低価法
Lower of Cost or Market ・ ていかほう
棚卸資産の時価が原価を下回ったら安いほうまで帳簿価額を切り下げる評価ルール
概要
低価法は、棚卸資産(商品・製品・原材料など)を決算日に評価する際、取得原価と時価を比べて低いほうを帳簿価額とするルールです。名前のとおり「原価か時価か、低いほう(lower of cost or market)」。仕入れたときは1個1,000円だった商品が、流行遅れや型落ちで正味700円でしか売れそうにないなら、帳簿価額を700円まで切り下げ、差額の300円を評価損としてその期の費用に計上します。
重要なのは、この比較が一方通行であることです。時価が原価を上回っていても帳簿価額は原価のまま据え置き、下回ったときだけ切り下げます。値上がり益は無視し、値下がり損だけを拾う — この非対称は「利益は控えめに、損失は早めに」という保守主義の考え方をそのまま形にしたものです。
かつての日本では原価のまま据え置く原価法との選択制でしたが、現在の会計基準では収益性が低下した棚卸資産の簿価切下げは選択ではなく強制です。つまり低価法は「選べる保守的なオプション」から「棚卸資産評価の標準ルール」へと位置づけが変わっており、決算のたびに在庫の収益性を点検することが企業会計の前提になっています。
なぜ生まれたか
取得原価主義を貫くと、在庫は売れるまで仕入値のまま帳簿に残ります。しかし棚卸資産は「売って現金に換えるため」に持つ資産であり、その価値の裏付けは将来の販売価格です。流行の変化、技術の陳腐化、過剰仕入れ — 売価が原価を割り込めば、その在庫はもはや帳簿価額分の現金を回収できません。回収できない金額を資産として貸借対照表に載せ続ければ、財務諸表は実際より健全に見え、損失は在庫が処分される将来の期に先送りされます。「不良在庫の山を抱えたまま帳簿上は好調」という粉飾すれすれの状態を、原価法は防げないのです。
そこで、値下がりという損失の芽が生じた時点で帳簿に反映させるルールが古くから商人の実務として発達し、制度化されました。理屈のうえでも、原価を割った在庫の値下がり分は「販売による回収が見込めなくなった投資額」であり、それが判明した期の負担とするのが期間損益計算として正しい — 現在の基準はこの「収益性の低下による簿価の切下げ」という説明を採り、単なる用心深さではなく、帳簿価額を回収可能な水準に保つための必須の手続きと位置づけています。この論理は、同じ発想を固定資産に適用した減損会計と地続きです。
詳細
比較の物差し — 正味売却価額
低価法の「時価」は、市場で買い直す値段ではなく、正味売却価額 — 見積り販売価格から、販売までに掛かる費用(値引き見込みや販売直接経費)を差し引いた金額です。在庫の価値は「売っていくら手元に残るか」で決まるからです。たとえば売価1,000円・販売経費100円なら正味売却価額は900円で、これを取得原価と比べます。原材料のように市況価格のあるものは再調達原価(買い直す値段)を使うこともありますが、基本の物差しは「売って回収できる額」です。
評価損の計算と行き先
決算時の実地棚卸で在庫の数量と状態を確かめたあと、品目ごと(または合理的なグループごと)に原価と正味売却価額を比較します。切り下げた評価損は、原則として売上原価の内訳として処理されます。つまり売上原価が膨らみ、売上総利益がその分縮む形で損益計算書に現れます。ただし災害による損傷など臨時かつ多額の評価損は、経常的な収益力と区別するために特別損失に計上します。どこに載るかで「毎期の商売の巧拙によるものか、一度きりの事故か」を読み分けられるようにする設計です。
切り下げ後の金額は翌期の新しい原価になります(洗替え法により翌期に戻し入れて再評価する方法も認められますが、いずれにせよ評価益として原価を超えて戻すことはありません)。
実務での意味 — 在庫は「隠れ損失」の定番
低価法が実務で重みを持つのは、在庫が損失の隠し場所になりやすいからです。売れない在庫を抱えたまま評価損を計上しなければ、費用が過小になり利益が過大に見えます。逆に、好調な期に将来の値下がりを過剰に見積もって評価損を積み、翌期以降の利益をよくみせる調整も理屈上は可能です。正味売却価額の見積り — どの在庫が「収益性が低下した」と言えるか、いくらで売れると見るか — には判断の幅があるため、低価法は会計上の見積りの代表的な論点として、監査でも重点的に検証されます。滞留期間(仕入れてからの経過月数)に応じて機械的に切下げ率を決めるルールを社内で定めるなど、恣意性を抑える運用上の工夫が実務の定石です。
評価ルールの中での位置づけ
低価法は、資産評価の全体像の中では「取得原価主義への下方修正」の一つとして整理できます。金融商品のように上にも下にも時価を追いかける時価評価(公正価値)とは違い、低価法はあくまで原価を上限として下方向にだけ動く片側ルールです。同じ片側ルールでも、対象が販売用の在庫なら低価法、事業に使う固定資産なら減損会計と、資産の性格に応じて手続きの重さが変わります。在庫は毎期売れて入れ替わるので決算ごとに簡便に比較・切下げを行い、固定資産は長期保有が前提なので兆候・認識・測定という慎重な段階を踏む — 「回収できない帳簿価額を資産に残さない」という同じ思想が、資産の回転の速さに合わせて別の形で制度化されていると理解できます。
