調性●●○○○

短音階

Minor Scale ・ たんおんかい

哀愁を帯びた響きの音階。自然・和声・旋律の3形が使い分けられる

✦ 30秒で試す — 航海哀しい響きの音階には、1つではなく3つの形があるラに上がって着地する直前の音は、よく何になる?予想してみる

概要

短音階(マイナースケール)は、長音階と並ぶ調性音楽のもうひとつの標準の音階です。基本形は「ラシドレミファソラ」— ピアノの白鍵をラから順に弾いた並びで、間隔で書けば「全・半・全・全・半・全・全」になります。主音から3番目の音までの距離が長音階より半音ひとつ狭い短3度であることが響きの決定的な違いで、哀愁・翳り・切なさと形容される独特の表情を生みます。演歌からロックのバラード、映画音楽まで、「泣ける曲」の多くは短調、つまり短音階を土台にした曲です。

短音階の面白さは、長音階と違って「ひとつに決まらない」ことにあります。基本形の自然的短音階のほかに、第7音を半音上げた和声的短音階、さらに第6音も上げた旋律的短音階という変種があり、1曲の中でこの3つの形が場面に応じて使い分けられます。なぜ3つも必要なのか — その理由を追うと、音階と和声がどう支え合っているかが見えてきます。

なぜ生まれたか

長音階と同じく、短音階も中世の教会旋法から生き残った並びです。旋法群が和声の時代に淘汰されていく中で、エオリア旋法(ラから始まる並び)が短調の原型として定着しました。しかし、この自然な形にはひとつ大きな弱点がありました。第7音(ソ)と主音(ラ)の間が全音であるため、主音の半音下から強く引き寄せる導音が存在せず、「終わった」という感覚(終止感)が長調に比べて格段に弱いのです。

そこで作曲家たちは、終止の場面で第7音を半音上げて(ソ→ソ♯)人工的に導音を作りました。これを音階として書き取ったものが和声的短音階です。ところが今度は第6音(ファ)と上げた第7音(ソ♯)の間が増2度(半音3つ分)という広く歌いにくい音程になってしまい、旋律が上行するときには第6音も上げて滑らかにする — これが旋律的短音階です。つまり3つの形は別々に発明された3つの音階ではなく、「哀愁の響きは保ちつつ、終止の力と歌いやすさをどう確保するか」という同じ課題への段階的な補正なのです。

詳細

3つの形を見比べる

短音階の3形態は、自然形を基準に「どこを半音上げたか」の差分で整理するのがいちばん分かりやすい方法です。

自然的短音階基本形。第7音ソから主音ラまで全音で、導音がないラシドレミファソラ和声的短音階第7音を上げて導音を確保ラシドレミファソ♯ラファ〜ソ♯間は増2度旋律的短音階(上行形)第6音も上げて増2度を解消ラシドレミファ♯ソ♯ラ旋律的短音階(下行形)下行では主音へ向かう推進力が要らないので自然形に戻すラソファミレドシラソ・ファは♮に戻る高い方から低い方へ →
イ短調における短音階の3形態 — 自然形を基準に、第7音・第6音を半音上げた差分として整理できる。旋律的短音階は下行で自然形に戻る

自然的短音階は「全・半・全・全・半・全・全」の並びそのもので、短調の基本の響きを規定します。和声的短音階は第7音だけを半音上げた形で、導音(ソ♯→ラ)が生まれる代わりに、第6音と第7音の間に増2度という独特のエキゾチックな音程が残ります。旋律的短音階は上行時に第6音・第7音の両方を上げて滑らかにした形で、伝統的には下行時は自然形に戻すと教えられます(下行では主音へ向かう推進力が不要になるためです)。

形を切り替えながら、同じ旋律と V–i の終止を鳴らしてみてください。第6音・第7音の位置が変わるだけで、フレーズの終わり方(導音の有無)と旋律の手触り(増2度の跳ね)がどう変わるかが聴き比べられます。

