調性●●●○○

教会旋法

Church Modesきょうかいせんぽう

長短音階以前にヨーロッパを支配した7つの音の並び。現代はモードとして復権

概要

教会旋法とは、中世ヨーロッパの教会音楽(グレゴリオ聖歌)を整理するために使われた音階の体系です。現代の理解では、ピアノの白鍵7音を「どの音から始めるか」で7通りに並べ替えたもの — ドから始めればイオニアン、レからならドリアン、ミからならフリジアン、ファからリディアン、ソからミクソリディアン、ラからエオリアン、シからロクリアン — と説明されます。同じ7音でも出発点(中心音)が違えば、全音と半音の並び方が変わり、響きの性格がまったく変わります。

このうちイオニアンは長音階、エオリアンは自然短音階と同じもので、私たちが知る長調・短調は実は7つの旋法のうち生き残った2つにすぎません。残りの5つは一度歴史の表舞台から退場しましたが、20世紀にジャズやロックが「モード」として再発見し、今ではポピュラー音楽理論の中核語彙として完全に復権しています。

なぜ生まれたか

9世紀頃のヨーロッパでは、各地の教会で歌われる膨大なグレゴリオ聖歌を、書き留めて分類し、教え伝える必要に迫られていました。まだ五線譜も和音の理論もない時代、頼りになる分類軸は「その聖歌がどの音で終わり、どの音域を動くか」でした。そこで理論家たちは古代ギリシャの音楽理論の用語を(誤解も交えつつ)借用し、終止音と音域によって聖歌を8つの旋法に分類しました。これが教会旋法の始まりで、当初はドリア・フリギア・リディア・ミクソリディアの4つと、それぞれの音域違い(プラガル旋法)という体系でした。

その後ルネサンス期にイオニア・エオリアが追加されて旋法は増えますが、16〜17世紀に和音を積み重ねる音楽が主流になると状況が一変します。和音の進行で緊張と解決を作るには、中心音の半音下から強く引き寄せる導音が不可欠でしたが、多くの旋法には導音がなく、臨時記号で「修正」して使ううちに、結局イオニアン(長調)とエオリアン(短調)の形に収束してしまいました。こうして旋法の多様性は長短2つの調の体系に置き換えられ、約300年間、教会旋法は理論書の中の歴史用語になったのです。

詳細

7つの旋法 — 半音の位置がすべてを決める

7つの旋法の違いは、7音の中のどこに2つの半音が来るかに尽きます。次の図は7つの旋法を「明るい順」に並べたものです。上から下へ進むと、半音の位置が少しずつ左(主音側)へ移動し、それにつれて響きが1段ずつ暗くなっていきます。実用上は丸暗記するより、「長音階の第4音を半音上げるとリディアン」「第7音を下げるとミクソリディアン」「短音階の第6音を上げるとドリアン」のように、よく知る長短音階からの1音差分として覚えるのが近道です。

隣り合う音の間隔の並び特徴リディアンイオニアンミクソリディアンドリアンエオリアンフリジアンロクリアン♯4 が浮遊感を生む= 長音階♭7 のブルージーな長調明るさの残る短調= 自然短音階♭2 の異国的な暗さ♭5 で最も不安定上から下へ = 明るい順。金色の「半」の位置が左へ寄るほど暗く不安定になる
7つの旋法を明るい順に並べる — 半音の位置が主音に近づくほど暗く聞こえる

各旋法の性格と代表例

ドリアンは短調系でありながら第6音が高い(長6度)ため、湿りすぎない硬派な翳りを持ちます。マイルス・デイヴィス「So What」やサンタナ「Oye Como Va」の響きです。ミクソリディアンは長調系で第7音だけが低く、ブルースやロックの定番(The Beatles「Norwegian Wood」など)。リディアンは第4音が高く、地に足のつかない浮遊感からシンプソンズのテーマや映画音楽で多用されます。フリジアンは第2音が低く、フラメンコやメタルの緊迫した暗さの源。ロクリアンだけは主音上の三和音が減三和音になるため中心音として安定できず、実用例はごく稀です。それぞれの旋法を特徴づける「長短音階との1音の差」は特性音と呼ばれ、モードらしさを出すにはこの音を旋律や和音で強調するのがコツです。

モードジャズ — 復権の物語

教会旋法が「モード」として現代に蘇った転機は、1959年のマイルス・デイヴィス『Kind of Blue』です。当時のジャズは、目まぐるしく変わるコードを追いかけて即興する語法(ビバップ)が極限まで複雑化していました。マイルスと理論家ジョージ・ラッセルらは発想を逆転させ、「コード進行を追う」のをやめて「1つのモードの上に長く留まる」音楽を提案します。「So What」はDドリアン一発で16小節 — 演奏者はコードの解決ではなく、モードの音色そのものと旋律の造形に集中できます。機能和声の重力から離れて音階の色彩で音楽を作るこの語法はモードジャズと呼ばれ、以後のロック・ファンク・映画音楽に決定的な影響を与えました。

実務での使いどころと落とし穴

現代のポピュラー理論では、旋法は2つの使われ方をします。1つはこの項で述べた「曲やセクション全体の色彩」としてのモード。もう1つは「コードスケール」で、コード進行の各コードに対して使える音の一覧として旋法を割り当てる考え方です(例: Dm7にはDドリアン、G7にはGミクソリディアン)。後者はジャズの即興教育の標準になっていますが、落とし穴もあります。コードスケールの暗記が「音階を上下するだけの棒読みソロ」を生みがちなことと、モードの色彩は特性音を鳴らして初めて出るのに、無難な音ばかり選ぶと結局ただの長調・短調に聞こえてしまうことです。また、同主調の旋法から和音を借りるモーダルインターチェンジは、旋法の語彙が現代のコード進行に組み込まれた代表例で、旋法を「歴史の遺物」ではなく「現役の絵の具」として使う感覚をよく表しています。