期待値
Expected Value ・ きたいち
確率で重み付けした平均。長期的に見込める値をひとつの数で表す
概要
期待値は、確率変数が「平均的にどれくらいの値になるか」をひとつの数で表したものです。計算の仕方は「取りうる値それぞれに、その値になる確率を掛けて、すべて足し合わせる」— つまり確率で重み付けした平均です。記号では E[X] と書きます。サイコロ1個の目なら、1から6が等確率 1/6 なので期待値は 3.5。宝くじなら「賞金 × 当選確率」を全等級で合計した値が、1枚あたりに見込める平均のリターンです。
「期待」という名前ですが、次の1回にその値を期待できるという意味ではありません。サイコロで 3.5 の目は出ませんし、宝くじの期待値が150円でも手元の1枚は大抵0円です。期待値が意味を持つのは「同じ試行を何度も繰り返したときの平均」としてであり、この長期的な視点こそが保険・ギャンブル・投資・システム設計など、不確実な意思決定のあらゆる場面で期待値が基準になる理由です。
また期待値は、それ自体が答えであると同時に、他の概念を定義する部品でもあります。分散と標準偏差は「期待値からのずれの2乗の期待値」、共分散は「2変数のずれの積の期待値」。確率の世界の「ものさし」は、ほとんどが期待値を使って組み立てられています。
なぜ生まれたか
期待値の起源は、17世紀の「分配問題(賭けの中断問題)」です。実力伯仲の2人が「先に3勝したら賭け金総取り」で勝負を始め、2勝1敗の時点で中断せざるを得なくなったら、賭け金をどう分けるのが公平か。「これまでの勝ち数で 2:1」という素朴な案は、ゲームを続けていたら起きたはずの未来を無視しています。1654年、パスカルとフェルマーが往復書簡でこの問題を解き、「この先起こりうる展開を場合の数で数え上げ、それぞれの確率で勝敗を重み付けする」— つまり各人の取り分の期待値で分配する、という答えに到達しました。この書簡が確率論の出発点とされています。
数年後、ホイヘンスがこの考え方を「期待の値(expectatio)」として体系化した世界初の確率論の教科書を著し、期待値は「不確実な状況における公平な価値」の定義として確立しました。まだ起きていない偶然の出来事に「いま値段を付ける」— この発想の転換が、保険料の算定や年金の設計といった実務を数学に載せ、のちの確率論・統計学全体の礎になりました。
詳細
重み付き平均としての期待値 — 「重心」のイメージ
期待値の計算は、確率分布の各値に確率という重みを掛けて足すことです。幾何的には、確率分布を数直線上に載せた「おもりの配置」とみなしたときの重心にあたります。分布がどんな形でも、その板を一点で支えられる場所が期待値です。このイメージを持つと、分布が左右対称なら期待値は中央に来ること、片側に裾を引く分布では裾の側に引っ張られることが直感的に分かります。
この例が示すとおり、期待値 70円は取りうる値(0円・100円・500円)のどれとも一致しません。「一番起こりやすい値」でも「真ん中の値」でもなく、あくまで確率で重み付けした釣り合いの点です。データ側の統計量で言えば平均(算術平均)に対応しますが、代表値としての平均が「観測されたデータの合計÷件数」であるのに対し、期待値は「まだ観測していない偶然の量」に対して理論的に定義される点が異なります。連続型の確率変数では、総和の代わりに確率密度関数を使った積分で同じことを行います。
線形性 — 期待値が実務で効く最大の理由
期待値には線形性という強力な性質があります。E[X+Y] = E[X] + E[Y]、E[aX] = a×E[X]。しかも前者は X と Y が独立でなくても常に成り立ちます。「サイコロ100個の目の合計の期待値」は、複雑な場合分けを一切せずに 3.5 × 100 = 350 と即答できます。複雑なシステムの期待コストを部品ごとの期待値の和に分解する、施策の期待効果を要素ごとに積み上げる — 実務で期待値がここまで使われるのは、この分解可能性のおかげです。一方、分散にはこの無条件の加法性がなく、和の分散には共分散の項が現れます。
期待値と現実をつなぐ — 大数の法則
「期待値は長期的な平均」という解釈を保証するのが大数の法則です。試行を独立に繰り返すと、実際の平均は試行回数の増加とともに期待値へ収束していきます。カジノが客に負け続けないのも、保険会社が保険料を設計できるのも、個々の結果は読めなくても大量に束ねれば期待値どおりに落ち着くからです。逆に言えば、計算で期待値を求めにくい複雑な問題でも、乱数でシミュレーションを大量に走らせて平均を取れば期待値を近似できます。これがモンテカルロ法の原理です。
期待値だけで判断しない — ばらつきという相棒
期待値は分布をひとつの数に要約するため、必然的に情報を捨てています。期待値が同じ +5万円でも、「確実に5万円」と「90%の確率で −50万円、10%の確率で +500万円」ではまったく別の話です。判断には期待値と並んでばらつき(分散と標準偏差)を見る必要があります。極端な例が「サンクトペテルブルクのパラドックス」で、期待値が無限大になる賭けが考えられるにもかかわらず、大金を払って参加したい人はいません。期待値は不確実性を測る第一の物差しですが、唯一の物差しではない — この限界の認識も含めて、期待値の理解です。
