調性●●○○○

短音階

Minor Scaleたんおんかい

哀愁を帯びた響きの音階。自然・和声・旋律の3形が使い分けられる

概要

短音階(マイナースケール)は、長音階と並ぶ調性音楽のもうひとつの標準の音階です。基本形は「ラシドレミファソラ」— ピアノの白鍵をラから順に弾いた並びで、間隔で書けば「全・半・全・全・半・全・全」になります。主音から3番目の音までの距離が長音階より半音ひとつ狭い短3度であることが響きの決定的な違いで、哀愁・翳り・切なさと形容される独特の表情を生みます。演歌からロックのバラード、映画音楽まで、「泣ける曲」の多くは短調、つまり短音階を土台にした曲です。

短音階の面白さは、長音階と違って「ひとつに決まらない」ことにあります。基本形の自然的短音階のほかに、第7音を半音上げた和声的短音階、さらに第6音も上げた旋律的短音階という変種があり、1曲の中でこの3つの形が場面に応じて使い分けられます。なぜ3つも必要なのか — その理由を追うと、音階と和声がどう支え合っているかが見えてきます。

なぜ生まれたか

長音階と同じく、短音階も中世の教会旋法から生き残った並びです。旋法群が和声の時代に淘汰されていく中で、エオリア旋法(ラから始まる並び)が短調の原型として定着しました。しかし、この自然な形にはひとつ大きな弱点がありました。第7音(ソ)と主音(ラ)の間が全音であるため、主音の半音下から強く引き寄せる導音が存在せず、「終わった」という感覚(終止感)が長調に比べて格段に弱いのです。

そこで作曲家たちは、終止の場面で第7音を半音上げて(ソ→ソ♯)人工的に導音を作りました。これを音階として書き取ったものが和声的短音階です。ところが今度は第6音(ファ)と上げた第7音(ソ♯)の間が増2度(半音3つ分)という広く歌いにくい音程になってしまい、旋律が上行するときには第6音も上げて滑らかにする — これが旋律的短音階です。つまり3つの形は別々に発明された3つの音階ではなく、「哀愁の響きは保ちつつ、終止の力と歌いやすさをどう確保するか」という同じ課題への段階的な補正なのです。

詳細

3つの形を見比べる

短音階の3形態は、自然形を基準に「どこを半音上げたか」の差分で整理するのがいちばん分かりやすい方法です。

自然的短音階基本形。導音がないファ和声的短音階第7音を上げて導音を確保ファソ♯ファ〜ソ♯間は増2度旋律的短音階(上行形)第6音も上げて増2度を解消ファ♯ソ♯
イ短調における短音階の3形態 — 自然形を基準に、第7音・第6音を半音上げた差分として整理できる

自然的短音階は「全・半・全・全・半・全・全」の並びそのもので、短調の基本の響きを規定します。和声的短音階は第7音だけを半音上げた形で、導音(ソ♯→ラ)が生まれる代わりに、第6音と第7音の間に増2度という独特のエキゾチックな音程が残ります。旋律的短音階は上行時に第6音・第7音の両方を上げて滑らかにした形で、伝統的には下行時は自然形に戻すと教えられます(下行では主音へ向かう推進力が不要になるためです)。

なぜ和声が音階を変形させるのか

3形態の使い分けの背後にあるのは、短調の和声の要請です。終止で決定力を持つのは第5音の上に立つ属和音ですが、自然形のままだとこの和音は短和音(ミソシ)になり、主音への引力が弱くなります。第7音をソ♯に上げると属和音が長和音(ミソ♯シ)になり、長調と同じ強力なドミナントモーションが使えるようになります。つまり和声的短音階とは「和声の都合で第7音を上げた結果」であり、旋律的短音階とは「その副作用を旋律の都合で補正した結果」です。音階が先にあって和声が従うのではなく、両者が互いを変形させ合っている — 短音階はそのことを示す最良の教材です。

なお実際の曲では、3形態が場面ごとに混ざり合って現れます。クラシックの分析でもポピュラーの演奏でも、「いまは自然形/和声形のどちらか」を機械的に当てはめるより、「導音が必要な場面か」で判断するほうが実態に合います。ジャズでは旋律的短音階の上行形を上行・下行とも使う「メロディックマイナー」が独立した音階として扱われ、その各音から始まる旋法(オルタードスケールなど)が即興の重要な語彙になっています。

平行調と同主調 — 長調との2つの関係

短音階と長音階の関係は2通りあります。ひとつは同じ音の集合を共有する関係で、イ短調(ラシドレミファソ)とハ長調(ドレミファソラシ)は出発点が違うだけの同じ7音です。この関係が平行調で、調号も共通になります。もうひとつは同じ主音を共有する関係で、ハ長調とハ短調のように主音は同じまま第3・6・7音が半音下がる関係が同主調です。「悲しい響きにしたい」とき、平行調へ移れば使う音はそのままムードの重心が変わり、同主調へ移れば主人公(主音)はそのままに景色が暗転します。この2つの操作は転調やモーダルインターチェンジの基礎になる、対照的な道具です。

学習上の落とし穴は、「短音階=暗い長音階」という一面的な理解で止まることです。短調は導音を持たない素の形と、和声のために変形した形の間を行き来する動的なシステムであり、その揺らぎ(第6音・第7音が上がったり下がったりすること)自体が短調の表情の豊かさの源です。音度ごとの役割 — 特に第6音と第7音の可変性 — に注目して聴くと、短調の曲の設計が読めるようになります。