形式・様式●●●●○

フーガ

Fugueふーが

主題が声部を渡り歩いて絡み合う対位法の最高形式。バッハで頂点に達した

概要

フーガとは、「主題」と呼ばれる短い旋律を複数の声部が次々に模倣しながら受け渡し、絡み合いながら曲全体を織り上げていく、対位法の最高峰とされる形式です。語源はラテン語の「逃走」で、日本語の古い訳語「遁走曲」もここから来ています。先に歌い出した主題を後の声部が追いかける様子が、逃げる者と追う者に見立てられたのです。

冒頭はたった1声。1本の旋律が主題を提示すると、2声目が別の高さで同じ主題を歌い始め、1声目はそれに絡む対旋律に回ります。3声、4声と声部が増えるたびに織物は厚くなり、以後は主題が声部から声部へ、調から調へと渡り歩きます。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」や「フーガの技法」がこの形式の金字塔で、西洋音楽で「作曲技術の到達点」を示す語としてフーガの名が使われるほど、緻密な設計の代名詞になっています。

なぜ生まれたか

ルネサンス期の声楽ポリフォニー(多声音楽)では、フレーズごとに声部間で模倣を交わす書法が完成の域に達していました。しかしバロック期に入り器楽が独立すると、歌詞という「進行の背骨」を持たない器楽曲を、音の論理だけで長く保たせる方法が必要になります。厳格な模倣を最後まで貫くカノンは論理としては純粋ですが、制約が強すぎて劇的な展開や規模の拡大が難しい。逆にまったく自由に書けば、長い曲は散漫になってしまいます。

フーガはこのジレンマへの回答でした。模倣の厳格さを曲頭の「提示部」に集中させて統一感の核を作り、それ以降は主題という素材を動機のように扱って自由に展開する — 規則と自由の配分を再設計したのです。17世紀のリチェルカーレやカンツォーナといった模倣的な器楽曲を先祖として、18世紀前半のバッハにおいて、フーガは形式・技法ともに頂点に達しました。バッハが「平均律クラヴィーア曲集」で全24の調にフーガを書けたのは、どの調でも演奏に耐えるウェル・テンペラメントという調律の進歩と表裏一体です。

詳細

提示部 — 主題と応答の入場行進

フーガの冒頭は「提示部」と呼ばれ、全声部が主題を1回ずつ歌って入場します。第1声部が主音の調で主題(subject)を提示すると、第2声部は完全5度上(または4度下)の属調で主題を模倣します。この5度違いの模倣を「応答(answer)」と呼びます。主題をそのまま5度移した応答を真正応答、調に収まるよう音程を一部調整した応答を変応答と呼び、この調整の巧拙が伝統的に作曲技術の見せ所とされてきました。先に入った声部は、主題に対して同時に鳴る決まった対旋律「対主題」を歌い、以後も主題の相棒として再登場します。

時間ソプラノアルトテノールバス主題・主調対主題自由声部応答・属調対主題自由声部主題・主調対主題応答・属調1声だけで開始全声部が出そろって提示部完了
4声フーガの提示部 — 主題と応答が交互の高さで入場し、先に入った声部は対主題・自由声部に回る

嬉遊部とストレッタ — 提示のあとの旅

全声部が出そろうと、フーガは「主題の再登場」と「嬉遊部(エピソード)」を交互に繰り返しながら進みます。嬉遊部は主題の断片を動機として取り出し、高さを変えて反復(ゼクエンツ)しながら進む自由な経過部で、ここで転調して平行調や属調など近親調を旅し、新しい調で主題を迎え入れます。つまりフーガの中間部は「主題の再入場(安定)→ 嬉遊部で転調(移動)→ 別の調で再入場」というサイクルの反復で、聴き手は同じ主題が異なる調・異なる声部で戻ってくるたびに、地図の別の場所から同じ山を眺めるような体験をします。

終盤に向けた盛り上げの切り札が「ストレッタ」です。本来なら主題が歌い終わってから次の声部が入るところを、まだ歌い終わらないうちに次の声部が主題を重ねて入ってくる — 追走の間隔を詰める技法で、主題が折り重なる密度の高騰がクライマックスを作ります。最後は主調に帰還し、しばしばバスが主音や属音を長く保持する保続音の上で全声部が収束して曲を閉じます。ほかにも主題を上下逆さにする反行、音価を倍にする拡大など、カノンと共通の変換技法が随所で使われます。

形式というより「書法」

注意したいのは、フーガにはソナタ形式のような定型の設計図が(提示部を除いて)存在しないことです。提示部の書き方こそ慣習が固まっていますが、その後の嬉遊部と再入場の配置は曲ごとに自由で、同じバッハでも1曲ごとに構成が違います。このため現代の研究では、フーガは「形式(form)」ではなく「書法・手続き(procedure)」だと説明されます。「主題を模倣で提示し、対位法的に展開する」という進め方の約束であって、何小節目に何が来るかの鋳型ではない — この点が、区分の型として定義される二部形式三部形式との本質的な違いです。

バッハ以後 — 技法としての生存

古典派以降、音楽の主流が和声中心のホモフォニー(旋律+伴奏)に移ると、フーガは曲全体の形式としては主役の座を降りますが、技法としては生き続けました。ベートーヴェンは後期の弦楽四重奏やピアノソナタでフーガを劇的な展開の頂点に据え、モーツァルトは「ジュピター交響曲」終楽章でソナタ形式とフーガ書法を融合させています。ミサ曲やレクイエムでは終曲をフーガで書く伝統が続き、20世紀にもショスタコーヴィチが「24の前奏曲とフーガ」でバッハに応答しました。現在でも作曲教育では、和声・対位法に続く総合課題としてフーガ書法が課されます。複数の独立した声部を1つの主題で統一しながら長い時間を設計する訓練として、これに勝る教材がいまだにないからです。