大数の法則
Law of Large Numbers ・ たいすうのほうそく
試行を重ねるほど標本平均が期待値に近づく。確率と現実をつなぐ橋
概要
大数の法則は、「試行の回数を増やすほど、標本平均(観測値の平均)が期待値に近づいていく」という定理です。コインを10回投げただけなら表の割合は7割にも3割にもなりえますが、1万回投げればほぼ確実に5割の近くに落ち着きます。少数の結果は荒れるが、数を重ねれば理論値に収束する — 日常の直感としても知られているこの現象に、厳密な数学的保証を与えたのが大数の法則です。
この定理の役割は、確率という理論上の量と、観測される現実のデータを橋渡しすることです。「サイコロで1が出る確率は6分の1」と言っても、確率そのものは目に見えません。大数の法則は「十分な回数振れば、1が出た割合が6分の1にいくらでも近づく」ことを保証し、確率が測定可能な量であることを裏付けます。統計学が「データから母集団を推測する」学問として成立できるのは、根底にこの保証があるからです。
保険会社が保険料を設計できるのも、カジノが長期的には必ず儲かるのも、世論調査が数千人の標本で語れるのも、すべて大数の法則の応用です。個々の偶然は予測できなくても、大量に集めた平均は驚くほど安定する — この定理は偶然を「集めれば読める」ものに変えました。
なぜ生まれたか
17世紀に賭け事の分析から確率論が生まれたとき、大きな未解決問題が残っていました。「確率」という理論上の数と、実際に観測される「頻度」は、本当に対応しているのか。コインの表の確率を2分の1と定義しても、実際に投げたときの割合がそこに近づく保証がなければ、確率論は現実について何も語れない机上の理論にとどまってしまいます。
この橋を最初に架けたのがヤコブ・ベルヌーイです。約20年をかけた研究の成果は死後の1713年に『推測法』として出版され、「試行回数を増やせば、観測された割合が真の確率から一定以上ずれる確率をいくらでも小さくできる」ことが初めて証明されました。ベルヌーイ自身がこれを「黄金定理」と呼んだのは、これによって「頻度から確率を逆推定する」道 — つまり推測統計の可能性 — が開けたからです。その後、チェビシェフやコルモゴロフらが条件を緩めた一般的な形を整備し、20世紀に確率論が厳密な数学として再構築された際には、大数の法則はその中心的な柱に位置づけられました。
詳細
収束のイメージ
コイン投げで表を1、裏を0として、それまでの平均(=表の割合)を投げるたびに記録していくと、次の図のような軌跡を描きます。序盤は大きく暴れますが、回数が増えるにつれ振れ幅が狭まり、期待値0.5へ吸い寄せられていきます。
数学的に言えば、独立に同じ分布から得た確率変数の平均は、nを大きくすると期待値μに確率的な意味で収束します。「確率的な意味で」というのがポイントで、どのnでも偶然大きく外れる可能性はゼロにはなりませんが、その可能性はnとともにいくらでも小さくできます。収束の意味の強さによって「弱法則」と「強法則」の2つの形があり、実用上の読み方はどちらも同じ —「たくさん集めれば平均は当てになる」— です。
なぜ平均は安定するのか
直感的な理由は、ばらつきの打ち消し合いです。個々の観測値は期待値より上にも下にも外れますが、独立な外れは足し合わせると相殺し合います。定量的には、標本平均の分散は元の分散のn分の1になり、nを大きくするほど標本平均の分布は期待値の周りに鋭く集中します。この計算1つで弱法則の骨格が示せる(チェビシェフの不等式を使う証明)ので、大数の法則は見た目の壮大さのわりに足場は素朴です。
中心極限定理との役割分担
大数の法則としばしば並べて語られるのが中心極限定理です。役割分担ははっきりしています。大数の法則は「標本平均がどこへ向かうか」(行き先は期待値)を教え、中心極限定理は「その途中でどれくらい、どんな形でばらつくか」(誤差は正規分布に従い、標準偏差はnの平方根に反比例して縮む)を教えます。世論調査で言えば、「サンプルを増やせば真の支持率に近づく」が大数の法則、「n=2000なら誤差はおよそ±2ポイント」と幅を見積もれるのが中心極限定理です。推測統計はこの2つを両輪として回っています。
実務での意味と落とし穴
実務でこの法則が顔を出す典型例は、平均が「収束するまでの回数」の感覚です。誤差はおおむねnの平方根に反比例して縮むため、精度を10倍にするには試行を100倍にする必要があります。A/Bテストで「あと少しデータを足せばすぐ確定する」と期待して裏切られるのは、この平方根の遅さが原因です。また、この法則はモンテカルロ法の理論的根拠でもあります — 乱数実験の平均が求めたい値に収束することを保証しているのは、まさに大数の法則です。
落とし穴は2つあります。第一に「ギャンブラーの誤謬」— 表が続いたから次は裏が出やすい、という誤解です。大数の法則は割合が長期的にならされることを言うだけで、個々の試行の確率を調整する力はどこにも働きません。過去の偏りは「訂正」されるのではなく、その後の大量の試行に「薄められる」のです。第二に、法則の前提が崩れる場合です。観測が独立でない、分布が途中で変わる、あるいは期待値が存在しないほど裾の重い分布(極端な外れ値が支配するケース)では、平均はいつまでも安定しません。「数を集めれば必ず収束する」は無条件の魔法ではなく、前提あっての定理です。
