調性●●○○○

調号

Key Signatureちょうごう

曲の調を五線の冒頭の♯♭の組で宣言する記法。調と記譜をつなぐ蝶番

概要

調号は、五線譜の各段の冒頭、音部記号のすぐ右に置かれる♯や♭のまとまりのことです。「この曲(この部分)では、ここに書いた音は常に半音上げて/下げて演奏する」という宣言で、たとえばファとドの位置に♯が2つ並んでいれば、曲中のすべてのファとドは断りなくファ♯・ド♯として読みます。楽譜を開いて最初に確認するものが調号だ、と言われるほど基本的な情報です。

調号の役割は単なる省略記法にとどまりません。♯・♭の組は調と一対一に近い対応を持つため、調号は「この曲はニ長調です」という調の宣言としても機能します。演奏者は調号を見た瞬間に、使われる音階、中心となる和音、指づかいの地形を先読みできます。調号は、抽象的な調の概念と紙の上の記譜をつなぐ蝶番なのです。

なぜ生まれたか

もし調号がなかったら、と考えてみます。ト長調の曲ではファがすべてファ♯になりますから、曲中に現れる何十・何百のファ全部に臨時記号の♯を書き付けなければなりません。書き手にも読み手にも膨大な無駄で、しかも書き漏らしはそのまま演奏ミスになります。中世〜ルネサンスの楽譜では実際、シに付ける♭程度しか前置されず、多くの変化音は書かれずに歌い手の判断(ムジカ・フィクタと呼ばれる慣習)に委ねられていました。曲がひとつの旋法の内側にとどまっていた時代は、それでもなんとかなったのです。

しかし調性音楽が確立し、どの音からでも長音階短音階を始められるようになると、調ごとに決まった音を恒常的に変化させる必要が生じました。「この調では常にこの音たちが変化する」という規則性を冒頭で一度だけ宣言してしまえばよい — こうして楽譜の頭に♯・♭をまとめて前置する調号の記法がバロック期までに定着し、12の調すべてを行き来する音楽の実用的な基盤になりました。

詳細

♯と♭が増えていく順序

調号の♯・♭は、好きな音に好きな数だけ付くのではなく、厳密に決まった順序で1つずつ増えていきます。♯はファ→ド→ソ→レ→ラ→ミ→シの順、♭はその正反対のシ→ミ→ラ→レ→ソ→ド→ファの順です。この順序は恣意的な取り決めではなく、調そのものが完全5度ずつ移動して生成されることの直接の反映です。ハ長調の音階を完全5度上のソから始め直すと、パターンを保つために必要な変化はファ♯の1個だけ。さらに5度上のレから始めるとド♯が加わる — 調が5度進むたびに♯がちょうど1個増えるのです。♭側も同様に、5度下(ヘ長調、変ロ長調…)へ進むたびに♭が1個ずつ増えます。

ハ長調・イ短調 — 調号なし♯系 — 5度ずつ上へ♭系 — 5度ずつ下へ♯1ファト長調♯2+ドニ長調♯3+ソイ長調♯4+レホ長調♯5+ラロ長調♯6+ミ嬰ヘ長調♯7+シ嬰ハ長調♭1ヘ長調♭2+ミ変ロ長調♭3+ラ変ホ長調♭4+レ変イ長調♭5+ソ変ニ長調♭6+ド変ト長調♭7+ファ変ハ長調
調号の体系 — ♯と♭は決まった順に1つずつ増え、調は完全5度ずつ移動する。♭の付く順は♯の逆

この構造をハ長調を頂点とする円環に描き直したものが五度圏です。調号の♯・♭の数はそのまま五度圏上の位置を表し、調号を読むことは五度圏上の現在地を読むことと同じです。

調号の読み方と実務のコツ

初見で調号から調を割り出すには定番の近道があります。♯系では「いちばん右(最後)の♯の半音上が主音」— ♯がファ・ドの2つなら、最後のド♯の半音上でニ長調です。♭系では「最後からひとつ手前の♭がそのまま主音」— ♭がシ・ミ・ラの3つなら、手前のミ♭が主音で変ホ長調です(♭1つのヘ長調だけは暗記します)。ただしここに重要な注意があります。調号は長調と短調を区別しません。同じ調号を共有する長調と短調(平行調)が必ず1組あり、♯2つはニ長調かもしれずロ短調かもしれません。どちらの調かは、調号だけでなく曲の終止音や和声から判断します。特に短調では導音の♯(イ短調のソ♯など)が調号に含まれず臨時記号として現れるため、「調号外の♯が頻出する」こと自体が短調のサインになります。

臨時記号との分業、そして書き換え

調号と臨時記号は明確に分業しています。調号は段の頭で宣言され、そのオクターブに限らずすべての同名音に、次の調号変更まで効き続けます。一方、臨時記号はその小節内・その音の高さに限って調号を一時的に上書きします。この分業のおかげで、楽譜は「基調となる音の集合」と「そこからの一時的な逸脱」を視覚的に区別できます。逸脱が一時的なら臨時記号で済ませ、転調して長く続くなら複縦線を引いて調号自体を書き換える — 調号の書き換えは、聴き手ではなく読み手に向けた「ここから世界が変わる」という宣言です。

実務での落とし穴もいくつかあります。第一に、調号の♯・♭は五線上の決まった位置・決まった順序で書くのが規則で、順序を崩すと読み手が混乱します。第二に、移調楽器(B♭管のトランペットなど)のパート譜では、実音とは異なる調号が書かれるため、スコアを見るときは段ごとに調号が違うのが正常です。第三に、♯6個の嬰ヘ長調と♭6個の変ト長調のように、鍵盤上は同じ音でも記譜が異なる異名同音の調があり、どちらで書くかは前後の調との関係や読みやすさで選ばれます。調号を「暗記表」ではなく「5度ずつ移動する調の座標系」として理解しておくと、こうした場面でも迷わなくなります。