調
Key ・ ちょう
ひとつの音を中心(主音)として音階と和音を組織する重力場のような枠組み
✦ 30秒で試す — 航海同じ高さの音が、曲によって浮いたり、落ち着いたりするト長調の曲の中で、F♯ はどう聞こえる?予想してみる概要
調(キー)とは、ひとつの音を中心(主音)に据えて、音階と和音を組織する枠組みのことです。「ハ長調」なら、ドを主音とする長音階の音たちで曲が作られ、すべての音がドに引き寄せられるように振る舞います。よく「重力場」にたとえられるのはこのためで、曲の中のどの音・どの和音も、主音からの距離に応じた安定感や緊張感を帯びます。
音階が「使う音の品揃え」だとすれば、調はその品揃えが実際の楽曲の中で働くときの力学まで含めた概念です。同じ7つの音を使っていても、どの音を中心と感じさせるかで曲の重心は変わります。ポップスで「この曲のキーは何?」と聞くときも、カラオケでキーを上げ下げする(移調する)ときも、動かしているのはこの重力の中心です。
調は音楽理論の交差点のような語彙で、コード進行の分析も、終止形の効果も、五度圏による転調の地図も、すべて「いまどの調にいるか」を前提に語られます。
なぜ生まれたか
長調・短調という2つの調に整理される以前、ヨーロッパの音楽は教会旋法と呼ばれる複数の音階システム(ドリア旋法、リディア旋法など)で書かれていました。旋法ごとに音の並びと性格が異なり、単旋律の聖歌にはこの多様さがよく合っていたのですが、複数の声部を重ねて和音の響きで音楽を組み立てる書法が発達すると、事情が変わってきます。フレーズの終わりで「終わった」と感じさせるには主音へ半音下から寄りかかる導音が必要で、作曲家たちは旋法の音を臨時に半音上げる操作を繰り返すようになりました。
その結果、17世紀ごろまでに多くの旋法が実質的に同じ形へと収斂していきます。導音を持ち、主音と属音(主音の完全5度上の音度)の引力がはっきり働く長音階と短音階の2つだけが、和音の緊張と解決で音楽を推進する様式に最も適していたからです。こうして「12の主音 × 長・短」の24の調というシステムが確立し、以後300年以上にわたって西洋音楽の共通基盤になりました。調とは、和声の時代が旋法の多様さを2つの型に絞り込んだ、いわば淘汰の産物なのです。
詳細
主音を中心とした引力の階層
調の内部では、12の音が主音からの関係に応じて「どれだけ落ち着いていられるか」の階層に並びます。中心にいるのが主音で、そこで止まれば曲は終われます。そのすぐ外側に、主音の上に3度ずつ積んだ主和音の残り2音(ハ長調ならミとソ)がいます。この2音も主和音の一員なので、鳴ったまま止まっていても不安定には聞こえません。
さらに外側が、音階に属するそれ以外の4音です。音階の各音には役割の名前があり(音度といいます)、第2音(上主音)、第4音(下属音)、第6音(下中音)、第7音(導音)がこの輪にいます。調の中の音ではあるものの、止まると宙づりに感じられ、内側の輪へ隣から進みたがります。とくに導音は主音のわずか半音下にいて、主音へ「解決したがる」力がいちばん強い音です。ハ長調でシを聴くとドに進んでほしくなる、あの感覚です。第4音のファも半音下のミへ落ちたがります。いちばん外側は調の外の5音(ハ長調なら黒鍵の5音)で、ここに触れると調から浮き上がって聞こえ、半音で隣の音階音へ落ちると安心します。
この階層は理論家の頭の中だけのものではありません。心理学者クルムハンスルとケスラーは1982年、ある調を確立する和音進行を聴かせたあとに12の音のどれかを1つ鳴らし、「どれくらい収まりがよいか」を聴き手に評定してもらう実験(プローブ音法)を行いました。結果は、主音がもっとも高く、次に第5音と第3音、そのほかの音階音、最後に調の外の音という、上の図の輪とほぼ同じ順序になりました。調の引力は、長年の聴取経験によって聴き手の耳に刻まれた「期待の形」でもあるのです。
下の部品で、この輪を耳で確かめられます。主和音のパッドを鳴らしたまま外側の音と内側の音を押し比べると、外側の音ほど落ち着かず、矢印の先の音へ解決した瞬間にほっとするのが分かります。主音を切り替えると、同じ音がどの輪にいるかが入れ替わる様子も見えます。
まず 「主和音パッドを鳴らす」を押し、その上で外側の輪の音(たとえば F♯)と、内側の E や G を押し比べてください。外側ほど落ち着かず、内側へ引かれて解決します。
輪の位置は音そのものではなく、主音との関係で決まります。ハ長調では調の外にいた F♯ が、ト長調では主音 G へ半音で寄りかかる導音になります。和音も同じ役割を引き継ぎ、主和音(トニック)・属和音(ドミナント)・下属和音(サブドミナント)という機能和声の区別は、この引力の階層を和音の単位に持ち上げたものです。
長調と短調、そして調号
同じ主音でも、長音階に基づけば長調、短音階に基づけば短調になり、一般に長調は明るく、短調は暗く陰影のある性格と言われます。違いは主和音の第3音(長3度か短3度か)と、第6音・第7音の高さです。短調の自然な音階には導音がない(第7音が主音の全音下にある)ため、終止の直前だけ第7音を半音上げて導音を作るのが習慣になっており、これが和声短音階・旋律短音階という変種を生みました。短調が長調よりも臨時記号の多い調になるのはこのためです。
