ミクロ経済●●○○○

株式会社

Corporationかぶしきがいしゃ

株式で資本を集め有限責任で事業を行う仕組み。資本主義の中核的発明

概要

株式会社は、株式という細かく分割された持分を発行して多くの人から資本を集め、事業を行う組織形態です。出資者(株主)は会社の共同オーナーになりますが、事業が失敗しても失うのは出資したお金までで、それ以上の借金を背負うことはありません。この「有限責任」という約束が、見ず知らずの大勢の人からお金を集めることを可能にしました。

トヨタもAppleも、街の小さなIT企業も、その多くは株式会社です。私たちが勤める会社、投資する対象、商品を買う相手のほとんどがこの形態を取っており、現代経済の主役といってよい存在です。経済史家のなかには、株式会社を蒸気機関やインターネットと並ぶ「人類の偉大な発明」に数える人もいます。技術ではなく制度の発明でありながら、大規模な事業へ資本を集中させる能力によって、産業革命以降の経済成長を支えてきたからです。

なぜ生まれたか

株式会社以前、事業の主な担い手は個人商店や少人数の組合でした。ここには2つの深刻な限界があります。第一に、集められる資本が本人と仲間の財産の範囲に限られること。第二に、責任が無限であること — 事業が失敗すれば、出資者は私財をすべて投げ出してでも借金を返さなければなりませんでした。この条件では、成功すれば莫大な利益だが失敗の確率も高い大事業、たとえば数年がかりの遠洋貿易に、他人がお金を出すはずがありません。

この壁を破ったのが、1602年に設立されたオランダ東インド会社です。アジア貿易という巨額・高リスクの事業のために、(1)出資者の責任を出資額までに限定し、(2)持分を株式として誰でも売買できるようにし、(3)会社そのものを出資者から独立した法的な人格(法人)として存続させる、という3点セットを揃えました。「失敗しても失うのは出資額まで、換金したくなったら株を売ればいい」— この安心感が、王侯や大商人だけでなく市民の小口資金まで事業に引き込み、個人の寿命や財産の限界を超えた規模の事業を初めて可能にしたのです。

詳細

3つの発明 — 法人格・有限責任・譲渡可能な株式

株式会社の仕組みは、3つの制度的発明の組み合わせとして理解できます。1つ目は法人格です。会社は法律上、株主とは別の「人」として契約を結び、財産を持ち、訴えられます。だからこそ株主が入れ替わっても事業は続き、100年企業が成立します。2つ目は有限責任です。会社の借金はあくまで会社のものであり、株主の責任は出資額が紙くずになることまでに限定されます。3つ目は譲渡可能な株式です。持分が標準化された小口の証券になっているため、出資者は会社にお金を返してもらわなくても、市場で株を売れば投資を回収できます。この3つが揃って初めて、「大勢の他人から大金を集める」ことが現実的になります。

株主A小口の出資株主B小口の出資株主C小口の出資出資 ⇄ 株式有限責任の壁損失は出資額まで。私財には及ばない株式会社法人格を持つ独立の主体契約・財産・負債は会社に帰属事業利益は配当と成長へ負債・損失会社が引き受ける株式は市場で売買でき出資はいつでも回収できる
株式会社の構造 — 有限責任の壁が、会社の損失から株主の私財を切り離す

なぜ有限責任が経済全体の得になるのか

「借金を踏み倒せる仕組み」と聞くと不公平に思えますが、有限責任には経済全体を豊かにする合理性があります。もし無限責任なら、出資する前に経営者の能力や事業の中身を徹底的に調べ、他の株主の資力まで確認しなければなりません(誰かが払えなければ自分に請求が来るからです)。有限責任なら「最悪でも出資額を失うだけ」なので、この調査コストが劇的に下がり、小口の資金が集まりやすくなります。さらに、損失の上限が決まっているからこそ、株主は複数の会社に分散投資してリスクを抑えつつ、社会全体としては失敗確率のある挑戦的な事業にも資本が向かうようになります。有限責任は、イノベーションに必要な「リスクを取る勇気」を制度で下支えする仕掛けなのです。

所有と経営の分離、そしてその副作用

株主が何万人にもなると、全員で経営はできません。そこで株主は株主総会で取締役を選び、日々の経営は専門の経営者に委ねます。これが「所有と経営の分離」で、経営の専門化と規模の経済を可能にした一方、新しい問題も生みました。経営者は株主のお金を預かって運用する立場ですが、株主は経営の中身を細かく監視できません。この情報の非対称性のもとで、経営者が株主の利益より自分の地位や報酬を優先する — 豪華な本社ビル、無謀な買収、保身的な経営 — というモラルハザードが起きえます。経済学ではこれをプリンシパル・エージェント問題と呼びます。

この問題への対処が、コーポレートガバナンス(企業統治)と呼ばれる仕組みの束です。社外取締役や監査による監視、業績連動報酬や株式報酬で経営者と株主のインセンティブを揃える工夫、そして経営が悪ければ株価が下がり買収の標的になるという市場からの規律。完璧な解決策はなく、どの国の会社法も「経営者に任せる自由」と「暴走を防ぐ監視」のバランスを試行錯誤し続けています。

資金調達の選択 — 株式か借入か

会社がお金を集める経路は大きく2つあります。1つは株式の発行(エクイティ)で、返済義務はない代わりに、会社の所有権と将来の利益の分け前を渡します。もう1つは銀行借入や社債(デット)で、所有権は渡さない代わりに、業績にかかわらず元本と利息を返さなければなりません。成功が不確かな新規事業には返済義務のない株式が向き、収益が安定した事業には支配権を薄めない借入が向く、というのが基本の使い分けです。株式と負債をどう組み合わせるか(資本構成)は、企業財務の中心的なテーマになっています。

光と影

株式会社は資本を集める装置として圧倒的に成功しましたが、その強さゆえの影もあります。有限責任は裏を返せば「失敗のコストの一部を債権者や社会に転嫁できる」仕組みであり、過度なリスクテイクを誘発することがあります。また、法人格の永続性と資本の集中は、一国の政府に匹敵する力を持つ巨大企業を生み、独占や政治への影響力といった問題を提起してきました。株式会社を理解することは、その恩恵だけでなく、なぜ会社法・開示規制・競争政策といった枠組みで社会がこの発明を「飼いならそう」としてきたのかを理解することでもあります。