二項分布
Binomial Distribution ・ にこうぶんぷ
成功か失敗かの試行をn回繰り返したときの成功回数が従う分布
概要
二項分布は、「成功か失敗か」の2通りしか結果がない試行を n 回繰り返したとき、成功が何回起きるかを表す確率分布です。コインを10回投げて表が出る回数、100人にメールを送って開封される人数、広告を1000回表示してクリックされる回数 — 「同じ確率 p で当たる試行を n 回」という構造はどこにでもあり、そのすべてが二項分布の守備範囲です。
土台になるのは「ベルヌーイ試行」という考え方です。結果が成功(確率 p)と失敗(確率 1−p)の2つだけで、各回の結果が互いに影響しない試行を指します。ベルヌーイ試行を1回だけ行ったときの分布がベルヌーイ分布、それを n 回繰り返して成功回数を数えたものが二項分布です。パラメータは n と p の2つだけで、期待値は np、分散は np(1−p) という簡潔な形になります。
二項分布は「回数を数える」タイプの分布の代表格であり、割合やクリック率の推定、A/Bテストの検定など、実務のデータ分析で最初に登場する離散分布です。さらに、正規分布やポアソン分布がこの分布の極限として導かれるという意味で、確率分布の系譜の幹にあたる存在でもあります。
なぜ生まれたか
17世紀、賭博の問題から生まれたばかりの確率論には、「1回の勝負の確率は分かるが、繰り返したときに何が言えるか」という未解決の問いがありました。勝率 p のゲームを n 回やって k 回勝つ確率はいくつか。この問いに体系的に答えたのがヤコブ・ベルヌーイで、死後の1713年に出版された『推測法』で、繰り返し試行の成功回数の分布を場合の数を使って定式化しました。ベルヌーイ試行の名はここに由来します。彼はさらに、試行を増やすほど成功の割合が真の確率 p に近づくこと(大数の法則の原型)を証明し、「確率は繰り返しの中に現れる」という頻度的な確率観の礎を築きました。
もうひとつの動機は計算の困難さでした。n が大きいと二項分布の計算は当時の手計算では手に負えません。ド・モアブルは1733年、大きな n での二項分布が釣鐘型の滑らかな曲線で近似できることを発見します。これが正規分布の最初の登場であり、後の中心極限定理へつながる出発点でした。二項分布は「繰り返しの確率」を初めて数式で捉えただけでなく、近代統計学の主要な理論を生み落とした母体でもあるのです。
詳細
確率の式を組み立てる
n 回中ちょうど k 回成功する確率は、2つの部品の掛け算で組み立てられます。第一に、特定の並び(たとえば「成功・失敗・成功…」)が起きる確率。各試行が独立なので、これは p を k 回、(1−p) を n−k 回掛けた値です。第二に、その並びが何通りあるか。n 回のうちどの k 回が成功かを選ぶ場合の数、つまり組み合わせ nCk です。「1通りの確率 × 並びの数」— この構造さえ掴めば、式を暗記しなくてもその場で再現できます。
形は p で決まります。p=0.5 なら期待値 np を中心に左右対称、p が小さければ右に裾を引き、大きければ左に裾を引きます。そして n を増やしていくと、どんな p でも山はしだいに滑らかな釣鐘型に近づいていきます。
正規分布・ポアソン分布への橋
n が大きいとき、二項分布は平均 np・分散 np(1−p) の正規分布でよく近似できます(目安として np と n(1−p) がどちらも5以上)。これはド・モアブル以来の古典的結果で、中心極限定理の最初の実例です。「1000人中いくつ以上になる確率」のような計算を、正規分布の表ひとつで済ませられるのはこの橋のおかげです。
一方、n を大きくしながら p を小さくし、期待値 np を一定に保つ極限では、二項分布はポアソン分布に近づきます。「試行回数は膨大だが1回あたりの確率は極小」という稀な事象の世界への橋で、二項分布が分布の系譜の分岐点であることを示すもうひとつの顔です。
実務での使いどころ
二項分布がもっとも活躍するのは、割合にまつわる推測です。コンバージョン率、不良品率、投票率 — 「n 件中 k 件」というデータから真の確率 p を推定し、信頼区間を付ける計算の背後には常に二項分布がいます。A/Bテストで2つのボタンのクリック率に差があるかを調べる比率の仮説検定も、それぞれのクリック数を二項分布としてモデル化したものです。世論調査で「サンプル1000人なら誤差は約±3ポイント」と言われるのも、二項分布の分散 np(1−p) から導かれる標準誤差の計算です。
前提が崩れるとき
落とし穴は、二項分布の2つの前提 — 各試行の独立性と、確率 p の一定性 — が現実には崩れやすいことです。たとえば感染症の陽性者数は、感染が人から人へ広がる(試行が独立でない)ため二項分布より大きくばらつきます。ユーザーごとにクリックしやすさが違う場合も、p 一定の仮定が崩れて理論より過大なばらつき(過分散)が生じます。「n 回中 k 回」の形をしているからと機械的に二項分布を当てはめず、独立性と均質性が成り立つ状況かを確かめることが、実務での正しい使い方です。
