ミクロ経済●●○○○

株式会社

Corporation ・ かぶしきがいしゃ

株式で大勢から資本を集め、出資者の責任を出資額までに限って事業を行う、資本主義の中核の制度

✦ 30秒で試す — 航海会社が潰れても、株主は会社の借金を返さなくていい出資の前に、あなたが確かめるべきなのは?予想してみる

概要

株式会社は、株式という細かく分けた持分を発行して多くの人から資本を集め、事業を行う組織の形です。出資者(株主)は会社の共同の持ち主になりますが、事業が失敗しても失うのは出資したお金までで、会社の借金を肩代わりする必要はありません。この「有限責任」という約束が、見ず知らずの大勢の人からお金を集めることを可能にしました。

トヨタもAppleも、街の小さなIT企業も、その多くは株式会社です。私たちが勤める会社、投資する対象、商品を買う相手のほとんどがこの形を取っており、現代経済の主役といってよい存在です。技術ではなく制度の発明でありながら、個人の財産や寿命の限界を超えた大事業に資本を集める力によって、産業革命以降の経済成長を支えてきました。ただし有限責任には裏側もあります。株主が負わなくなった損は消えるわけではなく、会社にお金を貸した人(債権者)へ移ります。株式会社を理解する鍵は、この「損の行き先」を追うことです。

なぜ生まれたか

株式会社より前、事業の主な担い手は個人商店や少人数の組合でした。そこには2つの深刻な限界がありました。第一に、集められる資本が本人と仲間の財産の範囲に限られること。第二に、責任が無限であること — 事業が失敗すれば、出資者は家や畑を手放してでも借金を返さなければなりませんでした。この条件では、成功すれば莫大な利益だが失敗の確率も高い大事業、たとえば数年がかりの遠洋貿易に、他人がお金を出すはずがありません。借金の金利と返済の重さが、そのまま出資者の家に降りかかるからです。

この壁を崩したのが、1602年に設立されたオランダ東インド会社(VOC)です。アジア貿易という巨額で高リスクの事業のために、持分を株式としてアムステルダムの取引所で誰でも売買できるようにし、会社を出資者から独立して長く存続する主体として扱いました。出資者の責任を出資額までに限ることは、定款に明記されていたわけではありませんが、実際には出資者に会社の借金が請求されることはなく、事実上の有限責任として働きました。「失敗しても失うのは出資額まで、換金したくなったら株を売ればいい」という安心感が、王侯や大商人だけでなく市民の小口の資金まで事業に引き込みました。

ただし、有限責任が誰でも使える制度になるまでには2世紀半かかります。英国では1720年の南海泡沫事件のあと、株式会社の設立が厳しく制限されました。会社は国王や議会の特許状でしか作れず、有限責任は特権でした。産業革命で鉄道などの巨大な事業が資金を求めるようになると、1855年の有限責任法と1856年の株式会社法で、登録すれば誰でも有限責任の会社を作れるようになります。日本でも明治の商法(1899年の新商法で整います)が株式会社を制度化しました。

詳細

3つの発明 — 法人格・有限責任・譲渡できる株式

株式会社の仕組みは、3つの制度の組み合わせとして理解できます。1つ目は法人格です。会社は法律上、株主とは別の「人」として契約を結び、財産を持ち、訴えられます。だから株主が入れ替わっても事業は続き、100年企業が成り立ちます。2つ目は有限責任です。会社の借金は会社のものであり、株主の責任は出資が紙くずになることまでに限られます。3つ目は譲渡できる株式です。持分が標準化された小口の証券なので、出資者は会社にお金を返してもらわなくても、市場で株を売れば投資を換金できます。ただし、戻ってくる額はそのときの株価しだいです。

株主(小口の出資者)株主A株主B株主C出資と株式株式会社法人格を持つ主体借金は会社のもの事業成功も失敗もありうる投資債権者銀行・社債の持ち主貸す返せない借金の損が残る有限責任の壁株主の損は出資額まで株は売れるが、戻る額はそのときの株価しだい
株式会社の構造 — 有限責任の壁が株主の私財を会社の借金から切り離し、返せない借金の損は債権者に残る

