認識と評価●●●○○

時価評価(公正価値)

Fair Value Measurementじかひょうか

資産・負債を決算日の市場価格で測り直す評価アプローチ。金融商品で中心的役割

概要

時価評価(公正価値評価)は、資産負債を「買ったときの値段」ではなく「決算日時点でいくらの価値があるか」で測り直す評価アプローチです。公正価値(fair value)とは、おおまかに言えば「市場参加者どうしの秩序ある取引で成立するであろう価格」のこと。上場株式なら決算日の市場終値がそのまま公正価値になります。

このアプローチが中心的な役割を果たすのは金融商品の世界です。トレーディング目的で保有する有価証券やデリバティブ(金融派生商品)は、毎決算日に時価で測り直され、評価差額が財務諸表に反映されます。買値のまま据え置く取得原価主義とは対極にある考え方で、現代の会計はこの二つの評価軸を資産の性格に応じて使い分けています。

ポイントは、時価評価が「まだ売っていない資産の値動き」を財務諸表に取り込むことです。含み益・含み損が帳簿の外に隠れず、貸借対照表がその時点の経済的実態を映す — これが時価評価の狙いであり、同時に「実現していない損益を計上してよいのか」という論争の火種でもあります。

なぜ生まれたか

取得原価主義の世界では、資産の値動きは売却するまで帳簿に現れません。この性質は金融取引が高度化すると深刻な問題を生みました。金融機関が保有する債券や株式は日々市場で値が付き、いつでも売却できます。それなのに帳簿は買値のまま — すると「値上がりした銘柄だけ売って利益を出し、値下がりした銘柄は持ち続けて損失を隠す」という利益操作(益出しと塩漬け)が可能になります。1980〜90年代の米国S&L危機や日本の金融危機では、時価では債務超過同然の金融機関が、原価評価の帳簿上は健全に見え続け、問題の発覚と対処を遅らせました。

さらにデリバティブの登場が決定打になりました。スワップやオプションは契約時の支出がほぼゼロなので、取得原価で測ると帳簿に「ほとんど何も載らない」のに、市場が動けば巨額の損益が発生します。原価評価ではこのリスクが完全に不可視です。こうして「市場価格が客観的に得られ、いつでも換金できる金融商品は、決算日の時価で測るべきだ」という考え方が国際的に広がり、日本でも金融商品会計として定着しました。

詳細

保有目的による使い分けと、差額の行き先

時価評価の設計で重要なのは、「時価で測るか」と「評価差額をどこに載せるか」が別の論点だということです。日本基準の有価証券を例にすると、短期売買を狙うトレーディング目的の証券は時価評価し、評価差額をそのまま当期の損益(損益計算書)に計上します。一方、業務提携先の株式など長期保有する「その他有価証券」も時価評価はしますが、評価差額は当期純利益を通さず、純資産の部に直接計上します。この「損益計算書を経由しない評価差額」を扱う枠組みが包括利益です。売る予定のない株式の値動きで毎期の利益が乱高下しては経営成績が読めなくなる、という配慮がこの二段構えの理由です。

なお、満期まで持ち切る予定の債券や、支配目的の子会社株式は時価評価しません。「いつでも売れる・売る」からこそ時価に意味があるのであって、保有目的によって適切な評価軸は変わる — これが金融商品会計の基本思想です。

公正価値ヒエラルキー — 時価の「質」を三段階で示す

「時価」と一口に言っても、その信頼性には幅があります。上場株式のように活発な市場の価格がそのまま使えるものから、市場が存在せず自社の見積りモデルで計算するしかないものまで。会計基準はこれをレベル1〜3のヒエラルキーとして整理し、どのレベルの時価かを注記で開示させています。

レベル1 — 活発な市場の公表価格上場株式の終値など。そのまま使える最も客観的な時価レベル2 — 観察可能な情報から算定した時価類似商品の価格・金利などの市場データを使ったモデル計算レベル3 — 観察できない情報を使った見積り自社の予測・仮定に依存。恣意性のリスクが最も高く開示も手厚い下へ行くほど「市場が決めた値段」から「経営者が見積もった値段」へ近づく
公正価値ヒエラルキー — 下の階層ほど市場の観察可能な情報から遠ざかり、見積りの主観が入り込む

レベル3の存在は、時価評価が万能ではないことを示しています。市場価格という客観的な物差しがあるからこそ時価評価は取得原価より優れた実態表示になるのであって、市場がなければ結局は経営者の会計上の見積りに戻ってしまう。時価評価の信頼性は、その時価がどのレベルで測られたかと切り離せません。

論争 — 実態表示か、変動の増幅か

時価評価は今も論争のある領域です。推進側の論拠は情報の有用性です。投資家が知りたいのは「昔いくら払ったか」ではなく「いま何を持っていて、それはいくらの価値か」であり、時価評価はその問いに直接答えます。含み損の隠蔽を許さない規律の効果も大きく、金融機関の健全性監視には不可欠になりました。

批判側が指摘するのは、市場の変動をそのまま財務諸表に流し込むことの副作用です。2008年の金融危機では、市場がパニックで暴落すると時価評価が巨額の評価損を強制し、それが金融機関の自己資本を毀損してさらなる投げ売りを招く — という悪循環(プロシクリカリティ)が問題になりました。混乱した市場の投げ売り価格は「公正」な価値なのか、という根本的な問いです。また、レベル3の見積り時価は原価より検証可能性が低く、恣意性の入口にもなり得ます。

位置づけ — 二つの評価軸の使い分け

実務の全体像としては、時価評価が取得原価主義を置き換えたのではなく、資産の性格に応じた使い分けが確立したと理解するのが正確です。事業に使う固定資産棚卸資産は取得原価をベースに、減損会計低価法という下方修正だけを加える。市場でいつでも売れる金融商品は時価で毎期測り直す。「換金して儲けるための資産は時価、使って儲けるための資産は原価」— この対応関係を押さえておくと、個々の評価ルールが一本の線でつながります。