ポアソン分布
Poisson Distribution ・ ぽあそんぶんぷ
一定時間に稀な事象が何回起きるかを表す分布。到着数や障害件数のモデル
概要
ポアソン分布は、一定の時間や範囲の中で「めったに起きないが、いつでも起こりうる」事象が何回起きるかを表す確率分布です。1時間あたりのコールセンターへの入電数、1日あたりのサーバー障害の件数、1ページあたりの誤植の数、交差点で1か月に起きる事故の数 — 「単位あたりの発生回数」を数える場面の標準モデルとして、あらゆる分野に登場します。
この分布の際立った特徴は、パラメータがたった1つしかないことです。単位あたりの平均発生回数 λ(ラムダ)を決めれば、「ちょうど0回の確率」「3回以上の確率」まですべて計算できます。しかも期待値と分散がどちらも λ に一致するという美しい性質を持ち、「平均4件なら、ばらつきの目安(標準偏差)は2件」と即座に見積もれます。
ポアソン分布が成り立つ条件は、事象が互いに独立に、一定の平均ペースで、同時には2件起きない、というものです。逆に言えば、この条件のもとでは発生回数は必ずポアソン分布になることが数学的に導かれます。個々の発生は完全に予測不能でも、回数の分布は正確に予測できる — 「ランダムさの中の秩序」を体現した分布です。
なぜ生まれたか
出発点は二項分布の計算の限界でした。「試行回数 n は膨大だが、1回あたりの確率 p は極めて小さい」という状況 — たとえば市民100万人のそれぞれが今日事故に遭う確率はごく僅か、という場面で二項分布を直接計算するのは、19世紀の手計算では不可能です。数学者ポアソンは1837年、n を大きく p を小さくしながら平均 np を一定に保つ極限を取ると、二項分布が λ=np だけで決まる単純な式に収束することを示しました。膨大な n と極小の p を個別に知らなくても、平均発生数さえ分かれば分布全体が決まる — これがポアソン分布の誕生です。
長らく数学的な近似公式にとどまっていたこの分布を実データの世界に連れ出したのが、1898年のボルトキェヴィッチの研究です。彼はプロイセン陸軍で「馬に蹴られて死亡した兵士の年間数」という極端に稀な事象を集計し、その度数分布がポアソン分布の予測と見事に一致することを示しました。「小さい数の法則」と名付けられたこの発見以降、放射性崩壊の計数、電話交換機の呼数、保険の事故件数と適用が広がり、ポアソン分布は稀な事象の統計学の中核になりました。
詳細
λ ひとつで決まる形
ポアソン分布で k 回起きる確率は、λ の k 乗を k の階乗で割り、e のマイナス λ 乗を掛けた形をしています。式の細部より大事なのは、形が λ だけで決まるという事実です。λ が小さいとき(1前後)は「0回か1回」が大半を占める、右に裾を引いた分布になります。λ が大きくなるにつれて山は右へ移動しながら左右対称に近づき、λ が10を超えるあたりからは正規分布でよく近似できるようになります。
覚えておくと便利なのが「0回の確率」です。これは e のマイナス λ 乗そのもので、λ=1 なら約37%。「平均1件起きる期間に、1件も起きない確率が4割近くある」というのは直感に反する人が多く、ポアソン分布を知っているかどうかで見積もりが変わる典型例です。
二項分布との関係 — 稀な事象の極限
ポアソン分布は二項分布の「n が大きく p が小さい極限」です。実用上は n が数十以上、p が数%以下なら λ=np のポアソン分布で十分よく近似できます。この見方は単なる計算テクニック以上の意味を持ちます。現実の稀な事象の多くは「膨大な機会 × 極小の確率」という構造をしているため、個々の機会の数や確率が分からなくても、平均発生数 λ さえ観測すれば分布全体をモデル化できるのです。障害件数やアクセス数のモデルにポアソン分布が選ばれるのは、この構造的な理由によります。
平均 λ=np を固定したまま n を増やすと、二項分布が実際にポアソン分布へ吸い込まれていく様子を確かめられます。
n=10 は「機会」が少なく、1回あたりの確率 p=0.300 は無視できない大きさです。二項分布(棒)はポアソン分布(点線)から目に見えてズレています。
指数分布との表裏 — ポアソン過程
事象がポアソン分布の条件(独立・一定ペース・同時発生なし)で起き続ける現象を「ポアソン過程」と呼びます。このとき「一定期間の発生回数」はポアソン分布に、「次の発生までの待ち時間」は指数分布に従います。同じ現象を「回数で見るか、間隔で見るか」の違いで、2つの分布は表裏一体です。「1時間に平均 λ 件」なら「次の1件までの平均待ち時間は 1/λ 時間」— 待ち行列理論やシステムの信頼性解析は、この対をなす2つの分布の上に組み立てられています。
実務での使いどころと過分散の罠
実務でポアソン分布は、回数データの基準モデルとして働きます。Webサイトの分あたりリクエスト数を λ とみなしてサーバー容量を見積もる、工場の日次不良件数を管理図で監視して λ からの逸脱を検知する、地域ごとの疾病発生数を人口で調整して比較する — いずれも「回数 = ポアソン」を出発点にした分析です。回帰分析の世界にも、回数を目的変数にするポアソン回帰という拡張があります。
最大の落とし穴は「過分散」です。ポアソン分布では分散 = 平均のはずですが、現実の回数データは分散が平均を大きく上回ることが頻繁にあります。原因は前提の崩れです。発生ペース λ が時間帯や個体によって変動する、1件の発生が次を誘発する(バーストする)— SNSの投稿数や感染者数はその典型です。平均と分散を見比べて分散が明らかに大きければ、ポアソン分布をそのまま使うと「珍しさ」を過大評価してしまいます。まず標本の平均と分散を比べる、というひと手間が、ポアソン分布を安全に使う鍵です。