楽譜の冒頭に書かれる♯や♭の集まりが調号で、「この曲はこの調の音を使います」という宣言にあたります。ハ長調は調号なし、ト長調は♯1つ、ヘ長調は♭1つ、というように、調が完全5度ずつ移るたびに調号が1つずつ増減します。この規則性を円環に並べて可視化したのが五度圏です。ただし調号は長調と短調を区別しません。♯1つはト長調かホ短調のどちらかで、どちらなのかは曲の中の重心を聴いて決めます。
近親調 — 調どうしの遠近
調と調のあいだには「近い・遠い」の関係があります。共通する音が多いほど近く、行き来が滑らかです。ある調から見て調号の差が1つ以内の5つの調 — 属調(5度上)、下属調(5度下)、平行調(調号が同じ長短の相棒)、属調の平行調、下属調の平行調 — を近親調と呼びます。ハ長調ならト長調・ヘ長調・イ短調・ホ短調・ニ短調です。同主調(ハ短調)は調号が3つ違い、音階の中身も3音違いますが、主音を共有するのでこれに準じて扱い、日本の和声教育では近親調に含めて6つと数えることもあります。
近さの物差しを具体的に言うと、平行調は7音すべてが共通、属調・下属調は6音が共通(違うのは1音だけ)、同主調は4音が共通です。つまり同主調は、主音が同じという強いつながりを持ちながら、音の集合としては属調よりずっと遠い調です。この二重の近さが、長調と短調を気軽に行き来するポップスの語法(同主調からの借用)を支えています。関係調の地図は平行調と関係調の記事で、全12調の遠近は五度圏で一望できます。
転調 — 重力の中心を引っ越す
曲の途中で調を変えることを転調といいます。近親調への転調は共通の音や和音を橋渡しに使えるため自然につながり、遠い調への転調は聴き手を驚かせる劇的な効果を生みます。J-POPで最後のサビが半音上がる「半音上転調」は、あえて共通音の少ない調へ跳ぶことで高揚感を演出する手法です。
転調を成立させる鍵は、新しい調の終止形をしっかり聴かせて「重力の中心が移った」と感じさせることにあります。新しい調の導音が現れ、属和音から主和音への解決が一度聴こえれば、耳は中心の引っ越しを受け入れます。逆に、新しい調の属和音へ一瞬寄り道してすぐ戻るだけなら、それは転調ではなく一時的な寄り道(トニサイゼーション)として聴かれます。調を変えずに曲全体を丸ごと別の高さへ移す移調とは、似ているようで別の操作です。
調性感はどこから来るか
聴き手が調を感じ取る手がかりは、絶対的な音高ではなく音どうしの関係です。だからこそ曲全体を移調(すべての音を同じ音程だけ平行移動)しても曲の同一性は保たれ、カラオケのキー変更が成立します。耳は、よく現れる音、長く伸ばされる音、フレーズの終わりに来る音、そして導音から主音への半音の動きを手がかりに、「中心はどこか」を絶えず推定しています。上のプローブ音実験は、その推定の結果が聴き手のあいだでかなり共有されていることを示しました。
一方で、この推定はいつも一意に決まるわけではありません。白鍵だけの旋律は、ドで終わればハ長調に、ラで終わればイ短調に聞こえます。導音を持たないドリア旋法やミクソリディア旋法の曲では、中心は感じられても長調・短調のどちらとも言い切れません。20世紀には、中心そのものを意図的に消し去る無調の音楽も追求されました。それらが「調性からの逸脱」として語られること自体が、調というシステムがいかに深く音楽の聴き方の基盤になっているかを物語っています。
実務での使いどころ — 曲の調を判定する
曲の調を判定するときは、次の順に手がかりを集めるのが定石です。まず調号(楽譜がなければ使われている音の集合)で候補を長調・短調の2つに絞ります。次に最後の和音と旋律の最後の音を見ます。多くの曲は主和音で終わります。そして導音の有無を確かめます。♯1つの曲でレ♯が頻繁に出てくればホ短調、出てこなければト長調である可能性が高くなります。最後に、繰り返し現れる V→I(ドミナントからトニック)の解決がどこに着地しているかを聴けば、ほぼ確定できます。
落とし穴もあります。ポップスでは、Aメロが平行短調でサビが長調というように、曲の中で重心が行き来することが珍しくありません。また、ギターのカポで「キーはGの押さえ方だが実音はA」という状況や、移調楽器の楽譜のように、書かれた調と鳴っている調がずれる場面もあります。「キー」という言葉が指しているのが実音の調なのか、演奏上の押さえ方なのかを確かめる習慣をつけておくと、合わせのときに混乱しません。
試問
12の音が円に並び、内側の輪ほど安定した音です(中心=主音、次が主和音、その外が音階の音、いちばん外が調の外の音)。主音と長調・短調を選ぶと、12の音が新しい中心に合わせて輪を移り、音を押すと鳴ります。いまはハ長調で、F♯ はいちばん外の輪にいます。
円の音を押すと鳴ります。主音と長短を選ぶと、12の音が安定度の輪へ並び直します(内側ほど安定)。