損はどこへ行くか — 数字で追う

出資10と銀行からの借入20、合わせて30で始めた事業が失敗し、資産がすべて失われたとします。損は合計30です。無限責任なら、株主は出資10を失ったうえ、返せない借金20まで家の財産から払わされます。有限責任なら、株主が失うのは出資の10だけで、残りの20は貸した銀行の損になります。有限責任は損を消す魔法ではなく、損を株主から債権者へ付け替える取り決めです。

無限責任有限責任出資 10借金 20家から 30株主0債権者出資 10出資分だけ株主借金 20銀行の損 20債権者損の総額はどちらも30。変わるのは、誰がかぶるか
出資10・借入20の事業が失敗したときの損の行き先 — 有限責任は損の総額を変えず、株主と債権者のあいだの分け方を変える

なぜ有限責任が経済全体の得になるのか

損を債権者に付け替える仕組みが、なぜ社会の得になるのでしょうか。第一に、出資者の調査の手間が劇的に減ります。無限責任なら、出資する前に経営者の能力や事業の中身を徹底的に調べ、他の株主の資力まで確かめなければなりません(誰かが払えなければ自分に請求が来るからです)。有限責任なら「最悪でも出資額を失うだけ」なので、小口の資金が集まりやすくなります。

第二に、分散投資が可能になります。無限責任のもとで10社に少しずつ出資すると、10社のどれかが失敗するたびに家が危険にさらされ、分散はかえって危険を増やします。有限責任なら損の上限が出資額に決まっているので、多くの会社に少しずつ出資するほど、1社の失敗の影響は小さくなります。第三に、株式の値段が「誰が持っているか」に左右されなくなるので、株を匿名で自由に売買する市場が成り立ちます。そして債権者は、貸す前に会社の財務を審査し、担保を取り、金利に危険の分を上乗せすることで、自分に移ってくる損を値付けできます。

下の部品で確かめてください。家の硬貨を事業へ投げ入れ、責任の形を切り替えると、家の帯の朱い部分(1つの事業が失敗したときに失いうる額)が伸び縮みします。「決算してみる」で、実際に損がどこへ流れるかも見られます。

⚡ 体験: 硬貨を事業に投げ入れ、責任の形を切り替える
銀行(債権者)各事業に20を貸す香料の航海出資 0/10・借入 20運河の開削出資 0/10・借入 20新しい鉱山出資 0/10・借入 20大商人手元12/12家計A手元4/4家計B手元4/4家計C手元4/4家計D手元4/4家計E手元4/4家計F手元4/4
責任
資金がそろった事業0/3破産しうる家0軒集まった出資0/30

家(下)から硬貨を事業の箱(上)へドラッグして出資してください。家の帯の朱い部分は「どれか1つの事業が失敗したら失いうる額」です。

上=事業(出資10と銀行からの借入20で始まる)、下=投資家の家。家の帯: 金=手元、灰=出資中、朱=1つの事業が失敗したときに失いうる最大額、白い縦線=暮らしの線(財産の半分)。家をタップしてから事業をタップしても出資できる。事業の箱から家へドラッグすると出資を引き上げる

無限責任のままだと、小口の家計は少し出資しただけで朱い部分が暮らしの線を越えてしまい、資金は大商人の財産の範囲でしか集まりません。有限責任に切り替えると朱い部分が出資額まで縮み、さらに複数の事業に分けて出資すれば、どの失敗にも耐えられるようになります。代わりに、決算で失敗が出たときの損の粒は銀行へ流れていきます。

所有と経営の分離、そしてその副作用

株主が何万人にもなると、全員で経営はできません。株主は株主総会で取締役を選び、日々の経営は専門の経営者に任せます。バーリとミーンズが『近代株式会社と私有財産』(1932年)で指摘した「所有と経営の分離」です。経営の専門化と規模の経済を可能にした一方、新しい問題も生みました。株主は経営の中身を細かく監視できません。この情報の非対称性のもとで、経営者が株主の利益より自分の地位や報酬を優先する — 豪華な本社、無謀な買収、保身的な経営 — というモラルハザードが起きえます。経済学ではこれをプリンシパル・エージェント問題と呼びます。