⚡ 体験: 短音階の3つの形を聴き比べる
形
自然的短音階第6音 F第7音 G導音 なし(主音まで全音)V の和音 Em
全半全全半全全ラシドレミファソラ

● 主音 ● 自然形から半音上げた音(小さな点は元の位置)増2 = 半音3つの隙間

まず「旋律と V–i を鳴らす」を押し、自然的短音階のまま最後の「ソ→ラ」を聴いてください。次に形を切り替えて、同じフレーズの終わり方がどう変わるかを比べます。

なぜ和声が音階を変形させるのか

3形態の使い分けの背後にあるのは、短調の和声の要請です。終止で決定力を持つのは第5音の上に立つ属和音ですが、自然形のままだとこの和音は短和音(ミソシ)になり、主音への引力が弱くなります。第7音をソ♯に上げると属和音が長和音(ミソ♯シ)になり、長調と同じ強力なドミナントモーションが使えるようになります。つまり和声的短音階とは「和声の都合で第7音を上げた結果」であり、旋律的短音階とは「その副作用を旋律の都合で補正した結果」です。音階が先にあって和声が従うのではなく、両者が互いを変形させ合っている — 短音階はそのことを示す最良の教材です。

なお実際の曲では、3形態が場面ごとに混ざり合って現れます。クラシックの分析でもポピュラーの演奏でも、「いまは自然形/和声形のどちらか」を機械的に当てはめるより、「導音が必要な場面か」で判断するほうが実態に合います。ジャズでは旋律的短音階の上行形を上行・下行とも使う「メロディックマイナー」が独立した音階として扱われ、その各音から始まる旋法(オルタードスケールなど)が即興の重要な語彙になっています。

平行調と同主調 — 長調との2つの関係

短音階と長音階の関係は2通りあります。ひとつは同じ音の集合を共有する関係で、イ短調(ラシドレミファソ)とハ長調(ドレミファソラシ)は出発点が違うだけの同じ7音です。この関係が平行調で、調号も共通になります。もうひとつは同じ主音を共有する関係で、ハ長調とハ短調のように主音は同じまま第3・6・7音が半音下がる関係が同主調です。「悲しい響きにしたい」とき、平行調へ移れば使う音はそのままムードの重心が変わり、同主調へ移れば主人公(主音)はそのままに景色が暗転します。この2つの操作は転調やモーダルインターチェンジの基礎になる、対照的な道具です。

学習上の落とし穴は、「短音階=暗い長音階」という一面的な理解で止まることです。短調は導音を持たない素の形と、和声のために変形した形の間を行き来する動的なシステムであり、その揺らぎ(第6音・第7音が上がったり下がったりすること)自体が短調の表情の豊かさの源です。音度ごとの役割 — 特に第6音と第7音の可変性 — に注目して聴くと、短調の曲の設計が読めるようになります。

試問

ラからラまでの1オクターブの鍵盤に、イ短調の音階(ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ、白鍵だけ)の音が選ばれています。鍵を押すと音を外したり加えたりでき、隣の音との間隔が弧の上に「全」(半音2つ)・「半」(半音1つ)・「増2」(半音3つ)で出ます。選んだ音を順に鳴らして聴くこともできます。

✦ 命題挑戦中

イ短調の音階の前半を保ったまま、主音へ半音で引き寄せる音を作り、しかも半音3つの跳びのない上行の音階にせよ

  • 前半の5音(ラ・シ・ド・レ・ミ)は自然的短音階のまま
  • 7番目の音から主音ラまでが半音(主音へ引き寄せる導音がある)
  • 7音そろい、隣どうしに半音3つの跳び(増2度)がない
⚡ 体験: 導音を作り、増2度をなくす
全半全全半全全ラシドレミファソラ

ラからラまでの鍵盤に、自然的短音階の音が選ばれています。鍵を押すと音を外したり加えたりでき、隣の音との間隔が弧の上に出ます。