
詳細
重み付き平均としての期待値 — 「重心」のイメージ
期待値の計算は、確率分布の各値に確率という重みを掛けて足すことです。幾何的には、値を等間隔の目盛りの数直線に並べ、各値の位置に「確率の重さのおもり」を置いたときの重心にあたります。重心とは、板を一点で支えたときに左右どちらにも傾かない点のこと。おもりが板を回そうとする力は「重さ × 支点からの距離」なので、期待値の位置では、左側の「確率 × 距離」の合計と右側の合計がちょうど等しくなります。
この例が示すとおり、期待値 70円は取りうる値(0円・100円・500円)のどれとも一致しません。「一番起こりやすい値」でも「真ん中の値」でもなく、あくまで確率で重み付けした釣り合いの点です。そして10%しかない500円が、支点から遠いぶん、70%の0円と同じだけの力で板を引いています。まれでも極端な値は、期待値を大きく動かす — これが「平均は外れ値に弱い」ことの正体です。下の部品で、確率の棒を上下させて支点の動きを確かめてみてください。
金色の丸(棒の先)を上下に動かして当たる確率を変えると、板が傾きます。三角の支点が釣り合う場所が期待値です。支点を直接つかんで、水平になる位置を探すこともできます。
上: 賞金(横軸は等間隔の金額)に立つ棒の高さ = 当たる確率。三角 = 支点。下: くじを引いた回数(下へ行くほど多い・対数目盛り)と、その時点までの平均賞金
データ側の統計量で言えば、期待値は算術平均に対応します。ただし代表値としての平均が「観測されたデータの合計 ÷ 件数」であるのに対し、期待値は「まだ観測していない偶然の量」に対して理論的に定義される点が異なります。連続型の確率変数では、総和の代わりに確率密度関数を使った積分 E[X] = ∫ x f(x) dx で同じことを行います。やっていることは同じ「重心の計算」です。
線形性 — 期待値が実務で効く最大の理由
期待値には線形性という強力な性質があります。E[X+Y] = E[X] + E[Y]、E[aX + b] = a×E[X] + b。しかも前者は X と Y が独立でなくても常に成り立ちます。「サイコロ100個の目の合計の期待値」は、複雑な場合分けを一切せずに 3.5 × 100 = 350 と即答できます。
線形性は、一見ややこしい問題を「小さな指示変数の和」に分解する技も可能にします。たとえば「n 通の手紙を封筒にランダムに入れたとき、正しい封筒に入る通数の期待値」は、1通ずつ「正しく入れば1、そうでなければ0」という変数を考えると、それぞれの期待値が 1/n なので合計はつねに 1 です(手紙どうしは独立ではないのに、です)。複雑なシステムの期待コストを部品ごとの期待値の和に分解する、施策の期待効果を要素ごとに積み上げる — 実務で期待値がここまで使われるのは、この分解可能性のおかげです。一方、分散にはこの無条件の加法性がなく、和の分散には共分散の項が現れます。
期待値と現実をつなぐ — 大数の法則
「期待値は長期的な平均」という解釈を保証するのが大数の法則です。試行を独立に繰り返すと、実際の平均は試行回数の増加とともに期待値へ収束していきます。上の部品の「1000回引く」で、平均の軌跡が支点の真下へ吸い寄せられていくのがこれです。カジノが客に負け続けないのも、保険会社が保険料を設計できるのも、個々の結果は読めなくても大量に束ねれば期待値どおりに落ち着くからです。逆に言えば、計算で期待値を求めにくい複雑な問題でも、乱数でシミュレーションを大量に走らせて平均を取れば期待値を近似できます。これがモンテカルロ法の原理です。
期待値で判断するときの落とし穴
第一の落とし穴は、期待値が同じでも中身がまるで違うことです。期待値が同じ +5万円でも、「確実に5万円」と「90%の確率で −50万円、10%の確率で +500万円」ではまったく別の話です。判断には期待値と並んでばらつき(分散と標準偏差)や、最悪の場合にいくら失うかを見る必要があります。1回きりで破産が許されない意思決定ほど、期待値だけで選ぶのは危険です。
第二は、「平均値を入れた計算」と「計算結果の平均」は一致しないことです。E[X+Y] は分解できても、2乗や割り算のような非線形な変換では E[f(X)] ≠ f(E[X]) になります。行きは時速60km・帰りは時速40kmで往復した平均の速さは 50km ではなく 48km ですし、平均的な需要で在庫を計算しても平均的な欠品コストは出てきません。「平均的なケースを1つ作って計算する」というよくある見積もりは、この差を見落とします。
第三は、期待値そのものが頼りにならない分布があることです。極端な例が「サンクトペテルブルクのパラドックス」で、表が出るまでコインを投げ、k 回目で初めて表が出たら 2^k 円もらえる賭けの期待値は無限大になります。それでも大金を払って参加したい人はいません。べき乗則に従うような裾の重い量では、期待値が存在しないか、存在しても標本の平均がなかなかそこへ落ち着きません。期待値は不確実性を測る第一の物差しですが、唯一の物差しではない — この限界の認識も含めて、期待値の理解です。
試問
0円・200円・500円・1000円のどれかが当たるくじです。賞金は変えられず、動かせるのはそれぞれが当たる確率(棒の高さ)だけです。確率をおもりにして板に立てると、板が釣り合う支点の位置が期待値(1回あたりの平均の取り分)になります。
金色の丸(棒の先)を上下に動かして当たる確率を変えると、板が傾きます。三角の支点が釣り合う場所が期待値です。支点を直接つかんで、水平になる位置を探すこともできます。
上: 賞金(横軸は等間隔の金額)に立つ棒の高さ = 当たる確率。三角 = 支点。下: くじを引いた回数(下へ行くほど多い・対数目盛り)と、その時点までの平均賞金