有限責任そのものも、別のモラルハザードを生みます。損の上限が出資額に決まっている株主にとって、借金を増やして大きな賭けに出ることは「勝てば株主の取り分、負ければ債権者の損」になるからです。借金を梃子にして賭けを大きくすることをレバレッジと呼び、株式と借入をどう組み合わせるか(資本構成)は企業財務の中心のテーマです。銀行が厳しい自己資本規制を受けるのは、このゆがみが預金者と社会全体に及ぶからです。

こうした問題への対処が、コーポレートガバナンス(企業統治)と呼ばれる仕組みの束です。社外取締役や監査による監視、業績連動報酬で経営者と株主のインセンティブをそろえる工夫、経営が悪ければ株価が下がり買収の標的になるという市場からの規律。どの国の会社法も「経営者に任せる自由」と「暴走を防ぐ監視」の釣り合いを試行錯誤し続けています。

日本の実務 — 有限責任が効かない場面

教科書どおりに有限責任が働かない場面もあります。日本の中小企業が銀行から借りるとき、経営者が個人で連帯保証人になる「経営者保証」が長く慣行になってきました。これでは会社が失敗すれば経営者の家も失われ、実質的には無限責任です。再挑戦を妨げ、事業承継の足かせにもなるため、2014年から「経営者保証に関するガイドライン」が運用され、2023年4月からは金融機関が経営者保証を求めるときに、その理由を具体的に説明することが監督の指針で求められるようになりました。

逆に、会社という形を悪用して責任を逃れようとする場合には、裁判所が法人格を無視して背後の個人に責任を負わせることがあります(法人格否認の法理。日本では1969年の最高裁判決で確立しました)。また、有限責任は株式会社だけのものではありません。2006年の会社法で有限会社は新設できなくなり、代わりに出資者全員が有限責任で、内部の決まりを柔軟に作れる合同会社が新設されました。

光と影

株式会社は資本を集める装置として圧倒的に成功しましたが、その強さゆえの影もあります。有限責任は「失敗のコストの一部を債権者や社会に移せる」仕組みであり、過度な危険の取りすぎを誘うことがあります。法人格の永続と資本の集中は、一国の政府に匹敵する力を持つ巨大企業を生み、独占や政治への影響力の問題を投げかけてきました。株式会社を理解することは、その恩恵だけでなく、会社法・情報開示・競争政策といった枠組みで、社会がこの発明を市場の中でどう飼いならそうとしてきたかを理解することでもあります。

試問

まだ無限責任の時代です。大商人1人と小口の家計6軒が、3つの高リスクの事業への出資を迷っています。

✦ 命題挑戦中

投資家を1人も破産させずに(どの事業が1つ失敗しても、暮らしの線を割らせずに)、高リスクの事業3つに必要な資金を集めよ

  • 3つの事業すべてに出資 10 を集める
  • どの事業が1つ失敗しても、暮らしの線(財産の半分)を割る投資家がいない
⚡ 体験: 誰も破産させずに、3つの事業の資金を集める
銀行(債権者)各事業に20を貸す香料の航海出資 0/10・借入 20運河の開削出資 0/10・借入 20新しい鉱山出資 0/10・借入 20大商人手元12/12家計A手元4/4家計B手元4/4家計C手元4/4家計D手元4/4家計E手元4/4家計F手元4/4
責任
資金がそろった事業0/3破産しうる家0軒集まった出資0/30

3つの事業はどれも出資 10 と借入 20 で始まります。いまは無限責任の時代です。家の硬貨を事業へドラッグして資金を集めてください(1回で2枚ずつ動きます)。責任の形はいつでも切り替えられます。

上=事業(出資10と銀行からの借入20で始まる)、下=投資家の家。家の帯: 金=手元、灰=出資中、朱=1つの事業が失敗したときに失いうる最大額、白い縦線=暮らしの線(財産の半分)。家をタップしてから事業をタップしても出資できる。事業の箱から家へドラッグすると出資を引き上げる